「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
       (2008年10月24日午後5時収録、10月25日午前5時38分放送

   1.新聞と「総理大臣の一日」

  この番組を前回担当したのは、8月2日、福田首相が内閣改造を行い、それが新聞1面に載った日でした。それからわずか1カ月で内閣が交代に向かうとは想像もしませんでした。今週は、新聞紙面で日頃あまり注目されない箇所に関心が集まりました。『朝日新聞』では「首相動静」という欄で、「麻生首相の一日」(読売)、「首相日々」(毎日)、「首相の一日」(東京)と題名こそ違いますが、各紙とも、その前日の首相の行動を朝から夜まで日誌風に記録したものです。「首相動静」に関心が集まったのは、麻生首相の一日の過ごし方全般ではなく、夜「どこで」夕食をしたり、お酒を飲んだりしたかという話です。首相の夜の過ごし方に、ここまで関心が集まったことはかつてありませんでした。 きっかけは、10月19日(日曜)、麻生首相が東京・西早稲田のスーパーマーケットを約15分間視察して、パスタコーナーで「小麦があがったね」と「値上げを実感」し、またカステラを試食したことが20日付各紙に、カラー写真入りで報道されてからです。『信濃毎日新聞』は総合面トップで、「首相都内のスーパー視察」という見出しに加え、「夕食は帝国ホテルで」というサブ見出しを付けました。『信毎』の整理部記者は、「15分の視察」と「2時間の高級レストラン」を対比させたかったようです。

  翌々日から、各紙ともに政治面で、「首相動静」を細かく調べて大きな記事にしていきます。例えば『朝日新聞』22日付は「首相、今夜はどこへ?」という見出しで、歴代首相5人の就任1カ月目「夜の会合比べ」を図表にして、森13回、小泉11回、安倍5回、福田7回に対して、麻生首相が32回と群を抜いていると書き、会員制バーなどで「別の誰かと密会」していることなどを細かく追っています。『毎日新聞』23日付は、レストランやバーの名称をすべて一覧表にしています。この点、22日昼のぶらさがり会見で「庶民感覚とかけ離れている」と質問した記者に対して、首相は、「ホテルのバーは安全で安い」などと反論。これは「高級店通い指摘に“逆上”」(『東京新聞』23日付)などと書かれました。韓国の『朝鮮日報』(電子版)20日付までが、麻生首相の夜の会合について詳しく触れ、首相は「首相就任前に韓国の政治家との会合で「爆弾酒」(ウィスキーのビール割り)を飲んだことがあるが、酒はそれほど強くないことが分かっている」という東京特派員記事を載せています。

  各紙のこうしたトーンに対して、『読売新聞』24日付は距離をとり、「就任1カ月政権運営で心労多く」、「首相の口調に荒っぽさが目立ち始めた」という形でまとめています。同じ24日付『読売』1面コラム「編集手帳」は、寺田寅彦の「『ドーデモイイ』という解決法」があるという言葉を引用して、首相が自分のお金で飲食していることについて庶民感覚云々することは、これは「ドーデモイイ」の例ではないか、「目の前には、断じて『ドーデモヨクナイ』問題がいくらでもある」と指摘しています。

  いずれにせよ、国内外ともに重大問題続出のときに、首相の夜の行動がこのような形で注目されていること自体、私は問題だと思いました。もともと、この首相に「庶民感覚」を期待しても無理なわけで、また、従来から政治家は高級料亭で会合しているわけです。一体、総選挙はいつ行われるのかという記事は今週ほとんどみられず、首相就任1カ月の総括記事がもっぱら「夜の顔」だったということは、この国の政治の水準を示すようなもので、非常に残念に思いました。                             


2.金融危機、そして消費税増税

  さて、政治の世界の情けない風景を尻目に、今週も経済・金融は大激動を続けています。9月15日の米国証券会社リーマン・ブラザースの経営破綻以来、新聞各紙は連日のように世界経済・金融の激動を伝えています。『読売』22日付は経済面で、「金融危機・激震の3週間」をまとめています。この現象をどうみるかという点では、今週の『ニューズウィーク日本版』(10月29日号)は、ジョンズ・ホプキンス大学教授のフランシス・フクヤマの論文「アメリカ株式会社の没落」を掲載し、金融危機により国際社会における米国の影響力の空前の低下を分析しています。近年のフクヤマの論調の変化には興味深いものがあります。

  『朝日新聞』は、21日付から3日連続で、1面トップ・2面に「金融危機――世界同時不況』とうい特派員レポートを持ってくる異例の紙面構成をしました。第1回は中国で突然の解雇7000人「世界の工場に影」を、2回目は住宅ローンを円建てにしたアイスランドで、突如ローンの返済が倍増したことを、そして3回目は、米国でGM(ゼネラル・モーターズ)の操業90年の工場が閉鎖されたことなどを伝えています。これら具体的な兆候から、金融危機が実体経済にどのような影響を及ぼしているかを浮き彫りにしようとしています。私は、人口30万人の小さな国アイスランドで、日本円で住宅資金を借りていたことを初めて知り、「グローバル化の恩恵が暗転」という見だしとともに、問題の深刻さを感じました。その意味で、『朝日』が1面で特派員報告を連載したことは、読者に、問題の広がりと奥行きを伝える上で、よかったと思います。

  今週はまた、地方自治体の「裏金」問題や税金無駄遣いの報道が続きました(インド洋上給油の2.3億円過払い『朝日』19日付、陸自・国交省の無駄遣い『毎日』21日付、岩手・愛知両県の裏金使途『読売』23日付等々)。さらに、『朝日』21日付は、政府与党が「定額減税2兆円」の方針を打ち出したことを、「高速道路料『終日』半額案」とともに、「総選挙意識 大盤振る舞い」という4段見出しをこれにかぶせました。減税や高速料金の負担軽減の「甘い話」の一方で、「裏金」や税金の無駄遣いについての怒り、さらに、東京で、妊娠中に脳内出血を起こした女性が都内の8つの大病院に救急搬送を拒否されて死亡した問題(『毎日』23日付記事「都心でも産科崩壊寸前・妊婦受け入れ拒否」)等々、国民生活のさまざまな分野で、不安や不信が渦巻いた1週間だったと思います。

  そこへきて、昨日24日の全国紙3紙の一面トップは、政府が、社会保障国民会議に、年金・医療・介護の社会保障改革により、2025年には消費税率を4%程度増税する必要があるという試算を掲載しました。『朝日』『読売』の見出しは「消費税4%分必要(負担増)』だったのに対して、『毎日』トップ見出しは「消費税最大15.5%必要」と、消費税率は最大20.5%程度になるという試算の最大値を見出しに持ってきました。

  個々にはコメントしませんが、この1週間で起きた出来事は、国民生活のある種の危機的状況を示していると思います。国会で十分な議論をして、対策をとるべきなのに、すでに政治家たちの心も体も総選挙に向かっています。そして、夜な夜な会合をはしごする首相が、解散の決断をのばしている。こういう中途半端な状況のなかで、さまざまな問題が吹き出しているわけです。                  


    3.「かわいがり」から「はなむけ」へ

  さて、今週はもう一つ。共同通信のスクープ、10月13日付『中国新聞』などが報じた海上自衛隊特別警備隊の養成課程で行われた徒手格闘訓練で、三等海曹が死亡した事件が重要です。新聞休刊日のため、全国紙は14日付夕刊から後追いしましたが、今週22日、防衛省は「一般事故調査委員会」の「中間報告」を公表しました。A4版12頁の報告書が手元にありますが、これについて各紙の扱いは、『東京新聞』23日が一面トップに持ってきたほかは、比較的地味でした。

  この事件は、9月9日、途中で辞める隊員の「はなむけ」として、1対15人の「訓練」を1人50秒間ずつ、連続してさせられ、14人目のパンチが顎にあたって転倒し、急性硬膜下血腫で死亡したものです。この訓練は通常は2〜3人程度といわれ、報告書は、1対15人の訓練の「必要性は認めがたい」と断定しました。しかし、「集団暴行」かどうかは、「供述は得ていない」としています。養成課程を途中で辞める隊員を相手に格闘訓練を行う「伝統」があったと説明していますが、集団暴行ではないかという遺族の疑問に対して、答えるものとはなっていません。先週の段階で各紙は、「組織が壊れていないか」(『朝日』15日付)、「精鋭部隊なればの規律を」(『産経』15日付)、「体質の問題にメスを入れよ」(『毎日』16日付)、「常軌逸した『はなむけ』」(『東京』18日付)というタイトルの社説を出しました。『読売』だけは報告書を受けて、昨日24日付で「悪しき慣行や体質を改善せよ」という社説を掲げました。『読売』社説は「中間報告では、あいまいな点が残っている」として、徹底した捜査と処分を求めています。

  かねてから自衛隊内部での「いじめ」や自殺が問題になってきました。特に艦艇内では、密室性が強く、外から見えにくい分、より深刻です。護衛艦「さわぎり」における三等海曹の「いじめ自殺事件」については、この8月、福岡高裁は遺族の訴えを認め、国に350万円の支払いを命じており、判決は確定しています。『読売』社説も指摘していますが、「悪しき慣行や体質をどう改善するのか」というように、そうした慣行や体質の存在は否定されていません。また、防衛大臣や事務方のトップである次官が「1対15」の訓練だったことを知ったのは、マスコミ報道の後でした。情報が伏せられ、隠蔽される体質もまた、各紙社説も指摘する通りです。私は、今回の「はなむけ」事件は、自衛隊の部内だけで処理する問題ではないと考えます。

  この特別警備隊は、99年3月の「不審船事件」を契機に創設された、海上自衛隊初の特殊部隊で、部内から選抜されるエリート部隊です。海外派遣が本務化した自衛隊が、より実戦的な訓練を行うなかで起きたものです。「対テロ戦争」では、ゲリラや「テロリスト」と直接顔の見える距離で対峙することが多いので、銃剣術や徒手格闘が重視されます。米軍の世界戦略とそのトランスフォーメーション(再編)のなかで、自衛隊が海外で、より実戦的な役割分担を行う方向にあるなか、その最先端のエリート部隊で起きたこの出来事は象徴的です。今回の事件が、「専守防衛の自衛隊」への「はなむけ」にならないかどうか。『沖縄タイムス』19日付社説は自衛隊の「際限のない活動拡大と任務の多さが組織の疲弊と隊員への加重なストレスにつながっていないだろうか。海外派遣の是非を含め、自衛隊の組織のあり方について、国民的な幅広い論議が必要だ」と指摘しています。

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