憲法審査会は開店休業にすべし――高市改憲の不都合な真実
2026年5月11日



高市早苗の「昭和65年記念式典」?

と耳を疑った。これでは、「高市早苗による、高市早苗のための、高市早苗の昭和65年(65歳)記念式典」ではないか。「謹啓」で始まり、「敬具」で終わる招待状。「謹白」か「謹言」ではないので、何ともしまらない。高市が主催者となり、5600人が参加したというが、何人に先の招待状を出したのか。「各界代表」「功労者」「有識者」「昭和をテーマにした団体関係者」などが挙げられているが、安倍晋三の「桜を見る会」のトラウマからであろうか、すべて非公開である。「桜を見る会」ではネトウヨ界隈や怪しげな人物が首相夫人推薦枠で招待されていた。「モリ・カケ」などの「依怙贔屓(えこひいき)スキャンダル(cronyism scandals)」は国会でも厳しく追及されたが、「2.8事件」で野党が失速したため、今回の「式典」の招待基準などが国会で追及されることは、残念ながらないだろう。

    YouTubeで「式典」を最後まで忍耐で見た。天皇・皇后の横で、終始満面の笑みではしゃぐ記念式典委員長(首相)がやたら目立った。しかし、天皇の「おことば」は政府の意向で、最初から予定されていなかったという。そのため、宮内庁は終了後に、「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思い」を公表した(『毎日新聞』4月30日)。これに対して高市の式辞は、「日本の誇るべき国柄」「日本人の底力」などと言葉はうわずり、「伝統」「歴史」「国柄」「挑戦」が中心語彙となる異様に明るい「昭和」総括だった(全文は『産経新聞』サイト参照)。なるほど、天皇に「過去の歴史」「深い反省」「平和を守る」と言ってほしくなかったのだろう。戦後を語るとき、「(昭和)天皇の地方巡行」から始めるあたりにも、「反省」とは無縁の心象風景が見て取れる。

    驚いたのは、戦没者と並べて「戦争偽装者」と聞こえる言葉を発したことである。「戦争犠牲者」と言いたかったのだろうが、戦没者を軍人・軍属に限定し、空襲被害者などの民間人を「戦争犠牲者」として区別する意図だったのだろうか。なお、この言葉が高市の口から出た瞬間、背後に控える官房長官がまばたきを繰り返し、おでこがピクッと動いたように感じられた(首相官邸の動画の1分56秒あたり)。

   1時間の「式典」の大半は、海上自衛隊東京音楽隊を使った「昭和を代表する6曲」の歌謡大会だった。一番古い「上を向いて歩こう」が1961年7月初公開の歌だから、1961年3月生まれの高市にとって自分の世代の人気曲ばかりである。体をゆすりながら一人はしゃぐ高市に、皇后の目は冷やかだった。ところで、「昭和を代表する」というのであれば、敗戦直後の「リンゴの唄」はなぜ入らなかったのか。また、「昭和20年」(1945年)までの代表的な歌でいえば、昭和初期の「モダン東京」もカウントされるだろう。 

   さて、注目すべきは、国の行事にもかかわらず、メディアの扱いはきわめて小さかったことである。テレビ朝日「報道ステーション」は、私が見ていた限りでは、この「式典」をニュースとして扱わなかった。新聞の扱いも小さく、『読売新聞』と『産経新聞』を除けば、『朝日新聞』は完全なベタ記事扱い。本文わずか13行である。『東京新聞』は2面の最下段、『毎日新聞』も社会面でベタ扱いだった。

 政権を「取り戻す」ことに成功した安倍晋三が、2013年4月28日、天皇(現・上皇)を臨席させた「主権回復の日」なる式典を開いて、沖縄に深い怒りと絶望を与えたことを想起する(直言「「記念日」の思想―KM(空気が見えない)首相の危うさ」)。この時は各紙ともに1面で扱ったが、沖縄の怒りの抗議集会を同時に報道した(『東京新聞』は沖縄の抗議集会を大きく扱った)。4月28日を「主権回復の日」として祝うことへの疑問はさまざまなところからあがった。皇太子時代から沖縄に心を寄せる当時の天皇(現・上皇)は、この「式典」への参加を躊躇したともいわれている。そして今、安倍のこの「壮大なる勘違い」は高市に継承されている。国費を使い、天皇を利用して、「もはや戦後は終わった」ではなく、「リセットします」と宣言したかったのだろうか。これは憲法改正への伏線になると考えたのかもしれない。

「時は来た」という不遜

4月12日の自民党大会で高市は、「日本人の手による自主的な憲法改正は党是だ」「時は来た」と述べ、「改正の発議にめどが立った状態で来年の党大会を迎えたい」と具体的時期にまで踏み込んだ。ただ、高市は憲法について、自分の言葉で語っておらず、改憲で何をやりたいのかがまったく見えない。 衆議院解散の際の記者会見で、「国論を二分するような大胆な政策」「高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうか」を問う選挙だと語ったことは記憶に新しい。「サナエ推し」の空気とムードをつくり、野党候補を貶める動画も大量に拡散させて、憲法改正発議に必要な議席数をはるかに上回る議席を得た。選挙では改憲の論点を曖昧にして、終了後に「(改憲の)時は来た」というのだから、まさに政治的詐欺ともいえる選挙だった。私が「2.8事件」と呼ぶ所以である。

    高市の“JAPAN IS BACK”翼賛紙である『産経新聞』の5月3日付は、憲法記念日にあたり、首相の単独インタビューを1面トップに掲載している(右の写真参照)。見出しは「改憲 参院選合区解消急ぐ」「緊急事態条項も先行」として、「改憲発議へ現実的手法」と手の内を明かしている。9年前の憲法記念日に、安倍晋三が『読売新聞』の単独インタビューlで「自衛隊加憲」を前面に押し出したのとは対照的である。一方で、安倍が日本会議の集会にビデオメッセージを送ったのを真似て、高市も当日、同じことをしている。産経インタビューとビデオメッセージはほとんど同じ内容で、「国際情勢や社会の変化に適応したアップデートが必要だ」と強調している。「アップデート」などというIT用語を使って憲法を語ること自体、「憲法とは何か」を踏まえた、まともな改憲論議とは到底いえないだろう。一国の憲法について、国民はそっちのけで、自分の党の事情だけから「時は来た」などということは、きわめて不遜な態度というべきだろう。

憲法改正の「3つ作法」とは

    そもそも高市に限らず、改憲を主張する政治家たちは、私のいう「憲法改正の3つの作法」を踏まえていない。まず、国の基本法である憲法の改正だけは、「変える」と主張する側により高い説明責任が課せられるのである。「憲法が時代に合っていない」とか「われわれの手で新しい憲法をつくっていこう」(安倍晋三)といった程度のことでは、改正の理由にはならないのである。「占領下で制定された憲法だから」といったことを、同じく占領下で制定されたドイツ基本法についていうドイツ人はほとんどいない。制定から80年近く時が経過すれば、もはや世迷い言の類である。法律の改正や判例の蓄積などでも解決できず、憲法改正以外に問題は解決できないということが、説得力のある説明により国民に共有されて、憲法改正の議論が始まる。これはどこか刑事手続と似ている。「疑わしい」だけでは改正の理由(有罪)にならない。他方、憲法を変えなくてもいい(無罪)ということを証明する必要はない。変える側が説得力のある根拠を示すことができなければ、「変えない」(無罪)、つまり現状の条文のままということになる。これが第1の作法である。

     第2の作法は、なぜ変えるのかということについての十分な情報の提供と、それをめぐる自由な討論が保障されなくてはならないということである。安倍晋三はかつて、まず96条(改正手続)からという安易で簡易な「お試し改憲」を主張したが、高市も「参議院の合区解消」という「お試し改憲」の方向に向かっているようである。憲法47条は「選挙区」については「法律でこれを定める」と規定しており、合区解消は基本的に公職選挙法の改正で十分可能である。憲法改正について国民に十分な情報を与えず、「時は来た」と自分の思いと事情を国民に押しつけて、自由な討論もする余裕すら与えない。第2の作法に反していることは明らかだろう。

      第3の作法は「熟慮のための十分な時間(期間)が保障されていること」である。「私の任期中」だとか「2027年9月までに発議」だとか、勝手に時間を決めることは、憲法改正の本質になじまない。国の基本法である憲法を変えることに高いハードル(両議院の総議員の3分の2、国民投票の過半数)が設けられていること自体、熟慮のための十分な時間への配慮を求めているといえよう。

憲法審査会は開店休業にすべし

 私がこの「憲法改正の3つ作法」について初めて書いたのは、20年前に出版してすでに絶版になっている拙著『憲法「私」論―みんなで考える前にひとりひとりが考えよう』(小学館、2006年)だった(213頁)。2015年3月4日、参議院の憲法審査会で参考人として呼ばれた。テーマは「憲法とは何かについて」だった。参議院から依頼が来たときは驚いた。これについては、直言「参議院で「憲法とは何か」を語る」に詳しく書いたので参照されたい。その末尾に、憲法審査会当日、私が議員たちに配った簡単なレジュメが付いているが、そこに「憲法改正の「3つの作法」」について」、とある。その日は、自民党改憲案を素材として、前文に「歴史」や「伝統」を強調する点、権利よりも義務を重視する規定の仕方、憲法尊重擁護義務を国民に課す発想など、それが中華人民共和国憲法や北朝鮮憲法とよく似ていると最大限の皮肉を述べてきた。

     この2015年の憲法審査会を通して、憲法改正の作法がなっていないどころか、日本国憲法の立憲主義的な理解とはほど遠い議員たちが少なくなく、憲法を変えるということを自己目的化している点がよくわかった。いまの憲法審査会も、特に衆議院の審査会は、中身の議論がまったく貧困で、緊急事態条項についても、議員任期の延長のための改正というのだから、まったくお笑い草である。権力者を拘束し、制限する憲法について、当の権力者が議論の中身もないまま熱心に、変えろ、変えろと叫んでいる様は滑稽でしかない。緊急事態条項の非生産的な議論をやっている時間があったら、岩手県大船渡市や大槌町など、全国各地の山林火災という緊急事態に迅速に対応できていない現状の改善に力を注ぐべきだろう。

   最後に、憲法記念日の『山梨日日新聞』に掲載された拙稿「危うい権力主導の改憲論」をここに載せておこう。八ヶ岳南麓の仕事場を閉じたばかりだったが、たまたま地元の同紙から依頼があったのですぐに受けたものだ。16年前の憲法記念日にも同紙に原稿を依頼された(『山梨日日新聞』2010年5月3日付「時標」はここから)。

 

 【文中敬称略】

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