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今週の「直言」

2025年11月7日



首相は踊る、されど進まず―高市首相の3つの失敗
もや「停波の高市」自民党総裁になることはないと踏んでいたので、私の頭のなかでは、まだ「高市早苗首相」という言葉が定着できていない。2012年の自民党総裁選の際、石破茂の隣に片山さつきが座っていなかったら、石破政権になっていた可能性が高い。「安倍晋三の2822日」は存在せず、日本政治の底が抜けることもなかったかもしれない。

10月21日に高市内閣が発足した(「早苗の敵は日本の敵」という安倍のとりまきたちが復活している)。私が物心ついたときの首相は岸信介だったから、以来29人、私にとっては30人目の首相ということになる(安倍晋三を1人とカウント)。

その高市は、首相になってわずか1週間で、早速やってくれた。3つの大きな誤りをおかした。第1に、会談後の日米共同声明もなく、共同記者会見も行われなかったことである。日米首脳会談としてはかなり異例である。第2に、港区にある在日米軍基地(米陸軍六本木ヘリポート)から、大統領専用ヘリ「マリーンワン」に同乗して、米海軍横須賀基地まで42.5キロを飛行したことである。この約15分間の意味は後述する。そして第3に、横須賀の米原子力空母ジョージ・ワシントン上で行ったパフォーマンスである(冒頭の写真参照)。

「トランプの事情」を過度に忖度した「会談」

 第1の日米共同声明・共同記者会見がなかったことについて。外務省のホームページを見ると、ごく簡単な経過が書いてあるだけである。署名したのは関税の合意実施とレアアースに関する2文書のみ。米大統領と日米首脳会談をやれば、日米共同声明を出し、共同記者会見で内外の記者の質問に答える。これが通例だった。だが、今回はこれがなかった。高市は、日本が「主体的に」防衛力の「抜本的な」強化と防衛費増に取り組む決意を伝え、「日米同盟の新たな黄金時代をトランプ大統領とともに作り上げていきたい」と語った。トランプは、「日本は軍事能力を大幅に強化している」と評価したが、防衛費の規模や数字などをめぐる具体的なやりとりはなかったという。すでに高市は、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に増額するという目標を前倒しで実施する方針を表明しており、さらなる防衛費増を視野に入れて、安保3文書を前倒しで改定する方針も決めている。このことをトランプは熟知した上で、具体的な言及をしなかったと見られる。官邸・外務省や主要メディアに、このトランプの「沈黙」に安堵したような空気が流れたが、とんでもないことである。トランプの頭は、10月31日の習近平との米中首脳会談のことでいっぱいだったのではないか。中国と関税やレアアースで合意できるかは確実ではなかった。黙っていても従う日韓の首脳など眼中になかった。だから、日米共同声明で下手に中国を刺激するような文章を書き込んで反発されたり、記者会見でボロを出したりすることを極端に恐れたのだろう。そのトランプに官邸・外務省が過度に忖度してこういう結果になったといえる。佐藤優は、この前例のない異常な状況について厳しく指摘しており、参考になる(YouTube10月29日送信)。

 では、肝心の習近平との会談はうまくいったのか。『日本経済新聞』ワシントン特派員の指摘が鋭い(デジタル10月31日)。見出しは「トランプ流、自滅した対中貿易戦争 「単独・短期・関税」3つの失敗」である。145%の関税率を宣言して一方的に仕掛けた対中貿易戦争は、この日あえなく撤回された。米国市場の力を過信した関税主義、そして単独主義をとりすぎて、日本や欧州がついてこないので孤立したこと。26年秋の中間選挙までの短期の成果に焦るトランプに対して、中国は持久戦で対処した。日経特派員がいうように、トランプの完敗だった。


「六本木-横須賀」ヘリ飛行の問題性―「占領80年」

 第2に、六本木の在日米軍基地からヘリで横須賀に飛ぶ。飛行時間でたかだか15分だが、象徴的な意味がある。都内のど真ん中に外国の軍事基地があって、そこを離発着するヘリは航空法の適用除外で自由に飛び回る。独立主権国家の中心部における異様な光景である(『毎日新聞』2025年11月6日連載「首都圏は米軍の『訓練場』」①「六本木にある謎の基地」参照)。この都心の米軍基地の返還運動もある。そのような場所からヘリに乗って、機上ではしゃぐ姿をSNSに投稿するという、何と無神経なことをしたのだろうか。そもそも東京と関東8県の空の主権は、戦後80年間、ずっと米軍の管理下にある。高市が「日本人ファースト」をいうならば、トランプと本格的に交渉して、「横田ラプコン」を何とかすべきではないのか。6年前に中国・南京の大学で講演したが、首都東京の空が米軍に奪われているという事実を知った研究者や学生は驚いていた(直言「憲法9条と「日本の空の非常識」を語る」参照)。「日本の空を取り戻す」ことに無関心な高市は一体、何を取り戻すというのか。主要メディアには、この約15分のヘリ飛行についての批判的コメントをほとんど見かけなかった。他方で沖縄県民は、この約15分を、自分たちは眼中にない、無視されていると、絶望的な思いで見守ったのではないか。

今年は沖縄少女暴行事件から30年である。だが、高市には、米軍人・軍属の特権的な地位を確保している日米地位協定17条の改定交渉をしようとする気配すらない。おそらくまったく考えていないだろう。これが高市のいう「日米同盟の新たな黄金時代」である。直言「トランプ政権に迎合せずに言うべきこと―沖縄少女暴行事件から30年」と直言「2人の米空軍兵長のこと―酒気帯び運転と性暴力事件」をリンクまでお読みいただきたい。日本人が大切なら、女性の尊厳を守りたいなら、この屈辱的状態を改善するため、トランプと交渉する姿勢くらいは見せたらどうだろうか。米軍基地の近くで生活してきた私からすれば、沖縄の怒りに強く共感できる。戦後80年ではなく、「占領80年」ではないのか。「戦後レジームからの脱却」をいうなら、この異様な「占領」状態からの脱却こそ求められているといえよう。


トランプ流「力による平和」への迎合を全世界にアピール

 第3に、空母ジョージ・ワシントン艦上での高市の振る舞いについてである。多くの米兵の前で、右手の親指を立て「サムズアップ」をして、子どものようにぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐ姿は、むしろ痛々しかった。この姿をいろいろ論評した人たちに対して、ネット上では非難する声が大きい。私は、それよりも何よりも、軍事介入の主要な手段となる現役の原子力空母に乗艦して、「力による平和」(Peace Through Strength)というプレートが足元や背後の壁に掲げられているところで、トランプにぴったり「寄り添う」姿を全世界に見られてしまったことの方が重大だと考えている。日本は「力による平和」に対して距離をとり、「専守防衛」というよくできた屁理屈を使って「平和国家」のブランドを活かしてきたのではなかったか(自衛隊のイラク派兵でさえ「復興支援」だった)。米空母上での高市のパフォーマンスのマイナス効果ははかり知れない。

高市は安倍晋三の後継者をアピールして、トランプに大ウケだったが、ここで想起していただきたい。2019年5月28日、来日したトランプを安倍は、海上自衛隊横須賀基地に停泊するいずも型護衛艦「かが」に乗艦させたことである(写真は当日のNHK中継映像から)。飛行甲板からエレベーターで、格納庫に整列する500人の自衛隊員の前に、トランプと安倍が「降臨」する演出まで行われた。トランプはご機嫌で、「同盟国の中で最大規模のF35戦闘機群を持つことになる」と叫んだ(直言「「日米同盟」という勘違い―超高額兵器「爆買い」の「売国」」参照)。兵器爆買いの約束は安倍政権以来の既定路線であり、岸田文雄政権によって「爆買い」は質量ともに勢いを増していった(直言「「陳腐化」した兵器をウクライナに?―多連装ロケットシステム(MLRS)」参照)。今回の高市との首脳会談で新たに決まったことはほとんどない。高市が「今年度中の前倒し達成」を事前に打ち出し、トランプへの忖度と迎合はすでに完成していたといえる。

 「日本を舐めるな」「違法外国人を追い出せ」と叫ぶ高市フリークたちは、なぜ、日本をここまで舐めきっているトランプ政権に抗議しないのか。メディアやネットには「日米同盟礼賛」のコメンテーターしか出なくなって久しい。私の立場は、15年前の『日米安保Q&A』(岩波ブックレット、2010年)で明確にしてある(直言「日米安保改定から半世紀―迎合、忖度、思考停止の「同盟」」でも読める)。「日米同盟」という言葉は、カギ括弧付きでのみ使用する立場である(『朝日新聞』も1980年代まではその使用に慎重だった。いまは昔である)。

   11月7日の衆議院予算委員会において高市首相は、「台湾有事」が発生したら「存立危機事態になりうる」と答弁した。これは歴代首相が避けてきた論点に初めて踏み込んだものである(『朝日新聞』11月8日付社説参照)。トランプの「武力」を使った危ないディールやゲームに、日本はぴったり「寄り添う」ことになる。

トランプ外交の本質は何か、それとどう距離をとるか

 トランプを知るためには、その「敵」の分析を知ることが有益である。ロシアのドミトリー・トレニンの「これがトランプ外交の本質だ」は面白い( RT 2025年10月28日)。書き出しはこうだ。「この 1 年、ロシアのアナリストたちは事実上「トランプ学者」となった。米国大統領のあらゆる発言がリアルタイムで分析され、議論の対象となる。トランプの発言はしばしば矛盾しているため、彼の思考の流れを追うことは、まるでジェットコースターに乗っているような気分になる。目まぐるしく、予測不可能で、しかも無視することは不可能だ」と。トレニンは、「トランプの手法は単純明快で、ある時は攻撃的で威圧的でありながら、次の瞬間には魅力的で融和的な態度を見せる」。問題はそこに一貫した戦略が存在するかどうかであるとして、その特徴を3つあげる。

 第1に、トランプの究極の目標は個人的な栄光である。彼は米国史上最高の大統領として歴史に名を残したい。米国の覇権を回復し、世界政治を再構築した人物として。彼の戦略的ビジョンは、自らのレガシーを起点とし、それを終着点とする。

 第2に、トランプは米国の経済的ライバルを圧倒する決意で、その政策は露骨だが一貫している。関税、貿易戦争、生産の米本土回帰である。トランプにとって、グローバル競争は相互利益ではなく国家存亡をかけた戦いなのである。

   第3に、トランプは世界的な平和の仲介者として見られたいと考えている。しかし彼の語彙における「平和」とは、実際には休戦を意味する。彼は複雑な交渉や長期的な解決策には関心がない。彼の目的は、全ての関係者を一室に集め、握手を演出して勝利を宣言し、次に進むことである。カメラが去れば、その後の処理と責任は他者に委ねられる。紛争が再燃しても、トランプは「平和をもたらしたのは自分だ。それを台無しにしたのは他者だ」と言い放つだけである。

 このようなトランプを相手に、高市はまともに向き合えているか。「安倍晋三の遺産」を食いつぶすのも時間の問題だろう。安倍がやったことは「兵器の爆買い」への確実なルートを開いたことであり、どこの首脳よりも「よいしょ」が上手だっただけである。高市内閣の支持率が82%(JNN世論調査11月8日)という驚異的な数字になっているが、これがいつまで続くだろうか。ちなみに、「さなえちゃんまんじゅう」の賞味期限は12月4日である。

【文中敬称略】

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。
詳しくは、直言「わが歴史グッズのはなし(6)アフガニスタン」参照

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