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『東京新聞』デジタル版で毎月最終木曜日に「水島朝穂 東京新聞への直言」を連載しています(無料会員登録で3本まで読めます)。


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今週の「直言」

2026年7月29日



高市首相の睡眠・家事アピールの効果

の写真は日本のメディアでは見たことがない。『南ドイツ新聞』7月24日付(デジタル版は22日)で使われた写真ある。本会議場の雛壇に座って上を向いているが、目は虚ろ(うつろ)である。キャプションは「まだ起きていますか?」(Noch wach?)。記事の見出しは「睡眠時間が0~3時間の首相」、リード文には「高市早苗は、並外れた勤勉さを売り物にしている。つい先日も、眠らずに働き続けていることを自慢していた。そして空き時間には、下着にアイロンをかけている。だが、日本の多くの人々にとって、こうした振る舞いはもはや好意的には受け止められていない」とある。同紙の東京特派員デビッド・ファイファーのレポートだ。

 記事のなかの小見出しは、紙面では「日本の文化は、並外れた勤勉さと週末の労働によって深く特徴づけられる」であり、デジタル版では端的に「「過労死」とは文字通り「過労による死」を意味する」(„Karoshi“ heißt übersetzt: Tod durch Überarbeitung)としている。記事は、高市のXの投稿が、「経済成長を促進するために日本の残業時間の上限を引き上げるという政治的な議論と符合している。しかし、多くの日本人はこれに全く賛同していない。というのも、この小さな国を世界第4位の工業大国へと押し上げたあの有名な勤労倫理が、心臓発作や精神疾患、さらには自殺にもつながっているからだ。日本では、この現象を「過労死」と呼んでいる」と指摘する。そして、「高市早苗は日本初の女性首相として、女性にとっては手本ではあるものの、同時に女性の権利を先導する存在ではない」と批判している。

  『南ドイツ新聞』の東京特派員には定評があって、ゲプハルト・ヒールシャーは、日本を拠点に極東特派員を30年近く務めた知日派だった。佐藤栄作以来18人の首相について取材しており、彼の評論・コメントには以前から注目してきた。後任のトーマス・ハーンの記事もこの「直言」で何度も紹介してきた(例えば、公明党代表へのインタビューや、少子化問題についての松戸レポートなど) 。現在はデビッド・ファイファーで、高市首相の睡眠時間から説き起こし、最後は女性市長の育休問題まで扱っている。

『南ドイツ新聞』の記事の写真

  たまたま娘さんがボン大学と早稲田大学の交換留学生として水島ゼミに参加していた縁で、オルセン昌子さんとは、20年以上も家族ぐるみで交流している。2016年頃から、『南ドイツ新聞』の興味深い記事を、その日のうちにスマホで撮って送ってくださるようになった。私はデジタル版を定期購読しているが、やはり紙版のトップ見出しと写真はインパクトがある。一例として、地球温暖化の象徴的写真を使った紙面や、極右の「再移民」計画に反対するデモの紙面がある。

 そのオルセンさんが、皇室典範改正問題について憤慨したというメールを送ってこられたので、この「直言」にご寄稿いただくことにした。以下、オルセンさんの文章を、雑談シリーズの152回として掲載する。前回の雑談(151)が「八ヶ岳南麓の仕事場を閉じる」だったので、今回はドイツ在住の方との交流の一側面としてアップする。なお、前回の直言「高市政権は象徴天皇制を壊すのか―皇室典範改正の隠れた狙い」の冒頭の『南ドイツ新聞』の1面写真も、オルセンさんがその日の朝に撮影して送ってくれたものである。

 

《寄稿》

皇室典範改正について思うこと

オルセン昌子 (Masako Olsen),ドイツ在住47年

高市早苗さんが首相に選ばれたとき、ちょうど一時帰国中だった私は、姉の家に滞在していた。カメラを意識した不自然な笑顔をテレビで何度も見た。首相になるとその笑顔は日常的なものになり、もしこれが男性の首相だったら、からかいの的になるマスクかもしれないとも思った。

  ドイツ在住の私にとって驚いたことは、10月から3カ月足らずで衆議院を解散し、総選挙を行うという不思議な決定だった。それも有権者が投票所に出向くのに苦労する真冬に、冬季オリンピックで気が逸れている国民相手に、私を首相と望むかどうか知りたいと強気で選挙を行ったことだ。野党第一党の立憲民主党と公明党が合併して「中道」という新しい党を作った直後で、有権者ばかりか党員でさえ明確に伝わっていないうちに選挙突入となった。なんだか煙に巻かれたような気分だった。結果は自民党の大勝利と、絶滅に近い息絶え絶えの中道の姿があった。あまりにも対照的な結果に、非常識な選挙という印象が残った。高市さんの大勝利は、SNSや動画作戦によるものが大きかったことが徐々に明らかになった。ドイツの極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の勝利のときも、SNSや動画の影響によるところが大きいことが、選挙後の分析で分かっていた。

 高市首相が行う性急な政治をいろいろ見せつけられてきたが、今度は皇室典範の改正まで強引に実行した。愛子さまへの信頼と敬愛が国中で増すなかで、女性天皇の誕生という話題や可能性が現実的になる前に、である。天皇夫妻に失礼なことはもとより、一人の人間としての愛子さまに対しても、これほど失礼で思い上がった態度はないのではないか。皇族数が減らないようにするという、いかにも皇室のことを考えているかのように見せかけて、男系・男子のみで皇位は継承されなければならないという方向を固定化してまったわけである。これは、長い目で見ると、国民の皇室離れにつながるかも知れない。いくら男系・男子とは言っても、本筋の天皇系ではないからだ。胡散臭い方法で天皇になった方を、国民は今のように心から信頼することはできないだろう。

 やっと日本にも女性の首相が誕生したと思いきや、その女性政治家が、女性の天皇が誕生しないように、国民の関心第一の物価高問題などはそっちのけで、皇室典範改正に躍起になったのである。男女同権という法律があるのに、愛子さまは女性だという理由だけで、天皇の子として受け継ぐ日本の象徴となる可能性を封じられた。インターネットで世界中がつながり、お金さえあれば宇宙旅行も夢ではなくなった時代に、先進国の日本では、女性が未だに男性と同価値として認められていない。日本は、人権、法律、道徳などの価値観を他の国々と共にしている民主主義の国なのに、女性に対する考え方はどうなっているのか。

 2024年、国連が〈日本の男女同権〉に添うように、女性天皇が許されるべきだと再度要請すると、これをはねつけて国連女子差別撤廃委員会への任意拠出金を停止した。「女子差別うんぬんは日本国が決めることで、外の組織からとやかく言われる云われはない」と怒る頑なな古い頭の政治家の姿が目に浮かぶ。何という偏狭で、了見が狭い情けない反応だろう。

 日本女性の地位は世界148カ国中118位と大分低いが、その昔の《女三界に家無し》という考えの名残で、未だに女性自らが男性を立てるという姿勢があるからとも見える。それにしても今回の皇室典範改正は、あまりにも女性を馬鹿にしていると思う。日本男児は今でもそんなに女性卑下の気持ちを持っているのだろうか。昔から皇位継承資格が男系・男子であったから、実現のためには何十年遡ってでもその系図の男子を皇族に復帰させるべきだと、あっさり多数の政治家が同意し、改正法の成立となった。あまりの時代錯誤に唖然とする。

  592年から36年間在位した推古天皇以来、さらに7人の女性天皇が計106年間も在位したというのに、2026年の今、天皇になれるのは男系・男子だけで、そのためには養子までしてその流れを重要視する。初めての日本の統治者が卑弥呼という女性だったことを、現代日本の政治家は何と説明するのだろう。

 象徴の立場として私的な意見は慎んでいる天皇陛下も、ついに,「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と控えめに言われるほどだ。

 上皇陛下も今上天皇も、日本の平和のために尽くすという使命感で訪問や交流を行ってきたが、それは誠実で心がこもったものだった。その姿は愛子さまにも受け継がれ、その敬虔に行事を全うする姿は国民に慕われている。もしかしたら、高市首相とそのお仲間には、これが目の上の瘤なのかもしれない。軍事費を増やして、軍事優先の国にしようとする政治家たちにとっては、永遠に平和を守るという姿勢をお支えする気分にはならないのかも知れない。男系・男子の天皇に固執するのは、もしかしたら、自分たち政治家のマリオネット的な天皇にして、もっと政治をやり易くすればいいと思うのかも知れない。今の天皇はそれだけで、口数少なくとも、国民を納得させることができる。国民の象徴の天皇は平和の象徴になっているからだ。国の象徴として、国民の心のふるさとのような人間としての天皇は、品格と人の心を掴める素質があるなら、女性でもよいはずである。

 日本政治の最近の事情について、近所に住む高齢の友人、著述家ヴェルナー・フィルマー(歴代政治家の伝記やヒトラーについての著作がある。西ドイツ放送(WDR)副編集長)に意見を聞いてみた。彼はまず「時代遅れだね」と言ってため息をついた。「社会が啓蒙されていない、国民の意識が成熟していないのかな。その改革は、後々、色々な不都合、不具合などが明らかになってくるね」と言って、「変わる者だけが、自分自身に忠実であり続ける《Nur wer sich ändert, bleibt sich treu》」と、旧東独から逃亡して活動家になった詩人、劇作家、作詞作曲家のヴォルフ・ビーアマンの言葉を付け加えた。

   私が、それはどういうことなのかと聞くと、「昔の自分の考えや姿に固執することが必ずしも自分に忠実ではない。時代や経験に応じて成長し変化することが、本当の意味で自分の真髄、価値観を守ることになる、という意味だ」と教えてくれた。それはまさに、日本の皇室のあるべき姿を言い当てたものだと思う。それでも高市首相たちには、その深い意味は分からないだろう。伝統は守らなければ、日本ではなくなると思っている固定観念にとらわれてしまっている人たちには理解できない考え方かも知れないが。

 メディアでこの奇妙な日本の新法律(改正皇室典範)を知ったドイツの友人たちも、「酷い」「信じられない」と憤慨している。日本では伝統を守ることは大事なのだろうけれど、それにしても男女同権の今だから、その改革には疑問が残るという意見、国民の大半が愛子さまを天皇に望んでいるというのに、男子継承者を求めて何十年も遡るというのは納得がいかない、という意見。何といっても今は男女同権の時代なのだから、と。

   日本留学体験があり、日本の文化も民族性もよく知っている夫も、これには呆れるばかりである。これは〈世界の真ん中で咲き誇らせる日本外交〉どころか〈世界の真ん中で日本を笑いものにする〉傑作の政策と言えるかもしれない。

 ヨーロッパ各国の王国では、1979年のスウェーデンを皮切りに〈王の跡継ぎは男女を問わず第一子〉という制度を導入した。男の子が生まれなくても、王国が消滅する心配はない。それどころか、合理的思考文化のあるヨーロッパでは、王や女王という特別の地位の存在は民主主義に合わないといって民衆から辞めさせられる心配がまったくないとも言えない。

 ドイツでは、女性は能力があれば認められるし、女性軽視的な様子は見られない。同じ仕事でも男性より給料が安いという現実的な問題はあるから、それが軽視ともとれるが、女性だから人間としての価値が少ないと感じた経験は、ドイツに長年住んでいるが一度もない。

  キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル首相が2005年から16年間ドイツを率いたが、その間女性の首相でも特に女性のために何か政策をとったことはなかった。敢えて言えば、保育園を増やして、女性の仕事復活が楽になったということくらいだ。初めての旧東独出身首相でも、旧東独のために何かを特別にしたわけでもない。でも、メルケル首相は、特に女性の足を引っ張るということはしなかった。高市首相はどうだろう。天皇陛下になるかも知れない愛子さまの足をもろに引っ張っているではないか。

 高市首相にしても、メルケル元首相にしても、男女同権ではない状態を変えるためにたくさんできることがあったのに、折角の機会を利用しなかった。女性首相として女性のために特別の政策を掲げたりすれば、女性だからやったというマイナス評価になり、男性と平等の評価を受けられないからだろうか。高市さんの首相としての様子を見るにつけ、「だから女はダメなんだ」というような声がどこかから聞こえてきそうだ。まあ、首相業務の傍らに、洗濯やハンカチのアイロンかけまで頑張って、「睡眠がゼロから3時間」では、まともな判断はできないかも知れないが。

 ここで、近所に新しく家が建った時のことを思い出す。あまりにも周囲への配慮に欠けた建て方をしていたのだが、その新しい家の主が職人たちに、「フアクテン シャッフェン(„Fakten schaffen“)」(早く仕上げて、事実を作ってしまえ)といって急がせていた。それを聞いて、皆で驚いた。建ててしまえばこっちのもの。つまり既成事実をつくってしまえということだろう。

 高市首相のこれまでの政治の姿を見て、その言葉を思い出してしまう。「早く早く、やってしまおう。やってしまったら、こっちの勝ち」。高市首相のポップスター的大勝のお陰で、自民党右派は、今までと違って思うままに法律や政策が実施できる。有頂天になって、ファクテン シャッフェン、ファクテン シャッフェン。

 ゲンシャー元外相は冷戦終結や東西ドイツ統一があった時代の外交を18年間続け、国民の信望も厚く大変惜しまれながら自ら引退した。その時に述べた„Demokratie lebt vom Wechsel“ (民主主義には交代が必要だ)は、実に印象深い言葉だった。オバマ大統領が8年間任務の最後にお別れにヨーロッパに来た時に、当時のメルケル首相は、オバマ大統領に向かって慰めるようにこの言葉を使ったそうだ。でもメルケル自身は16年間も首相の座に座り続けた。„Macht macht süchtig“ (権力は依存症になる)という言葉に頷いてしまう。『南ドイツ新聞』(Süddeutsche Zeitung) の当時の編集長プレンテルさんが、テレビの政治トークショーで、「メルケル首相は4期目には候補するべきではない」と強く主張していたのを覚えている。長年の《Weiter so 今まで通り》方針のメルケル政権の後、今、ドイツでは様々な分野で問題が溢れている。

 日本も民主主義の国なら、社会のより良い発展のために、そろそろ自民党ではない党に政治をやらせてみてはと思うけど、あまりにも党が多すぎて、国のことを考えるのではなく、自分達の主張ばかり重視して、お互いに妥協しないので社会変化は望めない。それに〈今まで通り〉は一番安心で楽だ。でも、このままでは„Demokratie lebt vom Wechsel“ではないので、思い上がった自民党のやりたい放題になり、気が付けば、トランプ政権下のアメリカのようになりかねない。国民はしっかり本気で見守らなければ、気が付くと、こんなはずじゃなかった、ということになるだろう。

 なお、オルセン昌子さんは最近、ご自身のドイツ在住47年を総括するエッセーをまとめられた。タイトルは『ドイツのふり見て、我がふり直せ―47年間ドイツで暮らして 見たこと 考えたこと』(2026年)である。この絵は表紙に使われているオルセンさんの作品である。かなり長文だが、半世紀近いドイツでの生活のこと、ドイツから日本を見て考えたことなど興味深い内容なので、お読みください。オルセンさんの経歴・著書はここから。

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。
詳しくは、直言「わが歴史グッズのはなし(6)アフガニスタン」参照

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