「並立」と「併用」の弊害  2005年9月26日

9月に行われた日独の総選挙の結果、選挙制度の違いが劇的に明らかになった。今回の「直言」は、二つの国の選挙の対照的な結果について述べることにしよう。
  
日本の選挙結果については先週詳しく書いた。この国の選挙のなかで唯一「総選挙」(general election)と呼ばれる重要な選挙が、小泉首相の巧妙なレトリックによって「郵政民営化の国民投票」という形に矮小化され、選挙制度の仕掛けとあいまって、結局、経済・財政問題や年金問題、イラク派遣をどうするのかを含めた重要問題が争点とならないままに終わった。「327」という数字には、「郵政民営化」以外の争点に対する委任は含まれていないとするのが自然だろう。もっといえば、郵政民営化法案が成立したら、再び解散するくらいの「暫定的な委任」の意味しかない選挙だったのではないか。だが、実際には、「327」によって「全権委任」を受けたかのような言説が飛び交い、憲法改定まで突っ走る勢いと傾きが見えてきた。9月22日夜の連立与党会談で、小泉首相は「これだけ勝ったから任期満了まで(衆院)選挙はない。落ちた人はかわいそうだな」と語ったという(『毎日新聞』9月23日付)。「4年間はもらった!」という感覚なのだろうか。

  選挙の結果、国会の状況も一変した。それを象徴するのが、83人の自民党新人議員たちである。彼らについて小泉首相は、「選良ですから、しっかりしてもらわないとね」とテレビで語っていた。私は「せんりょう」という響きに愕然となった。「国内政治」には驚くほど無邪気で緊張感の欠けた学者から、自ら「120%小泉チルドレン」を名乗ってしまう26歳「ヒラリーマン」に至るまで、およそ「選良」と呼ぶにはほど遠い面々だったからではない。これは国会の「占領」という意味なのではないか、と。郵政民営化に抵抗した自民党議員は「粛清」され、あるいは沈黙して、自民党は完全に小泉一党と化した。83人の親衛隊(小泉ユーゲント)を保持すれば党内支配は完璧である。総裁選挙においても、国会議員の一票は重い。各種人事を決する両院議員総会においても、この親衛隊の存在は絶大である。自民党内で小泉首相に逆らう議員はいなくなった。こうして「鉄の団結」を生み出した自民党が国会で圧倒的多数を占める。これは国会の「占領」ではないか。
  
議席配置を見ても、新人83人が正面の前寄りにズラリと並ぶ。1932年選挙のあと、ドイツ議会の正面に陣取った褐色のナチス議員を彷彿とさせる。今後、野党議員が演壇から首相批判の演説をすれば、83人のなかから、首相への忠誠を示すべく、大声でヤジを飛ばして点数を稼ぐ輩も出てくるだろう。26歳君も、高校時代に「『君が代』をアカペラで歌いながら、全校生徒のなかを歩いた」という声と度胸が評価される場面も出てくるだろう。
  
この結果は、前回述べたように、得票率と議席占有率とに巨大な開きが生まれる小選挙区制効果が劇的にあらわれたものといえるだろう。「小選挙区比例代表並立制」という現行制度は、端的にいえば、「比例代表の要素を加味した小選挙区制」である。「民意の反映」よりも「民意の集約」(政権選択)を重視した制度設計になっている。11年前に導入された制度が、これに賛成した人々でさえ驚くような、あるいは予測もしないような効果を伴って(自民党比例名簿搭載者が底をついたことで、社民党に1議席配分されたことなど)、「327の衝撃」をもたらしたのである。作家の保阪正康氏の言葉を借りれば、「大東亜戦争完遂に賛成か否か」の一点で争われた1942年4月の「大政翼賛選挙」になぞらえ、まさに「郵政翼賛会」が成立したわけである(『週刊文春』9月29日号)。

  では、「9.11総選挙」の一週間後に行われた「9.18総選挙」の結果はどうだったのだろうか。ドイツの制度は、日本では「小選挙区比例代表併用制」と呼ばれているものだが、その制度のベースは比例代表制である。総議席数の半数を小選挙区で選び、半数を比例代表で選ぶというのではない。総議席数に対して、各政党の得票率をかけて、各党の議席割り当て数を決める。小選挙区で当選した候補者はそのまま当選となり、それを除いた残りの数を各党比例名簿の上位から当選としていく仕組みである。もちろん、州レヴェルの配分の仕方など、実際の仕組みはもっと複雑だが、少なくとも、各党の得票率と議席占有率とを限りなく近づけていく仕組みであるから、基本は比例代表制である。なお、割り当て議席数よりも小選挙区当選者が多い場合には、総議員数をその数だけ増加させる「超過議席」と呼ばれる仕組みもある。また、「5%・3議席」条項というのがあって、第二投票で5%以上得票できなかった政党、または第一投票(小選挙区)で3議席以上獲得できなかった政党は議席配分を受けられない。いまのドイツの制度は、ヴァイマール共和制時代の比例代表制に比べれば、少数政党に不利な面があることは確かである(「破片政党」の排除)。ただ、ドイツの制度のメリットは、党幹部が策定する候補者名簿の搭載順位によって候補者すべてが決まるのではなく、選挙民が小選挙区で「人」に投票することで、二大政党の候補者の一定部分を「顔の見える」形で選ぶことができるということだろう。「併用制」が、「人的要素を加味した比例代表制」といわれる所以である。

  5月22日、社会民主党(SPD) が長年統治してきた州(NRW) の州議会選挙で敗北した結果、州政府代表からなる連邦参議院(上院)で同党は劣勢となった。シュレーダー首相は、そのことを理由にして、連邦議会(下院)を無理に解散した。連立与党、特にSPDの支持率は劇的に下がっており、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU) のメルケル党首がドイツ初の女性首相になることが、かなりの確度で見込まれていた。だが、選挙結果は意外なものとなった。連立与党は過半数を失ったが、票の減り方は予想よりも少なかった。躍進が予想されたCDU/CSUも議席を減らした。そのため、連立与党が政権を確保することが不可能になっただけでなく、CDU/CSUが自民党(FDP)と連立を組んで政権を奪還することも不可能となった。昔読んだボナパルティズム登場の状況を示す言葉、「支配層がもはや統治できないが、なおこれに代わる勢力がまだ統治できない」(nicht mehr fähig sein, noch nicht fähig sein)を思い出した。
  
選挙結果については、『シュピーゲル』誌サイトにあるグラフィックが便利で、地図上の選挙区をクリックすると、すべての小選挙区の得票状況までわかる。CDU/CSU35.2%(−3.3%)225議席(−23議席)、SPD 34.3パーセント(−4.2%)222議席(−29議席)、FDP9.8 %(+2.4 )61議席(+14議席)、左派党8.7%(+4.7%)54議席(+52議席)、緑の党 8.1%(−0.5%)51議席(−4議席)、その他3.9%(+0.9%)0議席である。連立与党とCDU/CSUが得票率を下げ、56議席も失った。連立与党だけでは33議席減である。その分、低迷を続けていた少数野党のFDPが富裕層の支持を増やして躍進。他方、新自由主義的な政策を推進するSPDに嫌気のさした労働者や旧東の人々の支持を得た左派党が52議席増で、緑の党を抜く第4党に躍り出た。SPDの得票は1961年以来二番目に低いものとなった。他方、左派党は旧東独地域だけでなく、党首に担いだラ・フォンテーヌ(元SPD党首、蔵相) がかつて州首相を務めたザール・ラント州や、ルール工業地帯などでも票を集めた。左派党は、ベルリン・リヒテンベルク区では35.6%、ベルリン・マルツァーン区で34.4%を得票。小選挙区も制して、東での底力を見せつけた。
  
ちなみに、投票率は79.1%だった。ドイツの総選挙の投票率は概して高く、1972年の91.1%が最高。最低でも90年の77.8%と、日本では考えられないほどの高さだ。21世紀に入って投票率が80%を下回る状況が続き、棄権者(Nichtwähler)の増大が問題視されてきた。「9.11総選挙」の67.5%が「投票率アップ」と書かれる日本との落差は大きい。

  さて、9.18総選挙」の分析や論評をネットで見ながらプリントアウトしていたら、2センチ強の厚さになってしまった。選挙直後は、SPDとCDU/CSU がともに勝利宣言を行った。それをdie tageszeitung紙は、頭のない両党首の写真を並べて皮肉った「ドイツに二人のトップが?」という見出しの記事も(Netzeitung.de vom 18.9)。ドイツに二つの顔のトップの写真も(Bild.T.de vom 24.9)欧州諸国の関心も高く、フランスの女性国防大臣が「この選挙結果は、ドイツ国民が新自由主義を拒否した」と評価したのが目を引いた(FR vom 19.9) 。経済政策でも労働・社会・福祉政策(Agenda 2010, Hartz W) でも、連立与党は自らの支持基盤から反発をかうような政策を展開してきた。保守のCDU/CSUと、新自由主義政策をアビールするFDPの連立政権は、西の低所得層や東の人々にとっては歓迎されない。だから、連立与党批判がそのままCDU/CSUには向かわない傾きは当初からあったが、大方の予想はCDU/CSU(黒)とFDP(黄)の連立政権を予想していた。その点に関連して、左派系新聞は「新自由主義の陰謀が頓挫した」という評論を出した(Freitag vom 23.9)。

  CDU/CSUの「敗北」原因にはいろいろなことが指摘できるだろう。真面目で地味な東出身のメルケル党首では、女性首相誕生への押し出しの弱さは否めず、言葉やはったりにも勢いがあり、権謀術数にも長けたシュレーダー首相の比ではなかった。これは小泉首相と民主党・岡田前代表との関係に似た状況だった。加えて、元連邦軍東部司令官だった地方幹部の、東の人々を馬鹿にした発言などの失態が続いたのも痛い。ボン大学のJ・イーゼンゼー名誉教授と共著も出しているP・キルヒホーフ教授(元・連邦憲法裁判所裁判官)を「次の財務大臣」に据えたまではよかったが、同教授が持論の所得税一律25%をぶったために、CDUはとりわけ東部地域で大きく支持を下げる結果となった。こうした二大政党の「弱者切り捨て」路線を巧みに突いて、旧東部地域を中心に支持を広げたのが左派党である。ラ・フォンテーヌのような元SPDのカリスマ党首のおかげで西にも支持を広げたが、旧社会主義統一党(SED) の残滓という側面から、当選した左派党候補者のうちの7人が、旧東ドイツ国家保安省の非公然協力者(IM)であるとの指摘を、連邦シュタージ文書担当委員が行っている(マグデブルクのMitteldeutsche Zeitungとのインタビュー。同紙9月22日付)。左派党はこの情報を直ちに否定した。東出身議員が大量に連邦議会に進出すれば、当然予想されたリアクションである。この種の議論が再燃するところに、統一から15年たっても「一つの国家、二つの社会」がなお克服されていないドイツの現実がある。

  「9.18総選挙」の結果、比例代表制の効果が遺憾なく発揮され、左派党が54議席も獲得した。だが、今までの連立の枠組だけでいけば、どの連立の組み合わせでも過半数をとれないという「全方位ふさがり」の状態が生まれた。これまでの連立与党の「赤」(SPD)と「緑」(Die Grünen)の連立も、「黒」(CDU/CSU) と「黄」(FDP) の連立も、ともに過半数に達しない。誰にも権力が与えられない状態(keine Macht für niemand)が生まれたわけである。
  
そうしたなか、先週後半からメディアの関心は、連立政権の組み合わせにシフトしてきた。首相の選出は連邦議会の構成員の過半数の賛成を必要とする(基本法63条2項)。過半数が得られない時は、連邦大統領が7日以内に最多投票を得た者を首相に任命するか、連邦議会を解散しなければならない(63条4項)。選挙から30日以内に連邦議会が開催されねばならないが(39条2項)、何日以内に首相を選べという規定はないから、おそらく10月は首相選びで混沌とするだろう。第一党から首相を出すという規定はなく、これまでも少数与党で政権はつくられてきた。なお、第160選挙区ドレスデン第1は、候補者(NPD)が急死したため、当選者を決める再投票が10月2日に行われる。それまで総選挙の最終結果は確定しない。この議席をSPDが獲得すれば、CDU/CSUとの議席差はさらに縮まる可能性もある。

  いま、過半数を形成できる「連立のかたち」が四つ想定されている。第1は、SPDとCDU/CSUによる「大連立」(Grosse Koalition)である。総議員数の73%が与党となる政権である(ただし、得票率は計69.5%で、二大政党の得票が戦後初めて7割をきった!)。第2は、SPDと緑の党に、FDPが加わったもので、FDPのトレードマークは黄色なので、「赤・黄・緑」という「信号連立」(Ampelkoalition)と呼ばれている。第3は、CDU/CSUの「黒」と、「黄」のFDPに緑の党がくっつく形で、中米のジャマイカ共和国の国旗を想起させる「黒・黄・緑」の「ジャマイカ連立」である。第4は、SPD と緑の党の連合に左派党が加わる「赤・緑・真っ赤」連立が考えられる。
  二党だけで過半数をとれるのは「大連立」しかない。FDPが緑の党を嫌っているので、「信号連立」もまず成立しないと見られている。左派党は連立与党、とりわけSPDを激しく批判し、「確かで強力な野党」を選挙民に印象づけて勝ったから、直ちにSPDと連立を組んで与党になる可能性は小さい。「ジャマイカ連立」のためのCDUと緑の党の交渉も22日に行われたが、物別れに終わった。ある新聞には、「ジャマイカ、イエス!」という論稿が掲載されたが(Rheinischer Merkur vom 22.9) 、かつての緑の党に比べれば、与党7年の体験でかなり「柔軟」化してきているとはいえ、「黒・黄・緑」の組み合わせはむずかしい。世論調査をやっても、「黄・緑」の組み合わせは評判が悪く、22日の世論調査では57%が反対と答えている(Die Welt vom 23.9) 。いま、最も可能性が高いのが「大連立」である。32%が「大連立」を望んでいるというから、この方向で落ちつくのかどうか。その場合、双方が首相の地位を要求するだろうから、「二人首相」という憲法上あり得ないが、何らかの妥協の結果、事実上の決着がはかられるかもしれない。「二年ごとに首相を交代する」ということがまことしやかにいわれている。なお、ドイツ国民は、「大連立」を40年近く前に体験している(1966〜1969年)「大連立の神話」を批判する論者は、「黒・赤」は「長くインフォーマルに存在したことの形式化」にすぎないと指摘している。連邦参議院では「黒」が圧倒的多数を占めており、「大連立」は安定せず、再び総選挙という可能性もある。この原稿を書き終えたのは9月24日午前である。この段階で、「ジャマイカ」の破綻がほぼ明確になった。9月28日の「大連立」交渉を一つの山場にして、何でもありの状況となる。「サプライズ」の組み合わせもあり得るだろう。

  「小選挙区比例代表併用制」によって「民意の反映」はきわめて鮮やかに示されたが、政権の形成は選挙民ではなく、選挙後の政党間の連立交渉に委ねられた。国民は連立の組み合わせまで委任したわけではない。CDU/CSUに投票した人は、まさか緑の党と組むことなど想定だにしていないし、反発すら感じるだろう。緑の党支持者も同様である。新自由主義を推進するCDU/CSUとFDPと連立を組むことがわかっていれば、左派党に投票する人も少なくなかったはずである。かくして、「併用制」の「弊害」も浮き彫りになってきた。そして、この制度では、統治能力のある政権を形成しにくいという指摘がなされるようになった。ドイツ基本法の改正提案も出ている。保守系紙には、「いかに多数派を創出するか――ドイツ選挙法は行動能力ある政府の形成を困難にしている。基本法を改正する時期である」という評論も載った(Die Welt vom 22.9) 。この評論は比例代表制が政府の形成を困難にしていることを指摘しながら、いまの制度のもとでは、政府がうまくできるか否かは政党の連立能力に依存してしまう。そこに選挙民は何らの影響も及ぼせないと批判する。そして、現在のように総議員数の半数を小選挙区から選ぶ仕組みを改め、三分の二ないし四分の三を小選挙区で直接選出するよう提案している。
  ドイツは「黒・赤」の二大政党制の時代から、「黄」がくっつき、離れる変形三党制の時代を経由して、80年代に「緑」が加わった四党制へ、そして今回の「確かで強力な野党」を標榜する「真っ赤」な左派党の登場で「五党制」の時代が始まったといえるだろう。これを二大政党制に戻すための選挙制度改革の議論が起きるかどうか。
  
私は、「民意の反映」を犠牲にしてまで、政権選択の要素を重視するのは正しくないと考えている。選挙における憲法原則は、第一義的に「民意の反映」である。政権の形成がうまくいくかどうかは、その後の政治問題である。日本では、評判の悪い重複立候補制が見直されるだろうが、それに便乗して、小選挙区選出議員の割合をさらに増加させる動きも出てくるだろう。今回の「327」が次の選挙で崩壊しないよう、小選挙区を増やしておくという仕掛けも工夫されるだろう。今後ドイツでも、現行の「小選挙区比例代表併用制」の見直しの動きが出てくるに違いない。日独両国で9月に行われた総選挙は、対照的な結果に終わったが、今後の選挙法「改革」の方向と内容については、存外共通しているかもしれない。

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