立憲主義と民主集中制  2008年4月7日

月に北朝鮮を訪問した方から、最新の「北朝鮮グッズ」の提供を受けた。国旗のバッチ子ども向けのものもある。軍関係の切手をみると、ミリタリズムそのものであるA. ファークツの定義にならえば、「軍国主義的な方式」に基づいて作られた軍隊がそこにある(望田幸男訳『ミリタリズムの歴史』〔福村出版、1994年〕)。金大中、胡錦濤、プーチン、小泉純一郎といった指導者たちとのツーショットを、すべて記念切手にしてセット販売するあたり、なかなか抜け目がない。21世紀の現代においても、スターリン時代の構図や配色とまったく変わらない銃をもつ軍人が人民の先頭に立つあたり、一党独裁国家というよりも、軍国主義国家である。ちなみに、金正日は朝鮮労働党総書記で、国家レヴェルの肩書は国防委員会委員長であり、いまだに国家主席を名乗っていない。軍のレヴェルでは、朝鮮人民軍最高司令官である。

  その北朝鮮憲法(1998年)は、実に不思議な憲法である。前文には、個人名が17箇所も出てくる。「金日成同志」の前に「偉大な領袖」がたびたび付く。前文の結びの言葉はこうである。「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法は、偉大な領袖、金日成同志の主体的な国家建設思想と国家建設業績を法化した金日成憲法である」。ここまで個人名を打ち出した憲法は、世界の憲法史上、珍しい。どんな独裁者も、もう少し抽象的な表現を用いる。かの「総統」でさえ、法律や規則などにまで"Adolf Hitler"の名前を使うことはしなかった。「指導者=総統」(Führer)といえば、ある一人の人物しか指さないことは誰もがわかっていた。だから、北朝鮮憲法が17箇所も個人名を使っているのは、単なる個人崇拝の産物でも、かつての「家長国家」の名残でもなく、「私国家」の「私憲」ということだろう。もちろん、一個人の支配というよりは、実質的には党官僚の支配があり、軍もまた、「党の軍隊」である。国のありようは、きわめて歪んだテクノクラート支配、端的にいえば「党治国家」といえる。この憲法の時代錯誤性は、他にもたくさん指摘することができる。

  まず、国家運営について、「朝鮮労働党の領導」をうたう(11条)。社会に基礎をもち、国家と社会の媒介的な役割を果たすべき政党が、国家と一体化し、一党独裁が憲法規範化されている。公民の権利・義務も「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という集団主義的原則に基づく(63条)。「一人は一人〔金正日〕のために、みんなは一人〔金正日〕のために」と皮肉りたくもなる。さらに、居住、旅行の自由も保障されているが(75条)、脱北者を強制収容所に送る国では、何と空疎に響くことか。これでは、個人の権利保障を旨とする立憲主義は吹き飛ぶ。「外見的(見せかけの)立憲主義」(Scheinkonstitutionalismus)と評するにも、かなり距離があるように思う。「憲法」という薄皮でくるまれた「外皮的立憲主義」(Schalenkonstitutionalismus)とでもいえようか。

  国家の構成原理として、北朝鮮憲法が「民主集中制」を採用している点も要注意である。「すべての国家機関は、民主主義的中央集権主義〔民主集中制〕原則によって組織され、運営される」(5条)。
   「民主集中制」とは、少数は多数に従い、下級は上級に従い、全国の党組織は「党中央」に従うという、レーニン型の党(共産党)の組織原則である。それは、戦時・非常時型の秘密結社の組織形態を常態化したもので、「民主的」討論は「党中央」の自由裁量によりいくらでも収縮できる。党員相互の自由な討論は遮断され、横断的連絡・交流は禁止される。つまり、異なる組織間で党員が意見交換することは許されず、常に上級組織の「許可」のもとに行われ、最終的判断権は「党中央」がもつわけである。

  他方、「党中央」の役員に任期制(多選禁止など)はなく、一般の政党では考えられないほど長期にわたり、同一人物が最高指導者となる(その究極の形態が「世襲」)。民主集中制をとる党の指導者のなかには、「余人をもって代えがたい」と自分でいってしまい、超高齢にもかかわらず、長期にわたりトップに居すわった人物もいる。その傾向は「次世代」にも「継承」されているようである。また、「党中央」は無答責である。だが、下級党員がそうした「党中央」をリコールすることは、民主集中制の建前からは想定されていない。地方の裁量も限りなく小さい。これらは結局、上意下達式の命令型組織に典型的なかたちであり、「民主主義的」というのは形容詞にすぎず、本質は中央集権主義である。否、民主集中制における「民主」の要素は限りなく形式的なものであり、形容詞にすらなっていないともいえる。また、民主集中制は、 民主主義と中央集権主義の 「統一」とされるが、そもそも両者はそのような関係に立ちうるものなのかも疑問である。民主集中制とは、 あくまでも「民主主義」的「中央集権主義(制)」である点に注意したい。


  さて、前述の北朝鮮憲法5条は、政党の組織原理を、そのまま国家の運営原理、さらには憲法原理にまで押し広げたものである。同様の規定は、中華人民共和国憲法3条1項にも見られる。すなわち、「中華人民共和国の国家機構は民主集中制の原則を実行する」と。中国の「民主」は「人民民主主義独裁」を意味する。中国の公式の理解によれば、この「独裁」は、一方では人民内部で「人権を尊重し、国家権力が人民に握られ、人民に奉仕する」、他方で、「広範な人民の根本的利益を保障するため、社会主義制度を破壊し、国家の安全と公共の安全に危害を加え、公民の人心の権利と民主の権利を侵犯し、横領、賄賂、汚職などをはたらく各種の犯罪行為に対し、法により独裁の手段で制裁を加えて、最も広範な人民の根本的利益を保障する」のだそうである。
   『北京週報』(日本語版)によると、中国の民主政治建設は4つの柱からなる。第1は、「中国の民主は中国共産党の指導する人民民主である」。第2に、「中国の民主は最も広範な人民が主人公になる民主である」。第3に、「中国の民主は人民民主主義独裁を信頼できる保障とする民主である」。第4に、「中国の民主は民主集中制を根本的組織原則、活動方式とする民主である」。中国も、北朝鮮と同様、民主集中制を国の組織・運営の根底に置いていることは確かだろう。

  中国憲法3条1項を基本に、民主集中制を、国家の根本的組織原則と指導原則として、これを実行することが、「『民主』を十分に発揚し、集団で討論し、人民の願いと要求を十分にあらわし、反映し、それを踏まえて正しい意見を『集中』し、集団で決定を行って、人民の願いと要求を実行に移し、満足させる」ことだという。民主集中制の実行は、また、「多数を尊重し、少数を保護し」、無政府主義的「大民主」に反対し、個人の意思を集団の上に凌駕することに反対するとされている。一見もっともらしいが、この組織原則を憲法を通じて国家レヴェルにおいて採用すると、「法治」は限りなく縮小していかざるを得ない。なぜなら、多数によって少数の個人の権利が侵害されたときに、個人の権利を保障するために、「民主」にさえ制約を加えるという発想は、ここにはないからである。「民主」の源に党の指導があり、「法治」が党の指導に制限を加えることは、民主集中制と原理的に整合しない。党の指導の利益のためには、「個人の意思を集団の上に凌駕することに反対する」という形で、「法治」が後退していくことになる。

  もちろん、近年の中国は、北朝鮮とは比較にならないほど、「法治」の側面における整備を行ってきた。公開裁判制度、人民陪審員制度、人民監督員制度、弁護士制度、法律援助制度、人民調停制度などがある。だが、その実態は複雑である(詳しくは、 m見亮「中国の『監督』制度における『民主』と『法治』(1)(2・完)」『比較法学』38巻3号、39巻2号〔2005年〕参照)。すべての問題の根源には、一党派の組織原則である民主集中制を、憲法で国家運営の基本として採用しているという問題が横たわっている(ただし、中国研究者の最近の議論では、 中国は革命の当初から、強固な統一的組織体ではなく、分散的かつ独立性の高い地方諸組織の結合体として構成されていた という分析が有力であり、現実の 中国の中央と地方の関係は、「中央が絶対的な権力で上命下服の統治をしている」という のとはかなり距離があるようではあるが)。

  権力は全人民のものであり、その全人民を体現する「党中央は正しい」という発想をとれば、その権力行使をチェックすることは「反民主的」となる。レーニン・スターリン以来、「党」は自己目的化、神聖化、物神化され、どれだけの暴虐が繰り返されてきたことか(「大粛清」から70年」)。スターリンは「党の綱領と憲法が衝突したときは、憲法を棚上げすべし」と断言した。ヒトラーも、授権法(全権委任法)で、この法律に違反する憲法の条文は無効とする、究極の「法の下克上」をやってのけた。ナチス党の指導者原理と、共産党の民主集中制は、運用の仕方においては同じように機能する。かつては、ナチズムとコミュニズムを同視する「全体主義」論は批判の対象になったが、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』をひくまでもなく、私は「全体主義」という概念は重要であると思う。それを用いて、両者に共通する特徴や標識から、なにがしかの教訓を導くことができ、生産的な議論に資する概念だからである。

  その点でいえば、1949年に制定されたドイツ連邦共和国基本法〔憲法〕(旧西ドイツのボン基本法)が政党条項(21条)を置くとき、「政党の内部秩序は、民主制の諸原則に合致していなければならない」(1項3文)と規定したことは象徴的である。それは、21条2項で、「自由な民主主義的基本秩序」を侵害・除去することを目指す政党を、連邦憲法裁判所が違憲と判断して、解散する仕組み(政党禁止制度)を作ったこととも関連している。1項3文にいう「民主制の諸原則」に反する政党の内部組織原理とは何か。一つはナチスの指導者原理であり、もう一つは、ドイツ社会主義統一党(SED)とドイツ共産党(KPD)の民主集中制である。ドイツ基本法21条1項3文は、ナチス的「過去」への反省と、国境を隔てて存在していたドイツ「民主」共和国(DDR)というソ連型独裁国家への同時的対応であった。
   ちなみに、憲法裁判所が政党の内部組織のあり方を政党違憲・禁止の根拠に連動させることはせず、あくまでも違憲性を補強する理由にとどめたことは重要である。政党はどのような内部組織を作るかについての自由をもち、それが憲法上尊重されるという配慮からである。とはいえ、指導者原理と民主集中制が20世紀の歴史のなかで、どれだけの惨憺たる結果をもたらしたかについて、もっと直視する必要があろう。
   なお、ベルリンの壁崩壊以降、民主集中制を、西側諸国の党はほとんどが放棄した。この時代錯誤(アナクロニズム)を維持している政党は、北朝鮮と中国のほかには、ベトナム、キューバ、資本主義国ではポルトガルと日本くらいにしかない。


  ところで、民主集中制は政党の内部組織原則であって、国家と個人の関係や国家機関相互の関係を律するものではない、という説明も出てくるだろう。政党には、選挙を通じて国民の政治的意思形成に協力するという重要な役割がある。与党となって、政権を担うことも目指す。とすると、政党の内部組織のありようは、その政党が政権についたとき、必ず国の政治のあり方にも影響を及ぼしていく。党内で中央集権的なやり方をとる政党は、その組織のありようも党員のメンタリティも、いずれ政権をとったときに、国家運営などに確実に反映していく。指導者原理をもつナチスが権力を握り、どのような結果をもたらしたかについては多言を要しないだろう。レーニン型の党が、旧東ドイツでどんな体制であったかについては、映画『善き人のためのソナタ』を通じて、リアルに感ずることができる。
   最近、稲子恒夫名古屋大学名誉教授が、10年がかり、80歳で完成された1069頁の大著『ロシアの20世紀』(東洋書房)を入手した。ネット上を検索すれば、そのサマリーが詳細に紹介されている。そこでも、レーニンとレーニン型の党が、20世紀にいかに悲惨な歴史を刻んだかが、きわめて具体的、かつ多様なエピソードと情報を交えて描写されている。もはや、民主集中制を維持しながら、立憲主義の擁護を語ることは整合的でない。一刻も早い、民主集中制の放棄が望まれる。

  いま、チベットと周辺の省が大変な混乱のなかにある。胡錦濤国家主席は、中国共産党中央委員会総書記、中華人民共和国主席(国家主席)、中国共産党中央軍事委員会主席、中華人民共和国中央軍事委員会主席である。中国における全権を握っている。中国憲法3条1項の民主集中制に基づき、地方に勝手なことをさせない。逆らえば、力をもって抑圧するという建前が前面に押し出されてきたかのようである。胡錦濤は、1989年にチベット自治区の共産党トップである書記に就任し、チベット独立運動を徹底的に弾圧した功績により、党と国家と軍の最高の地位にのぼりつめた人物である。北京オリンピックを前に、 いま、そのチベットで暴動が起きている。 あまりにもタイミングが「見事」という感じもしなくもない。3年前に、この直言で中国の「反日デモ」について書いたときに、中国共産党が行ったチベットを含む残虐行為について批判した。現在まだ十分に確認できないが、相当な死者が出ているようである。来年は天安門事件20周年である。あのときの情報統制を想起すれば、中国政府の主張は到底信用できない 。他方、中国以外の国で流される情報にも、冷静な視点が求められる。

  ベルリンオリンピックがナチスの基盤を強めたように、独裁国家はオリンピックを利用する。北京オリンピックをこのまま開催させてよいのか。EU諸国では開会式への首脳の参加を控える動きが出ている。各国首脳が参加を拒否することで、「世界の人々の総合体育大会」にしてしまうという手はある。もともとオリンピックは国威発揚の臭気が強いので、モスクワ五輪のように政治に翻弄されるのは望ましくないからである。
   そして、このオリンピックが終わった頃から、中国の本格的な政治変動が始まるかもしれない。東ヨーロッパから遅れること20年。アジアにおいても、民主集中制をとる国家の「終わりの始まり」の予兆を感ずる。

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