緊急直言 胡錦濤主席の早大訪問歓迎せず  2008年5月7日

中友好の歴史は、中国の民衆や知識人と早稲田大学との文化・学術交流の歴史でもある。大隈重信以来、中国のキーパーソンが早大を訪れ、あるいは早大で学び、中国の政治・経済・金融・文化・学術などさまざまな分野で活躍してきた。早大の留学生総数は2721人だが、中国からの留学生は1057人と、全体の4割近くを占める(2007年11月1日現在)。法学部・法学研究科で法律を学ぶ中国人留学生は82人おり、何人かを私も教えている。過去・現在・未来に向かって、中国との文化・学術交流はきわめて重要であり、体制は違っても、重要な隣人であることに変わりはない。
   一方、早稲田大学は、学問の自由、進取と在野の精神と、「学の独立」を掲げ、外に向けて、とりわけアジアに向けて開かれた大学を標榜している。偏狭なナショナリズムとは無縁であり続けている。しかし、大学は常に、誰に対しても開かれているわけではない。相手が一国の元首であったとしても、政府・外務省とは違った、大学としての立場と見識によって、ゲストとして招くかどうかを自ら決定すべきである。 大学の自治の観点から当然だろう。
   加えて、 大学が招待する以上、構成員がこぞって歓迎できる相手であることが望ましいし、そうあるべきである。ただ、国家元首や政治家の場合は評価が対立し、それぞれの国における政治動向も反映して、時に反対運動が起こることもまた、思想や言論の多様性を前提とする大学の場合、ある意味では「日常的」風景といえるだろう。早大の歴史のなかで、たくさんの国家元首政治家が来学したが、それについてこの11年間、講演「内容」を理由として、来学に批判的なコメントをすることはしなかった。しかし、今回は特別である。

  明日(5月8日)、中国の胡錦濤国家主席が大隈講堂で講演を行う。結論からいえば、私はこの来学を歓迎しない。むしろ、大学理事会は、大学としての見識を発揮して、これを断るべきであった。しかし、理事会は胡錦濤来学を演出し、福原愛選手(スポーツ科学部)+福田首相vs胡錦濤氏+中国選手の卓球のダブルスまでセットした模様である。これで、メディアは和気あいあいムードを演出するのだろうが、内閣支持率19.8%(共同通信5月2日)の福田首相の起死回生になるとはとうてい思えない。そんな茶番劇に協力する大学に、情けないを通り越して、悲しみすら覚える。

  一般に、外国の賓客が来学し、講演を行うときは、事前に教職員に対して参加を募る案内が届く。限られた範囲の人々を集めるような講演会でも、関連科目の担当教員には招待状が来る。学生の参加を募ることもある。しかし、今回は、講演会があることすら伏せられ、前日になっても公式ホームページに情報提供は一切ない。少なくとも私の所属する法学部の中国語関係の教員に対して講演会への参加案内はなかった。法学部がそうなのだから、全学的に中国関係の教員・研究者に参加を呼びかけるということはなされなかったとみてよい。全学に中国語を履修する学生はたくさんいるが、そういう学生たちに講演会への参加がアナウンスされることもなかった。大隈講堂に入れる早大生は、1998年11月の江沢民主席来学時のような、一般公募の学生たち(その個人情報の扱いをめぐって訴訟にまで発展したところの)ではなく、40人前後の「身元の確かな」中国留学経験者だけである。彼らには、事前に「政治的な質問はしないように」という趣旨のことが伝えられたようである。
   そして、明日、大隈講堂の一階前よりの座席を埋め尽くすのは、胡錦濤主席と一緒に来日した中国共産主義青年団の精鋭200人とみられている。昨日、軽井沢で静養した彼らは、元気いっぱいで「警護任務」につく。胡錦濤氏はこの青年団の出身で、1984年にその第一書記(最高指導者)に登りつめた人物である。中国共産党のエリート養成機関であり、まさに彼らは胡錦濤氏の「親衛隊」といってよいだろう。この親衛隊があたかも学生の聴衆のように拍手を送る。明日の夕方のニュース映像には、早大生が拍手しているように映るのだろうが、中国製の「サクラ」である。
   このように、 早大の教職員も学生もあずかり知らないところで、「早稲田大学は、胡錦濤主席を歓迎する」という行事がとりおこなわれる。これは相当な疑問符である。

  胡錦濤氏の警備は「米合衆国大統領並み」と聞く。明日、さまざまな団体が大隈講堂前で抗議行動を繰り広げるだろう。警備上の導線から、立ち入り禁止ゾーンが設けられる。木曜日というのは授業が集中する日である。昼過ぎから正門は閉鎖され、1号館で行われる政経学部のすべての授業が別の教室に変更となった。理由は「重要な行事が行われるから」と。南門周辺は3 限(13時から)の授業前に混乱が心配される。大学理事会は教職員にすら事前の情報開示もせず、警備上の事情を最優先させた。そこまでして、今、胡錦濤氏を早稲田に呼ぶ必要があるのか。

  チベット問題が起きて、オリンピックの聖火リレーは、中国と北朝鮮を除くほとんどの国で混乱した事態をもたらした。「政火」のリレーとなって、「政治的火の粉」は全世界をめぐった。それだけ、中国が行ったチベットでの弾圧政策は世界中の心ある人々の怒りをかっているのだ。そうしたなかで、チベット事件以来、初めての外国訪問となる日本。そして、講演としては早大が初めてとなる。これは、胡錦濤氏が世界に向けて、自己の立場と行動を正当化する一大デモンストレーションの場として利用されるだろう。

  外務省からの依頼があったとしても、これだけ世界がチベット問題や人権問題について関心を高めているときに、大学としての見識を示すべきだったと思う。福田首相は早大出身である。あの森喜朗元首相もそうである。
   いま、日本も、日本政府も、早稲田大学も、世界中から注目されている。本当の友人というのは、相手にはっきりものをいう関係、いえる関係である。 だが、政府の対応にも、大学の対応にも、「人権」に対する毅然とした指針がみえない。
   チベット問題は、さまざまな複雑な背景をもつが、人民解放軍を投入して「鎮圧」した事実は否定できない。世界中からの厳しい批判に、胡錦濤氏の党の政府は、「中国がんばれ」というナショナリズムの高揚で乗り切ろうとしている。そして軍である。いま、中国各地で、「格差社会」の矛盾からさまざまな騒乱が起きている。それを抑圧するために登場するのが、「人民解放軍」である。
   胡錦濤氏は46歳でチベット自治区の党書記となり、1989年3月7日に、チベットのラサに戒厳令を布告して、弾圧政策の実施の最高責任者となった。そして、常に「人民解放軍」を投入して、チベットの人々の自由を抑圧してきた

  来年は天安門事件から20年である。1989年6月4日(日)。自由を求めて天安門前に集まった学生・市民を、人民解放軍の戦車と装甲車が押しつぶした事件の全貌はいまだに明らかになっていない。中国の党・政府の公式発表は、「反革命暴乱を平定し、社会主義国家の政権を防衛し、人民の根本的利益を保護し、改革開放と現代化建設が引き続き前進するのを保証した」(1992年、中共第14回全国代表大会の江沢民報告)というもので、この評価は胡錦濤政権のもとでも変わっていない。胡錦濤氏は、天安門事件のときも、チベットに運動が波及しないように、担当区域に戒厳令を布告している。人民解放軍を統括する中央軍事委員会副主席に彼がなったのは、天安門事件の10年後である。

  「人民解放軍」とは、「人民から『党』を解放する軍隊」、つまり、「党治国家」と「党の支配」、国制ではなく「党制」を維持し、確保するための「党の暴力装置」である。だから、軍の最高司令官よりも、党軍事委員会主席の方が「政治指導」として優位に立つ。政治委員はコミッサールと呼ばれ、ヒトラーは、独ソ戦で赤軍政治委員を捕虜と認めず、即決で射殺するように命じたのも、社会主義国の軍隊の特殊性、即ち軍と党の二元指導(実質は党が優位)を熟知していたからである。人民解放軍は「党の軍隊」として、人民から党を守っているのである。

  胡錦濤氏も、かつてはチベット自治区党書記として軍を動かし、いまは中央軍事委員会主席として、最近の「チベット暴動」を鎮圧した。ヨーロッパ諸国は「国際人権」の観点から、中国のチベット政策を強く批判してきた。北京オリンピック開会式への首脳参加を取り止めた諸国は、この弾圧政策への批判を表明したものといえる。このような状況のもとで、「日本で中国の主張が認められた」「早稲田で歓迎された」という既成事実をつくり、中国の最高権力者に、「天安門」や「チベット」の問題への非難をかわすことに寄与する。早稲田大学が、その政治的デモンストレーションの場として利用される。これは大学にとって、最大の不名誉である。

  すでに現役を退かれた、ある高名な憲法学者は、天安門事件について中国政府・党が総括をして反省しない限り、中国からの講演の招聘には応じないという立場を20年近く続けてこられた。私も、この「直言」によって、胡錦濤氏の早大訪問を歓迎せず、それに反対する意思を明確にしたいと思う。

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