国民投票を好む権力者たち  2009年5月4日

日5月3日は日本国憲法施行62周年だった。私は広島県福山市で講演した。その前日の2日は岡山市で講演した。去年は、植木枝盛が「東洋大日本国国憲案」を起草した家のある高知市で講演した。1年がたつのは本当に早い。

さて、今回の直言は、4年ほど前の直言「人気があっても任期で辞める意味」でも書いたように、国民投票という「民主的」手法により、大統領任期を延長する手法の問題性について語ろう。

南米ベネズエラで、2007年12月2日に憲法改正国民投票が行われた。ブッシュ大統領を激しく批判して有名になったチャベス大統領が2006年の再選後、「21世紀の社会主義」をめざすとして提案した改憲案だったが、国民の過半数がこれにノーをいった。1998年に大統領に初当選して以来、初めての敗北だった。「2050年まで大統領を務める」と豪語していたチャベスの改憲案には、三選禁止条項の廃止が含まれていた。そのほかに、金融政策を大統領の専権事項として、中央銀行の独立性を奪い、また地方自治の廃止も盛り込まれ、大統領への権力集中を際立たせるものだった。当時、チャベス大統領は反政府系のテレビ局を閉鎖に追い込み、国会に代わって大統領が法律を制定できるという授権法を成立させるなど、強権ぶりが目立っていた。東京新聞特派員は、「20世紀の社会主義は権力を握ったとたん、その衣を借りたファシズムに堕ちた。権力は必ず腐敗するという罠にチャベス氏もまた、はまりつつあるように見える。国民投票の結果を見つめる眼力を持たねば、同氏の『終わりの始まり』になるだろう」(『東京新聞』2007年12月15日付「記者の眼」〔石川保典特派員〕)と報告を結んでいた。

今年2月15日、国民投票により、大統領の三選禁止条項は削除された。14カ月ぶりのチャベスの雪辱であった。三選禁止条項削除について、賛成55%、反対45%という結果。棄権は33%。有権者の37%の支持で憲法改正は成立した。逆に言えば、有権者の63%は三選禁止条項の廃止に「賛成しなった」ことになる。2年前からこの問題で大統領が根回しを続け、改憲案に「社会主義」への方向性を書き込むことは控え、三選制限廃止に軸を据えたため、こういう結果になったのだろう。

チャベス政権は豊かな石油資源を武器に、対外的には徹底した反米姿勢を貫く一方、教育や医療などを無償化し、また食料品を市場価格より安く売る店を設置するなど、貧困対策を重視する政策を行ってきた。「変革を進めるのにはさらに10年は必要だ」と、自己の任期の延長を訴えた。チャベスは2000年と2006年に当選しているから、次回2012年の選挙には立候補できない。そこで、憲法の三選禁止条項に手をつけ、自己の権力継続をはかろうとしたわけである。

『しんぶん赤旗』は、この三選禁止廃止の憲法改正に好意的である(2月18日付)。「新自由主義と対米従属から決別し、貧困層を支援する同政権の社会改革を継続・発展させる方向を選択したといえます」と。チャベス大統領は、「人間の尊厳への道は社会主義だ。真の社会主義への歩みを強めるよう呼びかける」と国民をあおり、国民投票で自らの3回目の立候補を可能にした。『しんぶん赤旗』特派員の評価はあまりに我田引水的で、国民投票という「民主的」方法に対して楽観的にすぎる。権力統制規範としての憲法を「民主的」手法で破壊する危なさを国民投票は持っている。東京新聞特派員の、チャベスの「終わりの始まり」の予測は、私は間違っていないと思う。三選禁止条項に手をつける権力者にろくな人物はいない。この南米の独裁者に対しても、安易な積極評価は禁物だろう。

同じ頃、南米のボリビアでも国民投票で新憲法が生まれた。先住民出身の初の大統領のモラレスは、大土地所有を禁止し、先住民に土地を与える改革を行って注目されている。だが、新憲法には、報道の自由に対する制限条項が含まれていた。「報道の情報や意見は真実で、責任あるものでなければならない」。誰にとっての「真実」か。「責任ある」報道とは何か。メディアは権力的介入に対し警戒を強めた(『朝日新聞』2009年2月15日付)。モラレス政権は国民投票で多数を制したが、この手法にも警戒が必要である。実は、ボリビア新憲法に対する賛否は、モラレス政権に対する賛否として演出された。野党の見解によると、国民のほとんどは、411カ条もある憲法の条文をほとんど知らずに投票したという(die taz vom 22. 1. 2009) 。国民投票の多用はプレビシットといわれるように、デマと煽動の手法となじみやすい。立憲主義の観点からは、慎重な評価が必要だろう。

旧ソ連の産油国、アゼルバイジャンでも、この3月18日に、大統領の三選禁止条項をめぐる国民投票が行われた。現在2期目のアリエフ大統領は任期が切れる2013年以降も大統領職にとどまるため、三選禁止条項の削除を狙ったわけである。国民投票では91%がその削除に賛成したという(『産経新聞』2009年3月20日付)。アリエフ大統領は2003年に、それまで10年にわたって大統領職にあった父親のヘイダル・アリエフの後を継いで大統領となった。旧ソ連圏での初の権力世襲である。このままいくと、2013年以降も連続して大統領に立候補できるため、20年以上もの長期政権になる可能性が高い。「事実上の終身大統領」「アリエフ王朝」という批判も国内からは出ているという(『産経』同)。

そして最後は、権力世襲が続いている「朝鮮君主主義臣民共和国」の「秘密の改憲」の話である。『毎日新聞』4月30日付夕刊2 面コラム(金子秀敏専門編集委員執筆)のタイトルは「秘密の改憲の秘密」。「人工衛星」発表の4日後に開かれた最高人民会議では、金正日総書記が国防委員長に「推戴」されると同時に、憲法の「修正、補充」も行われたという。金子氏によると、憲法のどこを、どう変えたかの発表はない。1998年の憲法改正の内容は国防委員会の格上げで、それまでの「国家主権の最高軍事指導機関」という規定に「全般的国防管理機関」の文言が追加された。また、国防委員長の職権も、「一切の武力を指揮統率する」の後ろに「国防事業全般を指導する」が付加された。軍隊に限られていた権限が「全般的国防」に拡大し、国防委員長は国家最高ポストとなった。金子氏はいう。国防委員会をさらに格上げしようとするなら、「国家主権の最高軍事指導機関」という条文から「軍事」を削ればいい。「国家主権の最高指導機関」。金正日国防委員長は、憲法上も最高指導者となるわけである。ちなみに金子氏は、「人工衛星発射も秘密の改憲も、…後継人事の内々のお披露目だった」と推理する。なかなか興味深い指摘ではある。

ベネズエラ、ボリビア、アゼルバイジャン、北朝鮮の4 カ国における「改憲」は、北朝鮮を除き、国民投票を経由している。国民による「圧倒的多数の支持」という強力な民主的正当性を得られる手法である。ベネズエラのチャベス政権はすでに15回も国民投票を行っている。これを「投票によって国民の意思を確認しながら進むベネズエラの改革の姿を改めて鮮明にした」(『しんぶん赤旗』2月18日付)というように積極的に評価するのはいかがなものか。

ヴァイマル共和制の例を引くまでもなく、直接民主制的手法の頻用・多用はその乱用・濫用につながる可能性を否定できず、立憲主義の基礎を掘り崩す危なさを持っている。「権力者が改憲に執着するとき」でも書いたが、改憲により権力基盤を強めようとする試みには要注意である。この国でもまたぞろ始まったようである

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