「報道とともに去りぬ」 —— メディアと政治 2009年7月6日

の写真は先月、伊那路を走っているとき偶然見つけたものである。

同種のものは今年2月、国道20号線南諏訪にもあった。伊那路には「友愛」の看板もあったが、意味は分からなかった。それはともかく、一体全体、この国の政治はどうなってしまったのだろうか。この1週間、できの悪い芝居に付き合わされたようで、国民はうんざりしている。役者もひどい、シナリオもない、舞台装置も貧弱、演出はなきに等しい。特に主役の無様さは歴史に残るだろう。物心ついたときから、さまざまな内閣の「末期」をみてきたが、これほどひどい例はかつてなかった。

この国の政治の惨状をみるとき、メディアの報道との関係を考えざるを得ない。特にテレビがひどい。例えば、アナウンサーは「国民的人気の東国原知事」という枕をつけて紹介する。一体、この人に「国民的」人気があるといえるのか。メディア、とりわけ民放が彼を過剰に露出させているだけではないのか。「人気がある」ということと、「知名度が高い」ということは違う。そのところを、本人も含めて勘違いして、「人気者」扱いが一人歩きしているのではないか。思えば10カ月ほど前、福田康夫首相が突然辞任するときの理由は、「総選挙を、勝てる総裁で戦う」だった。そのとき民放は、麻生太郎に「国民的人気の高い」という枕詞をつけた。いまは口が裂けても使えない言葉を、今度は宮崎県知事に対して使っている。まったく懲りていない。

新聞についていえば、先週は『毎日新聞』が突出していた。7月1日付朝刊で宮崎県知事の顔写真を入れ、「東国原氏入閣で調整」「首相 分権担当を検討」いう見出しを一面トップで打った。他紙はそこまで具体的に書かなかった。翌日、「首相、党人事を断念 2閣僚補充」(『朝日新聞』2日付)という他紙のトーンと異なり、『毎日』は「閣僚人事2人どまり 東国原氏起用断念」という1面トップ見出し。新聞のなかでは、民放の上滑り的空気に便乗した『毎日』のはしゃぎ過ぎが目立った。

世論なるものは、その時々のメディアの扱い方に左右される。先月、私の1年導入ゼミ3班の学生たち5人が報告テーマに選んだのは「世論操作」だった。素材として、4月23日から25日までの新聞各紙が使われた。報告レジュメをみると、23日付各紙は、スマップの草なぎ剛氏が公然わいせつ罪で逮捕されたことを一面に持ってきている。そのため、海賊対処法案の衆院通過は地味な扱いになった。学生たちは、草なぎ氏逮捕が大ニュースだった日本の新聞と対比的に、『ニューヨークタイムズ』の記事を紹介する。日本の厚生労働省が、失業した日系人に対して、本人30万円、家族20万円を支給する代わりに、当分の間、再入国を認めない方針を打ち出したというのだ。これは大問題ではないのか。だが、これに関する記事は、日本の主要4紙にはなく、草なぎ氏逮捕がそんなに大事なのか、と学生は憤っていた。

なお、翌24日付の『朝日』と『毎日』は、海賊対処法案よりも草なぎ氏逮捕の方が大きかった。ただ、25日になると、今度は「新型インフルエンザ」報道に一気に転換する。かくして、草なぎ氏逮捕は忘れられ、その顔はニュース枠から日常枠へ戻った。すべては、「報道とともに去りぬ」。1カ月ちょっとの出来事である。

学生たちは、一定の間隔で、国内外の新聞を比較することにより、メディアの扱い方に違いがあることに気づいたという。また、学生の一人は、マサチューセッツ工科大学教授・ノーム・チョムスキーの書いたものを詳しく紹介した。例えば、1916年、第一次世界大戦の最中に大統領になったウィルソンは「クリール委員会」を設置。組織的宣伝活動を展開し、「半年足らずでみごとに平和主義の世論をヒステリックな戦争賛成論に転換させた」。「必要なのは、誰も反対しようとしないスローガン、誰もが賛成するスローガン」であり、「それが何を意味しているのか、誰も知らない」。「クリール委員会」のようなことは、この90年間、より大規模に、より巧妙な形で繰り返されてきたのではないか。メディアを通過することで、大切なことが大切でない形で無視され、また重要でないことを重要なことのように底上げして扱うことも可能となる。いずれの場合でも、民衆の「忘却力」がカギとなる。

忘却といえば、あの定額給付金とは一体何だったのだろうか。7月3日に総務省が発表したところによると、これまでのところ、給付金の支給は島根県の95.8%を最高に、愛知県の69.5%に至るまで、各県でかなりのバラツキがある。ちなみに、全世帯に100%完了したのは、最初に支給された青森県西目屋村など16町村だという(『産経新聞』7月4日付)。この記事に出てくる「西目屋村」のことを、どれだけの読者が覚えているだろうか。

思えば、3月3日の雛祭り。検察は小沢一郎前民主党代表の秘書を逮捕した。翌4日、衆議院で、定額給付金関連法案が3分の2再可決・成立した。翌5日12時、全国で初めて、西目屋村で給付金の支給が開始された。麻生内閣の支持率が上がり出したのはその直後だった。3月3日から5日へ、麻生内閣批判の報道は一気にトーンダウンした。何とも不思議な風景だった。そこで、「忘却力」に抗する一環として、この村について書いた連載原稿を下記に転載することにしたい。


定額給付金とメディア

◆首相の勘違い

本誌2008年1月号で「メディアがつくる『勘違い』の怖さ」について書いた。私自身も記憶から消えかかっている、ボクシングの「亀田家」をめぐる騒動について触れたあと、2007年9月の自民党総裁選についてこう書いた。

「情報伝達のテンポが加速している分、忘れられるのもはやい。特に『9.12安倍逃亡』後の2週間の動きは目まぐるしかった。あの頃、『麻生首相誕生』を疑うものはいなかった。だが、地味な存在だった福田康夫が、派閥の圧倒的支持を得て、9月25日、総裁に選出された。『麻生首相誕生』を自明視していたメディアは、アッという間に福田に乗り換えた。それも一夜にして」。そして、こう結んだ。「まさに勘違いは政治家をも変えていく。でも、こんな人物〔麻生〕が、トップ(首相)にならなくてよかった、とつくづく思う」と。

そのわずか1年後に福田が政権を投げ出すとは、誰にも予想できなかった。辞任の唯一の理由は、「総選挙で勝てる総裁に」だった。福田は首相を辞任したのでなく、自民党総裁を辞任し、その結果として首相の辞任に至ったのである。内閣史上に残る無責任な辞め方であった。 こうした経緯からすれば、麻生首相のやるべき唯一の仕事は、直ちに総選挙を実施して、05年総選挙の「委任の貯金」を使い果たした状態を解消して、国民−国会−内閣のまともな関係を再構築すること以外にはなかった。

ところが、内閣発足と同時に、勘違いが始まった。「麻生が、やりぬく。麻生自民党始動」(10月ポスター)、「まずは、景気だ」(12月)と、総選挙実施を先送りしていったのである。

◆「定率減税」から「定額減税(給付金)」へ

2008年10月、麻生首相が追加経済対策の目玉として打ち出したのが、「定額減税」であった。小泉内閣は「定率減税」を廃止したが、一度にやると「痛みが目立つ」ということで、これは2 年に分けて実施された。08年3月に確定申告をした人ならば、「定率」の控除がなくなった負担感を覚えていることだろう。

「定率」廃止を国民が実感した半年後、突然、「定額減税」が浮上してきた。だが、総選挙前の実施は困難で、課税最低限に達しない層にはメリットがないということで、すぐに「給付金」に変わった。10月30日の記者会見で麻生首相は、「定額給付金方式で全所帯に実施します」と言明した。給付金を総選挙前に支給する。これは、低所得層にアピールしたい公明党の強い要求によるものとされている。

なお、給付金が決まった直後、同じ2兆円を使うのなら、例えば、06年度の国民年金・国民健康保険料の未納額が計1.4兆円なので、2兆円を減税と社会保険料の減免に回せば、景気浮揚とセーフティネットの修繕という二兎を追えたのではないか、という指摘もあった(「定額減税を給付金にすり替えて失ったもの」『朝日新聞』2008年11月5日付)。  そもそも「定額給付金」の根拠がはっきりしない。首相自身、「景気刺激策」と「弱者対策」の間で、発言は迷走した。閣僚の発言もブレ続けた。国民の評価は極端に低く、ある世論調査では、支給されてももらわないという人が過半数を占めた。この給付金をめぐるドタバタは2 月下旬まで続く。そして、3 月4 日、衆議院において、第二次補正予算関連法が3分の2再可決により成立した。「ねじれ国会」で7度目の憲法59条2項の適用だった。ところが、その翌日から、報道のトーンは大きく変わる。

◆給付金報道が一変した

3月5日朝。テレビ各局は、全国で最初に給付金を支給する村から中継した。青森県南西部に位置する西目屋村。人口1595人。65歳以上が34.5%を占める。昼12時の支給のため、午前9時から村民が役場に並び始めた。そこに取材陣が殺到。支給を待つ人たちよりも報道陣の方が多いという異様な風景が現出した。

村はなぜ昼の12時に支給を始めたのだろうか。本来ならば職員の昼休みである。国の特別事業だから、村の本来業務に支障をきたさないよう、昼休みに支給するというのか。私はメディアの病理と生理を熟知した者の示唆があったとみている。まず、民放キー局では二つのチャンネルで、12時少し前からワイドショーが始まる。これに中継をさせる。それと、12時30分までなら、全国紙夕刊(4版)に間に合う。案の定、『朝日新聞』3月5日付夕刊には、最初に受け取った女性(78歳)の写真がカラーで掲載された。民放は二社とも現場中継をやった。

私はこの日、たまたま家で昼食をとりながら、TBSの「ピンポン」という番組をみていた。女性レポーターが、支給を待つ村民にマイクを突きつけ、「何に使いますか」などと聞いている。みんな嫌がって、顔をかくしたり、横をむく。そこに割り込んでマイクを向けていく。スタジオで司会する福沢朗アナが、「ちょっとぉ、無理をしてはいけませんよ」とたしなめるほどだった。レポーターは、「いやぁ、興奮してしまって!」と叫ぶ。一番に受け取った女性は、ご祝儀袋を開いて、1 万円札をみせるよう求められていた。女性の家に押しかけ、給付金を仏壇に供えるところを撮影した局もあった。 始まるまでは批判するが、始まってしまえば「最初に起こること」を速報しようと競う。ここにメディアの一つの病理があらわれている。

ちなみに、村長は42歳と若い。子どもの医療費を中学生まで無料にしたり、若者向け低家賃住宅を作ったりして注目されてきた。そういう村長の発案だろうとは思うのだが、ここは大島理森・自民党国会対策委員長の地元である。大島は国対委員長在任が歴代最長で、策士として知られる。私は給付金支給を注目させるため、大森氏が仕掛けたのではないかと推測している。根拠はない。でも、この愚策を批判してきたメディアを、「何に使いますか」モードに一気に転換させ、人々から「ありがたいです」「楽しみです」という言葉を引き出す。このニュースが流れてからは、全国の自治体に、「うちの町ではいつからもらえるのか」という問い合わせが相次いだという。支持率10%台の麻生内閣の9回裏の大逆転ではなかったか。国民新党の亀井静香議員は、これは「選挙買収だ」と直後にすばやく反応。民主党の鳩山由紀夫幹事長も国会の代表質問で、「悪質な選挙買収である」と批判した。

『週刊ポスト』3月20日号のグラビアには、祝儀袋を手渡す写真を拡大して、「買収現場?」という見出しをつけた。「このお金で美味しいお刺し身を買います。選挙?自民党にお灸を据えようかと思ったけど、…やっぱり自民党ね」(農業を営む70歳代女性)。同誌は、「この給付金支給の風景は、『悪質な選挙買収現場』にも見えてくる」と書いている。お金を配って投票を依頼すれば買収罪が成立する(公選法221 条)。これは、法律と税金を使って行われる全国規模の「構造的買収」ではないか。

〔文中敬称略〕
(2009年3月21日稿)
〔『国公労調査時報』557号〔2009年5月号〕「同時代を診る」52回より転載〕


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