次席検事の「眉間の皺」――検察と政治(その2・完) 2010年10月11日

察が 大揺れである 。検察組織では、最高検察庁の「検事総長」が全体の頂点に立つ。その下に「次長検事」がいる。最高検の次のランクが高等検察庁。全国に8つあり、そのトップは検事長。高検ナンバー2は「次席検事」である。50の地方検察庁(支部203)のトップは「検事正」。地検でこれに次ぐのが「次席検事」である。なお、簡易裁判所に対応する438の区検察庁があるが、「上席検察官」が長で、「次席」はいない。

この間、検察の記者会見では、たいていの場合、「次」が出てきた。最高検が大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事を逮捕した時の記者会見(9月21日)は伊藤鉄男次長検事が行い、それを受けて大阪地検が行った記者会見(同)では、ワイシャツ姿の次席検事が一人頭を下げた。

9月24日、那覇地検は、9月7日に尖閣諸島周辺で第11管区海上保安本部の巡視船に衝突し、公務執行妨害罪で逮捕された中国人船長を、処分保留のまま釈放すると発表した。記者会見には、那覇地検の検事正ではなく、ここでも「次席検事」があらわれた。 次席は船長の釈放について、「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄を拘束して捜査を続けることは相当ではないと判断した」と説明した。25日付各紙はすべて一面トップに、次席検事のカラー写真を掲げて、これを伝えた。冒頭の写真がそれである(左上『読売』、右上『東京』、左下『毎日』、右下『朝日』)。 よく見ると『東京新聞』の写真だけが、 眉間の皺をはっきり捉えている 。テレビニュースで確認したが、皺は「今後の日中関係」の下りで特に深くなったように見えた。心の葛藤がそこにあらわれたのだろう。

刑事事件では、検察官が公訴権を独占している(刑事訴訟法247条)〔注〕。これを「国家訴追主義」という。もっとも、やみくもに起訴するのではなく、不起訴にするか、起訴猶予にするかについて、検察官には広い裁量権が与えられている。これを「起訴便宜主義」と呼ぶ。「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」(同248条)。勾留期限内(最大23日間)に証拠が集まらないような場合、起訴するかどうかを明確にしないまま身柄を釈放することがある。「処分保留のまま釈放」と言われるのがそれである。新たな証拠が見つかれば、起訴もあり得る。

  本件では、次席検事が説明するように、中国漁船の船長は、巡視船「みずき」に向けて「急船舵して、故意に衝突させたことは明白」であり、同船に「航行障害を発生させるおそれや、甲板上の乗組員が海に投げ出されるおそれがあった危険な行為」であった。通常ここまで言ったら起訴に持ち込むだろう。船長は事実関係を否認しており、「逃亡のおそれがない」どころではない。釈放すれば国外に出てしまうわけで、もはや起訴することはできないからである。

だが、次席検事は、「みずき」の損傷の程度が軽いこと、乗組員の負傷者が出なかったこと、「追跡を免れるためにとっさにとった行為で計画性等は認められず、被疑者には我が国における前科等もない」ことなどを挙げ、「加えて」として、「引き続き被疑者の身柄を勾留したまま捜査を継続した場合の我が国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上の身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当ではない」とした。「加えて」以下の部分を述べるとき、次席の「眉間の皺」が一段と深くなるのを、『東京新聞』のカメラマンが捉えたわけである。

 さて、沖縄の地元紙『琉球新報』のバックナンバーを使って、「眉間の皺」の背景を少し細かく見ておこう。

まず、漁船が巡視船に接触したのは9月7日午前、11管が船長を逮捕したのが8日午前、9日には那覇地検石垣支部に送検されている。同紙9日付社説では「漁船側の領海侵犯による違法操業が引き起こした異例の事態であり、外交のために国内法の厳正な執行を曲げず、粛々と対処したことは当然である」としながらも、「不要なあつれきを強めて関係がきしむのは日中両国にとって不利益にほかならない」として、「冷静な外交で摩擦最小に」(社説の副題)と呼びかけていた。

 10日、那覇地裁石垣支部は、船長に対して10日間の勾留を認めた。13日には、船長を除く14人の乗組員が中国に送り返された。中国側の抗議は激しかったものの、この段階ではまだ度を越すものではなかった。

14日は民主党代表選。16日、前原誠司国土交通大臣が石垣海上保安部を視察。巡視船の損傷部分を直接確認している。海保職員に対して、「東シナ海には領土問題はない。われわれの主権を粛々と、毅然と守っていくことが国民に勇気を与える」と激励した。辻元清美代議士は、「『緊張している時、大臣は現場に行かない方がいいのに』と不安になった。私は国交副大臣時代、海上保安庁と危機管理の担当だった。今も近くにいたら石垣島行きは止めていたなぁ」と書いている(『週刊金曜日』2010年10月1日号「辻元清美の永田町航海記(89)」)。彼女の懸念は的中した。その翌日、前原国交大臣は外務大臣に任命され、彼の関心事は国連総会での演説に向かう。前日に力強く激励された海保の現場は、梯子を外されたと感じたことだろう。

   16日まで国交大臣の威勢がよかったこともあって、那覇地検は起訴する方向で考えていたようである。反捕鯨団体「シー・シェパード」の元船長を起訴した東京地検の検事や、福岡高検管内の検事らが応援に入っていた(『週刊文春』10月7日号より)。

民主党代表選と内閣改造で、判断をすべき人々の目が限りなく内向きになっていたとき、船長の勾留期限がきた。適切なメッセージを発することもないまま、時間だけが空費されていた。そして、19日、那覇地裁石垣支部が10日間の勾留延長を認めるや否や、中国側の大攻勢が始まったのである。

 閣僚クラスの交流停止(19日)、日本の学生1000人の受け入れ延期(20日)、訪日旅行の延期要請(21日)、航空貨物の通関検査の強化(30%→100%)と検疫検査の強化(10%→50%)で運輸業者に打撃(同)、温家宝首相の激しい反発と「新たな対抗措置」への言及(同)、ハイテク製品の生産に欠かせないレアアース(希土類)の対日輸出禁止(23日)、「軍事区域撮影」を理由としたフジタ社員4人の身柄拘束(同)…。勾留延長日から一斉に始まったこれらの動きは、決して偶然とは思えない。中国側は、勾留期限がくるあたりで船長は釈放されると読んでいたのかもしれない。だが、10日間の勾留延長。これは「起訴もあり」というメッセージとなり、中国側を硬化させたのだろう。

他方、日本政府の対応は、初動から稚拙なものだった。まず8日の記者会見で「日中関係に影響が出るとは考えていない」と語った仙石由人官房長官。その見込みは完全に外れた。前原大臣に至っては、外相になった直後のテレビ討論(19日午前、NHK)で、「偶発的な事故だった」と断定した。船長逮捕への流れを作った人物が、道路一つ隔てた霞が関2丁目1番地から2番地に移動した途端、トーンダウンした。さらに、「レアアース」輸入制限とフジタの4人拘束に狼狽した菅直人首相は、23日に米国で、「何をやっているんだ」と、「イラカン」ぶりを遺憾なく発揮したという。その日のうちに外務省の中国担当課長が那覇地検に向かった。表向きは那覇地検の「説明要請」という形をとり、検察庁と外務省との間の官庁間協力と説明された。

 『毎日新聞』10月1日付「検証 尖閣衝突事件」によれば、翌24日午前10時、最高検で検察首脳会議が開かれた。そこには那覇地検の検事正も参加していた。10時に霞が関にいるためには、23日のうちに那覇を出る必要がある。検事正は那覇地検で、外務省担当課長の「説明」を受けて検討する時間があったのだろうか。

検察首脳会議では、那覇地検と福岡高検が起訴すべしという意見を具申したのに対して、最高検は「日中関係の悪化」を理由にこれを「突き放した」という(『毎日』同上)。1時間で会議は終わり、午後2時半に那覇地検次席検事の記者会見となった。次席は記者会見で読み上げた文章のなかで、「福岡高検及び最高検と協議の上で決した」と述べている。おそらくは24日昼前に最高検が起草した文章を、彼は読まされただけだろう。

 この記者会見の直後、仙石官房長官は「地検の判断を了としたい」と語った。それ以降、政府は一貫して、「地検が判断したことだから」という態度をとり続けている。

「日中関係」云々という言葉がなぜ入ったのか。「粛々と」と起訴便宜主義で処理するならば、「加えて」以下の文章は不要だった。刑事訴訟法248条にいう「犯罪後の情況」には、「逃亡・証拠隠滅行為の有無、改心の有無、被害回復・示談の有無、被害回復の努力の有無、被害者の態度、 犯行後の社会状勢の変化 などが考慮される」(田宮裕『刑事訴訟法I』有斐閣、1975年)。だが、「社会状勢の変化」に、日中関係の変化を含めて解釈するのは無理だろう。外交問題は、刑事訴訟法248条がカバーする範囲を超えているからである。

事実関係はまだ不明だが、「日中関係」の下りを入れたのは、最高検の判断だったのではないか。那覇地検と仙石官房長官は、24日の午後2時(記者会見の30分前)、ほぼ同時にこの文章を見たとされている(『週刊文春』同上)。もしこれが本当だとするならば、「加えて」以下は、最高検が「官邸から政治的な判断を迫られたことに対する最後の抵抗」(『週刊新潮』10月7日号)として、文中に「証拠」を残したということなのだろうか。

本件のような対外関係が絡むケースでは、相手の動きを先に読んで手を打つことが大切だった。 それには、 首相が前面に出て、目をはっきり開いて、力のこもった言葉で語ることだ 。尖閣諸島は日本の領土であり、そのことを認めるかつての中国政府の文書などもビジュアルに使い、世界にアピールする。その上で、漁船が衝突する場面を撮影したビデオフィルムも公開して、違法操業を反復継続して行う中国漁船を取り締まることの正当性を説く。どこかのタイミングで船長を釈放することになっても、首相が、外交を含む総合的調整機能を発揮した結果という形をとるわけである。首相が政治判断として行うのであるから、海保や検察も傷つかない。国内からも、中国からの反発はあるだろうが、政府としての対応の筋は見える。

しかし、この1カ月間、実際に政府がうった手はほとんど裏目に出た。地検が「粛々と」対処したことにして、政府は表に出ないで、ひたすら中国の怒りが静まるのを待つ。首相と外相が国外にいる間に、そういう消極手法で「最小抵抗状態」を狙ったつもりが、「最大抵抗状態」を招き寄せてしまった。海保も地検も梯子を外され、国民は自国政府の不甲斐なさを執拗に見せつけられ、 結果として中国政府の奢り を増長させることにしかならなかった。

 自民党の谷垣禎一総裁は街頭演説で、「那覇地検の次長検事(次席の間違い!)を国会に招致する」と語ったが(10月3日NHKニュースより)、そういう問題なのだろうか。地検の次席を追及して何になるのだろう。次席検事の「眉間の皺」は、もっと深くなっているのではないだろうか。

 国民新党や民主党有志議員73人の声明が「政府による事実上の指揮権発動」と言っている。検察庁法14条但し書は、法務大臣は「個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と定める。今回、法務大臣の顔はほとんど見えなかった。そのかわり、国会の答弁を含めて、露出度が最大だったのは仙石官房長官である。「粛々と」を繰り返しつつ、他方で検察への実質的な指示を行っていたのではないかと言われている。今回、「事実上」であれ、指揮権発動が行われたのだろうか。私はこの言い方は誤解を招くと思う。法的には、指揮権発動は、法務大臣が検事総長を通じて行う。もし、官房長官が検察に指示すれば、それは検察庁法にいう指揮権発動ではなく、検察への横からの介入である。中国との「不幸」を最小化すべく、官房長官が「識見発動」をしたわけである。それを見えないようにやったのか、あるいは、最高検が官房長官の意向を過度に忖度して行ったのかはわからない。いずれにせよ、検察庁法に基づく法務大臣の指揮権発動はなかったが、それと同じ効果が発生したことは否めない。「日本は法治国家だ」と言いながら、自ら法をねじ曲げているのではないか。

今回の出来事は、脱力感だけが残る。5年前、北京の日本大使館にペットポトルを投げ込む 「反日デモ」が拡大したことがあった 。中国政府・党の「引け」の指示もあったのだろう、デモは潮が引くように消えてしまったが、今回もデモ隊が街頭に出てきた。「人治国家」でも「法治国家」でもなく、 「党治国家」の統治であることを踏まえるならば 、これは国内矛盾をナショナリズムで煽って鎮静化させるという常套手段ではないのか。

それに対し、日本はどうかと言えば、雑誌メディアには、「軟弱外交」は憲法9条が原因だという筋違いの非難も出てきた。自衛隊の尖閣諸島配備や、 日米安保条約の拡大適用 なども話題になっている。普天間問題で行き詰まった勢力の「悪のり」には要注意である。そもそも政府の対外政策がなっていないのは、憲法が原因ではなく、憲法の平和主義の立場に立った適切な外交が展開できていないところにこそある。この点は改めて強調しておきたい。

なお、実際に北京に住んでいる人に聞いてみると、日常のエリアでは何も起きていないという。メディアで報道されることがその国のすべてではない。特に強力な情報統制のある国の場合は、 常に慎重に観察する必要がある

尖閣諸島の問題は、国家と国家の対立という面もあるが、だからと言ってナショナリズムを過剰に煽って、市民レヴェルでいがみ合うような事態を避けなければならない。その点、『沖縄タイムス』9月30日付社説の下記のような視点に留意する必要があろう。

「石垣島の北北西170キロメートルに位置する尖閣諸島は魚釣島、久場島、大正島など五つの島と三つの岩礁からなる。『石垣市登野城』−それが魚釣島や久場島、大正島などの住所である。現在は各島とも無人島だが、魚釣島や久場島はかつて「古賀村」と呼ばれる集落があり、かつお節工場もあった。尖閣諸島は、かつて日本の漁業者が住んでいたこともあるれっきとした沖縄県の島々だ。それが尖閣問題を考える際の出発点である。そのような基本認識に立って、問題処理にあたる必要がある」。

 尖閣諸島は「沖縄県の島々」である。石垣市登野城という住所をもつ。そこで働く漁民たちは沖縄の人々が多い。普天間飛行場の「移設」問題で、米国政府に対して何も言えなかった日本政府は、中国政府に対してもしっかりものが言えない。那覇地検にすべて押しつけて、その判断を「了とする」と言いつづける政府を見て、沖縄の人々はまたも「チルダイ」(脱力)である。

 沖縄県議会は9月23日、尖閣問題で、 日本政府と中国政府に対する抗議決議を全会一致で行った 。日本政府に対しては、船長釈放の措置に不満を表明し、「今後中国が領有権を強硬に主張し、トラブルの発生や衝突事件の再発など安全な航行が阻害されることが懸念され、県民は不安を感じている」として、(1)尖閣諸島が固有の領土であることを諸外国に示す、(2)漁業者が自由かつ安全に操業できるよう適切な措置を講ずることなどを要請した。一方、中国政府に対しては、尖閣が沖縄の管轄として漁業やかつお節工場が営まれた実績や、中国政府が石垣島の住民に「日本領」と記した感謝状を贈った経緯などから、「石垣市に属することは疑問の余地がない」と抗議し、再発防止に向けて冷静な対応を求めている(『琉球新報』9月29日)。

尖閣諸島の問題では、周辺諸国との多角的な安全保障をいかに構築するかが問われている。「日米同盟」強化路線に乗るのではなく、同様の問題を抱える韓国、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアとの連携の方向も追求すべきだろう。(2010年10月5日脱稿)

〔注〕例外として、検察審査会の「起訴議決」の仕組みがある(検察審査会法41条の6)。先週、これで小沢一郎氏が起訴されることになったが、この制度には大いに疑問がある。

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