TPPと日米安保条約第2条 2011年11月21日

「国際貢献」「政治改革」「規制緩和」「構造改革」といった漢字4字が、特定の政策をごり押しする際に頻用されてきたが、このところ、PKOから始まり、やれTPPだ、PPPだ、PMCと、ピーピーいうアルファベット3字がにぎやかである。

先週13日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場で、野田佳彦首相は「環太平洋戦略的経済連携協定」(TPP)交渉への参加を表明した。先々週、与党内部でもTPP反対・慎重論が高まり、野田首相は決定を一日延ばすほどだった。それがどうだろう。APEC首脳会議が終わるや、メディアはTPPに向け、前のめりの論調になった。各紙社説は「TPP交渉へ 何もかも、これからだ」(『朝日』11月12日付)、「TPP参加へ 日本は有益な『開国』の決断」(『読売』同)、「TPP交渉参加表明 日本が協議をリードせよ」(『毎日』同)、「『攻め』のTPP交渉で日本の舞台を広げよ」(『日経』同)等々。「バスに乗り遅れるな」とあおってきたメディアは、交渉に期待をかけているようだ。しかし、この認識は圧倒的に甘い。米国は、「野田首相がすべての物品、サービスに乗せると述べた」と発表し、外務省は「そんなことは言っていない」と抗議したが、後の祭である。米国側は、これまでの首相発言から「そう解釈した」というわけだ。この不遜、無礼を対応に対して、野田首相は訂正を求めないという。一国の首相がいいように遊ばれている。その結果、わりをくうのは日本国民である。「ホワイトハウス高官は13日夜、『大統領の言っていた通りになりつつある』と満足げに語った」(『朝日』15日付)というから、すべては米国ペースで進んでいる。日本がまともな意見を言える場面は残されているのか。そもそも「ノー」はあり得ない、というのが日本側の対米交渉のスタンスではないか。「迎合と忖度の日米安保」の第2条(経済協力条項)で、この国は米国による「無様な金縛り」状態にある。

そこへきて、TPPの危ない面として、米国側が「ISD条項」を日本にのませようとしている点が指摘されている。ISDというのは、投資家と国家の間での紛争が起きたときの解決手段で、現地国の法律などにより、外資の活動が規制された場合、相手国の政府を相手取って訴訟を起こす仕掛けである。例えば、米国の保険会社が、日本の健康保険制度のおかげで活動が制約された、不利益を被ったと訴えることができるわけだ。新党日本の田中康夫議員は、ISD条項を含むTPPを、“Total Poison Program”(完全毒薬構想)と皮肉っている(新党日本のホームページ「にっぽん改国」参照)。

実は、野田首相はこの怪しい条項の意味をご存じなかったようなのである。11日の参議院予算委員会で自民党の佐藤ゆかり議員にISD条項について追及されると、首相は「ISD条項に関して寡聞にして詳しく知らなかった」と正直に答弁している(Youtubeへリンク)。佐藤議員(かつて「小泉チルドレン」として、この種の政策にはも ともと親和的だったのでは?)が質問で指摘したように、ISD条項を含むTPPは「単なる通商条約の域を超えて、わが国の国家・社会を揺るがせかねない大きな条約の枠組」である。首相にその自覚も知識も覚悟もないのが致命的である。

こんな危ない仕掛けが忍び込まされているTPPという「バス」に、なぜ、いま、そんなに急いで乗らなければならないのか。「バスに乗り遅れるな」という人には、逆に問いたい。「なぜ、そのバスでなければいけないのか。次のバスでもいいではないか」、あるいは「なぜバスに乗らなければならないのか。タクシーでもいいし、健康のために徒歩で行くという方法もある」と。

さて、今週は仕事がたてこんでいるため、これ以上新たな文章を書き下ろすことができない。そこで、既発表の連載原稿を転載することにしたい。TPPについて、9カ月前に書いたものであり、安保条約2条の経済協力条項について指摘したことは、いまも妥当するのではないかと考えている。

 

 

安保条約2条とTPP
    ――水島朝穂の同時代を診る(74)――

 
◆安保条約第2条の呪縛
   昨年は、安保条約改定50周年だった。第5条の日米共同作戦条項や、基地提供を根拠づけた第6条はよく知られているが、第2条について語られることは少ない。その後段にこうある。「締約国〔日米両国〕は、国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め…」と。

何気ない文章だが、首都東京にまで米軍基地を好き放題に置くことを認めた条約だけに(「全土基地方式」)、この第2条は半世紀以上にわたり、日本経済に対する米国の圧迫と介入の根拠条文として機能してきた。
   例えば、日米繊維交渉(1970年)では、米国は日本に包括的な輸出自主規制を迫った。牛肉・オレンジ交渉(1988年)では米国農産物の自由化が一気に進み、また日米構造協議(1993年〜)では規制緩和や競争システムがこの国の社会の隅々に浸透させられた。雇用でも医療でも福祉でも、米国とは違う日本型は許されず、グローバル化の名のもと、この国の仕組みは大きく変貌した。21世紀に入ると、手法は巧妙化した。「年次改革要望書」(2001年〜)という形をとり、日本の経済や社会のあらゆる分野に対して、米国主導の「くい違いを除く」露骨な注文が行われるようになった。それに呼応するかのようにして強行されたのが、郵政民営化をはじめとする「小泉構造改革」であった

 
TPPの本質が変わった
   TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とは、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国で、2006年5月に発効した関税全廃、例外品目のない自由化を原則とする自由貿易協定のことである。これらの国々の間では、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)よりも徹底した自由化の合意として機能する。菅首相は、昨年10月1日の所信表明演説で、唐突にこの言葉を使った。「黒船」とか「第三の開国」(菅首相)、「扉は閉まりかけている」(前原誠司外相)といった、うわずった言葉が続く。メディアの論調も「TPP に乗り遅れるな」というトーンに染まっていった。

この状況には既視感がある。「小泉構造改革」の際、「官から民へ」のワンフレーズ政治が跋扈したことは記憶に新しい。反対する人々を一緒くたに「抵抗勢力」にしてしまうパワーこそまだ欠けるものの、メディアにはすでにそうした兆候があらわれている。
   だが、「環太平洋」という言葉にだまされてはならない。端的に言えば、2009年11月、オバマ米大統領がTPPへの関与を表明した瞬間、4カ国の連携協定だったTPPの本質は根本的に変わったのである。それは「米国主導の一大経済連合」に変化するとともに、「小国の軒先を借りて帝国の世界戦略を追求する」枠組に転化したとされる所以である(田代洋一『世界』2011年1月号参照)。

 
◆破壊的軽口で対米追随
   民主党代表や国交相の時代から「破壊的軽口」が問題となっている前原外相は、「日本の国内総生産(GDP)の割合で1.5%の第1次産業を守るため98.5%が犠牲になっている」とまで言い放った(『日本経済新聞』2010年10月20日付)。どこの国でも、第1産業の割合はそう高くはない。米国でさえ1.1%。ドイツや英国は0.8%である。第1次産業のGDP1.5%を「些細な数字」として、経済を単純な多数決的発想で考えたとすれば、きわめて不適切な比較である。

輸出を強めるためには、第1次産業が打撃を受けても「やむを得ない」という学者もいる。だが、農業は生活者の「食」を支えるもので、「商品」という市場の論理だけでは割り切れない。食料自給率しかりである。口に入れるものが、輸出入で遠距離を行き来しても、腐らず、見栄えがよい「商品」となるために施される「加工」(薬剤等)の安全面なども憂慮される。

 
◆「食」は安全保障の問題
    農林水産省の試算(同省のホームページ参照)では、農産物の生産減少額は4兆1000億円。食料自給率は40%から14%に低下し、農業の多面的機能の喪失額は3兆7000億円にのぼるという。「商品」としての売り上げにとどまらない「なりわい」としての農業は、地域社会や環境など多方面にわたる影響を及ぼしているから、この喪失は国のあり方にもかかわる。国内総生産(GDP)の減少額は7兆9000億円に達し、就業機会の減少数、つまり離農や失業は340万人になる可能性も指摘されている。

日本の農産物の平均関税率は11.7%で決して高くはない。米国の5.5%は異常に低いにしても、EUは19.5%で日本よりずっと高い(田代前掲参照)。端的に言えば、TPPは、米国との関係で関税障壁を完全撤去する、米国を相手としたFTA というのが実態に近いと言えよう。

経済政策で行き詰まったオバマ大統領は、2010年一般教書演説で、「今後5年で輸出倍増」と200万人の雇用創出を唐突に打ち出した(『日本経済新聞』2010年2月1日付)。TPPに日本を巻き込み、日本の対米障壁を撤廃して、米国の対日輸出を2倍にして、米国内の雇用を確保しようという狙いのようだ。「日米同盟」至上主義者たちは、とうとう第1次産業という国の根幹まで、米国に明け渡そうというのか。

「食」は、安全保障の問題でもある。食えない軍隊に国は守れない。だから憲法9条が生まれたとも言える。「食」は軍隊では守れない。「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」(日本国憲法前文)を確保するためには、軍隊ではなく、総合的な「食」政策こそ必要であろう。どの国でも、関税や保護政策によって、自国の農林水産業を守る。食料自給率を確保する。これも一つの安全保障である。

TPPはまた、第1次産業だけでなく、知的財産から各種サービス産業に至る経済的諸分野すべてに関係している。「開国」という言葉が一人歩きしているが、広い視野から冷静に考えることが必要である。そして、この問題を、日米安保条約を含む、日米間の歪んだ関係を見直すきっかけにすべきだろう。

そこで、農文協編『TPP反対の大義』(農文協ブックレット)を強く推薦しておきたい。シカゴ学派の新自由主義と理論的に対峙した経済学者・宇沢弘文氏(東大名誉教授)の本質を射る巻頭論文から、農家や漁協、自治体関係者などに至る現場の声も広範に載せており、この問題に接近する上での好著と言えよう。

(2011年2月21日稿)
(『国公労調査時報』580号(2011年4 月)2-3頁)

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