誤解される言葉の風景――「アンダー・コントロール」              2013年10月7日

PAC3

年前、学生とのコンパでの話。自己紹介のようなことをやっている時、一人の学生が「ゆびを無くした」と語り出した。私はハッとして彼の手もとをみた。周囲の学生たちを見ると、彼らも明らかに怪訝そうな表情をしている。みんな「指を無くした」と理解していたのだ。話が進むにつれて、すぐに「弓を無くした」であることがわかった。その学生は弓道部で、練習帰りに山手線の車内に弓を置き忘れ、新宿駅の遺失物係で見つかってホッとしたという話だった。

笑えない誤解もある。3年前の7月22日午後、JR東海道線の安城−西岡崎駅間で、普通電車の運転士が架線に絡まっているビニールを発見し、緊急停車した。総合指令所は、「現場の写真を携帯のカメラで撮って送信するように」という意味を込めて「撮って」と指示したが、女性の車掌は「取って」と勘違いして、1500ボルトの架線に垂れ下がるビニールを素手で取り除いた。通常は、絶縁用の手袋などをした保線作業員が除去することになっているが、JR東海では、「感電の可能性はなかったが、確認すべきだった」と述べている(『山梨日日新聞』2010年9月8日付より)。一歩間違えば重大な感電事故につながる可能性もあり、現場との意思疎通の大切さを思う。

電車の話の次なので「発車」と書きそうだが、「発射」という言葉が一人歩きしたこんな出来事もあった。2009年4月4日。正午のNHKニュースがローカル枠に入ってすぐに、突然画面がNHK東京のスタジオに切り替わり、アナウンサーが緊張した面持ちでこう述べた。「政府によると、午後0時16分、北朝鮮から『飛翔体』が発射された模様です」。だが、そのニュースの途中で、すぐに「誤探知」だったという訂正が入った(以下の叙述は、直言「関東防空大演習を嗤ふ」と「国民の立憲的訓練」参照)。

その数日前から、北朝鮮が「人工衛星」と称する弾道ミサイルを打ち上げるというので、自衛隊はPAC-3ミサイルを配備して「迎撃」態勢をとっていた。その日、千葉県にある防衛省研究本部飯岡支所の警戒管制レーダー「FPS-5」が何かをキャッチした。担当官はすぐさま東京・府中の航空総隊司令部(現在は横田に移転)に通報。地下にある防空指揮所の当直将校は、「発射」という言葉を口にした。その音声情報は防衛省地下3階の中央指揮所に伝達され、それをモニターしていた連絡官が「発射」とアナウンス。報道機関への誤速報につながった(『朝日新聞』4月5日付「時時刻刻」)。新聞各紙は、「お寒い危機管理 『条件反射』で発射速報」(『朝日』4月5日付)、「確認怠り次々伝言」「誤発表に右往左往」(『読売新聞』同)などと伝えた。初歩的ミスの連鎖に、自衛隊幹部は「北朝鮮は日本の対応を見て笑っているはず」とコメントした(同)。ハイテク情報システムを立ち上げても、最終的な判断は人間が行い、人間が伝達する。「発射」という言葉を口にしたことが、「ミサイルの発射」となって一人歩きしていった。初歩的なヒューマンエラーだった。ちなみに、北朝鮮は、翌5 日の11時半頃に「人工衛星」の打ち上げに成功したと発表したが、NORADは「人工衛星の軌道に乗った物体はない」とこれを否定した。

より深刻な言葉を一つ。それは、9月7日、ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会の最終プレゼンで安倍晋三首相が使った「アンダー・コントロール」(under control)という言葉である(直言「東京オリンピック招致の思想と行動―福島からの「距離」)。「(福島第一原発の)状況はコントロールされています」。質疑のなかでは、「汚染による影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされています」と、踏み込んだ表現も使った。

9月21日、ケニアの大型商業施設(ショッピングモール)がイスラム系組織に襲撃され、買い物客などが死亡した事件が起きたが、記者会見したケニア内相は、現場を制圧したことを伝えるため、“under our control”という表現を使った。「全フロアはいま、完全に我々の統制下にある」(All floors now are under our control.) と。その直後に銃撃が散発的に起きて、完全制圧までに4日かかった。ここで言いたいことは、内相の言葉には、「我々の」(“our ”)という言葉が入っていることだ。コントロールしている主体が明確である。他方、辞書には「Everything is under control」という例文に「すべて順調です」という訳が付いている。安倍首相は、「(福島第一の)状況は順調です」という程度にとどめることなく、“under control”という言葉を発音する際、何かを制する時に使う、両手を斜め下にスーッと動かす仕種をした。福島の状況を懸念するIOC委員を一人でも多く「東京への1 票」につなげんとするパフォーマンスだったのだろうが、この言葉と仕種、そして質疑における「完全にブロック」という不自然なまでに強い断定がセットになって、福島第一原発の深刻さをかえって世界に印象づける結果となった。

フォローになっていないのは、猪瀬直樹東京都知事の記者会見(9月20日)での発言である。「アンダーコントロールする、なるんだと(首相が)意思表明したことが大事。本当の解決にこれから向かわないといけない」(『東京新聞』9月21日付)と。だが、首相のあの発言は、今後の課題ではなく、明らかに「いま」の状況が「アンダー・コントロール」だと言っているし、またそう受け取られた。

IOC総会での演説から12日後、安倍首相は福島第一原発の「視察」を行った。厳重な防護服、一人だけ赤くて目立つヘルメット、胸のあたりに入れられた黄色い鉛の防護帯(TEPCOと読める)が透けて見える。これだけでも、世界の人々に福島第一原発が容易ならざる状況にあることを世界に伝えてしまった。しかも、胸には、「安部晋三内閣総理大臣」という名札が。東電の担当者が目立つようにとフォントを拡大したようだが、誤字(安倍→安部)を打ち出してしまった。

それにしても、お供や外国メディアを引き連れ、遠くを指さして、「私がコントロールしています」というパフォーマンスを繰り広げる首相の姿を見ていると、大勢の部下を引き連れ、威勢よく指さしをして悦にいっていた「将軍様」や「元帥様」の「現地指導」と重なって見える。

25日のニューヨーク証券取引所での“Buy my Abenomics”発言、そして、26日の国連総会一般討論演説での「積極的平和主義」という言葉も問題である。「積極的平和主義」という言葉を私は、日本国憲法の平和主義の積極的意味づけとして使ってきた。しかし安倍首相が「新たに積極的平和主義の旗を掲げる」という時、国連の集団安全保障への日本の参加に、集団的自衛権行使の合憲化とを絡めて考えているようである。集団安全保障と集団的自衛権の関係についての理解が怪しい首相は、「積極的平和主義」という言葉で、またまた壮大なる勘違いを広めていくことが危惧される。この点については改めて論ずることにしたい。それにしても、同じ演説でぶちあげた「ウィメノミクス」については言葉を失う。安倍首相の「誤解される言葉」のシャワーは止まらない。

なお、この人の改憲論の情緒性と没論理性については、9年前の論稿を参照されたい(拙稿「理念なき改憲論より高次の現実主義を」『論座』〔朝日新聞社〕2004年3月号参照)。


《付記》10月の学会で多忙のため、ストック原稿に加筆したものをしばらくアップします。

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