安倍首相の「意志の勝利」――おごれる権力者は久しからず              2013年11月04日

黒塗りの社説

ジオの「ながら視聴」は思わぬヒントやアイデアをくれることがある。耳からだけの限定された情報のため、言葉や言い回しがピュアな形で頭に残るからかもしれない。たまたま安倍首相の所信表明演説(10月15日)をラジオで流していたとき、そう感じた。

「…総理就任から10カ月間、私は地球儀を俯瞰する視点で、23カ国を訪問し、延べ110回以上の首相会談を行いました」と自画自賛し、「積極果敢に国益を追求し、日本の魅力を売り込んでまいります」と胸をはる。単語の発音の滑りが耳につくのはいつものことだが、今回は言い回しや言葉そのものに妙に違和感を覚えた。「地球儀を俯瞰する視点」と大きく出たものの、10カ月もたつのに、米合衆国大統領、中国の国家主席、韓国大統領とまともに首脳会談をしていない(できない)首相は安倍氏だけだろう。米中韓を抜きにして、「23カ国、110回」と誇ってもむなしい。6回も出てくる「〜ではありませんか」という言い回しも、この人が使うといちいち鼻につく。「難病から回復して再び総理大臣となった私にとって、難病対策はライフワークともよぶべき仕事です」と語りながら、何の具体策の言及もない、等々。突っ込みどころ満載なのに、気のきいた野次が野党席からさっぱり聞こえない。言われっぱなしである。

この演説で最も気になったのは、「意志の力」という言葉である。4回も出てきた。「心 志あれば 必ず便宜あり」(中村正直『西国立志編』)と、出典にまで説明を入れる周到さである。そして、「強い日本」という言葉につながるように使われている。

実は、この演説の1カ月前、自衛隊高級幹部会同における訓示(9月12日)でも、安倍首相はこの言葉を使っていた。「意志の力によって安全保障政策の立て直しを必ず実行していく。諸君にも強い意志を持って、それぞれの持ち場で果たすべき役割を全うしてほしい」(『読売新聞』10月31日付)と。

かつて内閣調査室が日本の核武装の可能性について密かに調査したことがある。その報告書の一つ、『独立核戦力の戦略的・外交的・政治的諸問題』(1970年)が私の研究室にある。メディアでも何度か紹介されたが、そのなかに、フランスの核武装に触れた箇所がある。それによると、ドゴール大統領は、ソ連に対してではなく、もっぱら米国に対して、ヨーロッパにおけるフランスの指導的立場を確立する「意志の力」を示すために核武装をしたのだと説明されている。対米従属路線を突き進んでいると見られている安倍首相も、実は「意志の力」を強調することで、かつてのフランスの道を進もうとしていると見るのは穿ちすぎだろうか。

それにしても、安倍首相があまりに「意志」を頻用するので、私は「意志の勝利」も想起した。ヒトラーがニュルンベルクのナチス党大会を、32歳の女性映画監督、レニ・リーフェンシュタールに撮らせた映画『意志の勝利』(Triumph des Willens) である。

ワーグナーの音楽が巧みに折り込まれ、ハッと息をのむほどの美しい映像が随所に使われている。冒頭、古都上空を俯瞰しながらゆっくり飛行機で舞い降りてくる「指導者」(Führer) の姿は神々しい。党大会では、他の幹部たちの平凡な演説との圧倒的対比のなかで、ヒトラーのそれが長時間かけて描かれる。最初はゆっくり、低い声で、やがてトーンが変化し、次第に熱を帯び、最後は火を吐くような激しい絶叫に変わる。感動に目を潤ませる聴衆の表情とともに描いていくその手法は官能的でさえある。リーフェンシュタールの才能が遺憾なく発揮されている。それゆえに、世界最悪のプロパガンダ映画として、ドイツでは戦後上映禁止が続いている。

安倍氏も目指す「強い国」、「美しい国」の先に何があるのだろうか。安倍氏が饒舌に語れば語るほど、その危うさが鮮明になってきたように思う。目下の最大の危惧は「特定秘密保護法案」だろう。そもそも「特定秘密」という概念からして怪しい。

一体、「特定秘密」が何を意味するのか。この1 週間だけでも、政府・与党の発言には迷走が見られた。『読売新聞』ですら、「特定秘密ぶれる発言−政府・与党 指定対象巡り混乱」という見出しで報じたほどである(10月31日付)。迷走の最たるものは、小池百合子元防衛相が10月28日、衆議院国家安全保障特別委員会で、首相の一日の動きを報じる記事(「首相動静」〔朝日新聞〕、「首相日々」〔毎日新聞〕)について、「『知る権利』を越えているのではないか」と述べ、これを「特定秘密」の脈絡で語ったことである。『朝日新聞』30日付社説は、冒頭の写真のように、「首相動静」を一部、黒塗り■■■で描いた。これは秀逸だった。

菅官房長官は直後の記者会見で、「各社が取材して公になっている首相の動向なので、特定秘密の要件にはあたらない」と釈明した。また、29日には森消費者相が記者会見で、TPP 交渉の情報も「秘密の対象になる可能性がある」と発言して問題化した(『朝日新聞』31日付)。すぐに「訂正」されたものの、「特定秘密」は、「行政機関の長」の指定の仕方によって恣意的に拡大される可能性があり、この法案の最大の問題もそこにある。

「首相動静」欄は私もかつては大いに活用した。2004年8月、沖縄国際大学構内に米軍ヘリが墜落した際、米軍がピケ線をはり、沖縄県警や大学関係者の大学構内立ち入りを拒否した。沖縄県知事が小泉首相(当時)に面会を求め、この異常事態への対応を要請したが、小泉首相は会わなかった。その時、彼は何をしていたか。私はNHKラジオ第一放送「新聞を読んで」(2004年9月12日放送)で次のように語った。

… 『朝日新聞』の「首相動静」欄で調べると、首相は都内のホテルに合計244時間滞在し、「ゴロ寝」(「小泉内閣メールマガジン」152号)をしながらオリンピック観戦をしていたとされています。米軍が絡む複雑な事件では、総合調整の権限をもつ内閣総理大臣が率先してことにあたることが求められていました。しかし、8月16日に上京した稲嶺沖縄県知事の面会を首相は断りました。『朝日新聞』「首相動静」欄によれば、その日の首相日程は、午前中の歌舞伎鑑賞と、14時10分からホテル滞在です。その時刻、NHK総合ではちょうどホッケー女子予選「日本×アルゼンチン」戦が始まっていました。知事と短時間でも会って沖縄の現状について聞くことができなかったのか。地位協定の運用がまさに現在進行形で問われているときに、米側と調整を行う最高責任者として、きちんとした言葉を発すべき場面だったと思います。

「首相動静」欄はこういう「不都合な真実」をも明らかにしてしまう。組織の不正を内部告発した人も逮捕される可能性があることを報じた『東京新聞』31日付一面トップ記事の見出しは、「官の不正も機密?」だった。

このような安倍政権に対して、メディアの批判は全体として見ればなお鈍い。その理由がわかるような記事を最近読んだ。オフレコ情報の暴露なので、真偽のほどはわからないが、紹介する。

先月、10月11日、新聞・通信社の論説委員クラスとの懇談会(論説懇)で安倍首相は、「ボクが何をいおうが、悪く書けるはずがない。TPPや消費税にしても、民主党がやり残した政策だろう。プラスに評価される政策はみんな私がやったことなんだから。そう思わない?」と勝ち誇ったように語ったという。その上で、ある論説委員が4日後に行う所信表明演説について質問すると、「私が書くわけじゃないからね。演説の原稿を書く担当者を紹介するから、あなた方から、いま何が国民の話題になっていて、何をいってほしいか教えてやってくれないか」と言い放ったという(「天下人・安倍首相 オフレコ発言録」『週刊ポスト』2013年11月8/15日号より)。演説のライターがいることは誰でも知っていることだ。しかし、「それを言っちゃあ、おしめいよ」である。彼は「振り付け首相」である。そのことを自分で語ってくれたわけである。

さらに安倍首相は、10月16日の講演で、「私は若い頃、映画監督になりたいと思った。もし、私がファミリービジネス(家業の政治家)に固執しなければ、『ゴッドファーザー4』を撮っていたかも。そのかわりアベノミクスはなかった」とまで語ったという(同上)。もう言いたい放題である。ここには、高校・大学入試、就活、選挙運動の苦労も何もしないで、エスカレーターで首相になった世襲政治家の驕りと勘違いが如実にあらわれている。苦労人コッポラ監督にはいい迷惑だろう。

恣意的権力を欲しいままにし、おごりたかぶり、自らの言葉に酔って滅びた権力者たちに共通する傾向が安倍首相に見えてきた。おごれる権力者は久しからず。「終わりの始まり」の兆候である。

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