特定秘密保護法の不特定性と有害性              2013年10月28日

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究室には「極秘」や「秘」の生々しい史料・資料が段ボール10箱分くらいある。例えば、戦争末期に研究者や技術者を総動員する方針を起草した官僚の分厚い文書綴り(昭和20年1月)。「決戦非常措置ニ連ナルモノ」という手書きの表紙がついている「決戦非常措置要綱」は「秘」扱いである。そのなかに、「科学技術非常動員体制」の草稿がある。「極秘」の文字が生々しい。港湾行政制度を非常モードに改変するための草稿の綴りもある。そこには、「大日本帝國政府」の罫紙に、港湾行政の新編成についての詳細な提案が示されており、書き込みも多数ある。 一方、内務省警保局図書課が行っていた検閲の状況は、『出版警察報』を見れば克明に知ることができる。右下に「220」という配付先通し番号が付いている。「厳秘」である


秘密

戦後の資料では、保安隊普通科学校のテキスト、『戦術教程(案)』が一括である。「部外秘」が右上と左下に付いている。その第7号(昭和28年9月)は「地雷戦 爆薬及爆破」。300番台の通し番号が付いているが、すでに60年も経過しているので、外部に流した隊員(遺族)が誰かは特定できないだろう。

自衛隊の部内資料もいろいろあるが、例えば、海上幕僚監部防衛部の「秘」扱いの文書、「海上自衛隊用兵綱領改訂の経緯」(昭和44年6月)。これを所持していた人を特定できる箇所は裏表紙を含めて削り取られている。なお、3年前にこの文書の情報公開請求がなされたが、一部不開示となっている。防衛省は「海上作戦の手の内をさらす」ことになり、相手方にその裏をかいた行動をとることを容易にすると主張した。内閣府の情報公開・個人情報審査会(※リンク先はPDFファイル)はその主張を認め、40年前のこの文書を一部不開示にした(2010年12月7日)。冷戦時代の「手の内」でもあり、今も不開示にする必要性があるとは思えない代物である。

自衛隊関係では、4年前の「直言」で、イラクに派遣された自衛官が持参した『隊員必携(陸上幕僚監部)〔第3版〕』と別刷『サマーワ配置図』について紹介した。これはかなり注目されて、複数のメディアに紹介された(例えば、『朝日新聞』2013年7月7日付)。

最高裁判所事務総局の極秘資料も何冊か持っている。死刑事件の個別事案が写真入りで収録されているため、これは表に出すわけにはいかない。政治家個人の「未定稿」に政治家が自分で「マル秘」のを押している文書もある。衆議院議員・中曾根康弘「高度民主主義民定憲法草案」である。裏表紙には通し番号が打ってある。この憲法草案は「首相公選」を最初に明確に打ち出したものである。この文書は、私の研究室のほか、中曾根事務所にある

まだまだ「マル秘」資・史料はたくさんあるが、「わが歴史グッズのはなし」シリーズではないので、このあたりでやめておこう。今回、「極秘」や「秘」が付いた資料の一部を公表したのはほかでもない。10月25日、政府が「特定秘密保護法案」を閣議決定したからである。閣法(内閣提出法案)として臨時国会に上程されるので、現在の衆参両院の構成からすれば、そのまま成立するだろう。秘密保護に関して、政府が強力な権限を得ることによって、安倍晋三首相は、戦前のような秘密保護体制を「取り戻す」可能性が高い。

2001年「9.11」でテロ特措法が制定された時、どさくさまぎれに自衛隊法96条の2が追加されて、防衛秘密に関する法制は大きく変わった。今回、その96条の2が削除され、本法に吸収される(附則3条)。その意味で、この法案は、中曾根政権下の1985年の「国家秘密法案」(スパイ防止法案)以来の本格的な秘密保護法を狙うものと言えよう。

ここへきてメディアの危機感もようやく高まり、『東京新聞』が10月25日付夕刊から26日朝刊にかけて一面トップで警鐘をならしたほか、「この法案には反対だ」(『毎日新聞』21日付社説)、「この法案に反対する」(『朝日新聞』26日付社説)等々、3紙の態度は明快である。

国家公務員法や地方公務員法、自衛隊法、日米相互防衛援助協定(MDA) に伴う秘密保護法など、この国には秘密保護に関する法的仕組みがすでに存在する。なぜ、いま、新たな秘密保護法が必要なのか。その立法事実は何か。

それを読み解くキーワードは「特定秘密」にある。昨年まで「秘密保全法案」と称されていた頃には「特別秘密」だったが、MDA秘密保護法の「特別防衛秘密」との違いを明確にするためなのか、先週閣議決定された法案は「特定秘密」という名称を使っている。これによって何を「保護」したいのか。

法案が出てくる背景として指摘されている「尖閣沖漁船衝突事件」のビデオ流出事件をめぐって、海上保安庁は「情報流出再発防止対策検討委員会報告書」(2012年5月25日) を公表して、さまざまな対策をとっている。秘密保護法による厳罰化や過失を含む漏えいの捕捉などの緊急性や必要性は明確ではない

法案の問題点をさしあたり、次の4点指摘しておこう。

第1に、「特定秘密」の不特定性についてである。法案3条によれば、行政機関の長が、「別表」に掲げた情報のうち、公になっておらず、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」から、MDA 秘密保護法の「特別防衛秘密」を除いたものが「特定秘密」ということになる。

別表にある「情報」は4つに区分されている。(1)防衛に関する事項、(2)外交に関する事項、(3)特定有害活動の防止に関する事項、(4)テロリズムの防止に関する事項である。

(3) の「特定有害活動」というのは、9月の法案要旨では「安全脅威(スパイ)活動」とされていたものである(『毎日新聞』9月14日付)。今回、「特定有害活動」という表現には違和感がある。ちなみに、「有害」を冠した法律用語では、「有害図書」(青少年保護育成条例)、「有害業務」(労働安全衛生法)、「特定有害物質」(土壌汚染対策法)などがあるが、「有害」というのは、「誰にとって」「どのように」害があるのかが明確でなければならない。「有害活動」という文言はあまりに漠然としており、伸縮自在である。行政機関の長の裁量で「有害」とされたものが「有害活動」であるから、時の政権にとって都合の悪い活動や運動に関する情報は安易に秘密にされていく。

なお、「特定有害活動」との関連で言えば、「特定秘密」をことさらに法制化する狙いとして、とりわけ警察関係の情報が念頭にあるように思う。実際、法案のなかで特定秘密の指定に関わる「行政機関の長」として具体的な名称を伴い頻繁に登場するのは警察庁長官である(5 条2、3項、7条、12条)。1年半前の直言「秘密保全法で何を『保全』したいのか(1) 」でも指摘したように、警視庁公安部のマル秘資料114点がネット上に流出したことを直接のきっかけとして、公開されたくない警察のダーティな活動を包含できる広範な概念が必要とされたのだろう。ある情報が秘密になるかどうかだけではない。それを秘密にしていること自体も秘密となり、秘密は無限に増殖していく傾きにある

第2に、秘密にアクセスできる者についての「適性評価制度」(セキュリティクリアランス)である。ここに法案の設計思想が鮮明にあらわれている。12条を見ると、秘密を扱うことが想定される公務員や契約業者(民間人)などは、犯罪歴、渡航歴、家族の状況、飲酒の節度、精神疾患、借金の状況に至るまで執拗に調べられる。特に「飲酒についての節度」という文言には驚いた。閣僚、行政機関の長は「適正評価」の対象にならないが、かつて酒に酔っぱらって記者会見してロレツがまわらなかった閣僚がいたし、現内閣にも「飲酒の節度」の怪しい重要閣僚がいることは、新聞記者の間では常識である。「適正評価」の対象外の閣僚から秘密が漏えいする可能性は否定できないのではないか。

この法案の問題点の第3は、きわめて重い罰則である。国家公務員法上の秘密漏えいは1年以下の懲役、自衛隊法上のそれは5年以下だが、この法案では10年以下の懲役と、倍返しどころか、10倍である(22条1項)。過失も処罰され(同4、5項)、教唆、煽動も独立に処罰される(24条)。ここには民間人も想定されている。こと秘密の問題に関する限り、取材活動などが秘密漏えいの教唆や煽動にあたるとされる可能性は否定できない。「雑則」で、「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」と定めても(21条1項)、また、出版・報道にたずさわる者の取材行為について「著しく不当な方法によるものと認められない限り」正当業務行為とするとしても(同2項)、これは不自然なイクスキューズでしかない。取材活動はあまり品のいいものばかりではないことが常であり、「著しく不当な方法」とは何かにより、取締り当局の裁量の幅は広がる。取材活動に対する威嚇効果は否定できない。

第4に、「特定秘密」は公開されずに、ずっと秘密のままにしておくことができる仕掛けになっていることである。建前では秘密指定の有効期間は5年を超えない範囲内となっているが、5年延長できる(4条1、2項)。延長の回数に制限はない。通算で30年以上になるときに内閣の承認を求める規定があるから(4条3項)、内閣が公開を承認しなければ、いつまでも秘密にしておくことができるわけである。各国の秘密保護法制、特に米国のそれとの比較でも、かなり後退した設計になっている。これでは、旧東ドイツの「シュタージ国家」なみの秘密性と言われても反論できないだろう。

なお、秘密の指定や解除に関して、有識者の意見を聴くという規定がある(18条)。これもまったく信用できない。なぜなら、安倍内閣の審議会や懇談会などの「有識者」は「安倍友だち」ばかりで、その露骨さは他の内閣になかったものである。しかも、「特定秘密保護法」に基づく「有識者会議」は、法律の根拠をもつ審議会などではなく、首相や官房長官の私的諮問機関が想定されているというからなおさらである(『東京新聞』10月26日付「こちら特報部」)。

この5月、米国のCIAと国家安全保障局(NSA) の職員だったE.スノーデン氏によって、NSAが外国人を対象とした盗聴や通信記録の傍受を行っていたこと、そのターゲットには国連本部やEU代表部、「同盟国」の要人も含まれていることが明らかにされた。そして先週、ドイツのメルケル首相の携帯電話を米情報機関が盗聴していた疑惑も持ち上がった。これでは、米国の情報機関も、「特定有害活動」の主体ではないのか。

今国会では、国家安全保障会議 (日本版NSC)を設置するための法案の審議も始まる。このNSC とセットで「特定秘密保護法案」も上程される。TPPが唐突に英語3文字で登場して無理やり「定着」したが、今週からNSCである。いい加減、こういう横文字を自明のように使うことはやめたらどうか。安全保障会議設置法はまだ現行法であり、それとどのように違うのか。NSCでは「4大臣会合」(首相、官房長官、外相、防衛相)、国交相ら5閣僚を加えた「9大臣会合」が「有事」や安全保障の基本方針を決定するそうだが、政治家の劣化が際立ってきた今日、あの面子が集まって信頼できる決定ができるとは到底思えない。NSCだなんだと横文字を使って悦にいる前に、先週、台風や地震に見舞われ、汚染水がさらに流れだしている福島第一原発の「アンコントロール」状態を何とかすることの方が先決だろう。これこそ、「いま、そこにある危機」のはずなのだが、安倍首相にはIOCで放言した「完全にブロック」などの言葉を守ることの方が大切のようである。「特定秘密保護法」は、こうした原発の「不都合な真実」を糊塗する任務も帯びているのだろうか。

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