「ダイヤモンド安保」と「価値観外交」              2013年9月23日

「ダイヤモンド婚」と言えば結婚60周年のこと。「金婚式」が結婚50周年だから、それより10年長い。他に「ダイヤモンド」を冠した言葉には、ダイヤモンドヘッド(ハワイ・オアフ島の火山破屑丘)や「ダイヤモンドダスト」(大気中の水蒸気が氷点下10度以下で結晶化する現象)がある。前者はまだ行ったことはないが、後者は北海道の大学に在任中何度も見た。私の頭のなかで、「ダイヤモンド」を冠した言葉はこのくらいしか思いつかない。ところが、昨年末、唐突に「ダイヤモンド安保」という言葉が耳に入ってきた。「提唱者」の名前を聞いてまたびっくり。

昨年12月27日、国際言論NPO「プロジェクト・シンジケート」のウェブサイト上に、英文の論文“Asia’s Democratic Security Diamond”(アジアの民主主義的安全保障ダイヤモンド」が本人名「安倍晋三」で公表された。おそらく安倍氏は米国の新保守主義系学者に近い筋からレクチャーを受けたのだろう。日本と米国・ハワイ、インド、オーストラリアの4点を結ぶとひし形(◇)になることから、海洋進出をはかる中国を牽制し、4カ国が連携して中国を封じ込めるというアイデアだそうである。その程度のものとして、最初はここで論ずることに躊躇したのだが、IOC総会でのスピーチで、「(福島の)状況はコントロールされている」とか、「港湾内の0.3平方キロの範囲内で完全にブロックされている」とか、明るく、力強く断言してしまう安倍氏である。饒舌な滑舌はとどまるところを知らないので触れておくことにしたい。

 安倍首相のこの論文については、『東京新聞』2013年1月16日付「こちら特報部」が詳しく紹介している。安倍氏は論文のなかで、中国が南沙諸島の領有権をめぐりフィリピンやベトナムなどと対立を深めていることに注目し、南シナ海が「『北京の湖』になるようにみえる」とかなり刺激的な表現を使っている。また、「日本が東シナ海で中国に屈してはならない」という。「取り戻す(トリモロス)」と同様、外交としてはお子様ランチ級の表現を多用しつつ、日本、ハワイ(米国)、オーストラリア、インドの4カ国が軸になって、中国を「封じ込めよう」というのである。

 だが、ここには大きな誤算がある。そもそもダイヤモンド陣形で中国を封じ込めるという発想が古い。地政学的な位置関係からしても、この陣形が中国に対して何らかの抑止的効果を与えるとは思われない。加えて、ダイヤモンドの一角をなすインドは、中国との貿易高が日本の何倍もあり、安易な中国包囲網にのってくるとは考えられない。

 南沙諸島におけるトラブルを見ても、中国の覇権的姿勢が東南アジア諸国にとって相当な脅威になっていることは確かだろう。しかし、それをことさらに「ダイヤモンド」という刺激的な表現を採用することで、この地域の平和と安定に資するところがあるだろうか。尖閣諸島の問題を解決する上でも、安倍首相の妙にいきがった、力みの感じられる言葉の使い方がプラスになるとは思われない。

 彼が好むもう一つの言葉に「価値観外交」がある。これも曲者である。自由、民主主義、基本的人権などを軸にした共通の価値観で結ばれた国々との外交関係を重視するということなのだが、これは中国のように、国内で人権抑圧政策をとっている国にとっては、「いや〜な」言葉である。中国政府なりに、国内の人権問題への批判には敏感なはずである。「価値観外交」は好きな人としか関係を結ばないという発想である。「同じ考え方でないと付き合ってあげないも〜ん」というのでは、したたかなこの大国との関係を築いていくことはできないだろう。外交は好き嫌いでやるものではない。対外政策における「安倍カラー」というのは、「価値観」を過度に押し出し、最初から相手国との関係に摩擦を増やしておくようなものである。

 これはブッシュ前大統領のやり方とある意味では似ている道徳的価値を過度に強調する点でも共通性が多い

「9.11」直後、ブッシュは「十字軍」という言葉を使った。これは歴史を少し学べば明らかだが、イスラムの人々に対して決定的なマイナス効果になった(直言「言葉もて、人は獣にまさる」)。また、対テロ作戦の最初の作戦名は「限りなき正義」だった(2001年9月25日まで)。この言葉がイスラム教の教義に関わるので、あわてて「不朽の自由」作戦に変更したのは承知の通りである。ブッシュのやり方は、「味方にできなくてもいいから敵にしない」の逆を行く、「味方にできる者までも敵にしてしまう」の類であり、結局、ブッシュが始めた戦争は大失敗に終わる。

 安倍首相もブッシュ前大統領と似て、威勢のいい言葉を使いたがるが、その使い方もワンパターンである。空気が読めない(KY)のではなく、空気が見えない首相として、私は「KM首相」と命名したが、外交はこれでは困るのである。IOC総会には十分振り付けをされ、相当練習をして臨んだようだが、自民党内には、中国・韓国との関係が厳しいことから、「(五輪招致に)あれだけスピーチを練習していくんだったら、韓国、中国に対するスピーチをちょっと練習したらどうなのか」(二階俊博総務会長代行)という声もあるという(『アエラ』2013年9月23日号)。当然だろう。先のG20で、就任後初めて、中国の国家主席と偶然「立ち話」の機会がきたようだが、そこで発せられた言葉は「戦略的互恵関係」云々の紋切り型の言葉だった。

 麻生太郎元首相(現・財務相)は答弁メモにフリガナが振ってあったが、安倍首相の場合は「フリツケ」の言葉(声を強める、拳を振り上げる等々)が書いてあるようである。化学兵器を使ったのがシリア政府なのか反体制武装勢力なのか不明の段階で記者会見(8月28日、中東・カタールで)に臨んだ安倍首相は、化学兵器使用について触れ、「シリア情勢の悪化の責任は、人道状況の悪化を顧みない、アサド政権にあることは明らかであります」といって右手をあげた。どこの国も慎重で、明確に断言するのを避けていた段階で、安倍首相だけは「明らかであります」と力強く(手をあげて)事実上断定してしまった。

 日本という国にとって、いま、こういう「フリツケ首相」が政権をとっていることの不幸を思う。さらに「フリツケ」は続く…。

 9月17日午後、外資系の「メリルリンチ日本証券」の投資家向け講演会に「内閣総理大臣・安倍晋三」名のメッセージが届き、「明らかに今の日本は『買い』です」と、首相自らが「異例のトップセールス」を行ったというニュースが流れた(TBS)。誰が言ったのか、何を言ったのか、どこで言ったのか、の少なくとも3つの点で、あきれてものが言えない。いやしくも一国の首相である。それが投資について、「日本はいま買いです」みたいなことを公言するだろうか。しかも、2008年にリーマンショックを起こしたお仲間の会合のためだけにメッセージを送る。この偏り。TPPはいわば「日本大売出し」である(直言「催眠政治にご用心―「アベノミクス」とTPP」)。もう一度この「直言」をクリックして、「決めるのは、いまでしょ」に乗らないこと、「立ち止まる」ことの大切さを確認してほしいと思う。

 ちなみに、2度目の「東京オリンピック」2020年は、安倍首相の祖父である岸信介元首相が調印した日米安保条約の60周年、日米の「ダイヤモンド婚」、まさに「ダイヤモンド安保」である。


《付記》冒頭の写真は、8年前に紹介したことがある(直言「わが歴史グッズのはなし(14)基地マッチ」)。次の写真は、護衛艦「くらま」が2001年のテロ特措法に基づくアラビア海派遣のあとに部内限りでつくられたティーシャツである。インド洋上に浮かぶ英領ディエゴガルシア島の名前がある。ここには、米軍が中東に緊急展開するための重装備の事前備蓄基地がある。

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