「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
       (2007年8月31日午後5時収録、 9月1日午前5時35分放送

   1.「北の国」からの視点

 今週のはじめから昨日まで北海道に滞在していました。ゼミの学生たち34人との北海道合宿です。学生たちは、財政破綻した夕張市や、帯広市のばんえい競馬問題などを取材する地方自治班、札幌雪祭と自衛隊の関係の変化などを取材する自衛隊班、食料自給ネットワークなどを調べる「食」班、そして日高地方を中心にアイヌ・先住民族問題を取材するアイヌ班の四つに分かれ、道内各地に展開しました。今回は、地元紙と全国紙道内版を読みながら気づいたこと、考えたことをお話したいと思います。

 この1週間、爽やかな晴天が続きました。気温34度の東京から札幌に着いたときは、日本列島は縦に長いなと改めて実感しました。永田町や霞が関の出来事についても、地元紙の見出しや記事、コラムなどには、東京とは違う感覚や視点が随所に出てきます。                        


2.第二次安倍内閣と北海道

 北海道入りしてすぐに内閣改造がありました。新聞各紙28日付は一面トップから紙面の多くを使い、詳しく伝えました。地方紙やブロック紙は、組閣の記事の際、地元出身大臣を大きく扱う傾向にありますが、今回は特に「地方重視」という視点が前面に出ていました。来年7月に北海道洞爺湖サミットがあるので、各紙は、道出身の外務大臣のインタビューをトップにもってきました(『読売新聞』28日付道内版「サミットへ『町村外相』歓迎」など)。なお、今回、実際に洞爺湖サミットの会場のホテルの近くまで行きました。お茶でもしようと思ったのですが、ホテルに向かう道路で警備員に止められ、面倒なので引き返すことに。半ば「想定の範囲内」で行ったのですが、サミット313日前から厳重な警備が始まっていることを実感しました。

 『北海道新聞』の東京政経部デスクの解説は、「『挙党一致』と『人心一新』、『改革推進』と『地方重視』という、両立しにくい課題を縫うように生み出した政権は、首相が改造内閣で取り組む仕事の優先順位を見えなくした」と批判しています。

 ちなみに、私は毎日、内外の新聞サイトをチェックしているので、札幌のホテルでも『沖縄タイムス』をチェックしました。同紙30日付1面コラム「大弦小弦」には、「永田町の回転ずしは一度取りそこなったら二度と回ってこない」という政治家の言葉を紹介しています。コラムは、閣僚の顔ぶれを論評しながら、「国民から一度はノーを突きつけられながら、政権を継続させた首相自身も背水の陣だ。『回転ずしは一人だけに何度も回ってくるわけではない』ことも永田町の住民は熟知している」と書いています。

 そもそも、先の参議院選挙で大敗して、総辞職は当然と見られていただけに、各紙ともに、従来のどの内閣改造よりも、厳しい論調が支配しています。「政治とカネ」をめぐる問題で閣僚から疑惑が生ずれば、首相は「十分な説明ができなければ去っていただく」と改造当日の記者会見で明言しました。『朝日新聞』28日付社説は「『脱安倍色』で、さて何をする」というタイトル。
  『北海道新聞』コラム「卓上四季」(25日付)は、北海道のフクロウ、コノハズクのある技について書きながら、「脱安倍カラー」をこう評しています。フクロウは羽毛を体にぴったりつけると、保護色も手伝って枯れ枝に溶け込み、森のなかで見分けがつかなくなる。これを「擬態」といい、「わが身を使い、必死に技を繰り出し進化させてきた」生き物たちの「生き抜く知恵」である。安倍首相が「美しい国」とか「戦後レジームからの脱却」という言い方を最近しなくなったが、これは「民意の反発をかわす保護色の準備開始と映る。本音を隠す擬態だろうか」と。

 地方のなかで、構造改革の痛みを全面に受けた北海道では、東京の政府に対する眼差しはきわめて厳しいものがあります。そして、この内閣が最初に直面するのが、この11月1日で期限切れを迎える「テロ対策特別措置法」再々延長問題です。                


    3.テロ特措法延長をめぐって 

 この法律は2001年の「9.11」に対して、日本が行う対応措置を、臨時的・応急的に決めたもので、とにかく大急ぎで制定され法律です。当初、附則第3項で施行後2年で効力を失うと定め、附則第4項で2年の期限をきって延長できるとなっていましたが、その後附則も修正して延長を繰り返し、今回で4回目。本当に必要ならば、恒久的な法律を提起すべきで、特別措置法をさみだれ式に延長するのは立法の作法としては大いに疑問があります。これまでかかった総経費220億円は私たちの税金です。政府はインド洋上の11カ国の艦船に769回の給油をしたとしていますが、その中身は「軍事機密」を理由に明らかにされていません。パキスタン大統領が特措法延長を希望したとされていますが、パキスタン海軍は小型フリゲート艦1隻しか派遣していません。日本の給油が、アフガンだけでなく各地で活動する米海軍への支援になっている可能性は濃厚です。これは法律の範囲を超えます。
  『読売新聞』30日付は、来日中のドイツのメルケル首相が「テロ特措法の延長を求める」という見出しで報じましたが、ドイツ海軍が派遣する艦艇は少なく、給油も6年間に29回。 ドイツの新聞各紙のサイトをみると、首相の日本訪問についての記事は地球温暖化問題が中心でした。日本のテロ特措法延長を後押しするような発言は、ドイツではあまり注目されていないようです。帰宅後読んだ『東京新聞』30日付は、「延長へ『ガイアツ』利用」と見出しで、メルケル首相の発言を斜めに扱っていたのが印象的でした。

 テロ特措法の延長が、「米軍支援」がもっぱらであるということは、『朝日新聞』27日付「私の視点」に掲載された、キャンベル元米国務次官補代理らの、法律延長を求める文章からも明らかです。いわく、「中国が石油資源の豊富な地域に対するアクセスと影響力を強めようとしているなか」で「日本の陸海空自衛隊の派遣は高く評価される。…各国は、地域安定化のため日本が軍事・外交プレゼンスを強化するよう求めている」と。「テロとの戦い」やアフガン復興とは別の論理がそこに浮き彫りになってきます。 

 『毎日新聞』31日付「論点」特集は「テロ特措法をどうするか」。3人の論客のうち、アフガンで活動するNGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲さんの文章「戦争支援をやめる時」は注目されます。誤爆で連日無辜の民が命を落としていること、民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力が力をもっていきていること、日本はアフガンに1000億円以上の復興支援をして、他方、テロ特措法で「反テロ戦争」という名の戦争支援を行っていること。「殺しながら助ける」支援があり得るのか。「特措法延長で米国の同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動する私たちの安全が脅かされる」「最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい」と書いています。米国一辺倒の論調のなかで、重要な指摘だと思います。

 なお、『産経新聞』30日付によると、産経新聞社とFNNの合同世論調査の結果、テロ特措法の延長に反対が54.6%を占めたそうです(朝日新聞社の緊急世論調査では反対53%『朝日新聞』29日付)。民主党の小沢一郎代表はテロ特措法延長に反対しており、『朝日新聞』30日付は一面トップで、民主党が、海自の撤退と、食料・医療支援のほか、警察組織改革などの新たなアフガン民生支援を柱とする独自の対案を準備していることを報じています。米国をおもんばかりすぎた議論や、撤退すると世界から孤立するというような感情的議論は控えて、中村さんの指摘する視点を含めて、根本的な議論が必要でしょう。      
          

    4.地方の再生のために 

 『北海道新聞』30日一面コラム「卓上四季」は、「近代郵便の父」とされる前島密が150年前に函館で過ごしたことについて書いていました。当時は、江戸との間には通信手段がほとんどなく、旅行者に手紙を託すこともあったそうです。公文書でさえ、届くのに1カ月かかったという記録も。こうした経験から、前島は、全国的な郵便網の整備に努力していきます。抵抗したのは飛脚業者。前島は「島でも山奥谷底でも、距離を問わず小額かつ欣一な料金で、迅速、正確に音信を通ずる大計画だ。君らにできるか」と説得したそうです。
 「卓上四季」は、「郵政民営化が10月に迫ってきた。合理化のため、道内ではすでに全国で最も多い160の郵便局が集配業務を廃止している。…将来、統廃合がないかも懸念される。「政府は『郵便局のネットワークは維持する』と繰り返してきた。その一方で、集配局は次々と減らされ、しわ寄せは離島や過疎地ほど大きくなっている。前島が築き上げた郵便網と全国一律のサービスは本当に守られるのか、地方の不安は消えない」と。

 『読売新聞』28日付道内版には、「夕張市 消防職 競争率20倍」という見出しが目を引きまた。夕張から早期退職する5人の消防職員の補充のため、夕張市消防本部が28日に試験を実施しようとしたところ、全国から100人(実質95人)の応募があり、全国自治体最低の給与にもかかわらず、「20倍の難関」になったそうです。大阪や神奈川から受験する人もいて、救急救命士の資格をもつ人が5人含まれるそうです。
 これをどう見るか。消防本部では「就職難も影響している」として「複雑な心境」としていますが、今回、私も17年ぶりに 夕張市 に行ってみて、市役所には本当にわずかな職員の姿しかみえず、シャッターの降りた店舗や閉鎖された施設が目立ちました。でも、そこには、懸命に再建に取り組む人々や、夕張に支局を設けて、生々しい現場を取材する全国紙記者もいます。特に夕張青年会議所(JC)前理事長は、「財政再建団体になった夕張市はいわば懲役18年。『恩赦』や『仮出獄』などの希望もなく、このままでは市役所の職員はいなくなってしまう。彼らが希望をもって仕事ができる条件を創り出すことが大切だ」と私に語りました。民間の商工業者が公務員の職場確保に尽力する。破綻した自治体や公務員への「世間」の厳しい眼差しのなかで、「夕張再生」をかけた人々の熱い想いに触れることができました。人が住むところに郵便や消防は不可欠です。消防士になるため夕張を目指した人々の心に、厳しい現実のなかにも、小さな光を感じました。

トップページへ