「特別直言」 憲法施行60周年と「体制転換」?  2007年5月3日

「日本国憲法施行60周年の「憲法記念日」である。5月7日更新を4日早め、「特別直言」として、この日にUPする。7日の定時更新はこれにかえさせていただきたい。

  「施行」60年目にして、この憲法は重大な局面を迎えた。「公布」60周年から180日が経過したが、この間の変化は著しい。1947年制定の教育基本法がまず葬られた半世紀以上にわたってこの国が抑制してきた「軍事的なるもの」への抑制は大きく緩和され武装組織の海外展開(文字通りの「海外派兵」)のルートも開かれつつある。専門家や現場の声を踏まえた十分な議論もなしに、少年法や刑事訴訟法が変えられていく。「犯罪が凶悪化していますから」(安倍首相)というコメントだけで、小学生までが少年院に入れられる。犯罪被害者が検察官の隣に座って訴訟「参加」する仕組みもできようとしている。刑事司法の根幹にかかわる重大な問題を含むにもかかわらず、その十分な検証もなしに。さらに、憲法の改正の動きも急である。その問題性については何度か書いてきた憲法改正手続法案(国民投票法案)は、来週にも成立しそうな勢いである。「任期中に改憲を」「憲法記念日までに国民投票法案を成立させる」という、(かつても改憲論は決して「タブー」ではなかったが)流石に口にすることはなかったような言葉を、首相の地位にある者がおおらかに語る。憲法尊重擁護義務(99条)を厳しく課せられているはずの首相が、実質的な「廃憲」論を説いている。 その語り口からは、多分に情緒的な香りがする。なお、この論点では、3年前、彼が幹事長のときに批判してあるので、参照されたい。首相になってからも、この「癖」は変わらないどころか、むしろパワーアップ している。

  4月24日の自民党「新憲法制定推進の集い」で、憲法改正理由として挙げたのは、@現行憲法は占領下でGHQ (連合国軍最高司令部)の素人により起草された、A長い年月がたち、時代にあわない、B新憲法の制定こそ、新しい時代を切り開く精神につながる、という3点だった(『朝日新聞』4月25日付の要約)。翌25日の衆参両院主催「日本国憲法施行60周年記念式」(永田町・憲政記念館)でも、「国際社会」への積極的貢献の必要性を強調しつつ、「憲法のあり方についての議論が、国民とともに積極的に行われることを切に願う」として、「改憲意欲をにじませた」と報道されている(『朝日新聞』4月26日付)。上記の三つのどれ一つとして、憲法を改正するには、根拠薄弱である(とくに@は憲法について〔少なくとも現在の改憲を説く多くの議員よりは〕「素人」ではなく、法曹も少なくない。また、鈴木安蔵らによる憲法研究会により原案が起草された事実がある)。

  憲法にしても、さまざまな法制度にしても、長年にわたって運用されてきた仕組みを変える場合、それらの問題や課題をきちんと総括し、なぜ変えねばならないのかについて、また、他に手段がないのかについても丁寧な説明が求められる。だが、この国ではいま、憲法という国の最高法規を変えることについて、形容しがたい「軽さ」が広まっている。改憲の主張であっても、熟慮が感じられる言葉には、賛成する、しないにかかわらず、 それなりの重みがあるはずなのだが、首相の言葉には、なぜか「のっぺりとした軽さ」が漂う。しかし、そこでいわれている内容は、この国の立憲政治に致命的打撃を与えかねない問題をたっぷり含んだ、強烈なものである。その落差がつかめないままに、国民の少なくない部分がこの内閣を支持している。メディアもそこを十分批判しきれていない。


   今日、憲法記念日を迎えるにあたり強調しておきたいことは、首相をはじめ、権力担当者たちの手法がますます傲慢になっている、その背後にある「発想」の問題である。それは、「戦後レジームからの脱却」という言葉に集中的に表現されている。このことのもつ問題性は、後述する。
   その前に、昨今の 国会運営における与党の 「問答無用」の姿勢もさることながら、この間の法律にも、あきれるばかりの「傲慢無知」や「厚顔無知」が見られることを指摘しておきたい。その一例が、憲法改正手続法案(憲法改正国民投票法案)である。個々の問題点については、すでに縷々述べてきたので、ここでは、具体的に3点だけ指摘しておこう。それは、3条+付則3条、12条3項、100条+103条2項である。

  まず第1に、法案3条について。端的にいえば、これは「政策の法化」どころか、「政局の法化」としかいいようがない。国民投票の投票権者の範囲を、与党は一貫して20歳としてきた。しかし、民主党の賛成を得るため、同党の主張である18歳投票権を採用してしまった。そのため、既存の法律との辻褄合わせのため、付則3条(法制上の措置)で、3年以内に民法4条を改正して成年年齢を20歳から18歳に引き下げ、公職選挙法9条を改正して18歳選挙権を実現するように求めている。「手続法の分際で」、憲法44条の委任を受けて選挙人の資格などを定める公職選挙法という重要法律(憲法付属法)や、民法という基本法律の中身についてあれこれ指図している。18歳選挙権について冷たい態度をとってきた与党が、手続法の、しかも付則で18歳選挙権実現を宣言してしまう。本末転倒とはこのことである。本来ならば、まず18歳選挙権にするかどうかを、しかるべき審議会や委員会を通じて十分議論し、公職選挙法の改正を正面から提起するのが筋ではないのか。こんな付則で「法的措置」なんて指図されてやるくらいなら、なぜ、もっと早く、18歳選挙権を実現しなかったのか。憲法改正のためには手段を選ばす、といわれても仕方ないだろう。投票できなかった過去の「18歳」「19歳」はもっと怒るべきである。

  民法の成年年齢の引き下げも同様である。成人式が18歳になる。飲酒・喫煙、少年法などさまざまな場面で、成人が2歳下がる。いまも18歳を成人と定める皇室典範22条も改めて、15歳まで下げるのだろうか。影響を受けるのは法律だけではなく、さまざまな社会的影響も考えられる。国民投票法案で民主党の賛成を得たいという事情で、こんな重要な事柄を付則で定める。「政策の法化」ではなく、「政局の法化」とする所以である。もっとも、実際に18歳が国民投票で投票できるには、公選法で18歳選挙権が実現することが条件になっており、国民投票だけが18歳で先行するわけではない(付則3条2項)。このあたりも、「政局」的手法といえよう。

  第2に、「政局」が条文化されたもう一つの例は、法案12条3項である。そもそも法律の法律たるゆえんは、個人や個々の団体などを名宛人とすることなく、誰に対してもあまねく適用される、一般的、抽象的な規定の仕方になっていることである。この特徴は、現代法現象のなかで変容をきたし、いわゆる「措置的法律」や「法の政策化」という現象も広く確認される。だが、それにしても、国民投票法案12条3項は、あまりにも生々しい規定である。国民投票に関する周知をはかるため、広報に関わる機関(協議会)が設置される。この規定は、その構成を定めたものだが、広報協議会それ自体の問題性については別に譲り、ここでは、協議会の構成に関する3項の規定の仕方を問題にしたい

法案12条3項「委員は、各議院における各会派の所属議員数の比率により、各会派に割り当て選任する。ただし、各会派の所属議員数の比率により各会派に割り当て選任した場合には憲法改正の発議に係る議決において反対の表決を行った議員の所属する会派から委員が選任されないことになるときは、各議院において、当該会派にも委員を割り当て選任するようできる限り配慮するものとする」。

  長たらしい条文だが、前段は、協議会の構成が、各会派の議員数の比率で決まることをいっている。問題は、「ただし書き」である。いまの国会の構成でいえば、特定の政党(つまり、社民党と共産党)を念頭に置いた条文であることがわかる。10人の委員を、会派比率で配分するから、社共両党は一桁台の議員数なので、小数点以下の比率で、単純に配分すれば、1人も委員を出せない。だから「できる限り配慮する」という規定を盛り込んで、民主党が賛成する土俵をつくったわけである。「できる限り」というイクスキューズがついているので、委員を出せない場合も想定している。より問題なことは、手続法にもかかわらず、憲法改正に反対する会派は常に少数であるということを前提に設計されていることである。将来どうなるかはわからない。あまりにも、現在の多数派の傲慢がはっきり出た「ただし書き」ということができるだろう。これも早く法案を通すための「政局」絡みの事情が条文化されてものといえる。

  第3に、法案100条と103条2項である。前者は、国民投票運動を規制する際に、学問の自由などを不当に侵害しないようにという「訓示規定」である。注目したいのは、この種の規定のなかで、私の知る限り初めて、「学問の自由」が入ったことだろう。憲法23条の「学問の自由」を不当に侵害するおそれのある規制とはなにか。103条2項に、「教育者(学校教育法に規定する学校の長及び教員をいう)は、学校の…学生に対する教育上の地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力または便益を利用して、国民投票運動をすることができない」とある。ここに、私のような私立大学教員を含むことは明らかだろう。当初、罰則が付いていたが、修正案では削除された。だが、罰則はなくても、違法行為とされることの意味は大きく、例えば、専断的な理事会をもつ私立大学では、ワンマン理事長が教授会の意見を無視して、「護憲的な講義をした」なんて理由で教授を処分するなんてケースも出てくるかもしれない。この60年の間、大学における授業の中身が初めて、権力的統制の対象となったわけである。

  法案を審議した衆院特別委員会の理事を務める船田元議員(自民)はいう。「大学の先生が、講義で現行憲法は素晴らしい、変えてはいけないと意見表明するのはセーフだと考えていきたい。ただ、『国民投票に反対しなければ単位を与えないよ』というのはおかしいと思っている」(『朝日新聞』4月26日付)。賛成だろうと、反対だろうと、「単位をあげない」などという教員は、こんな法律に定められるまでもなく、それだけで教員として問題あり、である。それは権力によって大学の外部からいわれるものではなく、学生の信頼と尊敬を失うという「ペナルティ」で十分である。学問の自由に対する「萎縮効果」も生じさせかねない規定は削除すべきだろう。それにしても、従来のどの内閣においても、大学の授業に、ここまで露骨に口出しすることはなかった。学問の自由や「大学の自治」の危機もまた、確実に進んでいる
   このように、昨今の政治家たちの、憲法や法律に対する「傲慢無知」「厚顔無知」は甚だしい。内閣と両議院の3法制局の法律のプロたちも、おそらくは「やってられないよ」と叫びたいような気持ちで、日々仕事をしているに違いない。


   さて、安倍内閣が、いままでの内閣のなかで一番危険であるといったのは、「戦後レジームからの脱却」を正面に据え、「レジームチェンジ」を初めて掲げたからである。これを参議院選挙のスローガンにする勢いである。
   では、「戦後レジームからの脱却」という言葉がなぜ問題なのか。それは、「レジームチェンジ」(体制転換)を露骨に表明したものだからである。いかなる「レジーム」から脱却して、いかなる「レジーム」に転換するのか。安倍首相によってネガティヴに評価されるのは、「戦後レジーム」、すなわち、占領と占領政策、戦後改革によって生まれた体制である。日本国憲法体制は、戦後改革の理念と到達点を確認したものといえる。安倍首相は、戦後改革がもたらした体制から「脱却」して、どこへ行こうとするのか。 表に出てこない心象風景は、「占領の屈辱」をはらそうという祖父の怨念の実現なのか。
   安倍内閣は、日本国憲法体制のもとで生まれながら 、かつ、この体制の転換を正面から掲げる「反体制政府」ということができる。「脱却」すべき対象は、戦後価値、個人の尊厳、民主主義、平和主義、総じて日本国憲法の価値といえる。ドイツ人から見れば、「戦後ボン基本法体制からの脱却」といったら、ボン体制が否定したナチズム(国民社会主義)かスターリニズム(国家社会主義)への逆走と理解されるだろう。このご時世に「民族」と「美学」を過度に押し出し(「美しい国」)、議会における圧倒的多数をベースにした「問答無用」の政治手法全開の安倍内閣が説く「レジームチェンジ」の方向と内容は、かなり怪しげなものである。「新憲法の制定」を公然と掲げ、「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍内閣は、日本国憲法のみならず、60年かけてこの国が築いてきた民主主義や平和主義の「墓堀り人」(Totengräber)となるかもしれない。
   その手始めが、集団的自衛権行使を現行憲法下で可能とする脱解釈である。もはや解釈改憲ですらなく、「廃憲」、ここでは「憲法廃除」(Verfassungsbeseitigung)の状態をつくり出すという戦略だろう。これは、一見すると、明文改憲の路線と矛盾しそうだが、彼の発想のなかでは、もはや日本国憲法は死んだものと認識されており、「新憲法」制定までの暫定措置という理解だろう。

  だが、これは現行憲法99条の憲法尊重擁護義務違反の最たるものである。そこで思い出すのは、最近読んだ保阪正康監修・解説『50年前の憲法大論争』(講談社現代新書)は実に印象深かった。この本は、1956年3月16日、衆議院内閣委員会公聴会の議事録を収録したものである。56年2月11日、岸信介自民党幹事長(当時)以下60人の議員が、内閣に憲法調査会を設置する法案を提出。これを審議する公聴会が開かれた。そこでの論客たちの議論は、文句なしに面白い。当日、3番目に意見を述べた戒能通孝(元早大教授、元都立大教授)は冒頭、内閣には憲法改正の発案権はないとして、この法案に反対した。戒能は、内閣法5条の解釈論から議論を始める。同5条には、内閣総理大臣が国会に「法律案、予算、その他の議案を国会に提出」するとあるが、そこに憲法改正案は書かれていない。法律案よりも重要な憲法改正案が「その他」に含まれるとはとうてい解し得ず、「内閣が国民を指導して憲法改正を企図するということは、むしろ憲法が禁じている」とする。憲法99条で憲法尊重擁護義務を負う内閣が、憲法を非難することはおかしいとして、内閣に憲法調査会を設置する法案に正面から反対した。

  そこでの議論は、いまも色あせていない。安倍首相の日本国憲法への憎悪と非難の程度は、明らかに憲法尊重擁護義務を負う首相として限度を超えているといっていいだろう。少なくとも、「戦後レジームの脱却」と「新憲法の制定」をいうこと自体、単なる憲法「改正」の議論の枠を超えている。憲法「改正」権とは区別される、憲法「制定」権力の問題となるなら、安倍式「新憲法」の憲法制定権力は、日本国民でなく、アメリカなのだろうか(そうだとすれば、これこそ「押しつけ憲法」であろう)。

  憲法施行60周年を迎えて、この憲法の歴史やその内容、具体的な役割などを含めて、政治家の皆さんには、 少し勉強してもらいたい。 そのきっかけとして、先の『50年前の憲法大論争』は有益である。なお、帯には、次のような一文が大きく掲げられている。「晋三、この本をよく読んで、もう一度しっかり勉強するように祖父より」。

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