トランプ暴風の前に政治空白を生むな――石破首相は臨時国会を召集すべし
2025年9月12日



またも暑くて台風の季節の総裁選
ぜ、この国では首相がかくも簡単に辞めるのか。第一党の党首選びが、毎回毎回、暑くて、台風や豪雨災害が多い季節に行われる。トップ不在で国の機能が低下する。1年前の直言「またも夏の「政権たらい回し」―メディアの惰性を問う」の副題に注目いただきたい。「そもそも自民党総体が裏金問題や統一教会との癒着など、国民から強い批判を浴びているのである。それを棚上げした総裁選報道はメディアの怠慢である。…まずい食堂のA定食か、B定食か、C定食か…の貧しい選択ではなく、もっと別の店の料理を試す努力をすべきだろう」と。

それにしても、石破首相はなぜ「辞任表明」をしたのか。7月23日の『読売新聞』号外が「石破退陣へ」と打つと、石破首相はこれを直ちに否定した。そのため、読売は9月23日付で「検証」を公表し、「辞める」といったのに辞めなかったのだから「結果的に誤報」という前木理一郎・専務取締役編集担当の奇妙なお詫び記事を1面に掲載した。政治部長時代の「読売マッチポンプ」の前木らしい文章ではある。だから、実際に石破首相が辞任表明をした時は、他紙に比べて大きな黒地白抜きのカット見出しを打って、自分たちだけで溜飲を下げていた(見出し比較はここから)。

 

「停波の高市」総裁は首相になれない?

冒頭の写真は、定期購読している『南ドイツ新聞』9月8日付である。石破首相の辞任表明の見出しで、サブタイトルに「就任から1年も経たないうちに批判に屈して、道を譲っている」とある。デジタル版9月7日17時18分の見出しは「批判に屈した石破首相」「保守穏健派の石破茂は、政権を担って1年も経たないうちに、自民党の右派には歯が立たないことを自覚せざるを得なくなった」である。「石破は自民党の中で、持続可能な日本政策を望む穏健保守派の代表である。2022年に暗殺された安倍晋三前首相の右派支持者たちが、超金融緩和と借金で新たな好景気への期待を煽ったアベノミクス政策をいまだに絶賛しているのとは対照的である。石破はすでに安倍首相の下で大臣を務めていたが、その後安倍首相と対立。それ以来、石破は自民党右派を苛立たせる存在となっている」と書く。

右派を「苛立たせる存在」という指摘は興味深い。前回の総裁選について私は、「「高市を選ばない選択」の結果」と書いた。「停波の高市」(総務大臣当時、電波法76条の電波停止でメディアを恫喝)が首相になれば日本はどうなるか。アジア諸国との関係が悪化することは明らかである(首相としての靖国神社参拝を公言)。ただ、今回の総裁選は昨年との大きな違いがある。それは、自民党が公明党と連立しても過半数を維持できていないという事情である。しかも、公明党の斉藤鉄夫代表は、「保守中道路線で、理念に合った方でなければ、連立政権を組むわけにはいかない」という異例の言及をしている(『西日本新聞』9月12日)。この発言は、ドイツの政権連立における「防火壁」のような意味をもっているのではないか。「ネオナチ」的傾向の人物との不用意な接触をGuardian紙2014年9月9日に報じられた高市早苗は、フランスの極右「国民戦線」(NF)のマリーヌ・ルペン、「ドイツのための選択肢」(AfD)のアリス・ヴァイデルと並んで、連立対象として距離をとられる存在といえるかもしれない(「(高市は)日本のルペンかヴァイデルか」参照)。オレンジの参政党が当面、連立相手として意識するのは高市だろう。ちなみに、小林鷹之がオレンジ色のネクタイをして出馬宣言をしたのは偶然か(写真はここから)。

  10月4日の総裁選でどのような自民党総裁が誕生しようとも、その人物が自動的に首相になるわけではない。「総理総裁」というのは,日本だけにしか存在しない惰性的な政治用語である。1993年の河野洋平総裁と2008年の谷垣禎一総裁は首相になれなかった(直言「「総理総裁」が死語になった日」参照)。2012年からの安倍晋三政権以降の13年間は「総理総裁」が続いているが、10月4日に誕生する総裁は、「総理総裁」になれない3例目となる可能性がある。

 

「戦後80年首相見解」を出せるか―10月1日、石破内閣発足1年に

石破首相は、一部メディアとつるんだ自民党内の激しい「石破おろし」の動きのなか、9月8日の両院議員総会で実質的な不信任を突きつけられることを直前で回避した。日曜日の辞任表明という異例の展開になった所以である。ここで注意すべきは、「自民党総裁の職を辞することにした」と表明したのであって、首相を辞任するとは一言もいっていないことである。誰もが「総理総裁」という特殊な政治用語の呪縛にとらわれているから、総裁を辞任すれば首相も同様、と思い込んでいる。

 そもそも首相は、憲法67条1項に基づく「国会の議決」により「指名」されるが、自民党総裁でなくなっても、つまり自民党の信任を失っても、内閣不信任決議案が可決されない限り、総辞職に追い込まれることはない(憲法69条)。その場合でも、衆議院の解散で対抗できる(同)。大臣たちが抗議すれば「任意に罷免」できるし(68条2項)、国会議員の中から新たな大臣を任命して過半数を満たせばよい(同1項)。自民党にここまでいじめられてきたのだから、石破首相は腹を決めたらどうだろうか。

 まずは、憲法53条後段に基づく野党の臨時国会召集要求にこたえて、国会を開くことである。これは「憲法上明文をもって規定された法的義務」(那覇地裁2020年6月10日判決)である(直言「臨時国会のない秋―安倍内閣の憲法53条違反」参照)。所信表明演説をやり、予算委員会で物価高対策、トランプ関税対応、台風や豪雨災害対策などにしっかり取り組む姿勢をみせる。自民党の方は勝手に総裁選をやっている。だが、国会が開かれていれば、メディアがいつものような総裁選一色の報道になるのを避けられるだろう。日本の国は、自民党一党の都合だけで動いているのではないからである。

総裁選が始まった以上、これからの約3週間は、心おきなく石破流を発揮できるはずである。「戦後80年首相談話」を出せなかったが、「戦後80年首相見解」を出す意向をもっているようである。うるさいライバルたちが総裁選に没頭している間に、首相見解を出したらどうだろうか。これには閣議決定は不要である。8.14閣議決定による「戦後70年安倍談話」によってアジア諸国の失望をかったが、それを10年ぶりに挽回すべく、さらに未来に向けたメッセージを発信したらよい。

   思えば、自民党第2代総裁の石橋湛山がもっと長期にわたって政権を担当していたら、日本はもっと違った国になっていただろう(直言「自由民主党第2代総裁のこと」参照)。残念なことに在任期間はわずか65日だったが、その存在感と存在意義はいまも輝きを失っていない。超党派の「石橋湛山研究会」には石破首相も参加しており、彼自身、著書のなかで石橋湛山への畏敬の念を隠さない(『毎日新聞』2024年11月29日)。石破首相は、裏金議員を多く含む旧安倍派やそれにつらなる政治家たちに気をつかう必要はもはやないだろう。 


「トランプ 
2028」の意味するもの

冒頭の写真をご覧いただきたい。「誤報」挽回とばかり、特大見出しをつけた『読売新聞』の前に、先週入手した「TRUMP 2028」の帽子(2024まではここ)を置いて撮影してみた。他のトランプグッズも周囲に配した。この写真が意味するところは、自民党総裁選が始まり、日本に政治空白が生まれることの危うさである。世界的にトランプを喜ばせる「MAGA」勢力が急伸・急増している。日本でも「高市総裁」が誕生すれば、G7諸国ではカナダを除くすべての国で、「MAGA」勢力が有力な政治勢力になるわけである。

 「西側で最も古い民主主義国家が独裁に傾きつつある」とは、『南ドイツ新聞』8月29日の評論のタイトルである。 これによれば、「トランプは現在、世界最古の民主主義を権威主義的なMAGA共和国に変えようとしている」。FBIを政敵に向け、州兵を私兵のように用い、国防省を「戦争省」に名称変更する。暗号取引は急増し、懲罰的関税で世界貿易を混乱させ、労働市場の悪化が数字で知られるようになると、統計局のトップを辞めさせる。中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の人事に介入する。就任1期目のトランプには、最悪の事態を未然に防ぐ監督者がまだいたが、今回、トランプを取り囲むのは臣下ばかりである。勇気ある判事たちが抵抗しているが、トランプは1期目から最高裁人事に介入して、その構成を変えてきている。法の支配にとって状況は厳しい。そして結び近くでこう指摘する。「大統領は、憲法で3期目の就任が禁止されているにもかかわらず、「トランプ2028」と書かれたキャップを配っている。挑発かもしれないが、事態は深刻になっている」と。

 米合衆国憲法修正22条は、「何人も2回を超えて大統領の職に選出されてはならない」と定める。3選禁止規定である。思えば、安倍晋三が自民党則の2期6年までという3選禁止規定を改正して、自らの任期を延長させたことは記憶に新しい。ロシアのプーチンもまた、憲法改正で自らの大統領任期を延長させている。

だが、トランプは少し先を行くようである。修正22条を改正するには、上下両院の3分の2以上の賛成、4分の3の州(現在は38州)の承認が必要である。トランプがそんな手間隙かかることをやるとは思えない。英国BBC日本語版 2025年4月1日によると、修正22条では2期以上「選出」されることは禁止されているものの、「継承」については何も言及していない。J.D.ヴァンスを大統領候補者として、自らは副大統領候補となり、このコンビで勝利したら、ヴァンスが就任直後に辞任し、継承第1位のトランプ副大統領が大統領になるというシナリオである。「TRUMP 2028」の赤帽が大真面目に準備されているとしたら…。この赤帽は立憲主義を愚弄する象徴といえるのではないか。

 ところで、右派活動家集団「ターニング・ポイントUSA」事務局長のチャーリー・カークが9月10日、ユタ州の討論集会で演説中に射殺された。集会開始前に赤いMAGA帽を聴衆に配っていたが、それが「2028」かどうかは映像では確認していない。カークは熱烈なトランプ支持者で、影響力のあるインフルエンサーとして若者に溶け込み、トランプ票を獲得するのに多大の貢献をするとともに、「教授ウォッチリスト」をつくり、リベラルな大学教授を攻撃するなど、トランプの突撃隊長としての役割を果たしてきた。昨年7月13日のトランプ銃撃事件から1年2カ月。銃規制に反対する人物が再び銃で襲われ、今度は命を奪われた。

カークはウクライナへの軍事援助を批判し、ゼレンスキーを「100万人の死者を出した恩知らずの小心者」と呼び、トランプがプーチンとの対話をすすめることを支持したので、カークの殺害についてウクライナのSNSでは公然とこれを祝福するものもあらわれたという。他方、ロシア大統領補佐官は、モスクワとの対話を求めるカークを称賛した。何ともすさまじいねじれである。

そのカークが先週来日して、9月7日に参政党の講演会で演説した(上の写真参照)。殺害される数日前のことである。「反グローバリズム」を唱える参政党は「日本で唯一のトランプ党」を自称している。参院選投票日の前日、私は芝公園で行われた最後の街頭演説会(「マイク納め」という)に参加した。そこで候補者の一人は、「世界は反グローバリズムに向かっている。トランプがいうことは参政党が結党以来いってきたことだ。我々こそ世界の主流、本流だ」と叫んでいた。

  押し寄せる「トランプ津波」といかに向き合うか。出涸らしのような総裁選候補者たちの一挙手一投足を報道することから、メディアは卒業すべきだろう。

【文中敬称略】

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