高市・麻生自民党の政権はあり得ない――「憲政の常道」を想起せよ
2025年10月8日


「高市早苗総裁」という選択の意味
民党総裁選で高市早苗が総裁に選ばれた。昨年の総裁選における「高市を選ばない選択」が再び実現するだろうと予測していたが、完全に外れた。前回の「直言」は「林芳正推し」ではないかというメールもいただいたが、その指摘はあえて否定しない。小泉進次郎と林の決選投票になり、ギリギリの選択で林になるのではないかと私は見ていた。「最低でも小泉」で、急速にボロを出して政権終了とも考えていたのだが、甘かった。私の予想を超えて、自民党の深部と芯部に「オレンジ」が浸透していたということだろう。ここでいう「オレンジ」とは、参政党のことだけを意味するのではなく、今や世界的な傾向になっている右翼ポピュリズム、国家主義的、歴史修正主義的、排外主義的傾向を象徴的に表現したものである。

 安倍晋三の暗殺後、日本のネトウヨ勢力は精神的支柱を失い、「女性安倍」(韓国メディア)あるいは「女性版安倍」(中国メディア)と評される高市早苗に熱い眼差しを送ってきた。自民党の地方組織では、古くからの保守層よりも、ネットを中心とする新興ネトウヨ勢力が入党しており、自民党が「草の根極右」化していたこともあるだろう。それが、地方票における高市の圧勝(40%、31県)であり、地元の意向を無視できなくなった国会議員たちの、決選投票における高市支持となってあらわれたのではないか。昨年の総裁選で石破茂に負けた高市が、1年かけて地方票の拡大を準備してきたということだろう。

高市の危うさは、牧島かれんが適切にディスったように、その「ビジネスエセ保守」性にある。確固たる右翼思想をもっているわけでもない。靖国神社参拝を欠かさなかったのも、高市の売り込みポイント(政治営業)の一つということである。それゆえ、己に対する批判に対しては、顔をさらに尖らせて、余裕のない激しい反論を加えるが、都合の悪い点は徹底して否定あるいは沈黙する。これは安倍晋三の「無知の無知の突破力」とよく似ている。

9月22日の演説会における「奈良のシカを外国人(観光客)が蹴っている」という発言原稿については、安倍のスピーチライターを務め、今年7月に日本会議会長に就任した谷口智彦が監修したとされている。役者が出揃ってきたというところだろう。

なお、高市が「女性版安倍」とされる所以は、安倍のスタッフや周辺人脈を引き継いだだけでなく、裏金議員で、八王子市内の旧統一教会関連施設に生稲晃子を案内した萩生田光一を幹事長代理に据えたことである。旧安倍派の復活である。

 

ドイツ紙は高市総裁をどう見たか

高市当選について、ドイツの『フランクフルタールントシャウ』紙はこう書く。「高市早苗の超国家主義的アジェンダは地域に混乱を引き起こすだろう。高市は日本初の女性首相になる可能性があるが、彼女の政治プログラムは主に自民党の家父長制構造を強化するものだ。…ナショナリズム、歴史修正主義、軍拡計画によって、高市は中国や韓国との外交的緊張をさらに悪化させる恐れがある」と。

定期購読している『南ドイツ新聞』10月6日付は6面トップで、「高市早苗がおそらく日本で最初の女性首相になるだろう」とフライング気味に報じたが、4面オピニオン欄にトーマス・ハーン(東京特派員)の辛口評論を掲載した。タイトルは「右派男性たちの意向に沿って」(デジタル版10月5日は「高市早苗は右派男性たちの委託で統治するだろう」)。この評論は、「男性中心の自民党総裁に女性政治家が選出されたことは、社会進歩の兆しのように見えるが、実際はまったく逆である」として次のように書いている。

 「日本の与党である自民党は、70年の歴史で初めて女性を党首に選出した。高市早苗元大臣(64歳)もまた、この島国で初の女性首相になる可能性が高い。これは日本における進歩の兆しのように見える。日本は、世界経済フォーラムの最新ジェンダー・ギャップ・レポートでは、148カ国中118位だった。

しかし、高市の成功は本当に進歩なのだろうか? 東京で新たに台頭した強い女性の政治的立場を考えれば、そうでもない。

高市早苗は右派保守自民党の右派だ。志を同じくする国会議員よりも勤勉であることは確かだが、日本第一主義というスタンスでは決して劣っていない。彼女の当選は、ヒトラーやナチスとの比較で注目を集めた影響力のある党の大物、麻生太郎(85歳)によって支持された。麻生とその関係者は、高市が最近の極右政党[参政党]の成功を取り込むのに最適だと考えているのは明らかだ。

高市は社会の多様性に脅威を感じている。彼女はかつて、女性の平等化が進むと「家族を基盤とする社会構造が破壊され得る」として、その危険性を警告したこともある。ただ、彼女は最近、内閣により多くの女性閣僚を登用することを約束した。しかし、仮にそうなったとしても、政府チームを少し入れ替えただけでは、男女格差はほとんど変わらないだろう。

高市早苗は右派の男たちから権力を与えられ、彼らの意見を代弁できるようになった。今問題なのは、いかにして彼女がその強硬路線を内政と外交の現実に適応させるかである。昔ながらのナショナリズムに固執するのか。手本である安倍晋三元首相の時代遅れの経済政策[アベノミクス]を引き続き追求するのか。もしそうすれば、日本は早晩、2人の穏健な前任者[岸田文雄、石破茂]の時代より悪い状況に陥るだろう。


実質は第2次麻生政権

 日本の首相になるかもしれない人物について、ドイツの新聞がここまで否定的な評価をするのは珍しい。文中にあるように、ドイツ人が警戒するのは、ヒトラーやナチスについてのストレートな発言で知られる麻生太郎との関係もあるだろう。麻生は安倍内閣の財務大臣時代の2013年7月29日にこう述べていた(直言「憲法の手続を使って憲法を壊す―ヒトラー権力掌握から90年」参照)。「ヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って出てきたんですよ。…ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。…ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチスの憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。…」と。

 麻生の危なさは、2023年8月8日に台湾を訪問して、「台湾有事」の際、日本も「戦う覚悟」が必要だと煽ったことにもあらわれている(直言「大日本帝国も「自衛のための必要最小限度」?―戦後78年に問う「自衛」なるもの」」参照)。党役員人事は、まさに麻生派の人事というほかはない。首相にもなっていないのに早々に閣僚の名前がメディアに流れるのは不快である。これでは第2次麻生政権ではないか。

 

政治とカネ、政治とコネ、政治と引き金

自民党総裁となった高市は、公明党との連立協議のなかで、「政治とカネ」の問題での後ろ向きの姿勢を問われた。公明党が「連立離脱」のポーズを見せたのはかつてないことである。企業・団体献金の禁止を含む政治資金制度の抜本改革から逃げまくり、裏金議員の萩生田を幹事長代理に抜擢した。衆院選と参院選における自民敗北は民意の怒りだった。

 「政治とコネ」。森友学園問題加計学園問題安倍親密記者山口敬之の事件など、構造的な「口利き」問題は依然として解明されていない。安倍時代に跋扈した身内贔屓主義がさまざまな問題を引き起し、近畿財務局職員の自殺という不幸まで引き起こした。石破首相のもとでは、森友学園問題での文書開示(最新は10月8日!)など、若干の進展もあった。高市は再び隠蔽モードに戻るのだろうが、それを許してはならない。

 3つ目は「政治と引き金」である。軍事的な危機をあおり、米軍の在庫一掃に付き合うトマホークミサイルをはじめとする米国製高額兵器の爆買い、「敵基地攻撃能力」「同志国」なる多国間の軍事的協力関係の推進など、いまにもトリガーに手をかけるような、寸止め状況を意図的に作り出す。しかし、本気で戦争をする気はない。軍事予算を獲得し、軍事マーケットを拡大して組織と利権の拡大をはかる。まさに「政治と引き金」である。日本が戦争に「巻き込まれる」のでなく、積極的に「巻き込んでいく」側に立つ可能性が高まっている。これについては、先の「直言」の続きをまた書くことにしよう。

 

「憲政の常道」を想起せよ――「大異を捨てて大同につく」

麻生太郎は、2009年8月の総選挙で大敗して、民主党政権を誕生させるきっかけをつくった。この時、直言「「総理総裁」が死語になった日」をアップした。自民党を野党にしてしまった戦犯の麻生が、高市の後見人のような顔をして政権運営に携わるとしたら、これ以上の悪夢はないだろう。
   公明党は、集団的自衛権行使合憲の解釈変更や安保法案の際にも迷走した(直言「公明党の「転進」を問う」参照)。その後も、おりに触れて批判的な素振りを見せつつも、基本的には連立にしがみついてきた。しかし、高市自民党との連立をすれば、公明党の支持層の離反が進む可能性が出てきた。自公連立政権における公明党のディレンマについては3年前に詳しく書いたが、ここで「連立離脱」のカードを使えなければ、次の総選挙での後退は避けられないだろう。

 「憲政の常道」という言葉がある。衆議院で多数を占める政党が内閣を組織するという政党政治の慣例をいうが、その中身は、衆議院の第一党の党首が首相に任命されるが、その首相が政権運営に失敗して辞任した場合は、野党第一党の党首に政権が移るというものである。1924年、清浦圭吾の超然内閣に対して、立憲政友会などの護憲三派が反発して第二次護憲運動を展開し、総選挙で勝利。憲政会の加藤高明が首相に就任したことから始まる。複数の政党が競争しあい、政権交代が行われる体制が普通の民主主義国家のありようだとすれば、政権交代がほとんどない日本は異様である。有権者も政権交代というものを普通に考えられるようになることが重要だろう。

 ドイツでは「連立方程式」が複雑で、総選挙のあと、なかなか政権が発足しない。それだけ連立交渉はシビアに行われる。だが、日本ではまともな連立交渉もなしに、ズルズルと高市政権が発足しようとしている。野党は冗談ではなく、本気で「大異を捨てて大同につく」ための交渉を短期間でやるべきだろう。高市早苗は「総理総裁」になれない3人目となるかどうか。「憲政の常道」からすれば、そうでなければならないだろう。

《付記》冒頭右の写真は、ドイツ保守系紙Die Weltの2025年7月4日「右翼ポピュリストの世界的規模での台頭の触媒」から。左より参政党の神谷宗幣、「ドイツのための選択肢」(AfD)のアリス・ヴァイデル、フランス国民戦線のマリーヌ・ルペン。左の写真は、米国金融サイトBloomberg.com 2025年10月4日「日本は「鉄の女」のもとでの右傾化に備える」

【文中敬称略】

トップページへ