

自衛隊の最高指揮監督権者は誰か
自衛隊の「最高の指揮監督権」をもつのは誰か。いうまでもなく首相の高市早苗である(自衛隊法7条)。だが、不幸なことに、この首相は言葉の使い方がまるでなっていない。昨年の「11.7答弁」(「戦艦」で「存立危機事態」!)は、「永田町の政治ギャル」の熟慮を欠いた、その場しのぎの強がり、粋がったアドリブだったわけだが、これが中国との関係を一気に悪化させ、9カ月以上経過した今でも改善の見通しが立っていない。自分は誤(あやま)らないと根拠なく信じているこの人は謝(あやま)らない。高市が答弁を撤回しない限り、中国の強硬姿勢は変わらない。最悪の場合、中国が、南西諸島周辺における偶発的な、限定的な武力衝突を想定した挑発をしかけてくる可能性も指摘されている(直言「「日本初の女性首相」の危うい思考と行動」の中程、「「第三次日中(中日)戦争」を煽る人々」を参照)。
それだけではない。高市に自衛隊の最高指揮監督権をもたせることの危うさは、政調会長時代の次の発言からも明らかである。2022年3月6日、フジテレビ系
「日曜報道 THE PRIME」 において橋下徹が高市に対して、「あなたが最高指揮官なら戦闘員にどこをゴールにして戦わせるのか」という質問をした(動画はここから)。これに対して高市は、「国土、領土、領海、領空、そして国民を守り抜く。戦闘員は申し訳ないけれども、国家を守りぬくために最後まで戦っていただく」と述べた。驚いた橋下が、「最後の最後まで全員に戦わせるのか」と重ねて質問すると、高市は、「日本が自分の国を自分で守り抜く本気度を見せるしかないんです」と続けた。高市が首相になったらという前提でのやりとりだったので、自衛隊員に対して捕虜にはなるな、死ぬまで戦えといいかねない。まさに「死守せよ」である。言葉は軽いし、上滑っている。本人に自覚はないのかもしれないが、いまや高市が首相であること自体が、日本の安全保障にとっての深刻な脅威となっているといえよう。サッチャーに憧れる高市だが、その言動からは、南西諸島を第二のフォークランドにしかねない危うさを大いに感じさせてくれる。
「戦死」のリアル―まず投入されるのは
冒頭の歴史グッズはそれぞれ何度か扱ったことがある。トランプと高市がサインした“JAPAN IS BACK”のキャップと陸上自衛隊の「桜刀」のエンブレムについては昨年紹介した。ドクロ(髑髏)フィギュアは、20年以上前に、陸上自衛隊第1空挺団(千葉県習志野市) の行事で30個ほどが限定製作されたうちの1個である。制服は当時より一式前のものと、入手時のオークション出品者の説明書きにあった(直言「君、殺されたまうことなかれ」参照)。なぜドクロか。習志野駐屯地の空挺館2階には、旧陸軍挺進第2聯隊の小隊旗が展示されている。1942年2月のスマトラ島パレンバン降下作戦に参加した長谷部正義少尉の小隊で、出撃前夜、ドクロを描いた小隊旗に39人が寄せ書きしたものである。「どくろの朽つまで務め盡す」。戦死して骨になっても任務を果たすという決意をドクロで表現したものとされ、現在の第1空挺団にも、この旧軍空挺部隊の精神的伝統が受け継がれているという(空挺館見学記録はここから)。
なお、第1空挺団は東日本大震災の際、団長(陸将補)以下1200人が原発20~30キロ圏の南相馬市に全力展開して、行方不明者捜索や避難所訪問・確認等の活動を行っていた(2011年5月に私が南相馬市役所で撮影した部隊展開図参照)。陸自の最精鋭部隊ゆえに、原発事故現場から遠くない地域に投入されたわけである。私は現地で、この部隊の捜索活動を取材した(直言「南三陸、気仙沼、釜石等:被災地の自衛隊」のリンクまで参照)。
冒頭の写真のドクロ・フィギュアの下は「自衛隊殉職隊員追悼式メダル」(平成15年10月25日)である。「防衛庁長官 石破茂」の名前も見えるだろう(直言「安倍「最高指揮官」への懐疑」参照)。
高市政権が自衛隊の政治的および国際政治的利用を進めているときに、自衛隊内部の「士気」や「厳正な規律」の保持にはクエスチョンがついてきている。最高の指揮監督権をもつ首相の口から軽い言葉が飛び出すたびに、部内でどういう反応が生まれているのかは、なかなか表に出てこない。

自衛隊における精神教育
同じ公務員でも、警察官と自衛官の決定的な違いはなにか。自衛官だけが、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め」と宣誓することだ(自衛隊法施行規則39条)。 命をかける仕事である以上、「何のために」というモティベーション(士気)が決定的に重要である。旧帝国軍隊は「天皇の軍隊」だったから、「天皇陛下のために死ぬ」ことに対して疑問をもつことが許されなかった。「軍人勅諭」(1882年)には「鴻毛の軽きに比す」という言葉があり、「お国(天皇)のために捧げる命は、大鳥の羽一本のように軽いものである」とたたき込まれた。「戦陣訓」(1941年)には「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず」とあり、敵の捕虜になることを禁じ、生き延びるより名誉ある死を選ぶことが強制された(拙著『戦争とたたかう―憲法学者 久田栄正のルソン戦体験』(岩波現代文庫、2013年) 239-242頁)。
では、自衛隊はどうか。自衛隊の精神教育関係の文書を見ると、天皇との直接の関係は公的には回避されてきたことがわかる。一方でそのかわりに、「民族の優秀性」や「理性的愛国心」が強調され、「最も現実性に富む方法は天皇も国民も内含するところの『国』…理論的にいえば日本国の『意志』(現存国民に限定されず)の理念が、権威の根拠であるとする方法であろう。忠誠の志向対象はこのような意味での『国』となる。…」という意味づけも行われてきた(拙著『現代軍事法制の研究』(日本評論社、1995年)104-105頁参照)。
1990年代以降、自衛隊にさまざまな海外派遣任務が課せられてきた。2006年には海外派遣を「本来任務」に滑り込ませる自衛隊法改正も行われた(直言「海外出動『本来任務化』の意味」)。しかし、 自衛隊の本務、存在理由はあくまでも「我が国を防衛すること」にある。海外での武力行使はできないことになっている。実際、自衛隊は海外の戦闘で「まだ」一人も死んでおらず、一人も殺していない(帰国後の自殺者を除く)。また、1950年に警察予備隊として発足したときの「原点」は、「予備隊は軍隊ではないから…国外に出撃する様なことは絶対に考えられない」(増原恵吉総監) というものだった。自衛隊になってからも、「海外派兵違憲解釈」は維持されている。
一方ドイツは、自衛隊が発足した翌々年に、憲法である基本法の7回目の改正をやって正式に軍隊と徴兵制を復活させたが、90年代以降海外出動が常態化し、アフガン戦争に参加することで兵士の死亡が続いた。その結果、2008年10月に国防相は正式に「戦死者」(Gefallene)という表現を使用した。連邦国防省のサイトによれば、海外出動での死者は120人(アフガニスタンのISAFでの死者が60人)。そのうち戦闘による死者、「戦死者」は37人である(アフガンで35人)。
自衛隊も海外派遣の増大に伴い、戦闘での死傷者を想定した訓練が行われるようになった。2015年の安保関連法の審議過程で首相の安倍晋三は、自衛隊員の殉職者が1800人以上にのぼると述べたが、そこにはまだ「戦死者」は含まれていなかった。安倍が「自衛隊員のリスク」という言葉を多用したことが想起される(直言「「自衛隊員のリスク」と「国民のリスク」」参照)。だが、指摘しておかねばならないことは、自衛隊のイラク派遣で死者が出なかったのは、「憲法9条の貯金」があったからである(直言「イラクで死者ゼロの理由」参照)。ところが、現在の首相の高市は「11.7答弁」で中国との関係を悪化させ、12月の「安保3文書」前倒し改定でさらに「軍隊化」の方向に踏み込んでいるが、これらにはリスク以上のものがある。高市は「戦闘員には最後まで戦っていただく」と簡単に口走るが、「戦で死ぬ兵たちのこと」への想像力を失ってはならない。自らは決して「戦場」に赴くことのない政治家の勇ましい言動には常にクエスチョンを投げかける必要があるだろう。「お国のために死ねるか」と問われて逃げた安倍晋三のことが思い出される。それは、直言「「祖国のために戦えるか」「戦う覚悟」とは何か」の中程をご覧いただきたい。
自衛隊員の意識調査――「その時にならないとわからない」
政治家たちの勇ましい言動に対して、実際の戦う現場に送り込まれる自衛隊員はどう考えているだろうか。それを窺い知る調査結果がある。軍事問題研究会が情報公開で入手した、航空中央業務隊が行った「隊員意識調査結果(令和5年度)」(中業隊人管第1011号(令和6年2月22日))別冊を見ると、航空自衛隊の幹部・曹・士(有効標本数2467人(回収率92%)の意識状況がよくわかる。価値観、自衛隊観、生活感、厚生、コンプライアンス、営内生活、教育訓練、人事、援護、募集広報の10項目について96設問という本格的な調査である。
価値観の項目の設問1は「あなたの「愛国心」について」を聞くもので、回答は、「愛国心は自然に育まれた」が一番多く48.6%、次いで、入隊後の教育・訓練を通じてが21.4%である。3番目は「愛国心について考えたことがない」で、これが7.8%。「わからない」が5%ほどいる。平成27年度から隔年の調査で少しずつ増え、令和5年度には初めて「考えたことがない」「わからない」が第3位となったわけである。
問2は「服務の宣誓」に関わるもので、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め…」という任務についての心構えを問うたものである。
a「進んで任務を遂行する」、b「やむをえず命令に従う」、c「その時にならないとわからない」、d「できればその任務を断りたい」、e「できれば退職したい」に対して、aが57.9%だが、b10.5%、c29.2%、dとeを合わせて2.4%いる。また、c の「その時にならないとわからない」というのが3割近くいるわけである。階級別、職種別の分析が続く。幹部はaが多いものの、cが佐官12.5%、尉官18.7%いる。曹・士クラスではcが30%を超え、行政職(事務官)では58.8%に達する。
戦闘状態を想定して心構えを問うても、「その時にならないとわからない」が、幹部でも10%以上いるし、最大の人数をもつ曹クラスで3割を超えるというのは注目に値する。「何のために命をかけるのか」について、一般的な精神教育では効果はあまりあがらず、また、死生観を磨くといっても、家族もちの生活者としての曹クラスにとっては答えたくないテーマだろう。そこでやはり出てくるのが、「ヤスクニ」との接合である。


靖国神社に合祀してはならない
この写真は、新型の装輪装甲車について、おそらく部隊に配備された直後のものであろう。宮司をよんで、祈祷までさせて、それを自衛隊の広報が公式に載せている(「防衛日報デジタル」)。
前述のように自衛隊の「精神教育」において、「天皇」という軸を入れることには、なお躊躇があるようだ。井上亮「天皇は自衛隊の精神的支柱であるべきか」(『日本経済新聞』2024年3月28日)によれば、ある自衛隊関係者は、「国民統合の象徴である天皇が何らかの形で自衛隊に正統性の根拠を与えることは現行憲法でも可能であり、また自衛官の士気も上がると考える」としながらも、「かつての田母神俊雄航空幕僚長的な皇国思想や大日本帝国弁護のようなことを言い出す高級幹部もいるので難しい」という。
明仁天皇は東日本大震災の際、ビデオメッセージを出して、災害派遣の現場に出動した自衛隊員も労った。また、現天皇も、「再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と、8月15日に述べた。だが、高市は式辞のなかで、「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と、使役の助動詞の変化形「せ」を一字加えて、これを言い換えた(「水島朝穂の東京新聞への直言」2026年8月27日参照)。何とも姑息な態度である。天皇や上皇が高市政権の好戦的な方向に共感することはないだろう。
ところで、自衛隊のなかには、「ヤスクニ」との接合を試みる動きが一貫してある。ほとんどの自衛隊員がそれを歓迎しているとは思えない。なぜならば、自衛隊は建前では、「ヤスクニ」の思想と切断したところから出発したからである。
これと関連して、高市政権のもとで戦死者も想定されるなか、武功勲章や戦死者遺族のケアなども必要になってきており、「退職自衛隊員・家族支援庁(仮称)」の動きも、米「軍人復員省」をモデルに進んでいる(『東京新聞』2026年8月24日付参照)。
自衛隊員を靖国神社に合祀して、再び「靖国合祀遺族セット」が準備されるのか。 旧軍の時代においても、わずかながら、靖国を拒否した特攻隊員がいた(直言「靖国神社には行かないよ」参照)。現在の自衛隊員の多くは、「ヤスクニ」への傾斜を肯定するだろうか。
これでひとまず、昨年12月から始めた「自衛隊の軍隊化がもたらすもの」の連載4回を終了する。また、必要に応じてこのテーマを論じていくことにしたい。以下に過去のバックナンバーを掲げておくことにしよう。
「日本の核武装はいかに検討されたか――自衛隊の軍隊化がもたらすもの(その1)」
「一等陸佐が大佐になる?――自衛隊の軍隊化がもたらすもの(その2)」
「「新型軍国主義」といわれてしまう高市政権下の日本――自衛隊の軍隊化がもたらすもの(その3)」