韓米と日米のあいだ―― 韓国で考える(1) 2004年6月14日

月7日から11日まで韓国・ソウルに滞在した。昨年10月以来8カ月ぶりのソウルである。今回の韓国行きは、ソウル大学と延世大学で講演がメイン。授業期間中に休講措置(当然、補講を行う)をとっての海外出張である。ソウル大学校法科大学の韓寅變教授(副学長)の要請によるものだ。韓教授とは2002年以来、日韓共同研究のたびに親交を深めてきた。特に昨年の沖縄合宿研究会のおりに韓教授から、「先生の話を韓国でやって下さい。必ずお呼びします」といわれたのだが、それが1年後に実現したわけである。
  私の講演は、8日はソウル大学校法科大学で、10日に延世大学校法科大学で行われた。参加者は学長、研究所長、教授などのスタッフのほか、院生・学生が参加。延世大学の講演には、韓国旅行中だった岐阜・大垣の法律事務所関係者14名も加わった。5月に私の岐阜講演を聴いた方々で、ホームページの「お知らせコーナー」で情報を得たという。
  韓国側から私に与えられた演題は、前者が「日本の『有事法制』と平和憲法」、後者が「日本の市民社会と平和憲法」である。日本国憲法の平和主義の歴史的意義や特徴を説明したあと、近年の「有事法制」や「憲法改正」をめぐる動向について話した。その上で、市民社会(ここでは広い意味での市民運動を指す)の視点から平和論の課題を三点にわたって展開した。(1) 東アジアの地域的集団安全保障の意義、(2) 安全保障問題における「市民参加」の問題(NGO、自治体)、(3) 地方自治体の対外政策・平和政策の意義と可能性について、である。その際、富山県が作った「環日本海諸国図」の現物を広げて説明した。92年頃から活発となってきた環日本海市長会議や北東アジア地域自治体連合など、「自治体外交」の意義と可能性も論じた。地図を見ながら、150年前に浦賀にペリー提督が来航してから日本の対外政策は米国を向き、太平洋側が「表玄関」になっているが、日本の歴史においては、日本海側こそ、古代から百済、新羅、高句麗の時代を経由して、この国の対外関係の表舞台であったこと、今後日本がアジアに軸足を置いた対外政策を展開していくならば、日本海側地域の重要性は一段と高まるであろうことを述べた。もちろん日本海という呼び名については、韓国では別の言い方をしている。ただ、この地図は発想の転換をはかるもので、聴衆は一様に覗き込むように関心を示してくれた。
  質疑応答では、やはり「日本の過去の克服は不十分ではないか」という質問が出てきた。「海上自衛隊は韓国海軍を短時間で壊滅させる能力を持つのに、これでも軍隊ではないのか」、「憲法改正は本当に実現するのか」といった質問も続いた。延世大学では、一人の教授が、「日本国憲法〔9条〕は戦後日本を拘束する国際条約のような性格をもち、これを変更するには戦争被害を受けたアジア諸国の同意を必要とする。日本国民に憲法9条を変える資格はない」という趣旨の発言をした。私はこれらの質問に一つひとつ答えたが、改憲の議論をする場合にも、戦後補償の問題が非常に大切な重要な位置を占めていることを改めて実感した(これは連載(3)で触れる)。
  ソウル大での講演のあと、『ハンギョレ新聞』の「討論と論争」コーナー(見開き2頁)のため、NGO「ピースコリア市民ネットワーク」(http://www.peacekorea.org) 代表の鄭旭G(Cheong Wook-Sik, チョン・ウクシク) 氏と対談した。3時間に及ぶ熱い議論になった。掲載された記事の、日本語訳をこちらのページで紹介したいと思う
  鄭(チョン)氏との対談では、在韓米軍の撤退問題、韓米同盟の現段階の評価、さらに日米韓の安全保障トライアングルの問題も話題となった。韓国では近年、反米感情が高まり、若者を中心に、在韓米軍の存在に疑義をもつ者も増えてきた。5月中旬になって、米第8軍司令官のキャンベル中将は「韓米連合軍が(韓半島以外の)他地域に投入される可能性もある」と発言した。韓国政府はこれに強く抗議。「在韓米軍の全世界投入」は韓国民を刺激した。『朝鮮日報』5月27日付社説は、在韓米軍の移動配置などについては相手国政府と事前協議を行うのが一般的なのに、軍高官の唐突な発言となったことについて、「同盟相手国を配慮しない傲慢な姿勢」と非難した。そういう流れのなかで、6月、在韓米軍撤退問題が急浮上してきたのである。
  現在、在韓米軍の総数は37489人。内訳は陸軍28300人、空軍8706人、海軍483人である。2005年末までにその3分の1にあたる12500人を撤退させる計画が公になったわけだ。滞在中、韓国各紙は「どの部隊が撤退するのか」という見出しで詳しく報じていた。これに先立ち、米第2歩兵師団(14000人)の第2旅団3600人が数カ月以内にイラクに向けて出発することが発表された。この部隊は韓国には戻らない可能性があると見られている。第2師団の第1旅団3500人も撤退リストに挙がっているという。歩兵2個旅団が撤退するとなると、支援要員2500人も不要となるので撤退の対象となる(The Korea Herald, June 10)。戦前の日本の言い方でいうと、「1個師団但し2個旅団欠」ということである(「1個連隊但し2個大隊欠」という形で、連隊長と連隊本部と付隊はあるが、実質1個大隊しかない部隊をこう呼んで虚勢をはった)。
  そこで思い出すのは、2002年10月、日韓共同研究で訪韓した際、第2師団が駐屯するキャンプ・ケーシー(東豆川市)を訪れたときのことだ地元で平和運動を行っている人の話を聞いたが、北朝鮮国境の一線師団の基地には経済的なメリットはほとんどなくなり、住民は基地撤去を求め始めているという。あれから2年たって、ここの部隊が削減されることについて、地元から基地経済の観点から「削減反対」の声が高まることはないだろう。他方、6月8日に行われた世論調査では、米国人の82%が在韓米軍の撤退計画を支持しており、反対はわずか9%にとどまったという(The Korea Herald, June 10) 。韓国における反米意識の高まりへのリアクションの側面もあると見られている。在韓米軍撤退に対して、政治的、財政的、心理的準備が必要であるという指摘もある(The Kyunghyang Daily News June 9)。基地を抱える沖縄にも共通する悩ましさだ。住民は常に基地に翻弄されてきたわけである。
  対談した鄭(チョン)氏は、「ピースコリア」のホームページの評論のなかで、在韓米軍撤退問題を、世界レヴェルでの米軍再編(トランスフォーメーション)のなかに位置づけることを説きつつ、撤退により「安全保障の空白」が生ずるとする保守派の議論を批判する。そして、「数千の在韓米軍戦闘員の一時的不在あるいは恒常的撤退が韓国の安全保障における大きなすき間に通ずるといった考えには根拠がない」と断定する。
  『ハンギョレ新聞』6月9日付は「我々は在韓米軍削減に対処できる」というタイトルの社説を掲げ、安全保障の空白を過剰に意識することは適切な対応策にはならないと批判する。「安全保障は双方向の理念である。だから、もし我々が南北朝鮮の交換と協力を進めることによって安全保障上の脅威を減少させるなら、このことは、断然、最も望ましい方向となるだろう。我々は、南北間の軍事対話のようなことを通じて軍事的緊張を減らしていく歩みを速めなければならない」と。
  帰国前に空港で買った『コリア・ヘラルド』紙6月11日付に掲載された、リチード・ハロラン氏(NYタイムスの元アジア特派員)の評論が興味深かった。タイトルは「韓国は信頼できる同盟者ではないのか」。在韓米軍撤退問題が、在ドイツ米陸軍2個師団の撤退問題とともに、ドイツと韓国における近年の反米意識の高まりに対応して、軍事的意味と同時に政治的意味を有していることに着目する。そして、韓国の問題について論じつつ、日本の動向にも注目する。ワシントン州フォート・レヴィスの米陸軍第一軍団司令部が神奈川県座間市に移転する計画について触れながら、こう結ぶ。「日本はその軍事行動について、憲法上の制約にもかかわらず安定した同盟者と見られている。一人の米軍将校はこう述べた。『日本人はアフガンでもイラクでも、我々が彼らに行うようにいったすべてのことを行った』と」。
  小泉首相は、与党内の根回しもなく、自衛隊のイラク多国籍軍への参加を、ブッシュ大統領に直接約束してしまった(6月8日) 。ブッシュのいう「すべてのこと」を行う日本の姿は、ドイツと韓国の人々から見れば何とも異様にうつるだろう。

※Special thanks to Prof. Han In-Sup, Prof. Park Sang-Ki, Prof. Kim Jongcheol.

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