死刑で日中「友好」はやめよう――韓国の途  2008年2月11日

日新聞が行ったネット調査で死刑制度について聞いたところ、「存続すべきだ」が90%に達し、「廃止すべきだ」は10%にとどまったという。存続の理由を尋ねると、(1)「命で償うべきだ」48%、(2)「凶悪犯罪の抑止になる」24%、(3)「再犯の可能性がある」15%、(4)「被害者の遺族感情がおさまらない」13%だった。一方、「廃止すべきだ」の理由は、(1)「死刑にせずに罪を償わせるべきだ」42%、(2)「国家が人を殺すことになる」22%、(3)「裁判に誤りがあると取り返しがつかない」21%、(4)「凶悪犯罪の抑止にならない」15%だった(『毎日新聞』2007年12月23日付)。被害者感情でもなく、犯罪抑止でもなく、「命で償え」という理由が半数近くを占めるというのは、ネットというバーチャルで匿名性が強く、感情が支配しやすい空間での調査ということを割り引いても、素朴すぎる。もっとも、応報刑論などを熟慮したうえでの回答ならば、存置論と廃止論の冷静な対話の意義はあろう。
   死刑の問題については、死刑をめぐる世界の状況や、死刑をめぐる学説や判例死刑をめぐる学生たちの議論などを、「二つの第9条」というタイトルで詳しく論じたので、ここでは立ち入らない(なお、この直言の3回連載については、團藤重光著・伊東乾編『反骨のコツ』〔朝日新書、2007年〕185〜186頁〔5章「憲法九条と刑法九条」〕で言及されている)。

  いま、この国の法務大臣は、「友だちの友だちがアルカイダ」の人である。「死刑はベルトコンベアで」という発言など、議論の発信の仕方が荒っぽい。発言のなかの「言葉」だけが一人歩きすると、ヨーロッパの感覚からすれば、この人は「法無大臣」になってしまうだろう。なお、鳩山邦夫法務大臣は、12月7日、確定死刑囚3人の処刑の事実と場所、その氏名を発表した。従来なかったことである。大臣は「情報公開」の要請にこたえたものというが、死刑執行それ自体に抑制的な国際社会の流れからすれば、どこかズレているような気がしてならない。この人はいわば、「国際的な空気が読めない」(IKY)、である。

 

   ところで、死刑についての“IKY”という点で、日本と共通するのが中国である。いま中国が、世界で最も多く死刑を行っていることは広く知られている。世界で死刑制度を廃止している国は135カ国(事実上の廃止国33カ国を含む)であるが、存置している国は62カ国。世界中の処刑の90%は、中国、イラン、イラク、パキスタン、スーダン、米国の6カ国で行われている(Die Welt vom 15.11.2007)。中国はそのなかでもがダントツの一位である。この写真は、『シュピーゲル』2007年12月3日号に載っていた、浙江省温州市における公開処刑の模様である(※ご覧になられない方はクリックはお控えください)

  中国は銃殺というイメージが強いが、最近変化が生まれている。ドイツの『フランクフルター・ルントシャウ』紙は、最高人民法院の正・副長官に取材して、中国では、銃殺よりも毒薬注射による処刑が「より人道的」とみられていることを伝えている。副長官によると、過去10年間に毒薬注射による処刑が増え、中級人民法院が下した死刑判決404件のうちの半数が薬物注射の処刑方法を選択しているという。「最終的にすべての裁判所により薬物注射が選択されるだろう」とみているという。「目には目を、命には命を」という考えをもつ人々が多く、死刑の廃止は「現実的ではない」とされる。中国では68の罪について死刑が法定されており、その半数は暴力的な犯罪ではなく、経済事犯も含まれている。オリンピックを前にして、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルは、国際オリンピック委員会(IOC)に対して、この68の罪を少しでも減らすように中国に圧力をかけることを求めている(Frankfurter Rundschau vom 4.1.2008, die taz vom 14.1.2008)。
   なお同紙H. マース解説委員は、「より美しく中国にて死す」という論説のなかで、中国国営メディアが、銃殺から毒薬注射への転換を、「人間性の勝利」と祝福していることを厳しく批判している。毎年5000人から12000人もの中国人が国家により処刑されるが、そのうち凶悪犯はわずか。金銭の横領や稀少動物の密猟者も含まれている。警察が、凶悪犯罪が起きたあとに、出稼ぎ労働者を適当に身柄拘束し、拷問で自白をとり、処刑する例も実際にあるという。マース解説委員は、「死刑はどこでも非人道的である。裁判所が共産党の玩具である中国では、死刑の体系的な発動は、人間蔑視政策の表現である」と結ぶ(H. Maass, Schoener sterben in China, in: FR.vom 4.1.2008)。

   中国では「薬物による処刑は人道的だ」という主張が生まれているが、皮肉なことに、薬物注射による処刑を死刑の方法の一つとしている米国では、注射による処刑が「残虐で異常な刑罰」を禁じた合衆国憲法修正8条に違反するという訴訟が起きている。すでに口頭弁論も開かれている。薬物注射は意識がなく苦痛が少ないとされてきたが、最近の鑑定では、「しばらく意識があり、窒息感や焼けるような熱さを感じる可能性がある」というのである(『朝日新聞』2008年1月8日付)。

  強権で知られるプーチン大統領のロシアでさえ、最近では死刑に対して慎重である。2007年10月28日、ロシアで48人を殺害した被告人に、モスクワ裁判所は終身刑を言い渡した。チェス板の殺人鬼。立件できたのは48人と未遂3件のみ。60人を殺害したと自白している。だが、ロシアは、EUとの関係で事実上の死刑廃止国をめざしているといえるだろう。

   なお、スペインのマドリード爆破テロ(2004年3月11日)では、死者191人、負傷者1841人を出した。この列車同時爆破テロ事件で殺人罪にとわれた被告計28人に対して、マドリードの全国管区裁判所は、被告21人を有罪とし、うち主犯格のモロッコ人ら3被告に、それぞれ429240年と34715年の禁固刑を言い渡した。スペインは死刑が廃止され、終身刑もなく、最長40年の禁固刑である。まさに、「テロに対する法治国家的対応」である(Die Welt vom 1.11.2007)。

 

  ところで、公開処刑などで、世界中から非難されている北朝鮮とは対照的な動きが、お隣りの韓国で進行している。死刑制度自体は直ちに廃止しないものの、死刑執行を事実上停止していることである。
   2007年10月10日(世界死刑廃止デー)、ソウルで国会議員や市民らが集まり、事実上の死刑廃止国宣言を行った。カソリック教会が中心になって「死刑制度廃止小委員会」を中心とした活動の一環である。(韓国最後の死刑執行日から10年目の)同年12月30日にも、死刑廃止についての集会を行った。黒いプラカードには、「死の文化を越え生命の光を分かち合いましょう」とある。他方、黄色いプラカードには、「我々の幸福な時間 死刑廃止の時」とある。

   「死刑廃止国家記念式宣言文」のパンフレットには、絞縄(絞首刑に使う縄)の絵が重ねてあり、何とも不気味である。以下、12月30日の宣言文の全文を紹介しよう。「死刑制度廃止小委員会」に直接取材し、この宣言文を入手し、翻訳してくれたのは、私の研究室で修士学位をとり、現在ソウル大学校法科大学博士課程に在籍する水島玲央君である。


死刑廃止国家記念式宣言文

―今日から大韓民国は事実上死刑廃止国家です―

  いまや大韓民国は死刑廃止国家です。1997年12月30日、23名に対する死刑執行が行われてからちょうど10年が経過した今日、我々はこうして一堂に会してこの感激すべき日を祝賀いたします。過去10年間、死刑を執行しなかった政府に謝意を表します。死刑廃止運動に先立って献身してきた宗教・人権・市民社会の多くの方々に感謝いたします。今日わが国が事実上の死刑廃止国になるこの歴史的な事件は、生命と人権を愛するこの地のすべての良心の勝利です。その誰もが後戻りできない歴史の前進で、この地において法の名において人間の生命を奪い取ることは二度とないということを宣言します。

  死刑制度は人間の基本権である生命権を国家が直接侵害する反人権的な刑罰で、国際社会の人権規範が禁止している残忍で暴力的な制度です。国連は公式研究発表を通じて死刑制度が殺人犯罪の抑止に影響を及ぼすとはいえないという結論を出したことがあります。死刑は現代の刑罰の機能が有する「教化」の可能性を全面否定し、犯罪発生に大きな影響を与える社会の不完全な要素による「社会的責任」を、すべて個人のみに負わせる卑怯で無責任な行為に過ぎません。

  独裁政権が政治的反対派を除去したり、政権の危機を免れるために、死刑制度を悪用した事例もまた数多くあります。「人民革命党再建委事件」の再審無罪判決など、その真実が続々と明らかにされていますが、残念ながら死刑執行を受けた者を生き返せる方法はありません。

  韓国は国連人権委員会の理事国であり、国連事務総長を出している国です。すでに国連は「全世界国家の死刑制度廃止」を闡明し、このための決議案と選択議定書も採択してから久しいです。去る第62回国連総会では「死刑執行猶予決議案」が圧倒的な票差で通過しました。死刑廃止という、拒否することのできない国際社会の大きな要請に、いまや積極的に応える時です。

  17代国会の任期があまり残っておりません。今回の国会で「死刑廃止に関する特別法案」が通過しなければ、18代国会でまた誰かによってこの法が発議され、国民の人権と生命を保護しようとする同じ法案が十数年にわたって発議されては廃棄されることを繰り返す、恥ずかしい姿が残されることでしょう。17代国会が終了する前に立法を通じて死刑を廃止することが、それまでの政府と国会の職務放棄を挽回できる唯一の道であることを肝に銘じなくてはなりません。

  大韓民国政府の代わりに、今日この場で死刑廃止国家記念式を共に行っている私たちは、いまやわが国の死刑制度の完全廃止はもちろん、地球上の全ての国家で死刑が廃止されることを念願します。大韓民国の死刑制度の完全廃止は、アジアと全世界の死刑廃止運動にも大きな力を加えることになるでしょう。事実上死刑廃止国家を越えて、真正な人権先進国になる道において、すべての国民の心がひとつになることを希望します。

  死刑廃止国家記念式に参席した私たちは、大韓民国政府に代わって次のように宣言します。

  2007年12月30日、大韓民国は事実上死刑廃止国家となった。今日を契機に大韓民国は国民の生命と人権を最優先する人権先進国として進むことを、国民の名において宣言する。

2007年12月30日
死刑廃止国家記念式参加者一同

 

  韓国における政権交代が、事実上の死刑廃止国への道を確定的なものにするかは予断を許さない。しかし、少なくとも「死刑賛成90%」の日本に比べれば、死刑廃止への動きは韓国の方が進んでいることは確かだろう。いま、アジアにおいて、死刑存続について「友好的」な関係にある国は、日本と中国である。

  時に、来月はドイツ三月革命160周年である。この革命の影響のもとに、フランクフルト憲法(1849年)が生まれた。その139条は、「死刑は、戦争法がこれを規定し、海事法が暴動の場合において認めている場合は別として、廃止される。また、さらし柱、焼き印および折檻による刑罰は、廃止されている」と定める。戦時を除いて、通常犯罪においては死刑を廃止したわけである。
   この憲法は施行されなかったが、ドイツ基本法102条(「死刑は廃止されているものとする」)に引き継がれた。基本法により死刑が新たに廃止されたのではなく、「廃止されている」ことを確認するというスタンスである。死刑をめぐる歴史的な蓄積を感じる。そのドイツでは、私のゼミに参加していたドイツ人留学生の言葉を借りれば、「死刑という発想そのものが、そもそも非常識」ということになる。

  2005年6月に世論調査機関が調査した結果によると、ヨーロッパ人の60%がどのようなケースでも死刑には反対と回答し、スペイン人では80%、イタリア人では72%、フランスでは54%が死刑に反対しているという。これは1980年に死刑を廃止したミッテラン仏大統領の夫人へのインタビューのなかに出てくる数字である(インターネット新聞JanJan2007年9月16日)
   12月18日、国連総会は「死刑執行停止決議」を採択した。賛成104、反対54、棄権29の大差で可決された。ここでも、日本と中国は反対にまわった。こうした日中「友好」はもうやめにしたい。

 

[付記]本稿は1月27日に脱稿したものだが、2月1日、鳩山法相は記者会見をして、3人の死刑を執行したことを発表した。就任5カ月で執行人数は計6人。執行間隔は近年にないペースで、「ベルトコンベアで」を実践しているかのようである。

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