洞爺湖サミットがもたらす「例外事態」  2008年7月7日

日から洞爺湖サミットが始まった。「主要国首脳会議」(G8)というのは、世界全体の5%に満たない「主要」国だけで地球や世界のことを論じ、仕切り、決めてしまう「ボス会議」である。重要な「宣言」やら「決議」が行われ、参加できない圧倒的多数の国々を拘束する。こういう会議はもうやめたほうがいいというのが、私の意見である。世界で最もうらまれている人物も参加するから、彼がまき散らした怨嗟と憤怒のパワーが一点に集中して、「世界で最も狙われる会議」になる。当然、どこの国で開催しても、その警備は最大級のものとなる。それまで与えられていなかったような権限を軍や治安機関がゲットし、それが先例となっていく。昨年6月のドイツ・ハイリゲンダムでのサミットにおいても、空軍の戦闘機が、サミット抗議のデモ参加者の頭上を低空飛行して、写真を撮影したことはすでに触れた

  開催地の地元の観点からみれば、どこでも、サミットが開かれてよかったという声はまず聞かない。九州・沖縄サミットから8年。会場になった沖縄北部に行けば、「あれは何だったのか」というような「サミット遺跡」がある。その名残はネット上にもある。いまも高値をつける「サミットリカちゃん」人形。外務省発注のお土産として関係者に配られた。報道陣には「プレスキット」も渡された。ICレコーダーやアラーム付き時計、筆記用具などが入っていて、けっこう立派なものだった。前年のケルンサミット(1999年)のとき、ドイツ政府が記者に配ったキットには、オーデコロンやペーパータオル、それに避妊具まで入っていた。各国の記者たちはそれに違和感を 覚えなかった のだろうか。私の研究室には、「サミットリカちゃん」と両サミットの「プレスキット」が保存してある。沖縄とケルンのサミットに参加した2紙の記者から提供されたものだ。
   こういう「お土産」を含めて、沖縄サミットでは880億円もかかったとされている。ちなみに、ケルンサミットの開催費用は7億円だった。今回の洞爺湖サミットでは、どれだけのお金をかけるのだろうか。警備費用だけでも相当なものだろう。ちなみに、「洞爺湖リカちゃん」が作られたという話はついぞ聞かない。
   そもそも、なぜ洞爺湖でサミットなのか。もとはといえば、「立つ鳥あとをめちゃくちゃに濁して」去った安倍晋三前首相の「置き土産」だった。福田康夫氏は、安倍氏の尻拭いをすべく首相になった人である。選挙管理内閣で終わるべきところを、これも父親(福田赳夫元首相)が果たせなかった「夢」(サミット開催国の議長)を追っている。「あなたが仕切ってどうする」という世界なのだが、福田氏はご機嫌である。やはり、首相になった以上は、「成果」を何か残したいという心理が働いているのだろうか。

  サミット会場は、洞爺湖をのぞむ山頂のホテルである。昨年8月末、その近くまで行って取材したが、追い返された。10カ月以上前から異様な雰囲気だった。今年1月、会場に接近する民間機を撃墜する可能性も検討された(「直言」:洞爺湖町民上空/噴火湾上空の民間機を撃墜せよ!?)。会場となるホテルのふもとには、陸上自衛隊の着陸誘導装置JTPN-P20の監視レーダー装置が配備された(『読売新聞』7月2日付夕刊)。これは、師団防空に用いる対空システムではないが、監視レーダーは同様の機能を果たす。第7高射特科連隊(新ひだか町)の部隊が、師団対空情報システム(対空戦闘指揮所装置など)の前進配備を含め、対空戦闘準備態勢に入っている可能性が高い。ただ、各種の地対空誘導弾や高射機関砲などを「見えるように」配備できないので、倶知安か幌別(登別市)の駐屯地に訓練名目で移動しているかもしれない。
   『読売新聞』7月5日付夕刊によれば、洞爺湖の上空の半径約46キロが飛行制限区域に指定された。空自八雲駐屯地には、パトリオットミサイルが前進配備されている。空中警戒管制機(AWACS)が北海道上空に滞空し、F15戦闘機が会場上空を旋回。イージス艦「こんごう」などが海上に展開して、「二重、三重の警戒」シフトを敷いている。ドイツ紙(FR v. 5.7.2008)は、「G8フィーバーの日本――例外事態」という見だしで、2万人以上の警察官が展開して、「日本では例外事態〔非常事態〕(Ausnahmezustand)が支配している」と伝えている。

  私が使う私鉄の駅でも、警棒をもった警察官が立っている。都内の主要駅では、警察官が警棒をむき出しにして、集団でパトロールしている。「見える」「目立つ」警備をすることで、「抑止力」にするという方針らしい。徹底した職務質問、所持品検査、車両検問など、法の範囲を超える傾きと勢いで実施される警備。これが「もし東京でテロが行われたら」という理由で、「例外」的に行われ、定着していく。「厳罰化」や「体感治安」主義の傾向がすすむなか、「目立つ」警備への「慣れ」は怖い。

  法的根拠が曖昧なまま、「例外」を増やしていく例は他にもある。その典型が、前述の『読売』が「スクープ」した、F15による「コンバット・エア・パトロール」(CAP)、「戦闘空中哨戒」と呼ばれる活動だろう。『最新軍事用語辞典』(三修社)によれば、「…目標地域地上空で、掩護部隊上空で、戦闘地帯のうち危機をはらんだ地域上空で、あるいは防空地域上空で行われる、敵機が目標に到達する前に敵機を迎撃し、撃墜させる目的で行われる」とある。「敵機」を迎撃・撃墜する目的で、ミサイルや機関砲の使用を想定した活動ということになる。自衛隊機が訓練とは別に、実際にこのような活動を行う法的根拠は何か。

  AWACSによる警戒飛行や「防空態勢」を敷いたのは、アテネ・オリンピックワールドカップ・ドイツ大会のときも同様だった。ドイツでは、国外でのAWACSの活動について、憲法上問題があるという判決も出ている。いわんや、戦闘機を常時滞空させ、その空域に入る航空機の撃墜まで視野に入れた活動となれば、災害派遣や人道援助では正当化できない。武装した軍事出動(Einsatz)となる。

  F15戦闘機による「戦闘空中哨戒」は、領空侵犯に対する自衛隊法84条は根拠にならない。ハイジャックされた日本の民間機も対象となり、「領空侵犯」ではカバーできないからである。災害派遣(83条)でもない。命令による治安出動(自衛隊法78条)の適用も検討されたようだが、そこでいう「その他の緊急事態」は「間接侵略」(外国の武装勢力が国内の運動に働きかけ、武装蜂起を行うケースなど)に準じたものであり、飛行制限区域内に入ってきた民間機に対する措置をカバーできるわけではない。自衛隊法90条1項には、「職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合」が挙げられているが、治安出動命令が出されたことを前提とする権限であり、治安出動命令も適用されないのに、「警護する…施設」を守るためにこれだけで武器使用ができるわけではない

  テロ対策として、護衛艦をアラビア海に派遣したとき、所掌事務を定めた防衛庁設置法5条18号(調査・研究)〔現在は防衛省設置法4条18号〕を根拠にしたから、F15の活動も「調査・研究」ということになるのか。
   なお、飛行制限区域内に近づいた航空機が、F15により近くの空港に着陸させられることにでもなれば、会場近くに「着陸誘導装置JTPN-P20」を配備した理由もわかる。ただ、F15や地上の誘導に従わなかった場合、これを撃墜するという決断を誰がするのか。その法的根拠は何か。

  ドイツでは、ハイジャックされた民間機を撃墜する権限を与えた「航空安全法」が、2年前に憲法裁判所により憲法違反とされたことは記憶に新しい。ポイントは大きく二つあって、一つは、「人間の尊厳」と「生命への権利」を侵害するという基本権侵害の論点である。もう一つは、軍隊の国内出動に関する憲法上の根拠に関わるものである。基本法〔ドイツ憲法〕35条からすれば、軍隊は、あくまでも自然災害や「重大な災厄事故」の場合の州や警察などの「支援」の任務に限定され、軍事的な武器を用いた戦闘出動を許していないというのが判決のポイントである。

  今回のF15による洞爺湖上空のCAP(戦闘空中哨戒)について、政府としての公式な説明はないが、この「直言」で、とりあえずの問題点だけは指摘しておきたい。なお、上からの「安全・安心」攻勢に対する市民の側の視点については、「直言」:『自由からの逃走』と「自由のための闘争」(武力なきたたかい)を参照されたい。

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