わが歴史グッズの話(25)クラスター弾  2008年7月21日

ミットが終わった。2050年までに温室効果ガス50%削減について、「世界が共有する(share)」ことで一致したという。温室効果ガスを大量に出している国(特に米国)が率先して削減に努力しない限り、説得力はない。「同じテーブルについたのは歴史的一歩」(『読売新聞』7月10日付)という評価もあるが、欧米のメディアはきわめて冷やかな報道だった。
   50%削減ということで、「地球温暖化にやさしい原子力」(?)が押し出されてきたことも見逃せない。米国は、スリーマイル島事故以来、長期にわたり停滞している原発産業の復興のチャンスとみたようで、ブッシュ大統領が福田首相の「説得」で「歩み寄った」背景にもこんな事情があるようである。
   サミットの正当性それ自体もゆらいでいる。サミット開催中に、サルコジ仏大統領が読売新聞との書面会見に応じ、「G8からG13への拡大」を呼びかけた。見出しは「G8機能不全の認識」である(『読売』7月7日付)。今後もG8という形を続けていけるのかは微妙である。また、サミットの過剰警備についても批判が出てきている。ただ、自衛隊がサミット会場に接近する飛行機に対処する態勢をとったことについての報道は十分ではなく、むしろ自粛した感さえある。万一、ハイジャックされた民間機が会場に向かったら、いかなる権限でそれを撃墜できるのか。結局、日本では、ドイツのような議論が正面からテーマになることはなかった

  いま、気候変動、原油価格高騰、食料価格高騰は相互に影響しあう「トリレンマ」の関係にあるといわれる(佐和隆光)。ちまたでは、第三次オイルショックが進行しているという見方もある。サミットを何とか乗り切ったかにみえる福田首相だが、これらの認識があるのかどうかは疑問である。この首相に「リーダーシップ」を期待するのは「ないものねだり」に近い。日本全国の漁民が原油高騰で船が出せないとして、主要17漁業団体20万隻が抗議の一斉休業に入ったその日、首相は何の言葉も対応もなしに夏休みに入った。そして翌17日、「内閣広報室からのお知らせ」という件名の「福田内閣メールマガジン」が私のパソコンに届いた(首相官邸ホームページ)。クリックして脱力した。「本日は、福田総理休暇のため、休刊とさせていただきます」という一行。トップ不在のまま、「いま、そこにある危機」が進行している。


  その存在感の薄い福田首相もほんの一瞬だが、光ったときがあった。それは5月29日、アイルランドの首都ダブリンで開かれていた「クラスター弾禁止条約」づくりのための「オスロ・プロセス」の国際会議最終日を前にして、条約案に態度保留だった日本が賛成に転じる決断をしたことである(『朝日新聞』『毎日新聞』5月29日付)。この「急転回」は、1998年の対人地雷禁止条約をめぐる日本の対応の転換に果たした小渕恵三氏(外相→首相)の決断を想起させる。その話を含め、私は、昨年12月17日付の『朝日新聞』月曜コラムで、「福田康夫首相が『オスロプロセス』への参加を選択」するように求めていた
   福田首相は自らの政治的苦境を少しでも好転させようという一心で、世界の市民(NGO)が求めるクラスター弾廃絶の方向に、結果的には「協力」することになったわけである。ダブリン会議最終局面における福田首相の決断は、その限りにおいて歴史に残るだろう。

  ところで、「クラスター」(cluster)というのは「集束」という意味である。条約ではmunitions(弾薬)とされていて、航空機から投下される「爆弾」(bomb)よりも広い意味で使われているので、以下、“cluster munitions”は「クラスター弾」とする。なお、対人地雷については、この直言で何度か書いてきたし(「地雷と破片」)NHKの「視点・論点」でその放棄を説いたこともある。ちなみに、三省堂の『新六法』にも、2000年版から、対人地雷禁止条約を抄録している。この六法のコンセプトは、市民のための市民の六法だから、市民(NGO)が関わった条約は収録する方針である。それゆえ、その2010年版では、クラスター弾禁止条約も抄録されるだろう。

  「オスロ・プロセス」には、世界の多数の国々が参加を表明している。EUはほとんど参加しているが、核保有国の米国、ロシア、中国、イスラエル、インド、パキスタン、ブラジルが反対している。
   クラスター弾禁止に向けて、世界50カ国の180を超えるNGOの連合体「クラスター兵器連合」(CMC)が会議を終始リード。各国代表に積極的に働きかけ、条約成立に決定的な役割を果たした(『朝日新聞』2008年5月30日付)。この条約成立の過程と課題については、目加田説子「クラスター爆弾禁止条約の成立」(『世界』2008年8月号)参照のこと。目加田氏は日本NGO代表としてダブリンの会議に参加。日本が賛成に転じたことをNGO会議で報告し、会場は拍手に包まれた(NHK衛生第1放送「クラスター爆弾廃絶への道――NGOが世界の軍縮を変える」〔ジン・ネット〕7月13日22時10分で放映)。

  5月30日、ダブリンで合意された「クラスター弾禁止条約案」は、今年12月にオスロで署名式が行われる予定である。この条約により、クラスター弾の使用、開発、製造、取得、貯蔵、保持、移譲が禁止される。ただ、10個未満の子弾しか含まないものや、電気式自爆装置がついているものは例外とされる。また、非締約国(クラスター弾保有国)との軍事協力(演習)も禁止されない。これは会議の最終段階で、英国やドイツなどを賛成に変えるための妥協といえる。それでも、世界の99%のクラスター弾が廃棄対象になるとされており、この条約の存在意義は大きい。

  この条約によって、航空自衛隊と陸上自衛隊が保有しているクラスター弾は廃棄の対象となる。陸自の保有する多連装ロケットシステム(MLRS)も全廃される見通しだ(『東京新聞』5月31日)。約2000億円を投じた99輌がすべて無駄となる。その廃棄には200億円かかるという(『朝日新聞』7月11日付)。この兵器は冷戦時代の異物である。戦車などの大部隊に対して使用することになっていたものであって、ポスト冷戦時代の戦闘では無用の長物という考え方も、軍事専門家のなかからも出てきていた。

  クラスター弾は、ベトナム戦争でも米軍が大量に使用した。当時はボール爆弾といわれていた。私は、2001年3月にカンボジア・ラオスの取材をしたとき、激戦地になったラオス・ジャール高原のポーンサワン市(シェンクワン県)で、その不発弾がゴロゴロしている道を歩いたことがある(案内人付きで)。本当に怖かった。市内に戻って入手したのが、これである。右側がBLU-26/Bというタイプ、左側がBLU-61/Bというタイプである。親爆弾(CBU-24CBU-49に、小爆弾が数百個入る。小爆弾には、パチンコ玉よりも小さな破片がびっしり入っていて、人体を蜂の巣のようにする。

  ベトナム戦争では、ボール爆弾タイプが普及する前は、パイナップル爆弾が使われていた。これは不発弾が多いとされていた。この写真は、36年以上前にラオスで使われたパイナップル爆弾である。色といい形といい、パイナップルに似た形状である。最近のアフガニスタン戦争で使われたクラスター弾も、外面が黄色く塗られている
   ボール爆弾の方は緑色か茶色が主流で、黄色いボール爆弾というのはみたことがない。その意味で、パイナップル爆弾は、不発弾の多さを含め、アフガンで使われたクラスター弾に近いといえよう。そのクラスター弾の実物が「アフガン民衆法廷」(2003年7月)に「裁判官」として参加したとき、「証拠」として提出されたので、判事席に並べられたものを写真に撮っておいた

  ところで、「クラスター弾に不発弾が多いのは、民間人、特に子どもを殺すためにわざとやっている」という意見がNGOなどには強い。黄色いのも子どもの関心をひくためだといわれる。これに対して、軍事評論家の野木恵一氏はこれを「妄説」として退ける(野木恵一 「クラスター弾禁止条約の真実 日本の本土防衛に対する影響は」『軍事研究』2008年8月号)。野木氏はクラスター弾禁止条約への賛同を「日本にとって良かったこと」とする立場をとるから、この条約は評価している。ただ、クラスター弾の目的が、敵の集団に対して投げ網を投げるように子弾をばらまくところにあり、地雷として使うために不発弾率を高めるなどの「遊び」を組み込む余地はないという。

  実際、クラスター弾の不発弾率はきわめて高く、民間人に被害を生んでいること、これは否定できないだろう。例えば、レバノン南部には、イスラエル軍が落とした100万発以上の不発の子爆弾があるといわれている。驚くべきことに、その「9割が停戦前の72時間に集中して」投下されたというのだ(『毎日新聞』2007年1月1日付)。どう考えても、停戦後もダメージを与え続けることを狙ったとしか思えない。毎日新聞は従来から大治朋子ワシントン特派員などを中心に、クラスター弾問題を徹底的に追っており、社説などを通じてその廃絶のキャンペーンをはってきた(毎日jp「STOPクラスター爆弾」も)。同紙は昨年2月19日付社説でこう述べていた。
   「過去30年間で24カ国で少なくとも3億6000万個の子爆弾が使用され、死傷者は確認されただけで約1万1000人、推定では10万人に達する。死傷者の98%が民間人であり、27%が子供だった。深刻なのは、いまなお世界に3300万個以上の不発子爆弾が回収されずに転がっていることだ」と。社説のタイトルは「クラスター爆弾条約作りに日本もかかわれ」であった。

  クラスター弾に未来はない。この際、金がかかっても、このような兵器は廃棄すべきだろう。対人地雷と同様、最後の一発が廃棄されるまで、監視を怠ってはならない。
  いま、イスラエルによるイラン攻撃の可能性が増している。さらに、北朝鮮に異様にやさしいブッシュ政権が、このイスラエルの行動を支持して、退任直前で、イラン攻撃で一成果をあげようと邪心しないとも限らない。「クラスター弾の在庫一掃」も兼ねて、これは要注意である。


付記:東京などを焼け野原にした集束焼夷弾のM69などもクラスター弾の系譜に属するものといえる。これは、「わが歴史グッズの話(26)焼夷弾」で扱う。

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