雑談(79)ペット介護のこと――18歳4カ月を見取って 2010年7月05日

議院選挙は投票日まであとわずかとなり、重要な局面を迎えている。 消費税をめぐる菅首相の発言は、提起の仕方も問題だったが 、その後も修正やトーンダウンを繰り返し、「迷走」の度合いを深めている。 消費税5%に怒った有権者が投票所に向かった1998年7月の参院選を思い出す 。今回は、そうした政治や憲法の話ではなく、 「ラジオよもや話」 以来4 カ月ぶりの「雑談」シリーズ、しかもまったく個人的な話である。

介護はペットの世界にも広がっている。わが家の老犬も、今年1月から寝たきりになった。 柴犬の雑種。1992年4月。数日後の殺処分を前に、保健所の抑留室で元気に吠えていた生後1カ月の子犬を、家族がもらってきたものだ。「希紀」という。小学校3年だった娘が「私がお母さん!」といって名付けた。当時私は広島大学に単身赴任していたので、月に2回ほど東京の自宅に戻ると、尻尾をいっぱいに振って喜んだ。

96年に今の職場に移ると、犬の散歩はもっぱら私の仕事になった。 自宅で原稿書きをするときは必ず散歩に連れていった。 東京競馬場の周辺から 、多摩川にまで足をのばしたこともあった。庭で放し飼いにしているので、木陰で眠っているところにソッと近づき、耳元で「お散歩?」と言うと、ピクッと飛び起き、一瞬の間をおいてワン、ワン、ワンと庭を駆け回る。なかなか散歩用のヒモを付けられない。冗談で「お?」と言うだけで、もう「お散歩」だと思って条件反射的に騒ぐ。冗談ではすまなくなって、2度目の散歩に出ざるを得ないことも。

1999年3月から1年間、ドイツのボン大学で在外研究した時 は、家族を連れていったので 、「希紀」は母に面倒をみてもらった。母の家は同じ敷地内にあるのだが、「希紀」は毎日、雨戸の閉まった私の書斎の方を向いてずっと座っていたという。 翌年3月31日にドイツから戻った ときのことは忘れない。1年間閉じられていた雨戸を開けて、こっちを向いて座っている「希紀」と目が合った。一瞬首をかしげ、次の瞬間、“キャィ~~ン”と奇声をあげると、クルクル回りながら、窓に向かって飛びついてきた。

この直言にも、「希紀」のことが記録されている。例えば、わが家の塀に残る米空軍P51ムスタング戦闘機の12.7ミリ機関銃弾の貫通痕。その前に立つのが「希紀」である( 「痛みを伴う『塀の穴』の話」 )。一番太っていた頃である。 「私の健康法」で、犬の散歩は日課と書いたこともある 。散歩中、「希紀」があることを始めたため、その間、目前の掲示板のポスターを眺めていて、思わず携帯カメラで撮影したことで、 直言「『おかえり』といえる社会に」 ができた。この直言は、「希紀」との散歩の産物である。

2009年になって、「希紀」は急速に衰えてきた。 冬のうちはまだ、ゆっくり近所を散歩することはできた 。しかし、認知症ぎみになり、足腰も弱り、2010年になってついに寝たきり状態になった。おん年18歳。人間では88歳に相当する。ずっと外犬として庭の犬小屋にいたが、この1月からは居間に室内用ペットケージを置き、毛布や電気ザブトンを入れ、おむつを付けて介護を始めた。 妻の発案で、赤ちゃんのおむつを改造して使った 。 ペット用よりも割安である。

排便(尿)に支障がでるようになり、夜中に3回は泣く。1時、3時、5時と、家族の誰かが寝室から降りていって、おむつの取り替えをする。獣医の息子が手術用手袋をはめて、便を掻きだす。なかなか眠らないときは、腹のところを手で支え、体をぐるぐると回転させて疲労させる。だが、薬のせいで目が回る状態が続いていると知り、ある時期からやめた。

  こうして半年間、家族それぞれの外出や予定も確認しながら、わが家は老犬を中心にまわっていた。大学での授業や会議がなく、家で原稿書きをする日は、私が「希紀」の介護担当となる。

9歳の時から「私がお母さん!」といって可愛がってきた娘が、出産までの2 カ月ほど家にいたので、「希紀」の世話をした。 お腹の赤ちゃんの心音を聞きながら、スヤスヤと眠る「希紀」である 。新しい命の誕生とともに、静かにこの世を去るだろう。私はこんな「美しい物語」を想像していたが、甘かった。4月に孫が生まれ、そこからわが家は育児と老犬介護の二本立てになった。

体が痛むのか、昼や夜も吠え続けた。息子が薬を注射したり、睡眠薬や安定剤を飲ませたりして鎮静化させるのだが、薬が効いてくるまで吠え続ける。私も家族も恒常的な睡眠不足。4月末頃には、私のイライラもつのり、一時は「安楽死」を考えたこともあったが、家族は淡々と介護を続けた。私は自分の安易さを反省した。

孫が生まれて83日後、お宮参りを終えたその週に、「希紀」は娘の膝の上で静かに息を引き取った。「トク、トク、…トク、……トク」。聴診器を耳にあてた娘は、「希紀」の心臓の最期の一音を聞き取ったという。18歳4カ月だった。 歴代の愛犬たちが眠っている庭に穴を掘り、埋葬した。

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