沖縄はどこへ行ったのか 2010年7月19日

議院選挙で政権与党は大敗し、参議院は与野党が逆転した。与党は衆議院で3分の2の多数をもっていない。 そのことは、麻生内閣の時のように、参院否決の法案について、3分の2「再可決」(憲法59条2項)で成立をはかることができないことを意味する 。この局面での衆参の「ねじれ」は、与党内にある「ねじれ」や「きしみ」を拡大しながら、この国の政治全体をますます混沌としたものにしていくだろう。

2009年夏、台湾で一つの村が土石流に飲み込まれ500人以上が死亡したが、この夏、日本各地で、大雨により頂上付近や地下岩盤が大規模に崩壊する「深層崩壊」という現象が注目されている。このまま行くと、この国の政治もまた、国民の信頼を完全に失って、「深層崩壊」をきたすおそれがあるのではないか。

 政治の「深層崩壊」とは、与野党を問わず、政治全体に対する国民の完全不信状態の現出である。 民主党政権は「マニフェスト」選挙 をやって、 政権交代を達成した 。だが、数カ月もしないうちに「マニフェスト」からの離反が目立つようになり、 「政見後退」が日常化していった そして先週、「政治主導」 の看板だった「国家戦略局」の断念が明確となった。 ネーミングを含め、この組織について私は異論があったが 、まさかこんなにあっさりと打ち捨てられるとは思ってもみなかった。結局、「国家戦略局設置法」は制定されることはなく、現在の国家戦略室は首相の「知恵袋」的組織に縮小されるという(『朝日新聞』7月16日付)。「知恵袋」などという言葉を使うことに恥ずかしさを感じないのだろうか。

菅首相は、6月17日、「次の衆院選までは消費税を値上げしない」という公約をあっさり捨てて、「消費税10%」を明言した。 唐突さとタイミング、具体的な税率に言及したこと、低所得者への還付を簡単に口にし、しかも最低所得の数字が200万から400万までブレるなど、税金についての問題提起の仕方としては最悪だった 。税金・年金・手当て(子ども手当て半額!)といったお金の問題での不誠実な対応は、国民の信頼を最も深いところで傷つける。  あれだけ「マニフェスト」選挙といっておきながら、ここまで反復継続して「掌返し」が行われると、さすがに国民の間には無力感や脱力感が蔓延するようになる。国民の政治不信は、ドイツ政治学でいうところの 「政治嫌い(Politikverdrossenheit)から民主主義嫌い(Demokratieverdrossenheit)へ」と深化していく傾きをもってくる可能性がある。これはかなり深刻である。

ところで、菅首相が唐突に「消費税10%」を打ち出した背景には、「普天間隠し」があったようである。しかも、消費税率は「22%」まで想定していたという(『アエラ』7月26日号)。いずれにしても、菅首相が一閣僚だったときから、普天間問題については、意識的とも思えるほどに発言を抑制していた。首相になってからも、沖縄問題への言及は極端に少なく、問題解決に向けた熱意も意欲も感じられない。  鳩山前首相は、「沖縄への思い」を何度も口にし、「お詫び」を繰り返した。この前首相と比べると、菅首相の沖縄への姿勢は何ともそっけない。冷たささえ感じる。

参院選における沖縄の「民意」について言えば、選挙区における「県内移設反対」の自民党公認候補の当選、比例区で社民党が第一党、沖縄出身の民主党議員の落選に見られるように、政権与党は沖縄に完全にノーを突きつけられた恰好である。

投票日の前々日、沖縄県議会は、普天間飛行場の移設先を辺野古と明記した「日米合意」の見直しを求める意見書と決議を、全会一致で可決している。決議では、慰霊の日(6月23日)に参列した菅首相が、沖縄の基地負担に陳謝するとともに「お礼」を表明したことと、米上下院両院で「感謝決議」がされたことに触れて、「県民の思いを全く理解していない」と厳しく批判している(『沖縄タイムス』7月17日付社説)。

 沖縄の人々にとって、基地に関連した「お礼」とか「感謝」という言葉ほど癇に触るものはないだろう。県議会決議の深い怒りは、「県民の思いを全く理解していない」という言葉に集約されている。だが、本土のメディアには、それを受けとめる感覚が欠けている。そもそも、本土のメディアは沖縄問題にはさほど関心がない。 それは、沖縄だけに上陸し、本土には影響のない台風の報道に似ている 。この東京と沖縄との違いは単なる「温度差」といったものではなく、人の痛みを感じる人間的「体温」の違いに近いのかもしれない。

メディアは、内外の「日米安保でメシを食う人々」(寺島実郎氏の言葉)が垂れ流す情報を大きくとりあげる。「米国では…」といっても、米国内の議論を正確に伝えているわけではない。そんなとき、地方紙としては珍しい独自のワシントン特派員(与那覇路代・琉球新報記者)が、興味深い記事を書いている(『琉球新報』2010年7月16日付)。タイトルは「在沖米海兵隊 広がる不要論 下院の重鎮『冷戦の遺物』」。記事によれば、米民主党の重鎮、バーニー・フランク下院歳出委員長が、「米国が世界の警察だという見解は冷戦の遺物であり、時代遅れだ。沖縄に海兵隊がいる必要はない」と公に語ったことから、米国内で在沖米海兵隊不要論がにわかに高まっているようである。背景には、深刻な財政赤字と、リーマンショック以降の不況で、国民の不満が膨大な軍事費に向き始めていることがあるという。

 議論の発端となったのは、フランク氏が米国の有力サイトに寄せた「なぜわれわれは軍事費を削減しなければならないのか」と題する論文で、2010年度の軍事費6930億ドル(約61兆円)は歳出全体の42%にものぼり、経済活動や国民生活を圧迫しているとし、米国が超大国として他国に関与することが、逆に反米感情を生み出している側面も指摘している。結論として、「財政再建と雇用創出が国の最優先事項だ。度を越した軍事費問題に取り組まなければならない」と強調している。

この論文がきっかけとなってメディアで議論が起こった。 フランク氏はラジオでも、「1万5000人の在沖縄海兵隊が中国に上陸し、何百万もの中国軍と戦うなんて誰も思っていない。彼らは65年前に終わった戦争の遺物だ。沖縄に海兵隊は要らない。超党派で協力し、この議論を提示していきたい」と訴えたという。下院歳出委員長という要職にある人物が、軍事費を綿密に分析した結果、「欧州やアジアの駐留軍の縮小、 オスプレイ などの軍用機の停止・延期などによって、10年で1兆ドル(約88兆円)が削減できるという試算を出したことは注目に値する。このような米国内の議論は、大手メディアでは出てこない。

来月、 水島ゼミの沖縄合宿を実施する 1998年 以来、7回目である。13・14期生は「沖縄自治班」「離島医療班」「基地班」「教育班」「観光産業班」の5班に分かれて沖縄各地に展開。多数の人々に取材する。基地班と沖縄自治班は、この間の普天間問題だけでなく、沖縄をめぐる根本的な問題に切り込もうと準備している。なお、今回の合宿では「離島医療班」が異色。竹富町、西表島、八重山などの離島にわたり、島の診療所や医療関係者に取材して、離島医療の問題を探るそうである。 私は那覇にとどまり、各班から携帯メールで報告を受け、指示を出す 。あとは講演をしたり、取材に応じたりしている(8月24日夜と25日夜は講演可。先着順)。

今年の合宿は、 沖縄国際大学に普天間基地のヘリが墜落した直後に訪れた2004年合宿 に次いで、「熱い合宿」になりそうである。

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