日米安保を揺るがすオスプレイ 2012年7月16日


週、山口県の岩国港に、米軍の高速強襲輸送機MV22「オスプレイ」がやってくる。この飛行機のもつ問題性については、2カ月ほど前、直言「魚を食らう鷹――オスプレイ沖縄配備の思想」で詳しく論じた。今回は、その後の展開と、オスプレイが日米安保体制を揺るがす象徴となりつつあることについて書こう。

いま、大飯原発の再稼働に怒る市民の声(野田首相的には「音」!)が首相官邸前「金曜デモ」として静かに、しかし確実に広がる一方で、オスプレイ日本配備に反対する声も、沖縄県だけでなく、飛行訓練ルートになっている本土の地方自治体でも、ゆっくり広がりはじめている。

 「欠陥機、日米が押し付け」。こんなタイトルの、『琉球新報』2012年6月16日付「ビジュアル版」は実にリアルである。オスプレイ配備について全国紙の東京本社版を読んでいると、一部批判的な社説や解説はあるものの、米軍が輸送ヘリの機種変更をするだけで、日米安保条約を前提とすれば何の問題もないというトーンである。だが、上記の絵を見れば、これだけの人口密集地域に、安全性に多大の疑問のある輸送機が配備されていいのか、と誰しも思うことだろう。にもかかわらず、野田佳彦内閣には、県民・市民の声を受けとめて、米国と交渉するという姿勢はまったくない。逆に、「ご丁寧にご説明申し上げる」べく、大学教授である森本敏防衛大臣を沖縄に送った。しかし、かえって沖縄の反発をかい、自民党推薦の仲井真弘多知事の口から、「全基地即時閉鎖」という、ただならぬ言葉を引き出してしまった。これは前任者と違って、森本氏が米国の主張を丁寧にご説明したからだろう。その意味で言えば、雄弁・能弁の大学教授を防衛大臣に任命した野田首相の人事は、この一点において失敗だったと言えよう。

 仲井真知事は、森本防衛大臣に何と言ったのか。地元紙によれば、こうである。
 「米軍が(沖縄に)何でも持ち込めるというのは信じがたい話で、安保条約、日米同盟以前の問題だ。安全性に疑問が持たれているものを持ってくるということには断然拒否するしかない。誰が責任を持つのか。もし事件・事故が起こったら、これは即時閉鎖・撤去としか言いようがない」と。
  森本大臣は「確かに承った。知事の言葉をできるだけ忠実に総理に報告したい」と応答した。

 所管大臣としての独自の意見を述べることもなく、首相に「忠実に報告」するというだけの森本大臣について、「ガキの使い」(『東京新聞』7月6日付コラム)という例えも出てきた。だが、これは子どもに失礼だろう。子どもだって、自分の主張を通すときがある。米国の「召し使い」や「小間使い」という表現も、特定の職業を低く見ており妥当でない。一番ぴったりくるのは、米国務省・国防総省の「事務取扱(とりあつかい)」だろう。森本大臣は、米政府の意向を素早く先取りし、忖度し、わかりやすく、丁寧に語っているからである。なお、森本大臣は18市町村の首長と面談したが、本島中北部の3首長は、「防衛大臣は米国の単なる伝言板」だとして、面談を拒否している(『沖縄タイムス』6月30日付2面)。

仲井真知事は、東大工学部卒で、通産省(当時)でも技官だった(ちなみに、原発を唯一持たない沖縄電力の社長、会長を務めた)。森本氏との会談で知事は、オスプレイの安全性について、「一種のシステムを構成する機械の性能の問題だ」と理系的な指摘を行い、会談後、記者団を前に、米側が日本に提供した事故報告の中身について、「中学で習う理科の話にすぎず、とても納得できない」と述べたという。県幹部は、知事はもともと技術者だから、墜落事故をめぐる防衛省の説明は技術的に聞くに耐えないと感じていて、「知事の怒りは本気。事務方の僕ら以上に〔安全性に〕疑念を持っている」と語ったという(同紙7月2日付総合面)。

 県民の生活と安全を守るのが知事の任務である。安全性に疑問のあるものを県民の頭上スレスレに飛ばすことは、たとえ国家の安全保障の観点から必要だと言われても、認められないという立場だろう。森本大臣は、米国が日本政府に対して「接受国通報」を行ったものを当然のように受け入れるという立場で丁寧にご説明している。「接受国通報」とは、在日米軍の航空機などの配備機材や部隊変更について、在日米軍司令部から外務省が連絡を受け、内容に応じて関係自治体や防衛省に伝える。米軍としては、輸送ヘリの機種更新という、まったく日常業務について通報したのに、なぜここまで反発されるのか、という意識だろう。

 現在普天間に配備されているCH46ヘリの事故率は1.11だが、オスプレイは1.93と相対的に高い。実際、短期間に事故や不具合が何度も起きている。だが、もともと軍用機というのは、民間機のように安全第一で作られていない。軍の論理からすれば、1.11でも1.93でも誤差の範囲なのである。軍用機は戦闘作戦のため、無理で危険な飛び方や運用をする。一定の事故は折り込み済なのだ。そうした感覚で、米軍はオスプレイを普天間に持ち込んでくる。ここに「軍の論理」と「市民の論理」との壮大なすれ違いが生まれる。

 沖縄では、基地に依存した生活をする人々も含めて、オスプレイ配備に反対している。ここまで「島ぐるみの反基地」に向かったのは、ここ数十年ないことである。それは、「3.11」後の脱原発運動と同様、オスプレイが基地問題を日常的な生活問題にしてしまったからにほかならない。

 6月17日午後、宜野湾市民大会が開かれた。それを『沖縄タイムス』は6月17日付の「速報」(号外に準じたもの)で伝えた。

 「速報」の記述によれば、米側が提出した環境審査のデータには、オスプレイの飛行経路図9枚が含まれていた。いずれも、普天間第二小学校がある滑走路北側から離陸し、大謝名小学校に近い滑走路南側から着陸する経路になっている(→写真参照)。経路図によると、浦添総合病院上空で高度150メートルになり、宜野湾市大謝名小学校上空で高度60メートルになる。その間、着陸のため、回転翼の向きを進行方向から上向きに変える操作を行う。この時がオスプレイの一番不安定な瞬間となる。真下に学校や病院がある。オスプレイの事故実績と重ねて、県民・市民のオスプレイ拒否感覚は質的に変化したと言えよう。政治や安全保障の問題ではなく、命と生活を守る問題になったという意味において。

沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落してからまもなく8年になるが、オスプレイには、ヘリコプターが空中でエンジン停止した時、風力で回転翼を空転させて揚力を生じさせ、緊急着陸する「オートローテーション」という機能がない。飛行機と同じように落ちてくる。実は、オスプレイが日本に向けて出航した日(日本時間6月30日)は、1959年に旧石川市の宮森小学校に米軍ジェット機が墜落して、児童・住民18人が死亡する大惨事があった日なのである。沖縄では、この墜落事故と重ねて、「鎮魂の日に刻まれるオスプレイ配備の第一歩」として、県民の怒りを増幅させてしまった(『沖縄タイムス』6月30日付社会面)。宜野湾市民大会で一人の女性が掲げる「沖縄は無人島ではありません!」というプラカードには、静かな、しかし深い怒りが感じられる(同紙の「速報」裏面)。

 ところで、「全基地即時閉鎖」という仲井真知事の言葉の意味をもう少し掘り下げてみよう。私は『沖縄タイムス』7月10日付「識者評論」(水島朝穂「日米安保体制にほころび――地方、政府依存から脱却へ」)のなかで、知事がこの言葉を使った「歴史的意味」について触れ、「防衛は国の専権事項とされるが、水道や道路、港湾など県知事の協力がないと米軍基地の運用は難しい。県知事の発言は、本人が考えている以上に、米側に大きな影響を与えたと思う」と述べた。おそらく米国務省、国防総省の関係者は「大きな影響」というよりも、相当驚いたと思う。それはなぜか。

 野田政権は、自民党以上に米国の言いなりで、「底抜けの対米追従」(豊下楢彦関西学院大教授、『沖縄タイムス』6月30付識者評論)の政策を次々に繰り出している。そこにきて、沖縄県知事が「全基地即時閉鎖」という言葉を使ったのである。さすがの米政府もギョッとなったに違いない。革新知事の大田昌秀知事でさえ、一度も使ったことがない言葉だからである。条約の締結権や外交権は内閣の事務であるが、基地に対する実際の行政は県知事の権限がきわめて大きい。「全基地即時閉鎖」というのは、米軍基地に関連する県の事務を一切止めると言ったに等しい。沖縄の全市町村が県の行動を全面的に支援する。県民はツイッターなどで連絡をとりあって、普天間基地だけでなく、すべての米軍基地・施設をデモで包囲する…。「21世紀の島ぐるみ闘争」に発展したらどうなるか。オスプレイ配備を日常業務のようにやろうとしてしまった米政府は、いま、事態を深刻に受けとめはじめているに違いない。「全基地閉鎖」という知事の言葉は、その本人が思っている以上のさまざまな付随的効果を、今後及ぼしていくことになるだろう。

日米安保条約6条に基づく基地の提供は、沖縄県のみならず、日本全土のどこでも可能で、米側には制約がほとんどない。ダレス米国務長官(当時)が旧安保条約締結時に求めた、「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる」という特権を、日本政府は、あたりまえのように実現させてきた(豊下楢彦・前掲)。

米軍地位協定は、米軍にとって、「特例と適用除外のデパート」と言ってよい。地位協定の下にある特別法の体系のなかに、航空法特例法がある。これには、飛行高度や人口密集地上空などについての規制が、米軍にはすべて適用除外になっている。だから、米軍は、日本全国、どこでも、いつでも、やりたいときに、低空飛行訓練ができる。法的制約はないのである。なお、オスプレイの低空飛行訓練ルートは、東北の「グリーン」と「ピンク」、北信越の「ブルー」、四国〜近畿の「オレンジ」、九州の「イエロー」、沖縄本島北と奄美諸島の「パープル」の計6ルート。従来、FA18やAV8B(ハリアー)などの訓練が行われてきたルートで、1経路の年間運用回数は約55回。オスプレイの場合は2割ほど増える予定という(『沖縄タイムス』7月10日付)。

 本土に住む人々にとって、オスプレイは沖縄の問題ではなくなった。沖縄タイムス社が行った全国の都道府県知事へのアンケート結果、和歌山、岡山、広島、山口、徳島、高知の6県知事が配備反対を鮮明にした。低空飛行訓練には、長野も加わり7県知事が反対している。配備に賛成した知事は一人もいなかった(同上)。

 ここまでくると、安全性がクリアできたら配備・訓練OKというわけにはいかなくなってきた。オスプレイは、日米安保条約と在日米軍基地をめぐる構造的問題性をあぶりだしてしまったからである。米国が当然に負担する経費でも、日本が負担している。「思いやり予算」は有名だが、沖縄返還に際して、密約までかわして、米側の負担(原状回復費)を肩代わりした事実は重い

日米安保条約は日米関係が対等であると見せかけるため、「事前協議」の仕組みがある。「条約第6条の実施に関する交換公文」(1960年1月19日署名)によれば、米軍の日本国における、(1)配置における重要な変更、(2)軍隊の装備における重要な変更のほか、(3)日本国から行われる戦闘作戦行動のために基地を使用するときは、事前に日本政府と協議する建前になっている。この制度は、基地を提供した、主権国家としての日本の立場に配慮したものだった。しかし、この事前協議はただの一度も行われていない。日本は米軍の行動に注文も付けず、いわんやノーを言ったことはない。実際、安保改定時の核持ち込み(1960年1月)や、米軍の自由出撃(同)、沖縄への核再持ち込み(1969年11月)については密約が存在する。他にも、本来なら事前協議にかけるべきケースがたくさんあったが、一度も行われていない。一度も(!)、である。これでは、日本の外務省は、米国務省の第51州事務所と言われても仕方ないだろう。

思えばイラク戦争の時、ドイツで、在独米軍基地使用拒否をめぐる議論があった。日本でも、オスプレイ問題を契機に、交換公文の「装備における重要な変更」を、日本国民の生命・安全を脅かす可能性のある通常兵器を含めて解釈して、事前協議制の実質化をはかることも必要だろう。そして、沖縄県が大田知事時代から提言・要求してきた地位協定の抜本的改定も早急に具体化すべきである(この点では、韓国に先を越されている)。

最後に一言。冷戦の遺物である日米安保条約は、何度かの「日米安保共同宣言」や、二度にわたる「日米防衛協力の指針」といった、国会承認不要な「条約未満」の形式でヴァージョンアップし、事実上の条約改定に等しい効果をあげてきた。国会での十分な議論もなく、国民的な討議もなかった。オスプレイの配備問題は、そうした日米安保体制の矛盾を集中的に表現するものとなった。今後の展開次第では、オスプレイ問題は、日米安保体制の歪んだ構造を改め、まっとうな日米関係を構築していく上でのきっかけ(チャンス)となるかもしれない。

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