集団的自衛権行使を国民は支持していない――最近の世論調査            2014年4月21日

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「ブレーキ足乗せ! 左右の確認」。東京都トラック協会が4月6日付各紙に掲載した広告である。安倍運転手のトラックはブレーキも踏まず、急加速、急ハンドルで「スピード感」あふれる暴走運転を続けている。国民のなかの批判的意見を無視するだけでなく、自民党内の慎重意見にさえ耳を貸さず、左右の確認どころか、後方確認(歴史認識)も進行方向の確認も怪しい。連立をくむ公明党のサイドブレーキも弱々しく、安倍暴走トラックはいよいよ最終コーナーをまわったかのようである。これに油を注いでいるのが一部メディアである。

夕方になると駅のキオスクには、中国・韓国を叩く産経系列の「あのオレンジ色のニクい奴…」と呼ばれる夕刊紙の煽情的な見出しが目に飛び込んでくる。「中国・韓国にこう言い返せ!」という連載や、「中韓黙れ! 靖国参拝は何も悪くない」というトーンで、いまにも日韓、日中で衝突が起きるような空気を煽っている。出版社系の4週刊誌は特に激しく中韓ネタを取り上げる。安倍政権が集団的自衛権行使容認に踏み切ろうとする背景には、こういう社会的な気分や空気があるのだろう。しかし実際の世論は存外、冷静のようである。

毎日新聞社の最近の世論調査によれば、集団的自衛権の行使に反対は57%、また、集団的自衛権行使を憲法解釈の変更で行うという安倍政権の進め方に対して、64%が反対と答えている(『毎日新聞』3月31日付)。産経新聞・FNN合同世論調査でさえも、集団的自衛権の行使容認について「賛成」42.4%(前回調査比5.3ポイント減)に対し、「反対」が41.5%(同3.4ポイント増)と拮抗している(『産経新聞』3月31日付)。

夕刊フジ

ここで注目されるのは、朝日新聞社が行った「日中韓3カ国世論調査」(『朝日新聞』4月7日付10-11面)である。日本だけでなく、韓国と中国主要5都市でも調査を行っている。電話帳から固定電話に無作為にかける方式ではなく、郵送世論調査という形をとったことが特筆される。設問は多いが、郵送による返送で集計する。固定電話による短時間の調査より、家庭でじっくり話し合いながら回答を書き込む人もいただろうから、回答の信用度は相対的に高い。有効回答は日本2045、中国1000、韓国1009という(4月7日付1面)。

今回の朝日新聞社世論調査のポイントをみておこう。まず、日中韓3カ国で「東アジアの平和を脅かす要因」を尋ねると、「領土」と「軍事力」が上位を占めた。7択で2つまで選ばせると、日本では、①「領土問題」63%、②「中国の軍事力」48%、③「朝鮮半島情勢」38%の順になった。これは2005年の朝日調査に比べても、領土問題と中国の軍事力が大きく増加している。中韓両国でも、領土問題と「日本の軍事力」が「平和を脅かす要因」の1、2位につけている。

では、それぞれの国民は他の2国をどう思っているか。「好き」「嫌い」「特にどちらでもない」から選ばせると、日本で「中国が嫌い」51%、「韓国が嫌い」34%。中韓両国の「日本が嫌い」も、中国74%、韓国67%である。他方、3カ国とも、関係改善の必要があると感じている人は多く、日中関係改善の必要性は日本では80%(「大いに」「ある程度」の合計)、中国でも85%(同)であり、また日韓関係改善についても、日本74%、韓国84%である。お互いに好きではないが、仲良くしたいと思っている。近しい関係だからこそ反発も大きいという意味では、いずこの時代にもあったことで、関係改善を望む声が小さくならない限り、戦争への見えざる壁となり得よう。

世論調査

次に憲法についての調査。いまの憲法が「全体としてよい憲法」という人は、昨年調査の53%から63%に増加し、「そうは思わない」の27%を引き離した。改憲手続きを定めた96条で、国会発議を衆参各3分の2以上の賛成から過半数にその要件を緩めることについても、昨年が賛成38%、反対54%だったのに対して、今回は賛成29%、反対63%になった。

憲法9条については、「変える方がよい」が29%、「変えない方がよい」64%になった。集団的自衛権を行使できるようにしないと「日米同盟」が弱くなるという意見については、「その通りだ」は35%から27%に減少し、集団的自衛権の行使ができるようにするは29%、行使できない立場を維持が63%に達した。この数字は重要である。日中、日韓の複雑な関係があるけれど、それを集団的自衛権行使の容認で乗り切るという安倍政権に対して、明らかに世論は支持を与えていない。

ちなみに、最近、安倍政権は武器輸出三原則を撤廃したが、この世論調査では、武器輸出拡大に賛成17%、反対77%で、前回調査よりも6ポイントも反対が増えた。安倍内閣の支持率が高いというのも、「アベノミクス」と同様、幻影であろう。なぜこうもすんなりと武器輸出三原則が撤廃できたのか。政府が「武器輸出三原則を撤廃する!」といえば、高校までの教育で「非核三原則」とともに平和の象徴として習い、もう単語として頭に入っている国民の感覚を刺激するゆえ、新たな原則として「防衛装備移転三原則」という形で表向きの「名称」を変え、できるだけ気づかれないようにして、中身を入れ替えたのである。

ところで、この朝日世論調査には私のコメントがつけられた。それを以下、転載することにしたい。

(識者談話)武力行使に強い拒否感

水島朝穂・早稲田大教授(憲法)

憲法9条を「変えない方がよい」が6割以上となり、非核三原則への支持や武器輸出拡大に反対する意見も高い。やはり有権者は核兵器や武器に対する抑止感覚を持っているし、自衛隊が海外で武力行使することへの拒否感も強い。

加えて、今回の結果をみると、有権者の意識が変わってきていることを感じる。

昨年は特に中国の脅威が言い立てられ、憲法9条を変えて集団的自衛権を行使できるようにすべきだという主張がある程度、支持を集めた面もあった。

しかし今回の調査では、集団的自衛権の行使容認に反対の意見が増えた。日中間の緊張が一層強まるなか、安倍首相が発するメッセージは中国への対峙を強調するばかり。こうした状況を見て、有権者も武力衝突が現実に起こることへの不安を感じ始めている。

中国の脅威や領土問題への対応を、有権者の多くはいわば「国家の問題」と捉えてきたが、武力紛争の光景が見え始め、実は自分たちの暮らしや生活に大きく関わる問題だと受けとめるようになったと言えるだろう。

確かに日中韓3カ国の有権者とも互いの軍事力や領土問題を脅威だと感じ、中韓両国は日本を、日本は両国を「嫌い」という声が多い。これは、それぞれの有権者が自国の主張や報道に引っ張られているためだ。

しかし大事なのは、「嫌い」と背中合わせのように「関係をよくしたい」という世論もまたそれぞれの国に存在していることだ。関係改善に向け、政治家が適切なメッセージを出さなければならない。

調査結果をみると、憲法は国家を縛るものだという近代立憲主義の考え方が有権者に浸透しつつある。国家という存在を懐疑的に見ることができるようになれば、「集団的自衛権を行使できるようにすることで国民を守ってあげます」という政府の主張をうのみにはしない見方になる。

憲法や平和の問題を個人のレベルからも近代立憲主義の観点からも考えるようになってきた有権者。前のめりで強引な施策を押し通す政権は、いずれ有権者の手痛いしっぺ返しを受けるだろう。

世論調査というものは、どんなやり方をしても限界がある。朝日新聞社の調査だからバイアスがかかっているという言い方もされるだろう。しかし、産経新聞・FNN合同世論調査によってさえも、集団的自衛権行使に賛成する声が多数にならないということが確認できるだろう。

連休あけに安保法制懇の報告書が出されるという観測が出されている。報告書は、砂川最高裁判決のアクロバット的解釈で集団的自衛権行使を正当化し、4類型5事例を羅列して、まったく没論理な主張が展開されることが予測される。安倍政権はその報告書に基づき、集団的自衛権の「限定行使」を本当に閣議決定するのだろうか。国民の意見に「丁寧に、誠実に、行儀よく」向き合うというのならば、集団的自衛権行使容認の閣議決定をしてはならない。

4月18日、安倍政権の暴走に危機感を抱いた研究者が「立憲デモクラシーの会」(公式サイト)を発足させた(NHK)。昨年春にできた「96条の会」を発展的に解消して誕生した団体である。私も呼びかけ人に入っている4月25日には、第1回目の講演会が予定されている

安倍暴走車をとめるのは、いまである。

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