雑談(63)そりゃないぜの世界(3)  2007年10月8日

週末から本日まで学会で香川県高松市に滞在している。そこで今回はストック原稿「雑談」シリーズをUPすることをお許し願いたい。読み流していただければ幸いである。

  このシリーズも3回目になった。第1回は7年前、第2回は2年前である。「なんだかヘン」現象についても、そのつど書いてきた。10年前に最初に書いたのは、若者だけでなく、けっこう年輩の人にもみられた「半クエスチョン」「語尾あげ」)だった。これはもう、「死語」だろう。ただ、麻生太郎氏のしゃべり方のなかに、一瞬、その名残がうかがえた。
   ネット作法についても、5年前に書いたことがある。コンビニやファミレスの「接客言葉」が耳についたので、これも一度書いた。学生たちもバイトをしているかもしれないので、ちょっと書きすぎたかな、といまは思っている。

  大学にいると、日頃の学生の会話を通じて、言葉の変化や乱れを感じることがある。例えば、企業の就職面接を受けてきた学生から、「面接官がこんな質問しました」ということを聞くとがっかりする。民間企業には「官」はいない。私学の推薦入試に「面接官」がいないのと同じである。「面接担当者」というべきだろう。新聞記事などにも、私立大学なのに「教官」と書く記者がたまにいる。
  1年生の春学期あたりでは、「先生は、私たち生徒の関心をひく話をしてくれますね」といった、授業の感想を記したメールが届くことがある。私は、返信のメールで、「生徒のいない学校も存在しないが、生徒のいる大学も存在しないよ」と注意し、「直言」の「『私立大学教官』と『大学生徒』」を貼り付けることにしている。
  ある分野の専門職大学院では、院生が自らを「生徒」と呼ぶ場面にも遭遇した。学部を卒業して、「大学院」に進学したのに、まだ「生徒」といっている。そういえば、その専門職大学院関係のネット掲示板では、「生徒」という表現をけっこうみかける。20歳代半ば以降の社会人が多く含まれるのに、である。
  学校教育法では、小学校が「児童」、中学校と高校が「生徒」、大学が「学生」である。ちなみに、児童福祉法上の「児童」は満18歳に満たない者をいい、「乳児」「幼児」「少年」の三つに区分される。そこでの「少年」とは、小学校就学の始期から満18歳に達するまでの者を指す。また、少年法上の「少年」とは、20歳に満たないものをいう。だから、大学には、原則として児童福祉法上の「少年」も、学校教育法上の「生徒」もいないが、少年法上の「少年」は1、2年生のなかに相当数いることになる。


   前ふりはこのくらいにして、「そりゃないぜ」シリーズの3回目として、日頃の個人的な体験のなかで感じたことをオムニバス風に紹介しておこう。


(1)  その1は、講演や授業で「歴史グッズ」を回覧するときのことである。これは、私にとっては相当な「リスク」である2年前にも書いたことがある。だが、いまもこりずに、グッズの回覧は続けている。
   学部の授業ではない場所で、1902(明治35)年の投票所入場券を回覧したことがある。それは、透明ケース(A5サイズ)に入っていた。しかし、「貴重な資料なので、ケースから中身を出さないで、みるだけにしてください」と頼んだにもかかわらず、ケース内のそれは、フチが折れ曲がり、押し込まれた状態でもどってきた。悲しいかな、誰かがなかに指を入れて、引き出して触ったものと思われる。100年も昔のものだから、紙は相当に弱っている。とても悲しかった。
   講演や授業で文献や資料がまわってきたら、その教師は「賭け」のような思いでそれを手元から離すのだということを、わかってほしい。貴重な文献や歴史資料についての尊重と思いやりの気持ちをもってもらいたいと願う。

  なお、「歴史グッズ」は、不特定多数の講演では回覧できないが、好奇心あふれる1年生の大講義や、オープンキャンパスの高校生には、TA(大学院生の教務補助)院生や職員に頼んで、そのグッズが私の手元に確実にもどるよう、常時見守ってもらって回覧することがある。
  このところ、「平成元年生まれ」といわれてきた1年生に、「そんなドメスティック(一国内的)事情で世代を分けてはいけない」と語っている。1989年11月9日以降に生まれた人たちが来年大学に入ってくる。彼らは『ポスト冷戦世代』だ。君たちはまだ『ベルリンの壁があった時』に生まれたんだよ」と。そして、91年2月のベルリン滞在中に、100マルクを払って削りとってもらった「壁」を回覧する。実際に削らせているところの証拠写真と一緒に。彼らはそれを手にとって、とても興奮していた。「歴史グッズ」がこのように受け止められると、私もうれしい。


(2)  その2。人をどう呼ぶかについて。呼び捨て、君、さん、先生、職名(社長、部長…)と、人は場所や状況に応じて、いろいろと使い分けをしている。そのなかで、公的な場でも「君」と呼ぶ世界が、国会である。民間人である私も、参考人として「水島君」と呼ばれた。この世界の独自の「伝統」である。ただし、平場でお互いに呼び合うときは、「先生」とか「さん」と呼んでいて、「君」はあくまでも国会のオフィシャルな場面で紹介するときや、議事録に載せるときである。

  政治家たちが、国会におけるオフィシャルな「君付け」とは違って、メディアに向かって語るときの「君付け」には、ある種の力学がみてとれる。派閥の領袖同士では、みんな「さん」で呼び合っている。若い議員は「先生」を使う。だが、「大勲位」の元首相は、「小泉君はね」とか「安倍君は」といって、「君付け」をしていた。この年齢の人なら、まだ目をつぶろう。だが、一桁台の支持率で辞めた元首相が、前首相を君付けする場面は不快だった。「自分のことを棚に上げて」とはこのことである。この人がいなければ、小泉内閣も安倍内閣もなかったと思えば、偉そうにこの元首相(私が首相と呼ばないできた唯一の人物)が君付けすると、「そりゃないぜ」と叫びたくなる。

  大学でも、けっこう「君」を使う教員がいる。だが、仲間うちではなく、公的な場、とりわけ学生の前で、同僚を君付けするのはよろしくない(慶應義塾大学の慣習は例外)。その昔、公の席で自分の弟子(教授)を呼び捨てにする教授がいた。「そりゃないぜ」と思ったが、その教授が大学を去るまでずっと続いた。これは論外としても、君付けをする人はけっこういる。相手を「君」と呼んだ瞬間、公的な場においては、自分は相手よりも上なのだという「力関係」を示すことになる。年齢・キャリアともに同じような相手について使えば、それは同期の仲間意識のような私的関係を、公的な場で出したことになり、これもあまりよくない。仲間うちでは、呼び捨ても君付けも自由である。しかし、一端、講義や講演、会議といった公的な場で相手を呼ぶときは、師弟関係や仲間意識は表に出すべきではないだろう。

  メディアの世界でも、「そりゃないぜ」という「君付け」が毎朝続けられている。某民放の朝の番組で、その人気司会者は、天気予報を伝える若い女性アナウンサーにだけは、「○○くーん!」と呼びかける。彼女は終始ニコニコしているのだが、どこか顔が引きつっている。台風のときはかわいそうだった。その人気司会者のご機嫌をそこねると、仕事を奪われるという事実上の力関係があるのだろう。天気予報以外の「突っ込み」に懸命に応じている。これはやめてほしい。なお、この司会者は、前首相が辞任表明をするときに直接電話を入れてくるような仲といわれ、番組でも、前首相を過度に擁護する場面が目立った。この人の言動には「そりゃないぜ」がたくさんあるが、これくらいにしておこう。
   ちなみに、 同じ民放の日曜朝のワイドショーでも、「君付け」が気になる場面がある。その番組の司会者は、 上記の司会者より物静かで、好感が持てる が、 彼について唯一気になる ことがある。それは、レポートをしたり、ニュースを読み上げる女性スタッフのことを「○○君」と呼ぶ ときがあることだ。 その番組は 、その司会者が社長をする事務所が仕切っていて、女性たちはその事務所に所属しているという。雇用関係における力の優劣を、番組のなかに持ち込むのはよろしくないだろう。


(3)  その3は「名無しさん」。これを出すかどうか迷った。でも、その後も似たようなメールがごくたまに届く。私への依頼の気持ちはありがたく思いながらも、場合によってはその気持ちがメールではうまく伝わらないことが起こりうる。そういうことも知ってほしい。そして、気持ちよくコミュニケーションをはかっていきたい。そういう願いをこめて、このケースも書き残しておきたい。

  ある地方の団体から、シンポジウムのパネラーの依頼メールが届いた。戸惑ったのは、宛て名がなく、すぐに本文が書かれていたこと。何よりも差出人の名前がない。しかも、本番直前のメール。添付ファイルには、準備段階のメモがある。そのメモで、あてにしていた人がドタキャンしたのだろうことがわかった。私もコーディネーターをやったことがあるから、いろいろ候補者を挙げて調整しつつ、パネリストを確定することの大変さはよく理解できる。だが、内輪の相談がわかるようなメモを、とうの本人に送ってはいけないと思う。

  もともとその日は都合がつかず、お断りのメールを出したが、その際、宛て名と差し出し人が書いていなかったことを指摘した。翌日、その人から返事がきた。驚いた。タイトルは「Re:」だけ。またも宛て名なし、差出人名なし。ただ本文が一行、「ご指摘のとうりです。大変失礼しました。心よりお詫び申し上げます」。メールにあまりなれていない人かもしれない。でも、そういう人に依頼の仕事をさせていることは、その団体にとっては不幸である。こういうメールでは依頼者の心を伝えきれず、受け取った側には、まず引き受けてもらえないだろうから。
   そこで一度深呼吸をして、驚きをおさえてから、今後のためにご注意申し上げたいという趣旨の「追伸」メールを送り、メールマナーの大切さについて書いた。このメールに対する返事は、1年5カ月が経過するも、まだない。

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