核時代のピエロ 2009年8月24日

ルリンのヒロシマ通り6番地にある日本大使館で、8月5日、平和式典が開かれた。

そこでエゴン・バール元西独経済開発相が講演した。「時は迫っている」として米露主導による早期核廃絶を呼びかけ、そのなかで、「核分裂を発見したドイツと被爆国の日本は、核廃絶に向けて特別の役割を担う」ことを強調した。バール氏はノーベル平和賞を受賞したブラント元首相のもとで首相府副長官を務め、冷戦時代の「東方外交」を推進した。今年1月、ヴァイツゼッカー元大統領シュミット元首相、ゲンシャー元外相とともに、「核兵器のない世界のために」という訴えを有力紙で共同提案している(『毎日新聞』8月6日付夕刊)。この式典を最初に報じたNHKラジオ第一放送の6日午後のニュースは、式典が「ベルリンのヒロシマ通りで行われた」と伝えた。運転中、車のラジオから「ベルリンのヒロシマ通り」という言葉が流れたとき、懐かしさで思わず声をあげた。

ベルリン・ヒロシマ通りで「核兵器のない世界」について講演が行われた翌日の「広島平和宣言」には、目新しい点があった。一つは、英文の文章が入ったことである。オバマ大統領とつながる“Yes, we can.”も。もう一つは、原爆投下国として、また最近ではイラク戦争をめぐって、常に批判の矛先が向けられた米合衆国大統領が、初めて「支持」の対象となったことである。

「今年4月には米国のオバマ大統領がプラハで、『核兵器を使った唯一の国として』、『核兵器のない世界』実現のために努力する『道義的責任』があることを明言しました。核兵器の廃絶は、被爆者のみならず世界の大多数の市民並びに国々の声であり、その声にオバマ大統領が耳を傾けたことは、『廃絶されることにしか意味のない核兵器』の位置付けを確固たるものにしました。それに応えて私たちには、オバマ大統領を支持し、核兵器廃絶のために活動する責任があります」。

続けて平和宣言は、オバマ演説−核兵器廃絶−日本国憲法〔9条〕を一つの線につなげていく。

「世界の多数派である私たち自身を『オバマジョリティー』と呼び、力を合わせて2020年までに核兵器の廃絶を実現しようと世界に呼び掛けます。その思いは、世界的評価が益々高まる日本国憲法に凝縮されています」と。

米合衆国大統領の発言を軸にした構成は、平和宣言の歴史始まって以来のことである。もっといえば、米国によって原爆が投下された以上、それを命じた「合衆国大統領」という存在は特別の意味をもってきた。それが「支持」の対象に変わる。これは画期的なことである。だが、「オバマジョリティー」とまで持ち上げていいのか。「私はナイーブ(naive) ではない」というオバマ的な「道義的責任」は、“a moral responsibility”である。不定冠詞“a”の意味は存外小さくないのではないか。ただ、平和宣言では“We have the responsibility. ”と、“the”で責任を強めている。オバマが慎重な表現で一歩を踏み出したなら、世界の市民はその「言質」をとって、それをさらに前に進めていく。リアルな現状認識をもつ秋葉忠利市長の、熟慮の上での言葉の選択を感じる。

オバマ大統領が「核兵器のない世界」のためにどのように具体的行動をとっていくか。方法論の選択を含めて、言葉の美しさに酔えないリアルな現実がそこにある。それは、80年代末、旧東独や東欧の人々が「ゴルビー、ゴルビー」と熱狂的に支持した、ゴルバチョフ書記長の存在の仕方とどこか似たところがある。ゴルバチョフはソ連共産党書記長であり、ソ連軍とその戦略ロケット軍を動かす立場の人間であった。彼がいかに「改革」(ペレストロイカ)と「情報公開」(グラスノスチ)を進めようとも、よって立つ「基盤」がそれをどこまで許すか、はきわめて不安定だった。「いつモスクワの保守派がゴルバチョフを葬るか」というきわどい状況のなか、世界史は進んだ。1991年1月のバルト諸国への軍事介入(内務省軍による形だったが)は、ゴルバチョフの微妙な立ち位置を示すものだったし、最も危ない瞬間は、1991年8月20日のクーデタ未遂事件だった)。したたかなゴルバチョフの計算を超えるドイツ統一、そしてソ連邦の解体。本人の主観的意図と、歴史の歯車の回る速度がずれることはままある。いずれにせよ、「核兵器のない世界」に向けて、歴史の歯車が動きだしたことだけは確かである。

その際、オバマが強大な権力を束ねる「米合衆国大統領」であることを片時も忘れてはならない。また、米国の軍産複合体が、強力な代替策なくして、核兵器システムの果実を捨てることはない。「わが亡きあとに洪水はきたれ」の権化である軍需産業。「市場拡大」のためには新たな戦争の創出もいとわないだろう。

先月、オバマ大統領はロシアとの間で核兵器削減に合意した。プラハ演説を具体化していく上で、初歩的ではあるが、一つの成果といえる。

世界最大の核武装国家のトップが、「核兵器のない世界」を目指すと明言した以上、これを単なるリップサービスにとどめるか、それとも確かな根拠をもった「現実」にしていくか。核抑止と核武装の現実を維持する方向は、米国の政治・軍事の世界ではむしろ「現実」である。いかなる「現実」を選択するか。この二つの道の選択の前に私たちはいる。今年8月9日の「長崎平和宣言」は冒頭で、このことを鮮明に打ち出した。

ところで、北朝鮮やイスラエルなどの「核拡散」の問題、「テロリスト」が核兵器を入手するなどの「核攪拌」の問題がある。その結果「核戦争の民営化」が起きる可能性も完全には否定できない。そのような最悪の事態を引き起こさないようにするにはどうするか。今のままでは、オバマ大統領も「ブレる」ことは十分ありうる。否、むしろ、「核のない世界」実現に向けた方法論として、「核の選択」も完全には否定できない。事態の展開次第では、特定の「ならず者国家」「テロ支援国家」に対する「核の選択」に“Yes”といってしまう「マジョリティ」が形成されないとも限らない。「核兵器のない世界」の中身が、広島・長崎の願いとどこまで一致するか。オバマ大統領が繰り出す政策に対するクールな眼差しが求められる所以である。

だからこそ、広島と長崎の「平和宣言」がともに訴えるように、「世界の多数派の市民」と、「平和市長会議」に示される地方自治体の活動が大切なのである。これらは、平和を求める「非国家的公共主体」(新たな平和のアクター〔担い手〕)といえるだろう。その一環として、「長崎平和宣言」も強調するように、オバマ大統領をはじめとする世界首脳たちの広島・長崎の訪問は重要である。

世界的に有名なデザイナー・三宅一生さん。広島生まれで、7歳の時に原爆の閃光を体験している。三宅さんが『ニューヨークタイムズ』(7月14日付)に寄稿した文章が、『朝日新聞』7月16日付「オピニオン」欄に転載された。そのなかで三宅さんは、オバマ大統領を8月6日の平和祈念式に招待したいという市民の声を紹介して、こう述べている。

「オバマ大統領が、広島の平和大橋(彫刻家イサム・ノグチが自身の東西のきずなへの証しとして、さらに人類が憎しみから行ったことを忘れないための証しとして、デザインした橋)を渡る時、それは核の脅威のない世界への、現実的でシンボリックな第一歩となることでしょう。そこから踏み出されるすべての歩みが、世界平和への着実な一歩となっていくと信じています」。

8月6日に広島、9日に長崎。各国首脳の「訪問外交」を自治体と市民の平和活動として押し進めていく意義は大きい。だが、2009年のこの日、広島をまったく違ったタイプの人物が訪問した。「ヒロシマの平和を疑う!8.6田母神講演会」。写真右側がそのチラシであり、下段は7月27日付『中国新聞』29面の「意見広告」である(これについては、NHKラジオ第一放送「新聞を読んで」でも触れた)。

8月6日がどんな日かは、全世界の人々が知っている。その広島にやってきて、メルパルク(広島郵便貯金会館)という平和公園に近い会場で、核武装の必要性を説く。この非常識な人物は、「北朝鮮の非常識な行動について、平和宣言が語っていない」から、それを教えにきたのだという。だが、平和宣言は、「核実験を強行した北朝鮮等」という表現で、北朝鮮の問題にはっきり言及している。よけいなお世話だった。

この人物はいう。「核には核しかない。保有国同士は報復を恐れ、先制攻撃はできない」と。こんな単純な核抑止論は、いまや米合衆国大統領も語らなくなっている。ましてや、「3度目の核攻撃を受けないため、日本は核武装すべきだ」という主張を、「8.6の広島」であっけらかんと語る姿は、いつまでも核時代にとどまろうとするピエロ以外のなにものでもない。それは同時に、数十万の原爆犠牲者とその遺族、いまなお後遺症に苦しむ人々に対する冒涜といえよう。

もちろん、日本国憲法の保障する表現の自由はきわめて重要なものである。ドイツ基本法(憲法)の「たたかう民主制」(自由の敵には自由を与えない戦闘的民主主義)とは異なる。ナチスのシンボル、ナチス的挨拶、「アウシュヴィッツはなかった」などの表現行為に対して刑事罰を科すようなことは、日本国憲法のもとでは違憲となる。仮に、8月6日の広島や9日の長崎で、「米国による原爆投下は正しかった」という講演会が開かれたとしても(それは今後ありうることである)、これに対して行政が公民館の使用を禁止したとしたら、それは憲法上問題となる。私がNHKラジオ「新聞を読んで」で、「より研ぎ澄まされた平和の論理の構築が求められている」と指摘したのは、そのことを踏まえてのことである。

広島の『中国新聞』はこの講演会をベタ記事で扱った。それも原爆や被爆関係の記事が集まる第1、第2社会面ではなく、第3社会面の、「不登校3年ぶり減」という記事の下にわずか36行。ストレートニュースとしての扱いにとどめた。これに対して、上記の写真左側の『東京新聞』8月7日付は、批判的な視点から、「田母神氏、核武装論の講演強行」「『原爆の日』広島に波紋」「市民反発『配慮ない』」と、写真入りで詳しく伝えた。

この人物は、広島県内では、この2月から半年の間に、呉、廿日市、三原、福山で講演している。そして、8月6日 、広島市中区で講演したわけである。1300人の聴衆が参加したという。携帯に届いたメールによると、「やや中高年が多かったが、20、30歳代の姿もありました」。講演はこの日も、「こんにちは。“危険人物”の田母神俊雄です」といって会場をわかせてから始まった。役者というよりは、政治芸者の域に達している。そして、その日午前の平和宣言を念頭に、「核廃絶は絶対できない。夢物語にすぎない」と断言した。そして、「各国首脳も核武装して強い国になったほうが国が安全になると考えている。核兵器の戦争に勝者はない。だから大きな戦争にもならない。日本も世界の中で生きるために核武装を追求すべきだ」と語った(『東京新聞』8月7日付)。

核廃絶はきわめて困難な課題だが、それを「絶対できない」と言い切れる根拠は何か。この人は、「核兵器よ、永遠なり」という「核信仰」に近い考えの持ち主なのだろうか。

オバマ大統領が「核のない世界」を主張しているのに、自衛隊の最高幹部だった人物が核武装を主張することは、いまの国際的な脈絡では、核不拡散体制からの離脱も視野に入れていると受け取られる。その結果、日本の位置は、北朝鮮の立場に限りなく近づく。この発言は、あまり使いたくはない言葉だが、それこそ「国益を害する」ものではないか。 この人物の思想と行動については、半年前に詳しく書いたので立ち入らないが、その「歴史観・国家観」の際立った特徴は、米国を含む「白人国家の侵略」という観点である。「8.6」に、この人物が講演したというだけで、世界に対する「広島発、不信の平和メッセージ」になってしまった。

自衛隊イラク派遣を憲法違反とした名古屋高裁判決に対して「そんなの関係ねぇ」と言い切る人物だから、「8.6広島」で何をいおうが、「そんなの関係ねぇ」という心象風景なのだろう。 『WILL増刊・田母神俊雄全一巻』(ワック出版、2009年8月)に直筆の履歴書が載っており、その自己PR欄には「酒と女は2ゴウまでと決めています」とある。合理的思考で向き合うことが困難な人物であり、存在そのものがピエロと化しているようにも思える。

その自衛隊の準機関紙『朝雲』6月11日付コラム「朝雲寸言」。そこに面白い指摘を見つけた。「個人であろうと国であろうと、一見して非合理な行動をとる背後には、非合理な事情がある」と書き出し、このところの北朝鮮の「ミサイル」発射や核実験の背後に、「金正日の息子への権力委譲を正当化するという、時代錯誤の非合理な政治的動機があるらしい」として、核実験は、神話のない息子に、「核保有国」という新たな神話を作るためのものとみる。そして「今、北朝鮮が一番困ることは何かといえば、世界から無視されることだ。無視と無言の懲罰こそ、最大の戦略だ」と書いている。

「核兵器のない世界」に向けて人類が歩みだそうというとき、「核兵器よ、永遠なり」とわざわざ広島の「その日」に講演に出かける非常識な人物に対しては、金正日に対してと同様、「無視と無言」こそ、ふさわしい。地元『中国新聞』の黙殺に近い扱いは、その意味で賢明だったといえるかもしれない。

この「核時代のピエロ」の賞味期限もやがてくる。核時代の終わりの始まりに、このようなピエロが「8.6広島」にきたことも、いずれ人々の記憶から消えていくだろう。

他方、プラハで「核兵器のない世界」を呼びかけた人物が、「核兵器のない時代へのヒーロー」となれるかどうかは、まったく未知数である。作家・辺見庸が注目する、オバマの「眼にときおり差す、暗く冷たい、じつに不可解な影」、その「眼の翳り」には、「理想主義と現実主義の自己断裂」からくる何ものかがある(辺見庸「水の透視画法」第34回「オバマ氏のプラハ演説」『山梨日日新聞』8月14日付文化欄)。オバマの今後への注意を怠ってはならないだろう。ともあれ、まずは、この人物が広島と長崎を訪問するところから、歴史は始まる。

[付記]今回の直言執筆にあたっては、広島在住あるいは旅行中の水島ゼミ関係者の協力を得た。記して謝意を表したい。

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