大学と「世間」(その2)――大学「再生」への道 2009年12月21日

8年前、この「直言」で「教育がやせてきた」を出した。前回具体的に書いたような事態が生まれる少し前の時期だったが、すでにその兆候は随所に見られた。6年前の2月、「大学がおかしい」を書いた。国立大学の独立行政法人化と法科大学院が発足する2カ月前。時は小泉「構造改革」のまっただなか。早稲田でも「改革」が先取り的に実施されていた頃である。

当時、「国際競争力」とか「グローバル・スタンダード」といった浮ついた理由づけが熱病のように広まっていた。どんな仕組みや手段が適切なのか、また必要なのかについての十分な検討も熟慮もなしに、長年行われてきた仕組みが改変されていった。どの分野でも、「結論先にありき」の傾きに抗しがたく、とにかく「待ったなし」で「改革」は進んでいった。今にして思えば、じっくり議論すれば化けの皮が剥がれるから、急ぎ実現しようとしたとしか思えないような勢いだった。その前には、「やましき沈黙」が支配した。

大きく分けると、大学の「変貌」には歴史的に2つの節目があるように思う。1つは91年の大学設置基準の「大綱化」であり、もう1つが国立大学の独立行政法人化である。

前者は、橋本内閣で「開花」する規制緩和路線の大学における先取りだった。後者は、小渕内閣が「国家公務員20万人削減」を打ち出し、その帳尻合わせのため、国立大学の教職員を非公務員化する、ということから始まった。不純な動機だった。でも、「名前が変わるだけ」ということで、国立大学の多くは楽観的に構えていた。しかし、法人化は大学の風景を大きく変えてしまった。

国立大学独法化法施行の4日後に組まれた新聞の特集記事には、「教授にもタイムカード!?」「成果主義拍車『学問の自由侵される』」「大改革準備たった8カ月」という見出しがおどる(『東京新聞』2004年4月5日付特報面)。この時はまだ危惧されていたことが、その後、劇的に展開していく。

大学の運営に企業の経営論理が竜巻のように侵入し、いまや大学全体をおおっている。採算性と競争原理が、大学という世界に無理やり持ち込まれるとどうなるか。事務部門にその種の発想をもった「優秀な」人材を登用した結果、大学教員を管理し、動かすことに使命感をもつような職員(幹部)も増えてきた。壮大なる勘違いである。

教員管理も来るところまで来たようだ。九州大学の木佐茂男氏からメールがきて、長崎県立大学教授懲戒事件を知った。木佐氏自身も、九大でかなり苦闘されていることがわかる。私の札幌時代、木佐氏は北大法学部勤務だったが、生き生きと研究されておられた姿が目に浮かぶ。特に名著『人間の尊厳と司法権――西ドイツ司法改革に学ぶ』(日本評論社、1990年)は、ドイツ在外研究中に各種の裁判所や司法関係者を徹底して取材した成果である。この本が基礎となって、映画『日独裁判官物語』(1999年)はできた。木佐氏と氏がいま置かれている状況は、この間の大学の変化を物語っている。

国立大学の独法化は、私立大学の「私化」をさらに促進した。早大はその「先頭」に立って、さまざまな施策を実施していった。そもそも大学は、ある意味で、壮大なる無駄である。収益を考えたら、これほどペイしないものも珍しい。だから、税金による助成は不可欠なのである。逆説的に言えば、そこに大学の存在理由がある。だが、企業原理が大学に浸透し、とうとう「株式会社立大学」に至ってしまった。「構造改革特区」制度に便乗して、株式会社が設立した大学である。私立大学を設置できるのは学校法人に限られてきたが、2003年の小泉改革で規制緩和が進み、営利企業に学校設立を認めたのである。こういう形態の大学もいくつか生まれた。

昨年、大阪のLCA大学院大学が、学生募集を停止したという記事が出た(『読売新聞』2008年12月17日付夕刊)。よく似た名称の大学が他にもあるが、株式会社大学という発想そのものに、そもそも無理があった。小泉・竹中が「逃亡」して、残ったのは壮大なる荒野である。まさに株式会社立大学は、「小泉改革の遺跡」の一つになるだろう。

学生=消費者論も喧伝され、親もまた消費者として製品に口を出すように、大学にクレームを言うようになってきた。大学は大学らしい見識を失い、これに迎合していった。

私も医学系の私学に息子を通わせたので、親の学費負担の厳しさはよ〜く理解できる。だから、私学で働くものとして、親の学費負担については大変申し訳ないという気持ちがある。だが、子どもを大学に通わせるということは、「債権の早期回収」の発想で考えてはならない。親御さんには、ただただ、お子さんの未来を信じ、見守ってほしい。

「役に立つ」のかどうかを基準にして物事を判断すると、大学という世界では大きな間違いをおかす。役に立たないが、ためになること、成果が見えるかどうかも分からないことにじっくり時間をかけるのが大学である。「世間」の価値観とズレることもある。大学だけは「壮大なる無駄」ができる唯一の場所なのである。

「改革」のなかで、資格をとることに特化した大学院も生まれた。専門職大学院である。この制度の功罪を含め、根本的な総括が必要となっている。「功罪」といったが、私は「罪」の方が大きいと考えている。学部教育には、理念的にも、実際的にも大きなマイナスをもたらした。

専門職大学院というのは、大学に持ち込まれた「異物」(Fremdkörper)である。それは、大学の「文化」を確実に変えていった。学内には、当初はとまどい、抵抗もあったが、いつの間にか「定着」してしまった。それしか知らない学生たちばかりになると、教員も次第にそちらが「常識」となっていった。

何よりも、大学における一番の危機は、私自身を含め、学問の自由が縮減されることに馴れてしまったことだろう。著名な憲法学者が、2005年1月の最終講義で述べた言葉が忘れられない。「皆さんが社会に出てから、大学をやさしく見守ってほしい」と。数年後には卒業して、「世間」の一角をしめることになる学生たちに、大学でやることをもっと長い視野で見守り、すぐに成果を求めないように、と。「大学の常識は世間の非常識」と言われる。だが、「世間」の常識に急いで合わせる必要はない。「われ遊ぶ、故にわれあり」。この憲法学者が好む言葉である。

大学教員には、ゆったりとした時間の確保が決定的に重要である。研究は細切れの時間ではなく、まとまった時間を必要としている。

研究者が落ちついて研究が出来なくなった時、学問の発展も停滞する。競争資金に応募して、研究費は自分で調達せよ。その資金は限られた期間に、限られた額を使い切れ。報告書を適時に出せ…。こんな「結果への強迫(オブセッション)」のなかでゆっくり研究などできない。

研究というのは波があり、スランプもある。そんなに整然と結果が出せるものでもないのに、研究者は懸命に結果を出そうと、期間内の報告書作りに精を出す。これで落ちついた研究ができるはずもない。私はこうした「競争」から離脱すると決めている。膨大な書類書きをする時間があったら、自分の原稿を書いた方がはるかに生産的である。金は何とか自分で工面する。巨大資金を得て、膨大な共同研究を設定しても、やり方や中身によっては、目的と手段が逆転した「ハコモノ」的思考、巨大公共事業と同じ発想に陥る危うさをもっている。研究はどこまでも個人的なものである。これが基本である。共同研究というのは、その基礎の上に成り立つ。だが、本末転倒は至る所に生まれている。私は、こうした現代的傾向から降りて、「金」よりも「時間」を獲得するため、講義と会議の合間をぬって、時間探しに懸命に努力している。いま多くの大学教員は、「もっと光を!」ならぬ、「もっと時間を!」が本音だろう。

5年前、日本公法学会の学界展望欄を担当したことがある。2年連続で、その年に出された憲法関係の文献を整理して紹介するとともに、憲法学の課題について触れるという大変な仕事だった。私はその「学界展望」の冒頭の文章のなかで、次のように指摘した。それは、たくさんの学問的テーマがあるのに、それを論じた論文がない。それを書くべき人が法科大学院の雑務に忙殺されている。そうした「失われた学問」への哀惜の念と怒りを込めて書いたのが下記である。ほとんど入手できない学会誌のなかの一文を引用しよう。

…大学における憲法研究と憲法教育という観点から見た場合、その「行く末」をめぐっては決して楽観を許さない。本年〔2005年〕4月に死去した高柳信一の名著『学問の自由』(岩波書店、1983年)を執拗低音のように貫流する、学問の自由に関する三つの「分析視角」、とりわけ教育研究の「両面相反価値性(アンビヴァレンス)」の問題は、いま、いっそうの重みをもって響く。ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』によれば、大学とは「遊び」に起源をもち、それは「自由な行動」、「非日常性」(必要・必然からの自由、目的−手段連関の「外」にあること)、「完結性・限定性」からなる。しかしながら、国立大学独法化や法科大学院など、この間のさまざまな「改革」が現場にもたらしたものは、これとは正反対の「必要」への従属、「結果」への強迫、「自由な時間」の喪失といった現在進行形の影響だった。今回、憲法に関わる文献の「流通現場」を概観しながら、あらためて憲法研究者の「生産現場」の悩ましい状況に思いをはせた。全国各地で、登場すべくして登場しないで眠っている(眠らされている)珠玉の作品群が、できるだけ早く注目されることを祈るほかはない。「自由な時間」(スコレー)への切々たる思いは、憲法研究者(法律科目担当者)の「健康で文化的な最低限度の生活」を問い直さずにはいられないだろう。それは、今後の後継者たちの人的供給のありよう、その学問体系や内容、憲法研究者のありようなどへの影響とも絡んで、現在および将来の憲法学にかかわる重要な問題を含んでいる。…
(日本公法学会『公法研究』67号〔2005年〕288頁より)

では、大学に「再生」の可能性があるだろうか。私は決して悲観していない。

前提として確認すべきことは、そもそも大学は、社会からも(「世間」からも)自律性を保つ必要があるということだ。社会や国家による介入を免れて、学問の純粋な「理念」を貫徹しようとすれば、大学は自らの任務と活動に責任を負い、かつ他からの干渉を受けない。これが、ベルリン大学の創設者ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが説いた「孤独と自由」である(詳しくは、西山雄二編『哲学と大学』未來社、2009年参照)。大学は、目先の競争や社会の喧騒から免れ、純粋に学問を追求する。そこに大学の存在理由がある。大学の原点には、「孤独と自由」が根底にあるべきである。私は、戦後すぐに生まれた「鎌倉アカデミア」のような、素朴で純粋な学びへの心こそ、いまも大学の原点であるように思う

2008年のノーベル物理学賞を受賞した京都大学名誉教授の益川敏英さん。授賞式で、自己の戦争体験を日本語で語った個性的な方である。受賞後に文部科学大臣と会った際、大学の基礎研究が軽視されていることを批判した。テレビのニュースでそれを知ったとき、思わず手をたたいた。すごい賞をとったすごい人が言うから説得力がある。だが、大臣の反応はなかった。

益川さんの著書『学問、楽しくなくちゃ』(新日本出版社、2009年10月)を、通勤電車のなかで一気に読了した。講演の記録をまとめたものだが、印象的な言葉が並ぶ。

大学の役割は基礎研究にあるとして、こう続ける。「大学での基礎科学を枯らしてしまったら、100年後、社会は大きなダメージを受けることになります。このところ大学は、国立大学の法人化とか、研究費の削減とか、いろいろな形で基礎科学を切り縮められているのですが、このことは大きな問題だとぼくは思っています」。そして、大学は最終的には科学の発展に責任を負いながら、研究成果は最終的には人びとに役立つものでなければならないが、急ぎすぎてはいけない。「いま、『競争的資金』ということで、研究者自身が研究費を獲得するためにあまりに力が消耗されている傾向を感じます」「『評価』にあたっては、その学問なり研究が『面白い』と思える判断を下せる能力が重要だと思います」「『今すぐ役立つかどうか』という物差しで『評価』するのはまずい」「『第三者評価』ということもよく言われますが、…その研究テーマを研究している研究者以外は本当の面白さは分からないという側面があります」「学問の発展とは無関係な『評価』になってしまう」。こう述べて、益川さんは、「競争的資金」や「第三者評価」の過剰傾向を批判。「私は、『そうしたことをしてしまったために科学の発展が遅くなってしまった』となるような時代が必ずくると思っています」「100年後に役に立つ科学もある」と指摘している。益川さん自身のノーベル賞受賞も、実際の研究成果発表からかなり時間がたっていただけに、実に重い言葉である。

「構造改革」の大学版が全国の大学を席巻したが、いま、その荒野からの復興が課題である。文部科学省も「大学院重点化政策」からの「転進」をはかるかのようだ。きっかけは6月5日、全国の国立大学に対して出した、博士課程の定員削減を要請する通知である。教員養成系学部の定員削減も求めているので、2008年発足した教職大学院制度にも影響を与えると予測されている(『毎日新聞』2009年6月6日付)。だが、2カ月後に政権交代が起こり、新政権は教員養成を6年かけ、修士課程修了を条件にするという方針を出した。この間、大学は、文部(科学)省の方針転換の連鎖にふれまわされてきた。またも迷走は続くのか。予算を握り、補助金でつるこの役所は、大学への絶大なる力を発揮する。佐官クラスの「小僧」の横暴で国の行く末を誤った海軍軍令部とよく似ている

11月6日、文科省の国立大学法人評価委員会は、全90法人の2008年度の業務実績評価をまとめ、そのなかで、大学院修士・博士、専門職大学院のいずれかで学生数が収容定員の9割に満たない大学が12校あるとし、これらの大学に、国から受けた運営費交付金の一部返納を求めるという(『産経新聞』09年11月7日付)。大学院教育の荒廃は、この間の「改革」の一番大きなツケである。定員未充足だから返納せよというやり方は安易すぎる。大学が落ちついた研究の場でなくなったことへの反省をしっかりして、大学院教育の再興をはかるべきだろう。

民主党の「マニフェスト」に関連して、『民主党政策集 INDEX 2009』がある。そこに「大学改革と国の支援のあり方」という項目がある。「産業振興的な側面ばかりでなく、学問・教育的な価値にも十分に配慮を行います」「自公政権が削減し続けてきた国公立大学法人に対する運営費交付金の削減方針を見直します」という下りがある。あまりに産学協同的な行き過ぎを是正し、基礎研究を重視した方向性に支援を強めるということならば大いに歓迎である。基礎研究の大切さを説いた、前述の益川教授の言葉をしっかり踏まえて、新政権は大学の再生に取り組むべきである。大学人もまた、大学の存在理由を確認しながら、そのために努力すべきだろう。私も微力ながらがんばりたいと思う。

11月初旬に脱稿した大学関係の2本が、今年最後を締めくくることになった。年の始めに、「9」の付く年には大きな変動が起きると書いたが、その通りになった。来年が、世界にとっても、日本にとっても、読者の皆様にとっても、よりよい年になることを!

 

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