「抑止力」を疑え―鳩山首相の最後のチャンス 2010年5月10日

5 月4日、鳩山首相が就任後初めて沖縄を訪問し、「県内移設」を表明した。 「最低でも県外」と言ってきた 首相の「最低の結論」である。 これまでの発言との整合性が問われる。 4日付『沖縄タイムス』号外1面の見出しは、「普天間『県民に負担を』」「知事と会談 迷走を陳謝」。 「日米同盟や近隣諸国との関係を考え、抑止力の観点から海外は難しいという思いになった」という。普天間周辺住民との対話集会でも、その後のぶらさがり記者会見でも、 「米海兵隊の存在は、必ずしも抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていた。学べば学ぶほど抑止力〔が必要と〕の思いに至った。〔認識が〕浅かったと言われれば、その通りかもしれない」と語った。あらゆる立場の人が共通して、 「何をいまさら!」と言いたくなるほどに、首相としての見識を問われる発言である。走り回る「迷走」ではなく、何もせず「瞑想」していたのかという悪口も聞こえてきそうである。

鳩山首相が昨年の総選挙前に発した「最低でも県外」という言葉は限りなく重い。それは次のような言葉とセットだった。「米政権と徹底的に議論して信頼関係を築けば、何事も不可能ではない」と。前政権とは異なり、米国との対等な交渉をやって、 基地の県内移設ではない形での解決を模索するという期待を持たせた。 この発言は支持され、民主党など野党が沖縄で全議席を占めたのである。 ところが、「〔「最低でも県外」という〕公約に反する」という質問に対して、鳩山首相は「公約ではなく、〔民主党〕代表としての考えだった」と逃げた。 これは首相として、政治家として、最も避けるべき言葉だった。

大事なことは、普天間飛行場「移設」の前提に置かれている、米海兵隊の「抑止力」なるものについてである。ここでもう一度考えてみよう。 鳩山首相が沖縄海兵隊の存在について一時は疑問をもったことに、実はそこに重要な「芽」があった。『読売』や『産経』5日付は、安全保障の基礎である「抑止力」への認識が欠けると首相を批判しているが、 そもそもメディア主流の「同盟思考」一辺倒の発想こそ その時代錯誤性が問われているのである。 この点で、 防衛省官房長まで務めた柳沢協二氏が、普天間の海兵隊の「抑止力」に疑問を提示していることは注目される。 実際、普天間には10数機の固定翼機と30数機のヘリコプターが常駐していると言われるが、たびたび国外に派遣され、普天間がもぬけの殻同然になる場合も少なくない、と地元紙は伝えている(『琉球新報』5日付社説)。「QDR2010」(4年ごとの国防計画見直し報告)をしっかり分析して、米軍の全体計画のなかで、沖縄海兵隊の位置づけを検証していけば、 辺野古沖に新たな基地建設を行う積極的意味や必要性は、実は米側からも出てこないことがわかるだろう

MV22「オスプレイ」 を運用できる新基地をご所望の米国に、どこまで迎合すればいいのか。「抑止力」の実態を解明し、普天間基地の必要性の低下、海兵隊を沖縄に置いておくことが「抑止力」で正当化できないことを主張して、粘り強く対米交渉をしていけば、必ず道は開けるはずである。米国に向かって腰を据えた交渉もしないうちに、沖縄の人々に向かって、「抑止力の観点から難しい」などと簡単に言ってほしくはなかった。

『琉球新報』4日付社説は、鳩山首相の腹案は「福案」ではなく結局、辺野古に戻る「覆案」であったとして、安易な「抑止力」論についてこう断ずる。「県民は…国民の命を脅かし、生活を破壊し続けている駐留米軍の犯罪、演習・騒音被害の脅威に対する『抑止力』を求めているのです。あなたは『対米追従』から『緊密で対等な日米関係』への転換を目指すと約束しました。 しかし、平時に同盟国軍隊の犯罪や爆音被害すら抑止できない内閣が、有事の敵国への抑止力を訴える空論に気付くべきです」と。

このまま進めば、普天間「代替施設」と海兵隊グァム移転のため日本が1兆円を超える税金を支出することになる。「事業仕分け」で削った金額など、虚しくなるような額である。 もはや、鳩山政権が、「事業仕分け」で税金節約をアピールしても、誰も評価しないだろう。また、前政権の「合意」に戻るだけではなく、 徳之島に新しい基地をつくる方針まで示唆してしまった。 徳之島の全有権者の過半数が直接示した反対意思は重い。

それにしても、5日「子どもの日」の『朝日新聞』を読んで情けなくなった。主筆なる人物の「拝啓 鳩山由紀夫首相」という長文コラムがひどい。「タフ・ラブ、つまり愛の鞭が必要だ」という米政府要人の言葉を紹介しながら、「民主党政権を子供のうちにしつけておかないとそのうち、ぐれてしまうと懸念しているようです。日本の民主主義の未成熟と戦略的思考の未発達を言い立てられているようで、何かマッカーサーのあの『日本人は12歳の少年』発言まで想起してしまいました」と書いている。ワシントンでこの原稿を書いた主筆の「上から目線」に対して、現場で苦闘するこの社の記者たちはどう思っただろうか。

首相の最終結論は「5月末」ということである。これまで首相は、外務・防衛官僚や米国務省エージェントのような与党政治家たちからしか「学ぶ」機会がなかったのだろう。昨日の沖縄訪問は相当「勉強になった」ようである。その体験を基礎にして、3週間余、当初抱いた「抑止力」への疑問ともう一度真摯に向き合い、沖縄と徳之島の声を背に、「最低でも県外」という「公約」を果たすために全力をあげるべきである。

  基地問題は「沖縄問題」ではない。 この国の安全保障の根本問題である。いつまでも惰性で基地や米軍=「抑止力」と考えるのはやめにすべきである。そして、国内のどこにでも米軍基地が置ける「全土基地方式」を採用した、まともな主権国家では考えられない不平等条約である「日米安保条約」の根本的見直しの議論に着手すべきである (水島朝穂インタビュー「迎合、忖度、思考停止の『同盟』」『世界』〔岩波書店〕2010年6月号〔近刊〕参照) 。なお、 水島「米軍transformationと自衛隊の形質転換」(法律時報臨時増刊『安保改定50年――軍事同盟のない世界へ』日本評論社〔5月31日発刊〕) も参照のこと。
付記:冒頭の写真は、 世界各地に展開する米軍基地の将校ハウスや士官用クラブなどのマッチである。 コレクターの米軍関係者から数十個まとめて入手した。 なお、チャルマーズ・ジョンソン(元CIA顧問) 「米軍に普天間基 地の代替施設は必要ない!日本は結束して無条件の閉鎖を求めよ」 を参照。

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