秘密保全法で何を「保全」したいのか(その2・完) 2012年6月4日

日は「六・四天安門事件」の23周年である。ということは、その5カ月後に「ベルリンの壁」崩壊23周年がやってくる。これだけの歳月が経過しても、天安門事件で実際に何人の学生・市民が死んだのかを含めて、真相は依然として闇のなかである。作家や人権活動家などへの弾圧も続いている。5 月29日夜には、中国で流れていたNHKの海外ニュースが突然中断させられた。当時の北京市長の回顧録が紹介されたからだ。元市長は、民主化運動が弾圧された天安門事件を、「後悔すべき惨劇」と総括していた(『産経ニュース』5月30日)。この表現を中国当局が嫌い、それを伝えるニュースを市民の目から遠ざけようとしたわけである。だが、多くの市民はこの情報をネットで入手しているはずであり、テレビ放送を強制中断させるような稚拙な手法は、いずれ中国でも「後悔すべき喜劇」となることを期待したい。

先週、中国絡みで起きたもう一つの事件は、『読売新聞』5月29日付の一面トップを飾った「中国書記官スパイ活動」である。一体何が「スパイ」なのか。そのあたりがいま一つよくわからない。もちろん中国政府は疑惑を断固否定。そもそも秘密活動はそれ自体が秘密であり、「スパイをしていました」と正直に認める国はないだろう。だから、これがスパイ活動なのか、そうでないのかは、これだけでは判断しようがない。ただ、各紙のトーンが微妙に異なっているのが興味深い。『読売』は5月30日付も一面トップを維持し、「書記官 農水機密に接触」とある。農水副大臣と親交があったから、と。「農水機密」という言葉に初めてお目にかかった。その最高機密は「福島第一原発の影響を受けた国内のコメの需給見通しに関する文書」だそうである。『読売』は、この書記官が「農水大臣と知り合い」ということを企業側に喧伝していたことを問題にしている(31日付夕刊)。しかし、スパイというのは、誰々と知り合いだと派手に言うだろうか。少なくともこのケースに関する限り、スパイというイメージからは相当距離のある行動が目立つ。

 『産経新聞』が『読売』よりも激しいトーンになるのは当然としても、他紙は少し控え目で、距離を置いているようにも思われる。例えば、『朝日新聞』は、「スパイをするようには見えない」という言葉を見出しに使い(30日付)、「中国書記官、蓄財目的か」(31日付)、「中国書記官夫婦で役員 数十万円『バイト』」(『毎日新聞』30日付)など、金銭目的に比重を置いている。きわめつけは、上記の写真左下の『東京新聞』31日付「こちら特報部」の記事。「単なる私腹肥やしか」「リーク説 秘密保全法制への布石」という見出しを打ち、「秘密保全法が必要だという社会的な雰囲気を醸成しようとしている」という弁護士のコメントを結びにもってきて、完全クェスチョンモードである。

 『読売』29日付の「スクープ」で始まったが、従来から、この種の事件は「すべてを疑え」が鉄則である。秘密保全法が浮上しているまさにその時に、絶妙のタイミングで出てきた「中国スパイ摘発」。『東京新聞』が指摘するように、秘密保全法制定への「リーク」の臭気も漂ってきた。

 前置きが長くなったが、今回も引き続き秘密保全法について述べていこう。

 秘密保全法案という法律案はまだ存在しない。政府の「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(長・縣公一郎早大教授〔行政学〕、委員・長谷部恭男東大教授〔憲法学〕ほか3人)の報告書(2011年8月8日)が、法制化の基本的骨格を示している(→ここからどうぞ)。それは、大きく分けると3つの柱からなる。

 第1は、従来の秘密保護法制がカバーしていなかった、「国の存立にとって重要な情報」を、「特別秘密」に指定してこれを保全することである。第2は、秘密にアクセスできる者について、「適性評価制度」を設けることである。第3に、「特別秘密」を漏らした者を厳しく罰する等々、広範な処罰規定を置くことである。

 第1に、「特別秘密」とは何か、である。報告書は、(1)国の安全、(2)外交、(3)公共の安全及び秩序の維持、の「3分野」からなるとする。別表で「特別秘密」に該当するものを具体的に列挙するとともに、「我が国の防衛上、外交上又は公共の安全及び秩序の維持上特に秘匿することが必要である場合」というような形で絞りをかけるという。だが、別表のリストアップの仕方や、秘密指定権者が「特に秘匿することが必要である場合」に該当するかをどのように判断するかによって、「特別秘密」の範囲は伸縮自在であり、これで限定されたと考えるのは甘いだろう。とりわけ、(3)の「公共の安全及び秩序の維持」はあまりに漠然としている。これは、市民の権利自由を制限する古今東西の憲法や法律の一般条項として、使い古されてきた言い回しである。

前回触れた警視庁公安部の秘密情報のようなものだけではない。原発をめぐる情報も「公共の安全及び秩序の維持」として秘匿しうる。例えば、福島第一原発からの放射能漏れがいかに深刻かという情報も、住民の間にパニックが起きないようにするため、その意味では「秩序の維持」という観点から「特別秘密」として扱うことも可能である。

 先々週、国会の事故調査委員会において、当時の首相や官房長官、経産大臣らの証言が行われた。いずれも、語るに落ちるものだった。結局、原発事故の対応でパニックを起こして右往左往していたのは政府・東電の幹部だったことがよくわかった。もし「3.11」の時に秘密保全法が存在していたら、彼らの無様な右往左往もまた、政府が機能不全状態だった事実が知られてはまずいという「秩序の維持」の観点から、「特別秘密」として秘匿されたかもしれない。「特別秘密」は、その時々の権力担当者の意向で、いかようにも拡張され得るのである。

 次に、「特別秘密」の作成・取得の主体をどうするかも問題となる。報告書は、国の行政機関だけでなく、独立行政法人や地方公共団体、限定付きながら民間事業者や大学が作成・取得する情報も、「特別秘密」の扱いを受けるとしている。これにより、秘密に関わる者は大学から民間にまで格段に広がっていく。学問の自由や大学の自治との関係で、「特別秘密」なるものを大学に無造作に持ち込むことには問題があろう。

 第2に、「特別秘密」を取り扱う者の人的管理の徹底である。今回初めて、「適性評価制度」が導入される。これは、セキュリティクリアランスという仕組みである。秘密に接近しうる者は、「配偶者など」の関係から、渡航歴、信用状態、アルコールの影響、精神病院通院歴など、個人事項を徹底的に調べられる。「配偶者など」とあるから、当該人物をめぐる人間関係が、親族から友人、知人、恋人、愛人、メル友に至るまで調べられることになろう。当面は本人の同意を得た上での調査だそうだが、「身近にあって対象者の行動に影響を与えうる者」への調査には同意は必要ない。この「適性評価」がどのような内容で、かつどのように運用されるかについては、すべて秘密である。情報公開法で開示された「有識者会議」の配付資料のなかで、全文黒塗りは「秘密取扱者適性確認制度の概要」だけだったという(井上正信『徹底解剖・秘密保全法』かもがわ出版、2012年参照)。秘密があるかどうかも秘密、何が秘密であるかも秘密、秘密を取り扱う人の取り扱い方も秘密…。まさに「生まれも育ちも中身も『秘密』に包まれて」というわけである(井上・前掲書のサブタイトル)。

 第3に、広範な処罰の仕組みについて。罰則は最大懲役10年である。たくさん問題があるが、ここでは3点だけ指摘しておく。

 まず、故意の漏洩行為のみならず、過失漏洩が処罰されることである。当面は「特別秘密」を取り扱う者について考えられているが、業務の遂行の過程で「特別秘密」の伝達を受けてそれを知ってしまった人(「業務知得者」という)についても、過失処罰は「更に検討する必要がある」とされており、過失処罰の可能性を残している。

 刑法総論的に言えば、故意と過失とは大きな違いがある。それは、殺人と過失致死を比べればわかるだろう。刑罰法規では、過失は原則として処罰されない(刑法38条1項)。あえて過失処罰を法律に書き込んで初めて処罰の対象となる。「特別秘密」の漏洩について、「うっかり漏らしてしまった」という過失を処罰することで、漏洩に対する「抑止力」を高めようという狙いかもしれないが、過失処罰はかなり危ない。

 「特定取得行為」の処罰も問題である。端的に言えば、これは「秘密探知罪」である。報告書も自覚するように、これは新聞記者やテレビの報道記者の取材活動に対する重大な制約となり得るだろう。

 さらに問題なのは、教唆と煽動を独立して処罰する点である。「典型的治安立法」とされる破壊活動防止法。オウム事件の時ですら、その適用が見送られた劇薬である。政治目的をもって文書や言動により、騒乱や放火などの犯罪行為を実行する決意を生じさせ、すでに存在する決意を助長させる勢いのある刺激を与える者は、実際に犯罪行為が起きなくても処罰される(破防法39条、40条)。これが独立教唆および煽動の罪である。文書や言論などで煽る行為そのものが処罰されるので、憲法の表現の自由と鋭い緊張関係に立つ。

 一例を挙げよう。「機動隊を殲滅し、渋谷駅を焼き払おう」などと演説した学生が逮捕・起訴された事件がある。最高裁は、この演説のような表現活動は「重大犯罪をひき起こす可能性のある社会的に危険な行為であるから、公共の福祉に反し、表現の自由の保護を受けるに値しない」としてその処罰は憲法21条1項(表現の自由)に違反しないと判示した(最高裁1990年9月28日判決)。

 煽動行為をそれ自体として処罰する破防法の当該規定は、政治的表現内容そのものに対する規制として、厳格審査がなされるべき事例だった。演説をしただけで、それが直接犯罪行為に直結しない場合でも処罰すれば、それは抽象的危険性だけの処罰となる。それは「過度に広汎な規制」となり、その点からも疑問である。

 以上、ざっくりと見てきたが、秘密保全法の問題点は尽きない。このようなものが、いまなぜ、このタイミングで浮上してきたのか。それを解く鍵は、またしても米国である。

前田哲男氏は、大阪弁護士会の秘密保全法シンポで、「秘密保全法は、“情報分野におけるTPP”ともいうべき枠組みである」と喝破していた。これが2007年8月に締結された「ジーソミア」、即ち「日米軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)である。そこでは、日米が情報交換を円滑化し、情報や装備計画、運用情報の共有に資する情報保全のため、共通の基礎を確立することがうたわれている。とりわけ「適性評価制度」は、日本を信用していない米国側の強い要望が反映しているように思われる。

米国の意向も受けて、罰則を強化した秘密保護法の制定の動きは、2008年4月に内閣府に設置された秘密保全の在り方に関する「検討チーム」によって始動していた。メンバーは内閣府、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省の官僚である。2009年7月に「有識者会議」が設置され、わずか2 回だけ開かれた。政権交代によって、その検討は途中で終わった。民主党政権下の「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」の報告書が短期間に完成できたのは、この4年間かけて官僚が起案してきたものを、「有識者」が入れ代わっただけで表に出したからだろう。政権交代にかかわらず、秘密保全法制をめぐる官僚の作業は連続していたわけである。

 これと関連して奇妙なことがある。上記の「有識者会議」の議事録が作成されていなかったことである(『毎日新聞』2012年3月4日付)。作成されたのは簡単な要旨だけで、録音もされなかったという。「有識者会議」は2011年1月から6月まで6回(各2時間程度)にわたり、非公開で開催された。内閣府のホームページを見れば、A42枚程度の議事要旨だけである(その後補充されたようである)。克明なメモをとるのが習性の官僚が、議事録作成をうっかり忘れたということは考えにくい。「あえて議論した内容は残さない」という合意のうえで記録を存在しないことにしたのではないか。すでに出来上がっていた官僚の作文を、ごく短時間で承認するようでは、存在すら怪しい「幽識者会議」になろう。

 なお、上記の議事録を残さないというやり方は、2011年4月に施行された「公文書管理法」に反する。この法律の「立役者」は福田康夫元首相である。福田氏は『毎日新聞』のインタビューにこう答えている。「公文書は歴史を形作る要素。例えば法律は一旦作られると、改正されることはあっても普通長く使われる。その法律がどういう意図を持って作られたのか、時代背景は何だったのか、作成時のプロセスが分かれば大変参考になる。経緯を知らず、ご都合主義になってはいけない」と。正論である。内閣ポイ捨てと揶揄された福田氏ではあるが、この法律制定に力を入れたのは、「衆院議員になる前、米国の国立公文書館を見学した時からの思いです。勉強するうちに、ルールづくりを急がないと必要な公文書類も集まらないことに気づいた。…」(『毎日新聞』2012年3月5日付「核心」)ということらしい。

 ちなみに、秘密保全法が出てくる背景として言われる尖閣沖漁船衝突事件についてだが、海上保安庁は最近、「情報流出再発防止対策検討委員会報告書」(2012年5月25日)を公表した。職員の意識に関する改善策(教育研修、幹部の認識高揚、組織内での良好なコミュニケーション等々)や、規則やマニュアル等の改善、情報システムや情報管理の組織に関する改善などを列挙している。秘密保全法による厳罰化や過失を含む漏洩の捕捉などは当然のことのように出てこない。

 思えば、核の持ち込みや沖縄への核の再持ち込みに関して、政府は国民を一貫して欺いてきた。2年前、「広義の密約」という苦しい表現ながら、政府もそれを認めざるを得なくなった(「『広義の密約』とは何か」)。そのような政府が情報公開に逆行する秘密保全法を制定しようというのだから語るに落ちるである。法案提出を断念して、徹底した情報公開を進めることが先決だろう。

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