「台湾でドンパチ、日本で戦争」?――台湾の大学院生の批判的応答
2022年9月19日

「台湾有事」を語る人々

「台湾でドンパチ。日本で戦争起きる」。『朝日新聞』デジタル版9月1日15時28分は、こういう見出しの記事を出した。9月2日付朝刊第4総合面は「台湾有事なら「戦闘区域外と言い切れず」」という穏和な表現になっていた。発言者は、例によって麻生太郎自民党副総裁。8月31日の講演のなかで、「沖縄、与那国島にしても与論島にしても台湾でドンパチが始まることになれば戦闘区域外とは言い切れないほどの状況になり、戦争が起きる可能性は十分に考えられる」と語ったという。オピニオン「声」欄(9月8日付)には、大分県の95歳の牧師が、「盧溝橋事件が起きたとき、私は10歳。学校の先生が「ドンパチが始まった」と言い、子どもたちでこの言葉が流行した記憶がある。」として、兄が戦死し「無念と悲しみを80年近くも味わい続けている者として、現在の国際情勢の危機と恐怖を改めて感じる。ただ麻生副総裁には軽々しく「ドンパチ」などと言って欲しくなかった。」とたしなめている。

冒頭左の写真は、8月2日、ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問を契機に、中国軍が台湾周辺での軍事演習を活発化させていることを伝える『南ドイツ新聞』8月6/7日付の記事である。「180キロの狭い台湾海峡の安全性はより脆弱になっている」。今回、中国軍は島全体に 7つの戦闘訓練区域を定めており、船舶や航空機はこれを避けなければならない。台湾から12海里の距離に到達することもあり、27年前の威嚇行動時よりもはるかに接近している。台湾海峡の中間線を越えて中国軍機や艦艇が進出。台北上空を超えてミサイルが発射された。中国の弾道ミサイル5発は、日本の排他的経済水域(EEZ)内にも落下した。その右の写真は、同じ日の『南ドイツ新聞』に掲載されたもので、8月4日、台湾本島に最も近い海潭島(福建省)の海岸付近を飛行する中国軍ハイトゥン(Zhisheng-9)ヘリコプターと、それをスマホで撮影する観光客とされている。

8月6、7日、都内のホテルで、自民党の国会議員と自衛隊元幹部により、「台湾有事」を想定した机上演習が実施された。2027年、「台湾有事」と同時に、尖閣諸島に中国の武装漁民が上陸する「複合事態」が発生。国家安全保障会議(NSC)が開かれた。首相役を務めたのは小野寺五典元防衛相。本人はツイッターで、「安倍元首相の要請を受け」と述べている(写真は小野寺ツイッターより)。安全保障関連法に基づき、尖閣に「武力攻撃事態」、台湾に「存立危機事態」がそれぞれ認定され、自衛隊に防衛出動が下命されるという想定である。これを報じた『朝日新聞』8月7日デジタル版の見出しは、「台湾有事、その時政府は…」という安易なもの。批判的視点はゼロだった。

8月8日、岸信夫防衛相は内閣改造により職を退く前の最後の記者会見で、リムパック=環太平洋合同演習(6月29日~8月4日)において、自衛隊が「存態」を想定した初めての実働訓練を実施したことを公表した(防衛省のメディア対応)。「自衛隊として、これまで平和安全法制に基づく任務等を着実に積み重ねており、今回、リムパックにおいて、存立危機事態の認定を行うといった前提の実動訓練に初めて参加をしたところであります」と。

   忘れもしない。「平和安全法制」(安全保障関連法)が参議院で強行採決により成立してから、今日(9月19日)で7年になった。当時、直言「集団的自衛権行使の条文化」や、拙著『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』(岩波書店)で「存立危機事態」の危うさについて明らかにしたが、まさにその危惧が現実のものとなった。ホルムズ海峡について語られることもあったが、いまは台湾が「存立危機事態」の典型的なケースにされている。

 では、とうの台湾ではどのような受け止め方をされているだろうか。中国による軍事的拡張政策の展開は、間違いなく台湾にとっては脅威である。だが、日本の九州ほどの3万6190平方キロに2353万人が生活している台湾。これを軍事的に防衛するとはどういうことか。台湾メディアからは勇ましい議論しか聞こえてこない。そこで、「もう一つの視点」ということで、私の研究室に所属する博士後期課程院生の陳韋佑(チン・ウェイユー)君に、直言のための一文を寄せてもらった。コロナ禍のこの2年間、陳君とは、Zoomでの授業で会えるだけだが、この直言のために昨年2月、「裁判所が認めた「抵抗権」――台湾最高裁判決の問題性」を書いてもらった。今回は、中国との緊張が高まる台湾で、国家、社会、人々の意識にどのような変化が生まれているかについて、彼の問題意識に基づいて自由に執筆してもらった。注は文末にまとめた。

一台湾人法学徒からみた立憲民主主義と軍国主義の狭間にある台湾社会の現状
陳韋佑(チン・ウェイユー)

「古来、多くの国が外敵の侵略によって滅亡したといわれる。しかし、ここで注意すべきは、より多くの国が、侵略にたいする反撃、富の分配の不公平、権力機構の腐敗、言論・思想の弾圧にたいする国民の不満などの内的要因によって滅亡した、という事実である。社会的不公正を放置して、いたずらに軍備を増強し、その力を、内にたいしては国民の弾圧、外にたいしては侵略というかたちで濫用するとき、その国は滅亡への途上にある」1


市民と軍事の二元主義的権力体系

小説家の田中芳樹は、代表作『銀河英雄伝説』に登場する主人公の口を通じて、国防国家と立憲民主主義の非両立性を語った。この星に初めて「国家」と呼ばれるものが誕生して以来、市民・人民と軍隊、権力者と軍人団の関係をめぐる課題は、呪いの如く、常に人類と文明を覆う暗雲としてわれわれの世界に影を落としてきたのである。

権力者は軍隊の力を通じてその統治ないし統制を維持すると同時に、軍隊はダモクレスの剣のように権力者を脅かす。市民・人民は国家の軍隊から安全安心の幻想を摂取しながらも自らの自由、所有物そして鮮血を軍隊に捧げる。官僚機構と常備軍が皇権・王権のもとに統一されていた時代はこうであったが、この事情は、政軍分離の立憲国家の時代になっても本質的に変わらない。憲法学者の石川健治によれば、近代国家化とともに、立憲主義からの要請を受け、「法治主義が支配する市民的権力体系と、その埒外におかれる軍事的権力体系との、二元主義的な権力体系構造が現出」し、自律性をもつ軍人団がその中核をなす軍事的権力体系は「国家の内外における〈安全〉の供給を約束する一方で、市民社会の構成員という『地位』から生じる市民的な〈自由〉にとって、潜在的あるいは顕在的な脅威となる」2。さらに、「軍国主義」の定義にあたって、石川は「軍事的権力体系を、市民的権力体系よりも優先させる国家構想である」と位置づけている3

いわゆる現代立憲主義――あるいは立憲平和主義憲法学の泰斗の深瀬忠一の表現を借りれば、「現代立憲平和主義」4――の枠組みを前提とすれば、市民的権力体系は軍事的権力体系に依存すると同時に軍事的権力体系によってその存立を脅かされる。だから「シビリアン・コントロール」は立憲国家にとって不可欠な要素となる。軍事的権力体系を市民的権力体系による監視・支配下に置くことによって、市民的権力体系は軍事的権力体系が供給する「安全」を確保しつつも軍国主義に陥ってしまう可能性を免れる、と考えられている。

だが、現実はそんなに単純なものではない。軍事的権力体系が奮って市民的権力体系を制圧するクーデターは容易に想起されるが、市民または市民的権力体系が自ら高度国防国家を召喚して軍国主義への道を歩き出すことも珍しくない。しかも、「民主主義を護れ」と唱えながらも、軍靴の足音に心酔して立憲的体制を崩壊させるパラドックス的な光景は、この民主主義を謳いながらも、善悪二元論の子ども向け番組のような「民主主義国家vs.独裁国家」の構図に心酔する人々のいる時代に繰り返されている。


「軍事的浪漫主義者の血なまぐさい夢想」5に耽る台湾社会

日本の保守派や右翼は台湾人に対して奇妙な想像を抱いているようである。彼等の目に映った台湾人の姿が、失われた昔日への幻想と重なっているのか6。しかし、誤想を抱いたのは保守派だけではない。ここ数年「台湾」を語れば、海外に向けて発信された官製広報に存在する世界で大いに存在感を発揮していたデジタル担当相の唐鳳(オードリー・タン)の活躍に象徴されるように、台湾は先進的な民主主義国家である、というようなイメージは、日本のリベラル派の頭に浮かぶであろう。だが、作られた虚像の裏にある真実は、むしろある程度、日本の保守派が夢見る「美しい国」に近いと言わざるをえない。

先日、来年度の中央政府総予算案が確定した。そのなかで、国防総合予算の総額は5863億台湾元(≒2兆6841億日本円7)となり、対GDP比で2.4%に達している。いずれも過去最高となった8。そして、蔡英文総統はそれを誇るべき実績と見なしている。たとえば、8月26日付のフェイスブック記事9では、国債償還と社会福祉予算と並んで国防予算は「来年度予算案の見どころ」として紹介されている10。もう1つの例をあげよう。台湾では9月3日は「軍人の日」(「軍人節」)である。蔡英文の公式フェイスブックページでは、この日、軍人の日を祝う動画付き記事が公開された。そこには、「国防総合予算の大幅な増額は、政府の国軍に対する支持を意味し、国家の自己防衛の決意のあらわれでもあります。」「国軍の戦力によりすべての国民の日常のように安心な暮らしが保証されています。国民の皆さん、これからも国軍を支持し続けてください」とある11。政権が国防費の大幅な増額を誇るべき実績として積極的にアピールすることは、戦後日本ではあまり考えられないであろう。

ただし、シビリアン・コントロールの要請に従えば、政府の役目は軍を擁護することにあるわけではない。本来、文官からなる政府は軍事的権力体系に対して優位に立って軍を統制すべきであった。政府が軍の後ろ楯になれば、シビリアン・コントロールが崩れてしまう。政府が堂々と軍を擁護する態度を打ち出すことは、市民的権力体系の頂点に立つ権力者による独断ではない。むしろ数少ない国民が積極的に——たとえその積極性は誘導されたものであっても——軍事的浪漫主義に傾倒しているゆえに可能ならしめる。

上述した蔡英文の記事を通じて、台湾社会に蔓延している軍事的浪漫主義が窺えるだろうが、それはあくまで氷山の一角にすぎない。近年、政府は、中国の内陸部を射程圏内に収める対地ミサイルの開発と量産に積極的である。たとえば、今年8月に公開された国営メディア中央社の報道記事によれば、国産ミサイル生産施設が拡大され、生産能力が大幅に増強された。量産能力増強のリストには空港破壊用クラスター弾「万剣」と対地巡航ミサイル「雄昇」も入っている12。いうまでもなく、「万剣」と「雄昇」は「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器」13であり、これはいわば「敵基地攻撃能力」の保有にあたるのではないか。台湾政府も「我が国の軍事力はあくまで自国防衛のためである。軍拡競争に加担する意思はない」と言い続けて(クラスター弾を含む)抑止力兵器の「平和」性を強弁している。名ばかりの「専守防衛」はこういうものになってしまう。

本来軍部の独走を抑制するはずの文官がミリタリズムに浸ることの鮮明な例といえば、長きにわたって外務相を務めている吳釗燮の広報写真がこれにあたる。2019年4月、外務省の公式ツイッターアカウントでは、台湾空軍主力戦闘機F-16「ファイティング・ファルコン」の前に立って第21飛行隊の部隊章を縫い付けたパイロットスーツを着た吳釗燮の映った写真付きの英語記事が公開された14。「国防省外務庁」かと錯覚させる光景である。日本の元首相の戦車長ごっこの写真と同じように、あまりにも象徴的であった。実際、外務相のみならず、蔡英文総統も軍人の格好をすることを好む。軍事演習や基地を視察する際に蔡英文総統が迷彩柄の陸軍戦闘服を着ることは珍しくない。たとえば、2019年の漢光第35号演習で彰化戦備道(普段高速道路として使われる代替滑走路)の離着陸演習を視察する蔡は、陸軍戦闘服を着たまま総統府広報写真を撮られ、マスコミに「迷彩の女神」と呼ばれている15

なお、今年7月、漢光第38号演習を視察するために基隆級駆逐艦(元米海軍Kidd級駆逐艦、台湾海軍最大級の水上戦闘艦)に乗艦した蔡も陸軍戦闘服姿を披露した広報写真は公式ツイッターアカウントなどで公開された。軍人の真似をする格好で軍艦に乗艦したのに船乗り服ではなく緑色の迷彩服を着るのには少々微妙に感じるかもしれないが、一般市民に向けて総統のミリタリーカラーを強調するためにミリタリーを連想しやすい迷彩柄の陸軍戦闘服を着たのであろう16


韓豫平元少将特赦事件

蔡英文が軍服姿を見せるのは「政府が軍を支持・擁護する」とのメッセージを発信するためでもある。「軍を最も支持する総統」というイメージを打ち出した蔡政権の「国防重視」のもう1つの代表例にあたるのは、今年4月の韓豫平元少将特赦事件である。

台湾では長年にわたって普通裁判所と平行する軍事裁判所が存在していた。2013年軍事裁判法の改正により平時において軍事裁判所は凍結されているが、平時軍事裁判の復活を求める声は今なおもある。陸軍に所属していた韓豫平元少将は、普通裁判所によって汚職罪で有期徒刑4年6ヶ月の判決が言い渡された。判決17によれば、韓元少将は上官に自己アピールするために所属部隊の福利厚生費を不正に使用し、部下に虚偽記載をするよう命じた。阻止しようとした部下からの勧告を受けずに強行した。判決では、自分の誤りを最後まで認めなかった韓元少将が強く非難されている。それにもかかわらず、蔡英文は韓元少将の行為をあくまで行政上の瑕疵にすぎないとし、この判決こそ「不正」だと断定し、政府が国軍将兵の貢献を心に留めていると強調したうえで韓元少将に特赦を与え、罪と刑を取消した18。この特赦決定は賛否両論を招いた。法学者・法曹からの評価は芳しくなかったが、一般の人々なかではそれを徳政として高く評価する者も少なくなかった。軍人の貢献論云々と言って汚職を矮小化した本特赦令は、軍事裁判所の存在を正当化する「軍人は文民の法が及ばぬ特権階級である」という論理を想起させる。高級軍人に媚びを売り、軍事裁判所と闘っていた法学徒たちの努力を覆した「軍を最も擁護する総統」が高く評価されているという、台湾社会の異様な民主主義の光景である。


経済界の「軍事的浪漫主義者」

かくして、「軍事的浪漫主義者の血なまぐさい夢想」に耽るのは市民的権力体系の頂点にたつ権力者たちだけではない。彼等を支える者たちもその空気を醸し出すファクターである。

大手半導体メーカーUMCの会長を務めていた曹興誠は、最近愛国大富豪としてメディアで活躍して人気を集めていた。曹は防弾ベストを着用したままゲストとして政治討論番組に出演したり記者会見を開いたりしていた。いわゆる「抗中保台」濃度の高い愛国心と反共主義たっぷりの意見を言い張ったほか、私財を国防の強化に投入することを発表して注目を集めていた。財界の重鎮が国家主義ないし軍国主義的な見解を主張すること自体は驚くに値しないが、国民の支持を得たとなると話が別である。なお、9月1日に曹は記者会見を開き、6億台湾元(≒28億日本円)を300万人の「黒熊勇士」(有事のとき軍を補助する民間人有志)の育成に、4億台湾元(≒18.5億日本円)を「保郷神射」という30万人の射撃達人の育成計画に投入し、私財で民間防衛の強化を図ることを発表した。曹によれば、この2つの計画で国防力を強化するほか、国民皆兵と侵略に対する抵抗の決意を示すことにもなる19。一見すると大金かのように見えるが、1人あたりの育成費はあまりにも少ない。たとえば、行政費用などを無視しても、「保郷神射」1人あたり育成費は1333台湾元(≒6216日本円)にすぎない。正規軍と連携して戦闘に参加することができる射撃達人を育成し得る金額だとは考えられないが、反戦市民や「非国民」を殴り飛ばす憂国騎士団を育成するならばたぶん足りるであろう。


世論に見る「ミリタリー・ロマン化」傾向

好戦的な振る舞いを見せるのは権力や影響力をもつ一握りの人間だけではない。むしろ社会の全体的な傾向として、ミリタリーをロマン化する風潮が広がっていると言わざるを得ない。ここでは、今年3月のTVBS世論調査センターによる「ロシア・ウクライナ戦争と両岸問題に関する世論調査」の結果を紹介しよう20。「もし中国が台湾を侵攻したら、あなたは台湾を護るために戦う意思がありますか」という質問に対し、「強い意思がある」と答えたのが35%、「あるといえる」と答えたのが27%、「あまりない」と答えたのが12%、「全くない」と答えたのが14%であった。つまり、「はい」と答えた人は62%であり、「いいえ」と答えた人の数よりはるかに上回っている。

それはウクライナ侵攻にちなんだ一時の反応ではない。2018年に政治大学選挙研究センターによって実施された、財団法人台湾民主基金会の世論調査21では、「もし台湾が独立宣言を出して中国の武力侵攻を招いたら、あなたは台湾を護るために戦う意思がありますか」という質問に対し、「はい」と答えたのが56.7%、「いいえ」と答えたのが35.9%であり、「もし中国が台湾を統一するために武力を行使したら、あなたは台湾を護るために戦う意思がありますか」という質問に対し、「はい」と答えたのが68.1%、「いいえ」と答えたのが25.7%であった。

この世論調査の調査票の作り方には問題がある。「戦う意思があるか/ないか」というような二者択一の回答形式は粗雑との批判は免れない。なぜなら、戦争にかかわる態様は多種多様である。最低限でも、「戦う意思がある」という選択肢は「戦闘員として直接に戦闘に参加する意思がある」と「直接に戦闘に参加しないまま何らかの方法で軍隊かレジスタンス組織に協力する」に細分されるべきである。たとえ戦闘行為に従事する意思があると言っても、国軍に入隊したい者もいれば国の意思とかかわらぬレジスタンス組織に入りたい者もいる。政府に都合の良い回答を得られるように作問されたであろう日本の内閣府世論調査でさえ、「はい」にあたって「自衛隊に参加して戦う」「何らかの方法で自衛隊を支援する」「ゲリラ的な抵抗をする」という3つの回答選択肢が用意されている22

そして、「戦う意思があるか/ないか」という思考様式では、軍事占領に対して非協力運動を展開する抵抗者、消極的に占領を受け入れた者、積極的に軍事占領に協力する者の区別を問わず、すべて「戦う意思のない者」として同列扱いされる。こうした考え方は、すべての国家の総力戦体制に吸収されたくない者を「敗北主義者」として一蹴するイデオロギーとして機能する。

しかし、それでも55%以上の台湾人が「戦う意思がある」と答えた事実の意義を軽視するわけにはいかない。民主主義国家としては異常な数値だと言わざるをえないから。


日本の壊憲軍拡を歓迎する台湾の人々

こうした大衆が軍事的浪漫主義に傾いている社会的空気を醸し出す要素がさまざまであった。そのなかでは、「有事になったら米軍か自衛隊が助けてくれる!」と信じ込む妄想に近い誤想が、軍事的冒険主義に走る傾向の後押しとして機能しているといえよう。

台湾民意基金会による2022年3月世論調査報告23では、「もしある日中国(中共)が兵を出して台湾を攻めてきたら日本自衛隊が参戦するとあなたが信じ込んでいますか」という質問に対し、「かなり信じ込んでいます」と答えたのが13.4%、「どちらといえば信じでいる」と答えたのが29.7%、「あまり信じていない」と答えたのが23.1%、「全く信じていない」と答えたのが25.5%であった。つまり、台湾有事になったら日本軍が参戦すると信じている人は43.1%に達している。なお、アメリカ軍の参戦する可能性を聞かれた場合、アメリカ軍が参戦すると信じている人が34.5%、信じていない人が55.9%であった。

アメリカ軍はともかく、4割以上の台湾人が、日本自衛隊が参戦してくれると信じ込んでいることは危険の兆しと見なしたい。台湾では、「参戦」という表現には直接に武力を行使する可能性が含まれている。むしろ、直接に戦闘に参加することこそ典型的な「参戦」にあてはまる。しかし、2014年の「7.1閣議決定」による解釈改憲で「解禁」された、現在の日本が行使できる集団的自衛権は、「限定された集団的自衛権」とされる。後方支援(兵站)をはじめとする他国軍による武力行使との一体化や国際平和支援法第11条に定める武器の使用を除き、2015年安保法制で行使できる集団的自衛権には自衛権行使の典型的な態様である武力行使すなわち直接的に戦闘そのものに従事するものが含まれていない。つまり、日本政府の安保外交方針を考慮に入れなくても、台湾有事になったら自衛隊が集団的自衛権の行使を理由として中国軍と交戦するという「台湾有事は日本有事」の「予見」は、あくまで事実誤認に基づく空想誤想にすぎない。しかし、こうした誤想が台湾人を心強く思わせ、「こんな軍勢を擁するならば中国軍は恐れるに足りない」という結論を導かせ、「もっと突き進んでも中国軍が攻めてこない」という軍事的冒険主義の行動を促すことになる。虚しい「アルテミスの首飾り」24をつけた者からみれば、外交力による戦争回避よりも「かっこいい」軍事的ハードウェアによる「平和と自由の維持」の方が魅力的に見えるであろう。ただし、いうまでもなく、誤想は虚空から兵力を生み出す魔法の壺になれない。

この誤想は台湾人に軍事的冒険主義に走る空しい自負心を与えることにとどまらず、日本の軍拡派が「台湾人の要望」を利用して集団的自衛権の更なる「解禁」を推進する可能性も否めない。実際、日本の軍拡を肯定的に捉える台湾人は少なくない。「7.1閣議決定」と2015年安保法制のみならず、「敵基地攻撃能力」の導入、いずも型護衛艦の空母化、琉球群島の軍備強化計画などに対しても、「独裁中国の侵略野望」に対抗する「民主主義諸国の抑止力」と見なして好意的な態度をとっている。そういう意味で、私たち台湾人も、軍事力に苦しんできた沖縄・琉球群島の住民たちの現状や日本の壊憲政治に加担しているといえるのではないか。


ルビコン川を渡る日

今年の1月、かつて移行期正義(Transitional Justice)に熱心であったと思われた蔡英文総統は、蔣経国総統図書館除幕式で演説し、中国との半永久的な戦争で維持されつつあった党国・軍国主義体制のトップだった蔣経国を「抗中保台」の先駆けとして評価した。そして、「蔣経国元総統の『保台』の揺るぎない立場を、間違いなく今日の台湾人も共有しています」と述べた25。物議を醸す発言であったが、どうやら蔣介石と蔣経国の亡霊は、今なお台湾を徘徊しているようである。

シビリアン・コントロールが機能することによって軍事的権力体制の持続的統制が可能である、という現代立憲主義の定式は、果たして楽観視し過ぎるお花畑平和主義にすぎないのであろうか。結局、次のスタニスラフ・ペトロフ中佐に希望を託すしかないのか。いずれにせよ、市民的権力体系が自ら軍事化すれば、シビリアン・コントロールそのものは無意味になってしまう。それこそ、立憲民主主義の敗北を意味する。

時々、後世の歴史学者はいかにして私たちが生きる時代を描くかと思わずにはいられない。未来の歴史学者にとって、さまざまな事件が詰まった歴史の大河のどこには、臨界点が位置しているのか。ルビコン川を渡る日まで、私たちはに残された時間はあとどれくらいであろうか。いや、私たちは、すでにルビコン川を渡ってしまったのか。


  1. ^田中芳樹『銀河英雄伝説III 雌伏篇』(マッグガーデン、2018年[徳間書店、1984年])141頁。
  2. ^石川健治「軍の持続的な統制は可能か」水島朝穂編『立憲的ダイナミズム』(岩波書店、2014年)119頁以下。
  3. ^石川・前掲注3)119頁。
  4. ^深瀬忠一「恒久世界平和のための日本国憲法構想」深瀬忠一ほか編『恒久世界平和のために』(勁草書房、1998年)70頁以下。
  5. ^筆者の愛読小説『銀河英雄伝説』から借りた表現である。田中芳樹『銀河英雄伝説Ⅹ 落日篇』(マッグガーデン、2019年[徳間書店、1987年])94頁。
  6. ^日本の保守派と右派が考えている「理想的な日台関係」はあくまで「帝国=植民地」の延長線上にあるものにすぎないだろう。
  7. ^本稿で使われる為替レートは2022年9月9日前後のものである。
  8. ^國防部:112年度預算5,863億 占GDP約2.4% - 新聞 - Rti 中央廣播電臺(2022年8月25日付)(2022年9月7日閲覧)。
  9. ^台湾の政治家が積極的にフェイスブックを利用して発信することはよく見られる。特に与党の民進党はインターネットによる広報活動に長けている。
  10. ^蔡英文総統公式フェイスブックページ(2022年8月26日付)(2022年9月7日閲覧)。
  11. ^蔡英文総統公式フェイスブックページ(2022年9月3日付)(2022年9月8日閲覧)。
  12. ^中科院飛彈廠房陸續完工 提升年產至500枚應對敵情 | 政治 | 中央社 CNA(2022年8月13日付)(2022年9月8日閲覧)。
  13. ^日本政府による専守防衛と相容れない攻撃的兵器に対する定義。
  14. ^台湾外務省公式ツイッターアカウント(2019年4月18日付)(2022年9月8日閲覧)。
  15. ^蔡英文穿新式迷彩服視導漢光 網友封「台灣迷彩女神」 | 政治 | 三立新聞網 SETN.COM(2019年5月28日付)(2022年9月8日閲覧)。
  16. ^蔡英文総統公式ツイッターアカウント(2022年7月26日付)(2022年9月16日閲覧)。
  17. ^臺灣高等法院花蓮分院108年度軍上訴字第2號判決。
  18. ^落實罪刑相當之憲法原則、顧念國軍將士服務軍旅貢獻、總統批示特赦韓豫平、張淯森(総統府新聞2022年4月22日付)(2022年9月14日閲覧)。
  19. ^曹興誠宣布恢復中華民國國籍秀身分證 10億資助兩計畫抵抗侵略 | 政治 | 中央社 CNA(2022年9月1日付) (2022年9月8日閲覧)。
  20. ^俄烏戰爭與兩岸議題民調(2022年3月22日付)(2022年9月10日閲覧)。
  21. ^七成台灣人願意為台灣而戰、支持民主、反對統一:台灣年輕世代的政治態度 – 菜市場政治學(2018年4月8日付)(2022年9月10日閲覧)。
  22. ^自衛隊・防衛問題に関する世論調査(2018年1月)(2022年9月10日閲覧)。
  23. ^財團法人台灣民意基金會2022年3月全國性民意調查摘要報告(中国語版英語版)。
  24. ^「アルテミスの首飾り」は、筆者の愛読小説『銀河英雄伝説』に登場する、専制主義国家と半永久的戦争をする架空の民主主義国家「自由惑星同盟」の首都星防衛システムの名称である。作中では、「軍事的ハードウェアに平和の維持をたよる」という「硬質した軍国主義者の悪夢の産物」を象徴するシンボルでもある。田中芳樹『銀河英雄伝説Ⅱ 野望篇』(マッグガーデン、2018年[徳間書店、1983年])244頁以下。
  25. ^蔣經國總統圖書館開幕 總統期盼團結保衛臺灣,為世世代代的臺灣人民守住民主自由的生活方式,讓國家繼續往前進(總統府新聞2022年1月22日付)(2022年9月10日閲覧)。
(早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程)
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