「トモダチ」という作戦――大震災と自衛隊(2) 2011年5月9日

載「大震災の現場を行く」(2)は次回以降に掲載することとし、前々回の「大震災と自衛隊」(1)の続編をアップする。これと関連して、『朝日新聞』5月7日付オピニオン面「耕論 3.11自衛隊」に、元陸上自衛隊中部方面総監や元防衛庁長官と並んで、私のインタビュー記事が掲載された。今回は主として米軍との「トモダチ作戦」について述べることにしよう。なお、被災地における自衛隊の具体的活動については、「大震災の現場を行く」のなかでも触れる。

5月3日、憲法記念日の講演を福岡県大牟田市で行った。その翌日の夕方、「一被災者として、この発言は許せません」というメールが来た。そこに、前日の講演を伝える『毎日新聞』大牟田版のベタ記事がはりつけてあった。

《水島教授は、憲法9条で「日本は集団的自衛権を行使できない」と強調。「米軍は 遺体捜索と同時に上陸作戦の演習をやったのではないか。トモダチ作戦を『日米同盟の深化』などと言うと『次は自衛隊が米軍を助ける番だ』との議論が出てくる」と訴えた。》

メールには、「遺体捜索をしてもらった人の思いを踏みにじっている。想像力を持ち合せない人が学問をするのはおかしい。大学教授の肩書を捨ててほしい」といった厳しい言葉が並ぶ。ほかにも、この記事を見たという人たちから、「お前はそれでも人間か」といったメールが次々に届いた。ブログや掲示板、ツイッター上でも、私のことを罵倒する書き込みがかなり出ているようである。「騒ぎ」のもとになったこの記事では、講演の内容を断片的にほんの2、3行でしか伝えていないが、実際の講演は、質疑を入れて2時間ほどであった。これは私の話の内容を十分に伝えていない。講演は、憲法と日米安保や沖縄問題についてさまざまな角度から論じつつ、東日本大震災の現地報告を加えたものだった。記事は、それらを短い言葉でつなげてしまっている。これが誤解を呼ぶことになった。

私は「遺体捜索と同時に上陸作戦の演習をやった」とは言っていない。前後でいろいろな問題を論じており、そのような単純な評価はしていない。ただ、講演という場でそのように受け取られたとしたら、それは私の説明の仕方も十分ではなかったかもしれない。後に詳しく述べるように、被災者救援や遺体捜索という、それ自体としては被災地の人々にとって緊急かつ重要な活動と、この「作戦」全体を米軍がどのように位置づけているかという問題とは区別して論ずる必要がある。私は遺体捜索を上陸作戦の演習と言ったのではなく、「トモダチ作戦」全体が、個々の救援活動の感動的エピソードや懸命な遺体捜索活動を超えて、日米の軍事的協力関係を高めていく方向で活用されているという問題を指摘したのである。

これは、『毎日新聞』4月22日付15-16面特集「自衛隊10万人 史上最大の作戦」の次の下りを念頭に置いたものだった。

《震災救援を目的に約1万6000人を投入した米軍の「トモダチ作戦」。かつてない規模の展開は自衛隊・米軍の統合運用と民間空港・港湾の米軍使用に踏み込んだ。実態は「有事対応シミュレーション」といえた。…外務省幹部は「オペレーションの性質は違うが、民間施設利用や上陸など実態的には朝鮮半島有事を想定した訓練ともなった」と指摘する。》

上陸演習という話は、この外務省幹部の言葉を紹介したものだった。メールを送った方々には、「トモダチ作戦」の背後にある日米関係のリアルな現実について語ったのだということをご理解いただきたい。そして、来週以降も連載する「大震災の現場を行く」をお読みいただければ、私が被災地や被災者にどのような姿勢で臨んでいるかがお分かりいただけると思う。

その「トモダチ作戦」であるが、それが迅速に展開した背景に、鳩山内閣以降の「日米同盟の不安定性」があることは間違いない。ケビン・メア国務省日本部長の「沖縄はゆすりの名人」発言で、沖縄県議会が全会一致の抗議決議を挙げたのは3月8日。その翌々日、キャンベル米国務次官補が松本外相に謝罪した。その24時間後に大震災が起きた。「トモダチ作戦」発動の背後には、メア発言で苦慮していたルース駐日大使の機敏な動きがあったようだ。「大統領を起こせ」。就寝中のオバマ大統領への大使の第一報で初動対応が決まった(『読売新聞』4月13日付)。

米第7艦隊の原子力空母「ロナルド・レーガン」を軸とした空母戦闘群が宮城沖に展開。艦艇19隻、人員1万8000人、航空機140機を集結させた。米原子力規制委員会(NBR)の基準により、米軍の活動は福島原発から80キロ以上離れた地域で行われた。そのため、宮城県と岩手県が中心になった。米軍はごく一部を除き、福島県には展開していない。米兵に危険が及ばない放射能管理は徹底している。在日米軍人の家族7500人を帰国させ、横須賀を母港とする原子力空母「ジョージ・ワシントン」を日本海に待機させたことからも、「フクシマ」は「トモダチ作戦」に影を落としている。

なお、上記の写真は、「ジョージ・ワシントン」(CVN 73)の第70任務部隊(CTF-70)のワッペンである。下の写真は、その航空部隊である第5空母航空団のワッペンである。この在日米海軍の主力を温存したのは、放射能の危険を回避し、大震災の最中でも、“First to Fight”の維持が必要と考えていたからだろう。

宮城県を中心とする米軍の活動は、仙台空港の復旧活動が特に目立った。米空軍特殊部隊の派手な降下作戦で始まり、日本側も「ミラクル」と驚くようなテンポで復旧が進んだという。米兵は仙台空港を「キャンプ・センダイ」と呼んだ(『毎日新聞』4月5日付)。これはすごいことである。これまで米軍は民間空港を自由に使用できないできたが、今後、仙台空港は「トモダチ」の使用に開かれたものとなるだろう。

孤立した気仙沼・大島の救援活動もメディアの注目を集めた。孤島状態になった大島では、LCU(上陸用舟艇)を使って東北電力の電源車を陸揚げするなど、米軍は島の救援・復旧に寄与した(『読売新聞』4月4日付)。住民から米軍への感謝の念が生まれたのも当然だろう。こうした救援活動それ自体は、住民のためになっており、評価できるものである。また、JR仙石線野蒜駅と陸前小野駅では、米兵と自衛隊員が共同で瓦礫を取り除く作業を行い、「ソウル(魂)トレイン」作戦と自称した。メディアはそうした「象徴的」で絵になる場面を詳しく報道し、「日米同盟美談」に仕立てていった。

米海兵隊専門部隊「シーバーフ」(CBIRF)145人も派遣されたが、3週間滞在後、何もせずに帰国していった。NBR 基準により、福島原発から80キロ圏外に活動が限られたため、原発から離れたところで「待機」を続けた。その間、中央特殊武器防護隊(中特防)と共同訓練を行った程度である。それも、放射能漏れ事故の現場からの人命救助や体の放射性物質を洗い流す除染の訓練である。彼らは原発事故対処の部隊ではなかった。しかし、メディアは「核戦争を想定した訓練を積んだ特殊部隊」と過大評価した。

「トモダチ作戦」で一番問題なのは、武力攻撃事態の「有事」メカニズムを大震災で「試用」したことだろう。「大震災と自衛隊」(1)でも書いたように、自衛隊の「災統合任務部隊」(JTF)と並んで、米軍は横田基地に「統合支援部隊」(JSF)を立ち上げた。陸海空軍・海兵隊の米4軍が一元的に指揮される初めてのケースとなった。その場に陸上幕僚監部の防衛部長(陸将補)が常駐していたことは重要である。日米防衛協力の指針(ガイドライン)に基づく日米調整メカニズムの、災害における全面的な「試用」である。「有事並み、作戦調整一体」とされる所以である(『朝日新聞』4月7日付)。

『週刊ポスト』4月29日号は「米軍『トモダチ作戦』の代償は『友情の請求書』」という記事を載せた。これは、なかなかリアルな認識を示している。例えば、4月1〜3日に岩手沿岸で行われた日米共同オペレーション(一斉遺体捜索)について、参加した海自隊員の声は重要である。「米軍は空母から艦載機やヘリを飛ばすだけで、潜水して不明者を捜索するのは海自の水中処分隊と海保、消防、警察のダイバーです。津波から3週間が過ぎたから、ヘリからの捜索に意味はほとんどなかった」と。米軍にとって、空母まで動員する大作戦を展開する狙いは、果して遺体捜索のためだけなのか。

「トモダチ」という歯の浮くような言葉を使ったこと自体、沖縄基地問題でこじれた日米関係が背景にあることを示唆してはいまいか。前述の大島に上陸したのは、沖縄の第31海兵遠征軍。問題になっている普天間基地の部隊である。現場の隊員たちが被災者のために、懸命にかつ誠実に努力したことは疑いない。それだけ島民の感謝の念も深かったようだ。しかし、米軍上層部が「普天間飛行場の地理的優位性」や海兵隊の存在意義を宣伝するものだから、沖縄メディアの不評をかうことになる。

『琉球新報』3月18日は「強い違和感を覚える」として、「被災地から遠く離れた普天間基地がなぜ重要なのか。地震発生から3日経ての出動なのに『即応』もあるまい」と手厳しい。『沖縄タイムス』4月9日付は、海兵隊の災害救援活動を沖縄基地や海兵隊存続につなげる議論を「震災の政治利用」と批判する。

『東京新聞』5月2日付社説「日米を真のトモダチに―大震災と米軍支援」は、「トモダチ作戦」に醒めた眼差しを向け、有事司令部の災害転用、「フクシマ」を米国に波及させない「防衛」作戦、そして日本を経済大国の地位から転落させない経済的狙いを見て取る。「軍隊は外交の道具として使われる。そして外交は、純粋な善意だけで成り立つはずもない。みてきたように『トモダチ作戦』は、米国の利益に直結している」と。

そして社説は、「思いやり予算」に注目する。米政府が「トモダチ作戦」のために用意した予算は最大で8000万ドル(約65億円)である。他方、日本では米軍「思いやり予算」に関する新たな特別協定が4月1日に発効した。かの「前原外相」の置き土産である。毎年1881億円を5年間にわたって日本が負担するというものだ。「トモダチ作戦」65億円が1兆円の「友情の代償」(前出『週刊ポスト』)となるわけである。

「負担を少しでも減らすように努めるのが真の友情であろう」と『東京新聞』社説は結ぶが、日米関係の「忖度と迎合」の構造はそう変わりそうもない
   『朝日新聞』5月4日付が一面トップで伝えた「ウィキリークス公電7000点の本社分析」。そのなかで、米軍グァム移転の経費を水増しして、日本の負担率を低く装うという詐術が明らかとなった。米国のしたたかな計算と打算を見ずに、「トモダチ作戦」を米軍の純粋な支援として手放しで礼賛し、「日米同盟の深化」と扱うことには、慎重になるべきだろう。

ところで、「友だちの友だちがアルカイダ」という元法務大臣がいたが、そのアルカイダの頭目とされるオサマ・ビンラディン容疑者が5月2日、米軍特殊部隊によって殺害された。リビアのカダフィ大佐「標的作戦」についてはこの直言でも扱ったが、ビンラディン容疑者の場合、武器を持たず、拘束した後に殺害された疑いも指摘されているから、裁判手続きを経ない「現場処刑」になりかねない。パキスタン国内でのこの殺害作戦は国際法上も疑義が指摘されている。各国首脳は米国の「対テロ戦争」勝利を賛美し、ビンラディン殺害を「喜ぶ」という表現を使った。ドイツのメルケル首相もその一人。そのため、彼女はいま、カトリック教会をはじめ、自らの党の内部からも批判にさらされている。

冷戦後の軍隊は、防衛軍から介入軍へと性格を変えつつある。NATOも日米安保条約も、防衛から介入への傾向を強めている他国への介入・干渉の手段としては、コソボでは「人権干渉」(「人道的介入」)リビアでは「内戦干渉」。そして昨年1月の中米ハイチの大地震では、米軍の動きは異様で、まさに「震災干渉」と言えるものだった。

米国は12000人の軍を送り、空港から港湾などの戦略施設を完全統制下に置いた。これは、地震に伴うハイチの混乱が米国に及ぶのを未然に阻止するための予防占領の側面を持っていた。米軍の統制の結果、地震後の第1週という最も重要な時期に、負傷者を救うための医療援助要員を乗せた飛行機を、米軍は追い返した。ドイツの軍事研究所のサイトでは、「介入の口実としての大災害」という形でハイチのケースが分析されている

被災地の人々にとって、個々の米兵は、顔の見える距離で援助をしてくれた存在だったろう。そこに人間的関係が生まれることも否定しない。しかし、巨大な米軍という組織で見たときは、これは明らかに米国のしたたかな狙いと利益で動いている。そこはリアルに考えておく必要があるだろう。

原発事故では、首相官邸に米軍関係者が常駐しようとしていた(『朝日新聞』4月21日付)。米国も、菅内閣の迷走ぶりは見ていられないというのは理解できるが、しかし、実現したら、史上初の「原発震災干渉」になっていただろう。
   「トモダチ作戦」における自衛隊側の問題については、連載「大震災の現場を行く」のなかで触れることにしよう。

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