戦車で「動的防衛力」?――北海道から 2011年11月14日

11日夜、野田佳彦首相がTPP 交渉への参加を表明した。これに関する私の意見は、10カ月前の「直言」で書いたので繰り返さない。ただ、これほどTPP反対の動きが盛り上がるとは、その時は予測できなかった。TPPと沖縄の問題を通じて、この国があまりに米国一辺倒であり(その結果、外交的カードを自ら限定してしまっている)、かつ米国に対してあまりに無防備である(日本の第一次産業も守れない)という、安全保障上の重大な欠陥を抱えていることに、かなりの人々が気づきはじめたということではないか。この国の安全保障のありようについては、いつも期限を切られた、「バスに乗り遅れるな」式の慌ただしい議論を強いられてきた。この際、「日米同盟」オンリー思考から少し頭を自由にして、安全保障における主体や客体(対象)、方式に至るまで、腰を落ちつけて、じっくり議論する機会にすべきではないだろうか(拙稿「安全保障と憲法・憲法学――腰をすえた議論のために」『法学セミナー』2007年1月号参照)。

さて、11月3日(日本国憲法公布65周年)の神戸に続き、6日、札幌近郊の北広島市(私が住んでいた当時は札幌郡広島町)で講演した。家族にとっても「第二の故郷」のような地域からの依頼なので、特別にお引き受けした。講演前日、千歳、苫小牧、鵡川、新冠にも足をのばした。ちょうどその時、千歳の陸上自衛隊で全国的にも注目される動きが起きていた。

6日の深夜、陸上自衛隊唯一の機甲師団である第7師団(東千歳)の90式戦車4両と89式装甲戦闘車(89FV)10両、78式、90式戦車回収車各1両、87式自走高射機関砲2両、96式自走120ミリ迫撃砲2両など計52両が、国道36号線などを使って、苫小牧西港までの30.2キロを、時速10キロの超鈍速で、4時間かけて自走したのである。途中、89式装甲戦闘車1両がエンジントラブルで立ち往生するというハプニングもあった。写真は、西港付近で知人が撮影し、メールで送ってくれたものである。キャタピラ(無限軌道)に黒いものがはめ込まれているが、これはゴムパッドである。騒音を減少させ、道路を傷つけないための配慮とされている。

従来から、東千歳駐屯地や恵庭市の北海道大演習場の戦車道に接続する道路は、コンクリートで補強が行われ、装軌車両が通行していたが、装軌車両の公道走行には批判が強かった。今回、50トンもの90式戦車が初めて橋梁を含む公道を走行するということで、全国メディアも注目した(『毎日新聞』2011年11月6日東京本社版、『読売新聞』7日付同夕刊など、7日NHKニュースなど)。

そもそも「90式」というネーミングが示すように、この戦車は、1989年に「ベルリンの壁」が崩壊し、91年にソ連邦が消滅して冷戦が終わったその時に、ソ連の自動車化狙撃師団を石狩原野などで迎え撃つ戦車戦闘を想定で作られた。その誕生の瞬間から時代からずれた存在だった。50トンの重量のため、北海道以外の部隊には、教育訓練用(富士教導団など)を除き、1両も配備されてこなかった。
   この写真は、90式戦車の120ミリTKGJM12A1対戦車榴弾の薬莢底部である。この砲弾は焼尽薬莢といって、射撃後、底部を残してすべて燃えてなくなる仕掛けになっている。写真はその底部を利用した「灰皿」ということで、 5年ほど前に骨董屋から購入したものだ。

この20年間、大きすぎて、重すぎて北海道から一歩も外に出られなかった時代錯誤の代物を使って、遠く九州・大分県の日出生台(ひじゅうだい)演習場で、10日から18日まで、西部方面隊の実動演習が行われる。「島嶼防衛」を想定した演習とされ、人員5400人、車両1500両、航空機30機が参加する大規模なものである。

この演習に参加するため、90式戦車の初の公道自走を行い、あえて注目をひきながら、苫小牧西港から戦車など車両52両と隊員230人が、津軽海峡フェリー(函館市)の高速船「ナッチャンWorld」(712トン)をチャーター。速力36ノット(時速約67キロ)で、大分港まで、2日間かけて長距離機動したわけである。正式には、陸上自衛隊北部方面隊・協同転地演習(連隊等転地)と呼ばれる(『朝雲』11月10日付)。
   なお、これに先立ち、10月29日には、73式装甲車10両が貨車に載せられ、札幌貨物ターミナル駅を出発し、11月4日に大分に到着している。列車による長距離機動である。

一体、なぜ、いま、90式戦車なのか。
   第1の理由は、そろそろ来年度予算編成の時期ということと関連している。冷戦時代のような戦車中心の「北方重視」は終わり、もはや北海道に機甲師団を常設しておく意味はなくなった。すでに第1戦車群(恵庭市)の隊員100人、戦車10両の削減も決まっている。90式を日本における「最後の戦車」にすべきところ、何と「10式戦車」という新戦車の調達が始まっている。90式より軽量で小回りのきく形にしたというが、財政緊縮のおり、ゲリラ・コマンドとの戦闘という理由で大量の戦車を維持することは難しい。中国の脅威が増しているという理由で、90式を公道走行させたりして存在をアピールするとともに、自衛隊の南西シフトのなかで戦車も必要というメッセージを発信するためだろう。それは財務省向けのアピールの面もある

第2の理由は、民間利用の習熟である。北部方面総監部(札幌)は、「今後は部隊の大規模移動が増えると想定される。訓練でさまざまな民間の交通機関を利用することで、長距離移動のノウハウを蓄積したい」と述べている(『毎日新聞』11月7日付25面「さっぽろ版」円谷美晶)。北海道から九州への長距離機動を演練することで、実際の部隊移動に伴うさまざまな問題が見えてくる。今回の公道走行も、JRの貨物輸送も、その演練の一環であろう。なお、『毎日新聞』6日付によれば、自衛隊法76条の「防衛事態」下令前に民間船をチャーターする場合、競争入札で契約するのが原則にされている。公示から契約まで最低2〜3週間はかかる。緊急性から随意契約が認められても、契約に応じる船が見つからない事態も想定される。「有事」の際に民間船を利用する場合の手続き的な問題も含めて、実際の長距離機動から教訓を引き出そうとしている。

第3の理由は、「動的防衛力構想」の具体化とアピールである。「静的」とされた「防衛計画の大綱」(1976年)の「専守防衛」に対して、南西シフトで、迅速な展開能力、機動力を示すことが、「抑止力」にもなるということらしい。だが、「島嶼防衛」で90式戦車というのはあまりにミスマッチである。広大な北海道でしか使い物にならない重戦車を「島嶼防衛」のために機動させるというのも理解できない。予算要求と機甲部隊存続のための自己主張、存在証明ということ以外では、中国に対して、戦車を迅速・長距離機動できることを示すことで「抑止力」になると考えているのだろう。
   なお、沖縄口で「ゆくし」というのは「嘘」という意味である。沖縄の人々は「抑止力」という言葉が出るたびに、「ゆくし力」として理解しているという(琉球大教授から直接聞いた話)。沖縄を含む南西方面に90式戦車の「ゆくし力」である。

ところで、大分への長距離機動の前に、9月に東千歳から道東の矢臼別演習場への90式戦車の長距離機動を行っている(『北海道新聞』9月7日付)。戦車100両を420キロ移動させる。だが、自走させられない。運搬する戦車トレーラーも足らない。そこで戦車を分解してトラックで運んだ。100両すべての移動に4週間を要したという。存在感の薄れた、斜陽の戦車部隊の懸命な存在証明と言えよう

この写真は、旧東ドイツ駐留ソ連軍が撤退にあたり、主砲にキャップをつけるシーンである。兵士が交互にまたがる構図は秀逸だったので切り抜いておいた。今から20年ほど前のDie Zeit(日付を書き忘れた)の切り抜きだが、ヨーロッパにおける国家間の戦車戦の終わりを象徴するものだろう。

いずこにおいても、「陸戦の花形」戦車はもはや無用の長物になりつつある。「こんなものいらない」の筆頭に挙げられる傾きにある。それでも、今年度予算にも「10式戦車」のために国民の税金が使われている。「新型戦車の『もったいない』」でも書いたが、「10式戦車」の調達を直ちに中止すべきである。三菱重工の収益が減るからだめだというのなら本末転倒である。これこそ、究極の思考の惰性というものだろう。日本国内で必要ないなら、「武器輸出3原則」を見直して、「10式戦車」を輸出用にというなら、それこそ論外である。

実はドイツがいまそのジレンマにある。優秀な戦車であるレオパルト2型。今年7月、政府がこれをサウジアラビアに200両輸出する決定を行っていたことがスクープされた(Der Spiegel,Nr.27 vom 4.7.2011,S.14) 。イスラエルとの関係で、ドイツの歴代政権はサウジへの戦車輸出を控えてきた経緯がある。メルケル政権は「対テロ戦争」のためというが、重戦車200両というのはあまりに多い。最近、サウジがバーレンに戦車を30両提供し、それが民衆の抗議デモを弾圧することに使われていることが明らかになり、ドイツ政府に批判が集まっている。そうしたなか、先週の段階で、ドイツ政府は270両をサウジに輸出することに同意したという(Der Spiegel,Nr.45 vom 11.11.2011,S.17)。世界第3位の武器輸出国であるドイツ。日本もその真似をして武器市場に参入しようと狙っている。TPPのあとには、武器輸出3原則の緩和→撤廃の動きが出てくるだろう。

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