首相の「五省」と「奮励努力」――世はアナクロニズムに満ちて(1) 2012年10月22日

9月17日付「直言」の「権力者が芸術・文化に介入するとき−大阪市長と大阪フィル」の末尾で私はこう指摘した。「…9月12日、新党『日本維新の会』が結党宣言を行った。英語表記はJapan Restoration Party だが、フランス(restauration)やドイツ(Restauration)でこれを名乗ったら『王政復古』党である」。『朝日新聞』10月13日付は、結党から1カ月たって、この“Restoration”という党名に、「復古的」な意味があることを報じている。

そもそも「維新」という言葉をあっけらかんと使える歴史感覚は疑わしい。戦後、これを使う人は限られていた。「明治維新」を語るときを除けば、一般的に「維新」という言葉は滅多に使われなかった。使えなかったのである。「昭和維新」の歴史的現実を直視すれば、「平成維新」などという言葉を軽々しくは使えないはずである。

 「大正維新」は第一次大本教事件(1921年)の後、信者の浅野和三郎らが唱えたが、「大正デモクラシー」の方が時代の主潮となった。これにひきかえ「昭和維新」は、軍部・右翼が「国家改造」をめざして掲げたスローガンで、元老・重臣、政党、財閥を排除し、天皇中心の政治体制確立を企図したもので、2.26事件へと日本を導く。これにより、どれだけの血が流されたことか

「明治は遠くなりにけり」どころか、「昭和も遠くなりにけり」という勢いで、こうした歴史的事実が省みられなくなって久しい。民主党政権の初期、「平成維新」と「日本一新」という言葉が横行したが、2012年9月、大阪方面から「日本維新」が中央政治に向かって行進を始めた。「東京維新」と大日本帝国憲法との関係に関する最近の動きについては次回書くことにして、今回は与党と野党のなかにアナクロニズム的空気が漂い始めていることに注目したい。

 まずは野党から。9月の自民党総裁選で安倍晋三が総裁に選出された。5年前わずか1年あまりで政権を投げ出した人物が復活してきた。在任中、国務大臣の特命職務として「再チャレンジ担当大臣」を新設。再チャレンジ担当室も設置したが、安倍の退陣で立ち消えになった。この施策で残ったのは、自分の再チャレンジだけだったというのでは、ジョークにもならない。

 早速、党の執行部をつくったものの、「お友達」的色彩は濃厚である。元祖アベ内閣、阿部信行内閣は、首相と同郷の石川県人ばかり集めた仲良し小好しの「チーム阿部」をつくったが、わずか130日+1週間で崩壊した。ごたぶんにもれず、平成のアベ内閣も、お友達的傾向を強く持っていた。今後、「第二次安倍内閣」に向けて、「美しい国」という薄気味悪いスローガンこそ掲げないものの、「戦後レジームからの脱却」教育への介入改憲への執念を前面に押し出していくだろう。最も危惧されるのは、集団的自衛権行使の合憲解釈の方向に、お目目キラキラ真っ直ぐに突き進むことである。早くも10月15日、来日したバーンズ米国務副長官と会談。「政権をとったら集団的自衛権の行使の解釈を改めたい」と決意表明している(『朝日新聞』10月16日付)。「気分はもう首相」。こういう手合いが一番危ない。

なお、安倍は総裁になってから「美しい国」という言葉こそまだ使っていないが、「麗しい国」という言葉は使ったことがある。拳を振り上げ、「麗しい、強い国」を叫ぶ自民党総裁。この自民党の右転回は、民主党のなかに相乗効果を生み出しつつあるようである。

 その一例。野田佳彦首相が先週の日曜日(10月14日)、相模湾での海上自衛隊の観艦式で行った訓示は異様だった。冒頭の写真は自衛隊の準機関紙『朝雲』(10月18日付)に見開き1 頁で掲載された観艦式の模様だが、見出しには、「『五省』胸に一層の奮励努力を」とある。

 首相は、尖閣諸島をめぐる緊張を意識して、「我が国をめぐる安全保障環境は、かつてなく厳しさを増していること」「領土や主権をめぐるさまざまな出来事も生起してい(る)」ことなどを指摘しつつ、「動的防衛力」を構築し、磨きあげよと説いている。そのなかで、首相は「諸君が一層奮励努力されることを切に望み…」とやった。

 「各員一層奮励努力セヨ」は、NHKドラマ『坂の上の雲』でも流れた日本海海戦の見せ場の一つである。東郷平八郎連合艦隊司令長官が座乗する旗艦「三笠」のマストに掲げられた「Z旗」。その意味は、「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」である。尖閣問題がヒートアップしているこの局面で、首相にこういうアナクロな言葉を語らせる狙いは明白だろう。昔「バルチック艦隊」、いま「中国艦隊」というわけである。首相補佐官から防衛副大臣になった人物が訓示起草に関わったかどうかはわからないが、悪のりはさらに続く。何と野田首相は訓示のなかで、旧海軍兵学校の標語「五省」をすべて読み上げたのである。


一、至誠に悖るなかりしか(真心に反していなかったか)
一、言行に恥ずるなかりしか(言行に不一致な点はなかったか)
一、気力に缺くるなかりしか(精神力は十分であったか)
一、努力に憾みなかりしか(十分に努力をしたか)
一、不精に亘るなかりしか(最後まで手を抜かなかったか)

 これは1932年以来、旧海軍兵学校において使われた自戒の言葉とされる。一つひとつは当然のことを言っているようにも見える。むしろ、「マニフェスト、イギリスで始まりました。ルールがあるんです。書いてあることは命がけで実行する。書いてないことはやらないんです。これがルールです」と演説していた野田首相は、「言行に恥ずるなかりしか」と問われてしかるべき人物である。聞いている自衛官たちも、この言葉を使う首相のあまりの言行不一致に気恥ずかしくなったのではないか。

それよりも何よりも、この時期、このタイミングで、旧海軍時代の標語を首相があえてすべて読み上げることの政治的影響が問題である。「五省」自体は江田島の海上自衛隊幹部候補生学校、第一術科学校内に掲げられている。海自は旧海軍との間で、意識と儀式とメンタリティの点で連続性が強い。だが、首相が、旧海軍の標語を、海自艦艇のデモンストレーションの場で用いた。しかも、日露戦争時の特別の言葉と重ねやすい動詞(奮励努力せよ)とセットで。これはもう、意図的に「強い国」の「強い海軍」をアピールすることにならないか。「尖閣諸島や島根県・竹島をめぐり中国、韓国との関係が悪化する中での、旧海軍を意識した首相の訓示は論議を呼びそうだ」(『朝日新聞』10月15日付)という程度ではすまないだろう。

 与党と最大野党のトップがアナクロ的色彩を強めていることは、この国のイメージをさらによくないものにしている。中国や韓国のメディアは、日本の「軍国主義的傾向」を指摘する記事が目立つにようになった。自民党幹事長も自称・他称「軍事オタク」が就任しそのお仲間も閣僚に返り咲いた。「全周トラブル状況」を打開するためには、政治の中心が軍事偏重になることが一番マイナスである。いま、この国の外交力は地に落ちている。軍事力を押し出す「強い国」の方向が強まることに警戒しなければならない。(この項続く)

(文中敬称略)

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