自衛隊と「サンダーバード」――国防軍でなかったからこそ(2)              2013年6月24日

「96条先行改正」から「96条潜行改正」へ。参議院選挙を目前にして、安倍首相は、96条改正を前面に出すことを意識的に控えている。3月から4月下旬頃までと大違いである。どの世論調査でも、96条改正反対の方が多く、「96条の会」の発足もあって、メディアのなかでも「96条先行」への懸念が生まれてきたことが背景にあろう。だが、自民党の参院選公約には96条改正が入っており、おりをみて前面に押し出してくるだろう。油断は禁物である。

 さて、今回の直言は、21年前の1992年11月に仲間と出版した拙編著『きみはサンダーバードを知っているか―もう一つの地球のまもり方』(日本評論社、1992年)について書くことにしよう。というのも、このところ、あちこちで「サンダーバード」と出会ったからである。

 私は「メガネのパリミキ」を愛用している。今年に入り、調整をしてもらいに馴染みの店に立ち寄ると、店内に聞いたことのある音楽が流れていた。英国の特撮人形劇『サンダーバード』のテーマ音楽である。見慣れたキャラクターが壁に掲げられており、店内のパソコン画面には「サンダーバード発進」のシーンが流れる。思わず、「おっ、サンダーバードですね」と言うと、お世話になっている女性店員が、「ご存じですか?」と聞いてきた。「21年前にこれを使った本を出したことがあるのですよ」と私。自分でも口にしてみて、21年という数字に驚いた。そんなに経っていたのか、と。

 パリミキの次は、防衛省・自衛隊である。これには驚いた。本当に驚いた。防衛省が隊員募集用ポスターのキャラクターに、何と「サンダーバード」を使い始めたからである。『産経新聞』2013年3月16日付が、自衛隊と「サンダーバード」のコラボレーションポスターについて最初に報じた。『産経』によれば、ポスターは自衛隊の「国際平和協力活動」「災害救助活動」「自衛官募集・救護」の広報啓発促進を目的としたもので、5パターン、各3000枚が製作され、計1万5000枚が全国の公共交通機関、教育関連機関、基地・駐屯地に掲示されている。私自身、旭川市の陸上自衛隊駐屯地内の「北鎮記念館」1階で、現物を確認した(携帯のカメラで撮ったが、ピンボケになってしまった)。

 40、50代の方は「サンダーバード」と言えば、テーマ音楽とともに頭に蘇ってくるのではないか。放送開始は、1966年4月10日(日曜)夜、NHKで初放映された。私は当時13歳、中学1年生だった。毎回、興奮してみた記憶がある。その後、民放でも繰り返し放映された(ちなみに、世界98カ国で放映)。

 「サンダーバード」は最新のメカを駆使して世界各地に派遣される、民間の国際救助隊のことである。国家の組織ではない点が重要である。超音速で災害現場に急行する移動指令室の1号。各種救助メカを現場に運ぶ超音速輸送機の2号。宇宙空間の災害に対処する単段式宇宙ロケットの3号。水中での救助活動に従事する小型潜行艇の4号。世界中どこからの救助要請でもキャッチする情報収集用静止軌道衛星の5号等々。ハイテクとメカを駆使して、油田火災、原子炉事故、高層ビル火災等々、人類が直面するさまざまな災害・危機に対処する非軍事の民間組織である。いかなる国家にも所属せず、また援助を受けない独立採算の組織で、世界のどこへでも、分け隔てなく救助に向かう。隊員が一つの家族というのも、国家間の対立をこえるメッセージを含む。どこからともなくやってきて、めざましい働きをして、どこへともなく去っていく、謙虚なボランティア精神。ここに「サンダーバード」の志の大きさがある…(拙編著より)。

 拙編著は、「国際貢献は自衛隊に」という動きに抗して、非軍事の国際救助隊を「対案」として提起するものだった。出版されるとすぐ、『朝日新聞』1992年11月10日付社会面トップで大きく紹介された(執筆は若き森北喜久馬記者)。見出しは「『サンダーバード』が理想像」「国際貢献 若手憲法学者が『救助組織』論を出版」。『中国新聞』11月10日付夕刊も「非軍事・中立の貢献策『サンダーバード』に学べ」と社会面トップにもってきた。出版の翌年には、「国際貢献はサンダーバードのように」というタイトルで、増田れい子元・毎日新聞論説委員〔2012年12月逝去〕と私との対談も出ている(『法学セミナー』1993年6月号)。翌々年の全国憲法研究会の憲法記念講演会(東京・中野区)でも触れ、『東京新聞』2006年5月4日付コラム「筆洗」でも言及されたことがある。

 私がこの本を出したのは、1985年の南米コロンビアの噴火災害をきっかけに、東京消防庁と政令指定都市のレスキュー隊を中心に組織された「国際消防救助隊」(IRT-JF)に注目したからである。その日本語愛称は「愛ある手」。そのマークは「サンダーバード」のそれに酷似している。IRT-JFは、国際緊急援助隊法成立により、国際救急医療チームと連携をとりつつ、地道に活動を蓄積してきた。例えば、1991年のバングラデシュのサイクロン災害の際には、38名の隊員と2 機の消防ヘリ(ドーファン2型)が派遣された。クーデタの頻発で迷彩色の軍用ヘリになれっこになったバングラデシュの民衆に、医療物資を運ぶ「真っ赤なヘリコプター」は大歓迎された。軍用ヘリと救助ヘリ。同じヘリでも、作られた目的と運用思想の違いを強調した。そして、国家中心の「国際貢献」ではなく(成り立ちからして東京消防庁と政令指定都市のレスキュー隊)、市民や自治体レヴェルでの国際協力の多彩で多様な形態を提唱した。

 また、阪神淡路大震災を契機に、全国の消防レスキューなどを統合運用する「緊急消防援助隊」ができた。自己完結的な組織形態をとり、救助、消防、救急、後方支援の各部隊が統合運用されている。東京消防庁は96年に消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)を発足させた。

 「海猿」で知られる第三管区海上保安本部特殊救難隊基地長も、「〔救助の仕事の〕理想は各専門家がチームとして活躍する『サンダーバード』。飲むといつもその話」と述べたことがある。拙編著は、こうした日本国内にある既存の能力を規模・内容ともに発展・充実させて、非軍事の「国際救助隊」の創設を提言したものである

 阪神淡路大震災以後、自衛隊は普通科連隊に「人命救助システム」を備える部隊を常設するなど、災害派遣の能力を強化するようになる。防衛〔国防〕予算で消防レスキューと同じ「人命救助システム」を装備するような国は世界にほかにない。東日本大震災では、このシステムが活用された(直言(4.18)災害派遣の本務化へ―大震災と自衛隊(1) )。

 いま、自民党は憲法改正草案で自衛隊を「国防軍」にしようとしている。自衛隊員募集のサンダーバードポスターは、災害救助活動で若者を惹きつけ軍事を「潜行」させるものなのか。

 自衛隊は完全な軍隊(「国防軍」)になるのか、それとも非軍事の国際救助隊の方向を目指すのか。このことを長年主張してきた者としては、いま、きわめて重大な岐路にあるという認識をもっている。

 「国防軍でなかったからこそ」、イラク復興支援群は死者を出さなかった。イラクの武装勢力が自衛隊を攻撃しない合意があったことはすでに取り上げた(直言「国防軍でなかったからこそ(1) 」)。

 では、今年の3 月から防衛省が隊員募集などに「サンダーバード」を使うようになったことをどう考えたらいいか。家族が運営し、軍事ではなく非軍事で(一部武装しているといって私を貶す向きもあるが、そんなことは言われなくても重々折り込み済である)、国家の論理を超えた、人命救助優先の思想の「サンダーバード」に、自衛隊は本気でなろうとしているのか。

 言うまでもなく、現存の自衛隊はそのままで「サンダーバード」になれるはずもない。なぜなら、自衛隊は国家の武装組織である。憲法9条に違反する戦力である。人命救助システムをもち、どんなに災害派遣を重視しても、それは「防衛」の本務に対しては「余技」である。人命救助専門の消防レスキューとは運用思想が異なる。

 では、なぜ、この時期、このタイミンクで「自衛隊=サンダーバード」のような紛らわしいポスターが登場したのだろうか。私は二つの可能性を見いだす。一つは、東日本大震災における自衛隊の活動に注目して入隊してくる若者が増えていることである。隊員募集効果をあげるための、イメージ作戦である。もう一つは、自民党改憲草案が「国防軍」を打ち出したことに対する屈折した想いが微妙に投影している可能性もある。自衛隊は「国防軍」にはならず、「サンダーバード」に近づけていく。これは私がこの21年間主張していることだが、募集キャラに使ったということは、国防軍路線に対する予防線を張ろうとしたというのは穿ちすぎだろうか。

 「『国防軍』に若者は来るか」という『東京新聞』6月5日付コラムを読んだ。筆者は防衛問題に詳しい半田滋論説委員である。中学を卒業した960人が学ぶ陸上自衛隊工科学校(神奈川県横須賀市)。近年の倍率は15倍という隠れた難関校という。半田記者が1 年から3年までの生徒10人に取材したところ、志望動機は8 人が災害派遣、2人が国連の平和維持活動(PKO) だった。「国防の意識は後からついて来るようだ」と半田氏。自衛隊は「国防軍」になって、良質な若者が集まるだろうか、と結ぶ。

 実態から見れば、自衛隊=「サンダーバード」ではないが、自衛隊は広報に「サンダーバード」を正式に採用した以上、「国防軍」にしてはならないだろう。将来的に「サンダーバード」を目指すというなら、日本国憲法9条を変えないことが重要である。

 ちなみに、今年は、フジテレビなどの主催、自衛隊・防衛省・海保などの協力、文科省などの後援で、「サンダーバード博」も開かれる

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