長沼ナイキ基地訴訟一審判決から40年                         2013年9月2日


週4日間、水島ゼミの北海道合宿だった。1997年の開講以来、毎年8 月下旬に取材合宿を行ってきた。隔年で沖縄合宿を行い、昨年はその8 回目だった。北海道は4回目になる。毎回、学生たちは5つの班に分かれ、道内各地を車で取材する。前回の北海道合宿は2009年で、「夕張班」「自衛隊班」「アイヌ班」「知床班」「北方領土班」だった。今回は「北方領土班」「地域医療班」「道州制班」「『食』班」、「江差線の廃線問題班」である。2007年北海道合宿にも「『食』班」があったが、今回はやや問題意識が異なり、「TPP と北海道農業」班というところだろう。毎回あった「自衛隊班」は今回はない。学生たちは、沙布岬から函館・江差まで、それぞれのテーマに関連した方面に取材に向かった。北海道の社会問題が「どこかで憲法につながる」ことを意識しつつ、現場へ行く。

 私はホテルに一人とどまり、札幌や岩見沢で講演をしたり、取材を受けたりして過ごした。今回は急遽、札幌弁護士会の会内勉強会に招かれ、「札幌高・地裁の所持品検査問題」について話した。今年は「長沼ナイキ基地訴訟一審判決から40周年」という節目なので、新聞2紙の取材も受けた。さらに、NHK 札幌のクルーと馬追山の瀞台(273 m)まで登り、長沼ミサイル基地を見下ろしながらカメラ取材を受けた。

馬追山には、航空自衛隊第3高射群の「パトリオット」(自衛隊は「ペトリオット」という)ミサイル部隊が配備されている。高射群は地対空ミサイルによって相手国の航空機やミサイルに対処する部隊とされている。全国に6個(1個群は4個高射隊)。長沼にはそのうちの第11と24の高射隊がいる。1970年からナイキJ ミサイルを装備していたが、1990年からはパトリオット(PAC-2) に換装された。1個高射群で約1000億円。1994年までに全国の6個高射群すべてがパトリオットになり、総経費は約6800億円ともいう。そして、2007年からPAC-3に随時換装されていく。「パック・スリー」という響きは、「テポドン」騒ぎ「北朝鮮の飛翔体」問題で一般にも知られるようになった。

 PAC-3は移動式で、機動性と柔軟性に長けているとされるが、冷戦の終結でソ連が消滅し、往時のようにソ連軍爆撃機を「迎え撃つ」必要性もなくなった。一体、このミサイルは何に備えているのか。北朝鮮のミサイルが米東海岸に向かうなら北極圏を経由するから、真北に向けて撃つことになる。ここのミサイルの射程内に入ることはない。パトリオットはナイキと異なり、固定型レーダーを必要とせず、レーダー装置(RS)や射撃管制装置(ECS) もすべて移動式なので、保安林を伐採して作った広大な基地をこのまま維持する必要性があるのか議論の余地がある。例えば、PAC-3を千歳基地内に集中配備して、必要な時(まずないが)に移動するという選択肢もあり得るだろう。いずれ時が来ればPAC-4になるわけで、製造元の米国レイセオン社にとって、日本は今後も最大のお得意様ということになる。超高価なミサイルを一体いつまで買い続けるのか。国会でその必要性をめぐる根本的な議論が必要だろう。

話はかなり前後してしまったが、今週の土曜(7日)は、この長沼基地をめぐる訴訟で、札幌地方裁判所民事第一部(福島重雄裁判長)が自衛隊違憲判決を出した40周年にあたる。

 この訴訟は、1968年にナイキJ ミサイル基地を設置するため、農林大臣が、馬追山の国有保安林(水源涵養)の指定を解除する処分を行ったのに対して、原告住民がその取消を求めた行政訴訟である。札幌地裁は、大学教授、軍事評論家、自衛隊高級幹部、地元農民など24人もの証人尋問を行い、本格的な憲法裁判に発展した。40年前に出された判決は、国側の「自衛力」論を批判しながら、「戦力」概念は「自衛または制裁戦争を目的とするものであるか、あるいは、その他の不正または侵略戦争を目的とするものであるかにかかわらず」「その客観的性質によってきめられなければならない」として、自衛隊はその「編成、規模、装備、能力から」して「明らかに『外敵に対する実力的な戦闘行動を目的とする人的、物的手段としての組織体』と認められるので、軍隊であり、それゆえ陸、海、空各自衛隊は、憲法第9条第2項によってその保持を禁ぜられている『陸海空軍』という『戦力』に該当する」と判示した。その上で、自衛隊法等の関連法令は違憲無効であるから、自衛隊の施設を設置するという目的は、森林法26条2項にいう「公益性」を持ちえないとして、保安林の指定解除処分を取り消した。

判決はまた、平和的生存権(憲法前文)は、憲法第3 章の各条項によって、個別的な基本的人権の形で具体化されていると認定し、保安林制度の目的も、地域住民の平和的生存権を保護しようとするものであると位置づけた。そして、「高射群施設やこれに併置されるレーダー等の施設基地は一朝有事の際にはまず相手国の攻撃の第一目標になるものと認められるから、原告らの平和的生存権は侵害される可能性があるといわなければならない」と判示した。裁判所によって、憲法の平和的生存権が初めて認められたのである。詳しくは、福島重雄・大出良知・水島朝穂編著『長沼事件 平賀書簡35年目の証言』(日本評論社、2009年)を参照のこと。

国側は直ちに控訴した。控訴審の札幌高裁は、代替施設(砂防ダムなど)の完備によって「訴えの利益」は消滅したとして、訴えを却下した(1976年8月5日)。最高裁は札幌高裁の判断を支持。憲法判断には一切立ち入らずに訴訟を終結させた(1982年9月9日)。

ここで注意すべきことがある。一審判決は上級審で破棄され、通常の訴訟としては、最高裁判決で確定しているが、自衛隊の実態に対する違憲判断や平和的生存権の法理は、上級審において積極的に否定されなかった。このことから、憲法判断の回避による「自衛隊の司法的合憲性の未決着状態」という評価がある(深瀬忠一北大名誉教授)。もし合憲判決が最高裁で出ていたら、その後の状況は違ったものになっていただろう。自衛隊に対する違憲判決は存在するが、正面からの合憲判決は存在しない。これは重要である。

長沼一審判決から35年たった2008年4月17日、名古屋高等裁判所民事第三部(青山邦夫裁判長)は、自衛隊イラク派遣違憲訴訟において、違憲確認請求や派遣差し止めの訴えは退けたものの、理由中で、航空自衛隊のイラクでの活動を違憲と判示した。判決は、首都バグダッドはイラク特措法にいう「戦闘地域」に該当すること、空自の空輸活動は、多国籍軍の戦闘行為の必要不可欠な軍事上の後方支援を行うもので、少なくとも武装兵員を戦闘地域であるバグダッドへ空輸する行為は、「他国による武力行使と一体化した行動」であって、それは「自らも武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない行動である」と認定し、空自の当該活動は、イラク特措法2条2項、3項に違反し、憲法9条1項 に違反する活動を含むとした。自衛隊イラク派遣に重大な疑問を投げかけたこのケースでは、原告敗訴のため、国側は最高裁に上告できず、この違憲判断を含む控訴審判決が確定した。

 そして2009年2月24日、岡山地方裁判所民事一部(近下秀明裁判長)は別のイラク派遣違憲訴訟で、原告の訴えを全部却下しながら、判決理由のなかで、平和的生存権を次のように積極的に認定した(直言「長沼から岡山へ―平和的生存権の発展」)。「平和的生存権は、すべての基本的人権の基底的権利であり、憲法9条はその制度規定、憲法第3章の各条項はその個別人権規定とみることができ、規範的、機能的には、徴兵拒絶権、良心的兵役拒絶権、軍需労働拒絶権等の自由権的基本権として存在し、また、これが具体的に侵害された場合等においては、不法行為法における被侵害法益として適格性があり、損害賠償請求ができることも認められるべきである」と。

「たかが裁判所、されど裁判所」である。一審判決とはいえ、40年前、国家機関である裁判所が明確に「戦力」と認定したことが、その後の自衛隊のあり方に計り知れない影響を与えてきた。長沼一審判決の違憲判断という上限を意識しつつ、「自衛のための必要最小限度の実力は自衛力であって、戦力ではない」という内閣法制局の自衛隊合憲解釈は慎重に構成される必要があった。集団的自衛権行使の違憲解釈も維持されてきた。そのことが、テロ特措法にも、イラク特措法にも「武力の行使」を禁ずる条文を置かざるを得ず、「武力の行使」と区別された「武器の使用」という形をとることを余儀なくさせてきたのである(PKO 協力法の「小型武器」から始まり、実質的にははるかに武力行使的な武器になっていくが)。ここに憲法9条がなお生きているのであり、それを最も明確に活かした長沼事件一審判決の影響を見て取ることができる。

 安倍首相はこの8月、集団的自衛権行使を合憲とする解釈変更を行うために、内閣法制局長官の首をすげ替えた。新しい長官には、行使に積極的とされる小松一郎氏(前駐仏大使)が就任した。長官は第一部長、次長を経験した人が任命されるという長年の人事慣行を破るものだった。これは、大学教授ではない文部官僚を学長に任命する愚策に次ぐ、いやそれ以上の禁じ手である。正直、ここまで露骨にやるとは思わなかった。

内閣法制局設置法3条3号は、「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること」と定める。内閣法制局が国会において憲法解釈を示す根拠はここにある。行政府の憲法解釈は最終的に内閣の責任において行うという建前からすれば、内閣が法制局による憲法解釈を変更することは一般的にはあり得る。問題は、解釈変更がどこまで認められるかである。

 衆議院予算委員会における大森政輔内閣法制局長官の答弁(1997年2月28日)にこうある。「…私が法解釈の変更は困難であると申しましたのは、特に9 条に関する政府の解釈と申しますのは、憲法の基本理念の一つである平和主義という国の基本的なあり方に係るものでありまして、長年の議論の積み重ねによって確定し、定着している考え方、解釈というものを、政策上の必要性によって 変更するということは困難ではないかということを申し上げたわけでございます」と。

 長年にわたる議論の積み重ねとその定着は、政府の憲法解釈を変更する際の高いハードルとなっている。集団的自衛権行使の違憲解釈についても、1954年以来の「自衛力合憲論」を軸とした政府解釈の根幹に関わるため、その行使を合憲に変更することは許されない。

 阪田雅裕元内閣法制局長官はいう。「集団的自衛権の問題は日本国憲法の三大原理の一つ、平和主義に関わる。国会の憲法論議も圧倒的に9条に集中して積み重ねられてきた。そういう蓄積を無視し、今までのは全部間違っていたということが、果たしてあっていいのか」と。集団的自衛権の行使容認と9条の整合性について、阪田氏は「憲法全体をどうひっくり返しても余地がない」と語った(『朝日新聞』2013年8月9日付)。 安倍首相は長官をおさえたが、法制局の有能なる法律職人たちをそう簡単にねじ伏せられるとは思えない。いや、思いたくない。

40年前の長沼一審判決は、集団的自衛権行使の違憲解釈を深いところで支えているのである。

《付記1》先週末から広島弁護士会と北九州市の講演、テレビとラジオの収録が連日続いたため、直言原稿の執筆ができず、更新が遅れたことをお詫びします。なお、長沼一審判決40周年については、NHK (北海道ローカル)9月6日18時10分から。全国放送は未定。TBS 「報道特集」(土曜午後5 時30分〜)とニッポン放送「菅原文太の日本人の底力」(日曜午前5時30分)にも出演します。

《付記2》冒頭の写真は、長沼一審判決30周年のとき、水島ゼミ北海道合宿「自衛隊班」班が瀞台まで行って撮影したもの。なお、「馬追の名水」(駐車場あり)脇の入口から「馬追自然の森遊歩道」を3キロほど登ると瀞台に着く。「観光案内」まで。

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