特定秘密保護法の「還暦条項」              2013年12月2日

自衛隊輸送実績

ま、私たちはとんでもないバスに乗っている。運転手は鼻唄をうたいながら、急発進、急加速、急ブレーキを繰り返し、猛スピードで、急ハンドルによる蛇行運転を続けている。隣家の塀やガードレールに車体をぶつけても何のその。一方通行路を逆走し、道路標識を蹴散らし…。運転手はご機嫌で、ジョークまで飛ばしている。だが、この運転手。過去にバスを急停車させて、運転席からいなくなってしまった前歴がある。別の運転手が来るまでバスは道路をふさぎ、後続の車の長い渋滞が起きた

突然の職場放棄にもかかわらず解雇されずに会社に居残り再び運転席に戻ってきた。今度はパワーアップして、暴走運転の量と質を高めている。前回も今回も、この運転手は道路交通法を守らない。「こんな古い法律は現実に合わない」「押しつけだ」と言いながら、怖いものなしの運転を続けている。滑舌にも弾みがつき、高揚感いっぱいである

11月28日、この運転手は大手町に完成した読売新聞東京本社ビルの竣工記念式典であいさつし、渡辺恒雄会長・主筆の部屋は何階にあるのか関係者に尋ねた際に「それは秘密」と言われたことを紹介し、これは「読売新聞の特定秘密なんだ」と、凍りつくような「ジョーク」を放った。そして、マスコミ関係者など900人が集う会場を見回しながら、「(取材で)萎縮するような人はここには一人もいない。のびのびと取材してほしい」と語ったという(『朝日新聞』2013年11月29日付)。とうの『読売新聞』は一面写真入り記事のなかで、この発言をまったく伝えなかった(同紙11月29日付)。

いま参議院で審議されている特定秘密保護法案が制定されれば、「のびのびと取材」することが果してできるのか。この法案の危うさについて、先週、法案が衆議院を通過する段になって、ようやくメディアの危機感も高まってきたように思われる。注目されるのは翌日の『読売新聞』一面コラム「編集手帳」である(11月27日付)。

読売コラムは、「恣意的」の「恣」と「秘匿」の「匿」という漢字にこだわり、ある歌人がその部首を詠んだ歌、「下心 隠し構えという部首のあるを君らは知るか知るまい」を紹介しつつ、「特定秘密保護法案をめぐる疑問を集約すれば下心と隠し構えに行き着くだろう」と書く。法案の修正を評価しつつも、「『恣』と『匿』の疑念が拭いきれたとは言えない」として、報道の自由への配慮を求める。そして、「取材すべきは取材し、報道すべきは報道する。こちらの手が後ろに回っても取材源は守り抜く。『書く仕事』を断じて、『隠し事』の片棒をかつぐ営みに堕落させまい」と結ぶ。

法案に親和的な態度をとってきた『読売』が、「手が後ろに回っても」という強い表現を使ったことに注目したい。特定秘密保護法案の問題点はすでに指摘したが、国会審議の過程における答弁の危なっかしさや、最高権力者があまりにもわかっていないことがわかってきたこともあって、さすがの『読売』も報道の自由への危機感を抱いたのかもしれない。特に衆議院で修正された箇所はあまりにひどい。ここでは3点のみ指摘しておく。

まず、「特定秘密」の指定等の運用基準を定めた18条に、首相の「第三者的関与」に期待をかけるような条文を入れたことである。首相は行政各部に対して指揮監督権をもち(憲法72条)、行政機関の長に対して「第三者」ではあり得ない。当事者中の当事者である。修正協議にあたった人々は、一体、どういう認識と発想をしているのが理解できない。

次に、附則のなかに、「施行から5年経過後、特定秘密を保有したことがない行政機関は秘密指定機関から除かれる。ただし5年以降に保有する必要が新たに生じた機関は政令の定め、特定秘密を指定できる」という規定が盛り込まれたことである。「特定秘密」の指定権限をもつ行政機関の長は非常に多く、気象庁長官や文化庁長官、宮内庁長官など50人を超える(『東京新聞』11月27日付)。宮内庁長官の保有する「特定秘密」とは何だろうか。「文化庁長官」のそれとは? こういう文言が入った法律ができれば、5年以内に各行政機関は「特定秘密」を無理やりつくり出すことになるだろう。これでは、特定秘密保護法ではなく、特定秘密増殖法になりかねない。

11月29日の参議院国家安全保障特別委員会で、森雅子担当大臣は、「特定秘密」に指定される外交文書について、「過去の文書も要件を備えれば指定できる」と述べた。非公開だった戦後の外交文書も秘密指定されて、「事実上100年を超えて秘匿され続ける可能性が出てきた」と報道された(『毎日新聞』11月30日付)。公開が例外で、秘密が原則となり、情報公開の時代に逆行するものと言わざるを得ない。

さらに、ここまでやるかというほどの驚きの修正は、「特定秘密」の有効期間を定めた4条である。秘密指定の有効期間は5年を超えない範囲内となっているが、5年を超えない範囲内でそれを延長することができる(4条1、2項)。延長回数に制限はないが、通算で30年以上になるときに内閣の承認を求める規定がある(同3項)。内閣が公開を承認しなければ、いつまでも秘密にしておくことができる仕掛けになっている。野党の一部の要請で、そのあとに、「有効期間は60年を超えることはできない」という一文が加わった。しかし、あきれたことに、そのすぐあとに、武器や暗号などのほか、「政令で定める重要情報」は60年を超えて指定できると続くのである。これでは、内閣が政令で半永久的に秘密を指定できることになる。まったく修正になっていない。

それにしても、この修正案に「60年」という数字が登場したことに私は驚いた。人生において、60年というのは還暦である。本日秘密に指定された情報は、60年後に公開されても、私は絶対に見ることができない。それだけ60年というのは長い。

今年還暦を迎えたので、最近、「60」という数字に敏感になっている。13分後に生まれた別の新生児と取り違えられた人の裁判が話題になったが、この方も、取り違えられた方も、ともに60歳である。まったく違った人生を歩むことになった2人とそれをとりまく家族の60年。福山雅治が父親役を演じた『そして父になる』(是枝裕和監督)を10月に映画館で観たが、この作品では6歳の男の子だった。「事実は小説よりも、映画よりも奇なり」である。60年というのはその10倍。人生が最終コーナーに入ったところでわかるつらい真実。「60年たったら公開する。内閣が必要と考えたら政令でもっと延長するよ」というような「傲慢無知」の法案を決して成立させてはならない。


《付記》冒頭の写真は、イラクにおいて、航空自衛隊の輸送機が武装した米兵を運んでいたことを示す「週間空輸実績(報告)」である。浜田防衛大臣が非公開にしたものが左側、北沢防衛大臣が公開したものが右側である。この種の文書は今後「特定秘密」に指定されて、一切見ることができなくなるのだろうか。なお、WASEDA ONLINE(読売オンライン) の拙稿「『特定秘密保護法』の問題性――原則と例外の逆転へ」も参照のこと。

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