映画『新聞記者』を超えるリアル――逮捕状を握りつぶした人物が警察庁長官に?!
2019年7月8日

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画『新聞記者』(2019年)を観た。このところ、授業と会議の合間にタクシーを使って駆け込んだりして、けっこう映画館に通っている。6月28日に全国上映が始まったが、上映館が近くにない。公式サイトも、一時アクセスできなかった。特定のIPアドレスから、システムを使用した集中的なアクセスを受けていることから、サーバーが一時的にダウンしたということである。上映開始の翌日に席をネットで予約したら、私で「完売」になった。上映時間ギリギリに着くと、すでに満席近い。パンフレットも売り切れ。これには驚いた。

これから多くの人に観てもらいたいので、映画の感想はここでは控えておく。ただ、少しだけ述べておけば、まず、主演のシム・ウンギョンと松坂桃李が熱演だった。特にシム・ウンギョンは「女性記者」を意識させない演技で、新聞記者を描くにはぴったりだった。内閣情報調査室のトップ、北村滋内閣情報官らしき人物を演ずる田中哲司は凄味がある。暗めの照明と「影」を組み合わせたカメラワークも効果的だった。パンフが完売なので、「原案」とされる望月衣塑子『新聞記者』(角川新書、2019年)をその場で購入し、隣接のカフェで読了。この記者の歩みや志やこだわりはよくわかった。

5月に米映画『記者たち』(2018年)も観ていたが、新聞社や新聞記者の描き方でこうも違うものかと思った。権力に対して新聞社も記者たちもパワフルに向き合う米国映画と比べて、日本では、内部に「首相と飯食う人々」を抱えた「迎合と忖度」の構造が存在する。映画『新聞記者』には、『記者たち』や、昨年4月に観た『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』のような爽快感もなければ、溜飲を下げるポイントもない。あるのは閉塞感である。それがいまの日本そのものを活写しているといえなくもない。

一つ希望があるとすれば、『新聞記者』がこの時期、このタイミングで上映されたことだろう。この国には、「勘繰る政治」の荒野が広がっている。政治から官僚機構、メディアに至るまで、「忖度」が「構造化」している。映画『相棒 劇場版W』の脚本を書いた太田愛さんは、「上は命令という証拠すら残さず部下に意向を汲ませて動かす」手法について、「「察して動く」という行為は昔からあるものだと思うのですが、それが権力構造の中で行動規範として求められるようになると、全く異質な強制力を持つのではないか。その強制力のもとでシステムが動き出したらと考えました」と指摘している(太田愛・水島朝穂対談「介入と忖度―憲法施行70年に寄せて」『世界』2017年6月号)。映画『新聞記者』はテレビメディアにスルーされ、人々の目にできるだけとまらないように、話題にならないように、静かに無視されている。

だからこそ、参議院選挙の公示日の6日前に全国公開するということは、かなりの決断だったと思う。その点、プロデューサー河村光庸氏は、インタビュー「あえて参院選前に公開 映画「新聞記者」なぜリスク取った」(『日刊ゲンダイ』6月28日付(27日発売)のなかで、「「テレビ業界で干されるかもしれない」と断ってきた制作プロダクションが何社もありましたし、「エンドロールに名前を載せないでほしい」という声もいくつか上がりました。」と語っているので、これは相当大変だったと思う。通常、映画の公開が迫ると、ワイドショーなどで、人気俳優に焦点を合わせた企画が出てくるものだが、松坂桃李クラスなのにほとんどなかった。選挙期間中は、この映画のことがテレビで出ることはまずないだろう。河村氏はそのリスクを承知で、あえて6月28日公開に踏み切ったわけである。

こういう映画を黙殺する一方で、この政権はいろいろと巧妙な仕掛けや趣向を打ち出してくる。河村氏はいう。「毎年恒例の首相主催の「桜を見る会」があるでしょう。官邸は芸能人や文化人をたくさん招待している。彼らの間では、呼ばれることが一種のステータスのような雰囲気が出来上がっていますよ。官邸はSNSを通じたイメージ戦略にも非常に長けていますよね。安倍首相は若者に影響力のある芸能人には積極的に会い、彼らはその様子をツイートする。思想的に近い文化人もうまく利用して、安倍政治に都合の良い色に社会を染め上げている印象です」と。

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安倍首相のタレント利用は、インスタグラムに載せる必要もあってか、前のめりである(『毎日新聞』7月3日付夕刊)。4月20日、吉本興業の「吉本新喜劇」に突然出演して、「四角い仁鶴がまーるく収めます」などとギャグをかましてご機嫌だった。6月6日には、今度は吉本所属の西川きよしらが首相官邸を訪問して、官邸の応接室で、吉田裕とすっちーの持ちネタ「乳首ドリル」を披露した。100日間も予算委員会の審議を拒否して、きちんとした答弁をしていないなか、吉本のタレントたちと官邸内で会う時間はたっぷりとる。元文科事務次官の前川喜平氏は連載コラムのなかで、「安倍首相は吉本興業がお好きのようだ」と書き、6月24日に、吉本の芸人たちが特殊詐欺グループの宴会で闇営業をしていた事実が発覚して、芸人たちが謹慎処分にされたことを指摘して、「吉本興業を利用した安倍首相のイメージ戦略は、どうやら失敗したようである」と皮肉っている(『東京新聞』6月30日付「本音のコラム」)。

ここで驚くべき情報がある。数日前、定期購読している雑誌『選択』2019年7月号が届いた。まっさきに「国内人事情報」欄に目を通す(11頁)。電車内だったので、エーッと声をあげたいところを何とかこらえた。あの詩織さんレイプ事件を起こした山口敬之氏(元TBS)の逮捕状を握りつぶした中村格警視庁刑事部長(当時)が、警察庁長官になる可能性が高いというのである(冒頭右の写真:『週刊新潮』2017年7月13日号(7月6日発売))。

「国内人事情報」の見出しは「警察ツートップ同時交替で五輪シフト」。警察庁長官に松本光弘次長が就任し、同じタイミングで警視総監に、斉藤実副総監が昇格する。松本氏は外事情報部長、警備局長を歴任して国際テロ情勢に通じ、斉藤氏は警備課長や官房審議官(東京五輪担当)を務め、昨年7月に副総監になった。副総監から総監に昇格した例は過去にほとんどなく異例。松本氏のあとの警察庁次長には中村格官房長が就く見込みという。「中村氏は、女性ジャーナリストとのレイプ騒動でTBSの元ワシントン支局長の逮捕状執行を取りやめさせたとして話題になった人物。中村氏は次の長官就任も確実視されている。」

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中村氏は、菅義偉官房長官の秘書官から警視庁刑事部長となり、安倍昭恵夫人の学校時代からの親友の弟である山口氏が所轄の高輪署に逮捕されそうだというので、その逮捕状を執行直前にストップさせるという離れ業をやってのけた人物である。岩田明子NHK解説委員と並ぶ安倍側近記者だった山口氏は、『ニューヨークタイムズ』2017年12月29日付が1面と8面を使って詳細に報道したレイプ疑惑の人物である。裁判官が出した逮捕令状を、所轄署の刑事が執行する直前に握りつぶすということは聞いたことがない。首相のお気に入りの側近記者であり、首相夫人の親友の弟でなければ考えられないことである。そんなことをやった人物が警視庁刑事部長から警察庁長官官房総括審議官、官房長となり、次の人事で警察庁次長、やがては警察庁長官という警察トップになるとすれば、世も末である。

前川喜平元文科事務次官はいう。「今は官僚が萎縮して、政治家の言うがままになっています。これは行政をゆがめる。官僚主導がいいとは思いませんが、官僚のいいところは中立性、公平性、そして全体の奉仕者という意識を強く持っているところです。政治家はどうしても一部の奉仕者になりがちで、官僚が全体を見て本当に世の中のためになることを考えないといけません」と述べ、「私が一番おかしいと思っているのは(安倍首相と近いとされる元TBS記者からの性暴力被害を訴えた)伊藤詩織さんの件です。総理の友達だったという理由で逮捕も立件もされなかったのなら、もはや法治国家ではありません。」と指摘している(前川喜平元文科事務次官インタビュー『毎日新聞』6月20日付夕刊)。

6月24日14時より参議院議員会館会議室で、「このままじゃ国民のくらしがヤバイ!公務のあり方を問う院内シンポジウム」(YouTube)が開催された。そこで前川氏が述べたことのうち、次の言葉が重要である。「最悪は中央官庁の幹部人事。安倍さん、菅さんのメガネに適う人物しか登用されない。やりたい放題、そこにいるはずのない人達がポストを占めている。霞が関の人事を変えない限り劣化は止まらない」。

中村格氏が警察庁次長、長官になれば、前川氏のいう「そこにいるはずのない人」の一例だろう。映画『新聞記者』のなかにも、詩織さん事件そっくりのケースが出てくる。また、映画では、内閣情報調査室がネトウヨの培養をやっているシーンがある。実際に内閣情報調査室のホームページをクリックすると、情報提供を求めるフォームが出てくる。「情報提供窓口」をクリックすると、「テーマ」(必須)とあり、その窓には、「カウンターインテリジェンス」(防諜)と「その他」の二つしかない。周囲にスパイらしき人間がいるか、政権に批判的な人間の動きも含めて情報収集をしている。その実態は闇のなかである。

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その一方で、「フェイスブック宰相」たる安倍首相の官邸は、さまざまなソーシャルメディアを活用している。これは従来の政権にない、安倍政権6年半の大きな変化だろう。「首相官邸が活用しているソーシャルメディア」として、最初に着手したのが「YouTube」で、2008年10月から開始された。「首相官邸チャンネル」として、安倍政権になってからかなり派手になってきた。次は、「Twitter」で2011年11月から。「首相官邸@kantei」。「LINE」は2012年10月からで、「首相官邸」の友だち数は390万。「Facebook」は2013年1月からで、「首相官邸」。最後は「Instagram」で2018年1月4日から。「kantei」には安倍首相の「やってる感」満載の写真が並べられ、お得意の「印象操作」が展開さている。

映画『新聞記者』には、SNSを常時監視し、操縦している情報調査室の姿が描かれる。実際には、もっと民間を活用して、もっと大規模に行われているだろう。いずれにせよ、SNSの世界に安倍政権がアクティヴに介入するようになってから、「あったことをなかったことにする」、あるいは「なかったことをあったことにする」ことが容易になり、また国民もそれになれてしまっているのではないか。メディアの追及も弱まっているなか、参議院選挙も静かにスルーして、安倍政権は安泰となるのか。しかし、前回の「直言」で書いたように、「魚は頭から腐る」である。この首相を頭に置いているために、国の政治と官僚機構は腐敗と腐朽性を強めている。できるだけ早く、全取っ替えする必要がある。

最後に、直言「安倍政権の「影と闇」―「悪業と悪行」の6年」で書いたことを繰り返し述べておこう。

・・・何よりも、有権者としての「1票」が決定的に重要である。安倍政権6年間の栄養は、半ば恒常化した低投票率である。・・・史上最低の投票率を更新しつつ、日本はどこへ行くのか。「二人に一人しか投票しない「民主主義国家」」からの離陸が求められている。
《付記》

7月8日、東京地裁において、伊藤詩織さんが山口敬之氏に慰謝料を求めた損害賠償請求訴訟の口頭弁論が開かれた。『東京新聞』9日付第2社会面に2段で小さく触れられた。

なお、中村格警察庁官房長については、昨年の直言「憲法存亡の年のはじめに」で書いたので、ここに引用しておく。中村氏は秘書官時代、「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターへの圧力にも関わっていた。そういう人物が警察ナンバー2になろうとしていることに注意を促したいと思う。

・・・霞ヶ関の合同庁舎2号館20階(警察庁警備局警備企画課)を司令塔にして、日本版のシュタージ監視国家の様相を呈しつつある。昨年4月から定期購読を始めた『選択』2017年8月号に、「安倍官邸「裏権力」の執行人――謀略専門の黒幕「杉田・北村ライン」」という見開き1頁の記事があった。杉田和博内閣官房副長官と北村滋内閣情報官は警備公安警察一筋。これに、中村格警察庁総括審議官・警備局付が加わる。中村は、菅義偉官房長官秘書官時代、テレビ朝日「報道ステーション」での元経産官僚・古賀茂明の発言に激怒し、テレビ局に圧力をかけてコメンテーターを降ろさせたほか、準強姦容疑の山口敬之(姉が安倍昭恵の友だちという)に対する逮捕状執行を握りつぶした時の警視庁刑事部長だった。政治家・官僚の身辺を徹底して洗う「幅広情報収集」を行う担当組織は、警察庁警備局警備企画課にあり、これは「IS」と呼ばれる(『選択』8月号113頁)。杉田は内閣人事局長も兼任し、「IS」を使った人事管理を行う。こうした面々によって、安倍官邸は、党内と官僚機構に対する戦後最強の統制機能を確保し、陰湿な政権運営を続けている。メディア統制はここ2、3年で完了した。こうして、安倍政権は支持されているのではなく、維持されているのである。・・・
(7月9日加筆)
《付記2》

映画『新聞記者』でも描かれる安倍官邸御用記者の山口敬之氏について、直言「安倍政権の「影と闇」――「悪業と悪行」の6年」で触れているので、ここに引用しておく。安倍官邸の本質がよく見えてくるだろう。

・・・山口敬之『総理』(幻冬舎、2016年)。古書店のサイトで57円(配送料256円)で買って読んだ。安倍晋三という政治家と「出会った当初からウマが合った」この記者は、「至近距離」で付き合い、政権投げ出しで落ち込む安倍衆院議員を励ます。そして、安倍の「外面の復活」を演出した官僚たちのことを書く。重要なきっかけが2012年4月、安倍の高尾山登山だという。これに同行したメンバー、今井尚哉(経産省)、北村滋(警察庁)らが総裁選に向けて、安倍を対外的闘争モードに変えていく。この高尾山登山メンバーが、いま、安倍官邸の中軸を形成している(97-100頁参照)。その一人、北村内閣情報官が、準強制性交等罪容疑で逮捕状執行直前のこの本の著者を、警視庁刑事部長を動かして救った。その過程を生々しく、かつリアル描いたのが、警察キャリアがペンネームで書いた「92%が現実」と自称する「告発ノベル」、幕蓮『官邸ポリス―総理を支配する闇の集団』(講談社、2018年)である(特に第4章「御用記者の逮捕状」96-122頁参照)。・・・
(7月10日加筆)
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