「日本のトランプ」と「3分の2堤防」――2019年参院選
2019年7月29日

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々週以来、「この人にだけはなってほしくない」という人物がトップになる傾向が続いている。とにかく目立ちたがり屋で、自己愛性が強く、マックス・ヴェーバーが政治家の「致命的な欠陥」の一つとしてあげる虚栄心(Eitelkeit)の固まりのタイプ。ウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)が、欧州(EU)議会において、わずか9票差で、欧州委員長に選ばれ、EU行政のトップとなった。その1週間後、英国首相の座に、あのボリス・ジョンソンがついた。これも悪夢である。英国のEU離脱の旗振り役で、トランプとは大変気が合う。3年前、ロンドン市内には、ジョンソンとトランプがキスをする絵が描かれた。「ベルリンの壁」ギャラリーにあるホーネッカー旧東独国家評議会議長とブレジネフソ連党書記長(いずれも当時)の兄弟キス(Bruderkuß)をまねたもので、EU離脱反対派の宣伝ポスターにもなった)。前川喜平元文科事務次官はツイッターで、「理性が本能に、知性が感情に、叡知が無知に、博愛が憎悪に、調和が独善に負けてしまう時代なのか」と、ジョンソン首相の誕生を嘆いている。同感である。

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ドイツの週刊誌Der Spiegelの最新号(7月20日号)の表紙(冒頭の写真)は、ジョンソン新首相への嫌悪感むきだしである。2016年6月23日、私はドイツで在外研究をしていたが、彼が国民投票の結果に驚き、姿を隠し、マスコミから逃げ回ったのをよく覚えている。そして保守党の党首選への不出馬宣言。英国という車を木に衝突・大破させて逃げ去るジョンソンを、ドイツ紙は「敵前逃亡」(Fahnenflucht)に引っかけて、「運転手逃亡」(Fahrerflucht)と皮肉った。3年前の国民投票直後のジョンソンの見苦しい振る舞いを私は忘れない。彼はトランプと意気投合して、「米英第一主義」でヨーロッパを攪乱していくだろう。

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『南ドイツ新聞』7月21/22日付は、安倍首相について「日本のトランプ」という見出しで、この政権の6年間を「信じられないほど悪い」と総括しつつ、本人の自己主張の強さに驚いている。この記事で初めて知ったのだが、白人至上主義者の元大統領首席戦略官スティーブン・バノンが今年3月に東京の自民党本部で講演した際、「安倍首相は、トランプの前からトランプだ」と激賞したというのである。トランプは“Make America great again”とぶちあげたが、安倍は2013年にすでに「日本を取り戻す」と呼びかけていたことが根拠だ。「米国で最も危険な人物」と評されるバノン。『南ドイツ新聞』は、「アメリカ大統領のイデオローグは、日本の首相を「グローバルなナショナリズム運動の先駆者であり英雄」と呼んだ」と書き、「安倍がトランプと同様にメディアを軽んじ、民主主義を空洞化しようとしている」とも。「7月初旬以来、安倍は韓国に対する貿易戦争をしかけた。これもトランプ同様、政治的動機〔日本の場合、徴用工問題〕からのものである」と。鋭い指摘である。では、この「日本のトランプ」は第25回参議院選挙で勝利したのか。

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7月21日夜、投票終了前から秒読みが始まり、午後8時になった瞬間、例によって、NHKは左の写真にあるテロップをドーンと出した。「改憲勢力 85議席に届く可能性も」。生放送の開票速報は政治部が仕切るので、このテロップを出す判断は政治部出身の「編責」(部内用語で編集責任者のこと)がやったのだろう。ただ、開票結果を大きく予測する重大判断なので、政治部長、さらには「官邸忖度」で著名な小池英夫報道局長の実質的な決裁を受けていると推測される。

だが、このNHKが早々と出した「3分の2超え達成」の改憲への希望的観測は、開票が進むにつれて怪しくなっていった。とりわけ東北6県のうちの3分の2(宮城、山形、秋田、岩手)において野党統一候補が勝利したことにより、改憲に必要な「3分の2超」は吹き飛んだ。テロップは「可能性も」だったので、「誤報」とは言わないが、小池局長の希望通りの流れにならなかったことだけは確かである。自民党は比例区で、2016年より240万票も減らした。選挙区の絶対得票率(全有権者比)は18.9%に落ち、改選議席を9議席減らし、参議院での単独過半数を失った。どこから見ても「勝利」とはいえない。

安倍首相は、島田敏男NHK名古屋拠点局長らを投開票日の翌々日(23日)にイタ飯で慰労している(「首相動静」欄参照)。党三役との中華料理店(東麻布3丁目)での慰労会を30分足らずで切り上げ、2.5キロ離れた赤坂3丁目の高級イタリア料理店でNHKなどマスコミ関係の「飯食う人々」(当然、田崎史郎も含まれる)と2時間以上過ごした。岸田文雄政調会長の不機嫌な顔を見ながら酒を飲みたくないという気持ちもあっただろうが、何よりマスコミへの慰労というより、注文をつけたかったに違いない。なぜ得票数と議席数を減らしたのか。「改憲勢力 85議席に届く可能性も」とNHKがせっかく打ったのに、なぜその通りにならなかったのか。

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選挙区の場合、前述した東北4県での野党統一候補の勝利は重要である。特に注目されるのは秋田選挙区(改選数1)である。野党統一候補の無所属新人の女性候補が、自民党現職に2万票あまりの差をつけて初当選した。政府が地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を秋田市の陸上自衛隊新屋演習場に配備する計画が大きな争点となり、これに反対を明確にした女性候補が推進派の現職を振り切った。地元の『秋田魁新報』7月23日付1面を見ると、イージス配備反対が60%である。しかし、菅義偉官房長官は、この選挙結果が出てもなお、「イージス・アショア」の導入に変更なしだそうである。

今回から1人区となった宮城選挙区では、安倍首相が公示日に応援に駆け付け力を注いだ現職が野党統一候補に破れ、参院で自民は宮城の議席をすベて失う結果になった。同様に、山形選挙区でも自民現職が野党統一候補に敗れたことで、60年振りに山形の議席を失った。

民意が辺野古新基地建設ノーと確定していてもなお、菅官房長官は方針に変更はないという沖縄選挙区(改選数1)はどうか。野党統一候補の高良鉄美氏(琉球大学名誉教授)が大差で勝利した。昨年8月19日に、琉球大学で高良ゼミとの3度目の合同ゼミを行った。5つのグループに分かれて、沖縄の基地問題から沖縄の今後(県知事選挙の行方)まで討論した。この写真の奥に並んで座るのが高良教授と私である。高良氏の勝利で、沖縄の民意はパーフェクトに辺野古新基地ノーとなった。

ところで、安倍首相が自ら応援に乗り込んだ重点区で議席を失っている。その最たるものが、新潟選挙区である。下関と北九州を結ぶ「安倍・麻生道路」をめぐる「忖度発言」で国土交通副大臣を辞任して有名になった塚田一郎氏のために、2回も応援に駆け付けた。その演説は露骨に差別的だった。「お父さんは恋人を誘って、お母さんは昔の恋人を探し出して、投票所に足を運んでください」。これは断じて「いい間違い」ではない。塚田氏は落選した。

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さらに、側近中の側近である元首相補佐官の礒崎陽輔氏は、大分選挙区で、新人の野党統一候補に約1万6000票差をつけられて落選した。礒崎氏は首相補佐官時代の2015年に安保法制審議をめぐって「法的安定性は関係ない」などと暴言を吐いて謝罪に追い込まれた。「かつて内閣法制局参事官になり損ね、いま「安倍の威を借りて」、裏の「内閣法制局長官」を自負している磯崎陽輔氏は、「憲法改正を国民に一回味わってもらう」と語った人物である。さらに、加計学園問題の舞台であり、首相も応援に入った愛媛選挙区でも野党統一候補が当選した。

比例区でも、自民の現職議員は落選した。井上義行氏もその一人である。第一次安倍内閣の2007年5月、国民投票法の成立を焦った安倍首相は、井上首相秘書官(当時)を通じて自民党国対に採決を急がせた。そのため審議が不十分になり、附則に「宿題」を盛り込み、18項目もの附帯決議をつけて、たくさんの課題を先送りすることになった。その井上元秘書官が、今回、比例区で落選した。なお、井上氏はかつての浪人時代、目立った著書も論文もないのに、加計学園の千葉科学大学客員教授になっている。これは萩生田光一官房副長官と同じである(彼の場合は「名誉客員教授」)。千葉科学大学は、安倍側近の浪人時代の肩書維持装置になっているようである。この秋学期から、井上義行客員教授の授業が復活するのだろうか。

今回の参議院選挙の際立った特徴は、投票率が5割を割り込んだことだろう。48.8%という数字は、過半数の有権者が選挙に参加しなかったことを意味する。5割に達しなかった前例は1995年の44.5%だけである。社会党の村山富市委員長を首相にした「自社さ政権」下で行われた参議院選挙で、いずれの側にも政治への失望がくっきりとあらわれ、国民の過半数が選挙に背を向けた。

ドイツでは、投票率60%台は「民主主義の危機」といわれる。投票率48.8%というのはまともな民主主義の姿ではない。「二人に一人しか投票しない「民主主義国家?」」が定着したのか。特にひどかったのは、合区となった徳島・高知選挙区である。候補者が元高知県議だったため、徳島県では38.59%という最低記録となった(3年後は高知県が最低投票率となることが見込まれる)。

それでも、野党統一候補が勝利した東北4県や新潟、愛媛、大分などでは平均を上回り、与野党激戦の山形県は60%を超えた。ドイツでは、80年代に注目されてきた「政党嫌い」(Parteiverdrossenheit)の傾向が近年さらに強まっているが、「非選挙人」(Nichtwähler)というのは単なる棄権者ではなく、選挙を積極的にボイコットする人々も含む。また、「抵抗選挙人」(Protestwähler)というのは、支持政党を変えて、極端な主張の政党に入れることで抵抗意思を示す傾向をいう。今回の参院選で投票率が40%台後半になったということは、単に選挙に無関心というだけではすまない、民主主義にとって深刻な問題を含んでいるように思う。「N国党」が政党要件を得るような得票をしたこともまた「抵抗選挙人」という意味で無視できない。

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今回、特に注目されるのは「れいわ新選組」(山本太郎代表)が228万票を獲得して、得票率4%で、政党要件(2%以上)を充足したことである。今回の選挙の唯一の勝利者といえるかもしれない。マスコミの完全スルーのなか、SNSを駆使して、これだけの得票をしたことはすごいことである。自民党が参議院の合区を都合よく調整するために作った比例「特別枠」という「党利党略」的制度を活用して、重度の障がいをもつ候補者を当選させるなど、まず考えつかないアイデアである。東京選挙区で出れば高位当選が見込まれるのに、比例第3位に自らを置くという捨て身の判断はなかなかできるものではない。政党要件を具備したのでマスコミはスルーできず、NHK日曜討論などテレビ番組への出演の機会が増える。山本氏の戦略的勝利である。今回、「れいわ」には野党側からかなりの票が流れたようで、怒りの「抵抗選挙人」によって勝利したという面がある。

『南ドイツ新聞』7月23日付は、「れいわ新選組」の木村英子氏を「日本で最初の障がいをもった議員」として写真付きで詳しくプロフィールを紹介し、今回の参院選を、「反エスタブリッシュメント選挙」と注目している。重度障がい者、同性愛者、反原発活動家、28人の女性議員(東京選挙区で共産党も当選)・・・。「これだけ既成の秩序に反対する選挙は、これまでの長く日本の議会に存在しなかった」と結んでいる。

この選挙では、どう考えても憲法改正は主要論点にならなかった。朝日新聞社は選挙翌日に行った全国世論調査(電話)の結果、「安倍首相に一番力を入れてほしい政策」は「年金などの社会保障」が38%と最も高く、「憲法改正」の3%が最も低かった(『朝日新聞』7月24日付一面トップ)。ところが、安倍首相は「(憲法改正を)少なくとも議論すべきだという国民の審判は下った」と勝手に解釈して、任期中の改憲をあきらめる様子はない

日本国憲法は民主的二院制を採用し、参議院は「国権の再考機関」としての意味をもっている。憲法改正という最重要で、かつ最も慎重な扱いを要する問題について、「両議院の総議員の3分の2」を発議要件としている。参議院の選挙が注目されるのは、その「再考」性と、両院にまったく対等に憲法改正について「総議員の3分の2」の堤防を設定していることである。憲法改正だけは衆議院の優越が認められていない。その参議院において、今回、改憲勢力は3分の2に届かなかった。これは堤防の決壊を防いだ選挙だったといえるだろう。

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だが、これに対して、「3分の2には届かなかったが、憲法改正に反対の民意が示されたとみるのは正しくない。・・・与党が勝利したことで、むしろ憲法の議論を進めることに一定の信任を得たと受け止めるべきだろう。元々、3分の2はそれほど重要な数字ではない」(井上武史『読売新聞』7月23日付)という逆の評価もある。憲法96条が「総議員の3分の2」を要求することをここまで過小評価する憲法研究者が出てきたことに驚く。憲法学をディスることに熱中する人物の影響を受けたのかもしれない。

「3分の2」堤防を崩すべく、安倍首相は国民民主党に手を伸ばす。これにすぐに応えたのが玉木雄一郎代表である。7月25日放送のインターネット番組で、改憲について問われると突然、「私ね、生まれ変わりました!安倍総理、たしかに総理の考えと私、違いますけど、憲法改正の議論はしっかり進めていきましょう!」と語ったという。野党統一候補を立てる際の合意事項の1番目に、「安倍政権が進めようとしている憲法「改定」とりわけ第9条「改定」に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くすこと」とある。他党から支援をもらって当選した候補もいるのに、玉木氏の発言はこの合意に反する。「3分の2堤防」の維持の課題は引き続き論じていくことにしよう。

最後に、「れいわ新選組」の2人の議員は、国会のあり方を変えていくだろう。彼らが参議院に登院できるために、いま国会のさまざまなところが改修中である。『東京新聞』7月26日付1面トップは「国会バリアフリー化」。今後、この二人の存在が与える影響は、「国民代表」の多様性とともに、予想外に大きいものになるだろう。

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