「主権回復の日」?――自衛隊『朝雲』コラムも疑問視        2013年3月25日

倍内閣が発足して3カ月になる。「アベコベーション」現象はこの国のすべての分野に広がっている。とりわけ「TPP (交渉)参加」は、農業や国民皆健康制度などを危うくする、言うところの「国益に反する」ことになりかねないはずなのだが、首相は「強い農業」「アジアに繁栄をもたらす」「ピンチでなくチャンス」と歯が浮くような言葉を羅列して、「日本の農を守り、食を守ることをここにお約束します」と断言している食料自給率を下げ、農業に壊滅的な打撃を与えるおそれがあるしISDS条項(投資家と国家の紛争解決)を認めさせられれば、遺伝子組み替え食品や添加物への規制が高額の損害賠償の威嚇にさらされる可能性もある(『東京新聞』3月20日付「こちら特報部」「ISDS条項の危うさ――米資本による統治懸念」参照)。安倍首相はのっぺりとした「国益」という言葉を乱発するが、これは一体誰にとっての利益なのか。冷静かつ慎重に考える必要がある。しかも、この国の交渉力のなさ、特に米国に対してはほとんど「イエス」しか言わないできたことは、誰しも認めるところだろう。米国に対する異様なホストぶりについては触れるまでもないだろう。なお、安倍首相の「お約束します」という言葉が信用できないことは、年金問題における大言壮語を想起すれば十分だろう。

 トドメは「どうか私を信頼してもらいたい」(3月16日、自民党全国幹事長会議)である。「それを言っちゃあ、おしめえよ」の世界である。にもかかわらず、メディアに批判的視点はきわめて弱い(全国紙の社説は特にひどい)。せいぜい一部ブロック紙や地方紙が批判的社説を出した程度である (『北海道新聞』『愛媛新聞』『佐賀新聞』『琉球新報』3月16日付)。メディアは「世界の出来事の表象を生み出すと同時に、片端から忘れさせていく『忘却装置』である」(石田英敬「『負の時代』のメディア政治のゆくえ」『世界』別冊「政治を立て直す」2013年3月所収)とされる所以である。

 安倍首相は、どこからどこまで勘違いの人なのだろう。「アメリカとの信頼関係」を重視して、辺野古を埋め立てると言ってしまう《追記》。沖縄県知事に真正面からのっぺりと語る感覚はすごい。これまでの首相たちなら、どこかで「後ろめたさ」を感じさせたが(直言「なぜ辺野古なのか」)、安倍首相には皆無である。沖縄防衛局長の発言に対する沖縄の怒りはストレートだった。だが、安倍首相は真っ直ぐ、あまりに真っ直ぐのため、沖縄は怒りを発するよりも、むしろ脱力感を生んでいる。だから、あっけらかんと「主権回復の日」なる式典まで決めてしまった。「アベコベーション」効果全開である。

 4月28日、「主権回復を祝う」式典が、「統合の象徴」(憲法1条)たる天皇も参加して、政府主催で行われる。3月12日にその閣議決定が行われた。初めてやるのに61周年というのはいかにも中途半端である。ただ、60周年のときは野党だったというのがその理由である。また「4月28日を『主権回復の日』に」と衆院選政策集に入れていたので、「公約だからやろう」と首相主導で決まったという(『朝日新聞』3月13日付)。閣僚からも党内からもこれを諌める声は出なかったようだ。最高権力を手に入れた小心な権力者によくあるパターンで、「ボク、やるんだもーん」という感覚である。沖縄県知事は「全く理解不能だ」「今ごろ(開催するのは)何なのか。理由が分からない」と不快感を示したというが(『琉球新報』3月13日付)、当然である。沖縄の人々の脱力感はいかばかりか。まったく分かってない人間が、お目々キラキラ真っ直ぐに向かって来るとき、人はすぐには怒りが出てこないものである。

 『産経新聞』3月13日付社説だけは、「独立回復の日 主権守り抜く覚悟新たに」と手放しで評価している。産経的感覚では、主権を脅かす深刻な事態として、尖閣諸島、竹島、北方領土、拉致問題を挙げる。安倍首相も同じ感覚である。だが、一番大きな主権侵害が欠けている。それは米国による主権侵害である。

この「主権回復の日」について、沖縄では一時の脱力感から抜け出し、徐々に怒りが沸き上がってきている。早い時期のものでは、『沖縄タイムス』3月9 日付社説がある。

  《…奄美の人々は郡民大会や断食祈願、復帰陳情などを繰り返し、条約が発効した4月28日には弔旗を掲げて抗議した。沖縄の人々はこの日を『屈辱の日』と呼んだ。民間の式典であればとやかく言うつもりはないが、県民が『屈辱の日』と位置づけてきた4月28日を政府主催で祝うとなると、話は別だ。…「4.28」が主権回復の日であるというのは、沖縄を除いたときに言えることであって、沖縄にとっては、主権は事実上失われ、行使できなくなった日なのである。沖縄の半主権的状態は今も続いている。沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落したときの、地元警察、地元消防を排除した米軍の現場検証と機体押収がその典型例だ

 『琉球新報』3月13日付社説は「過重負担押し付け祝宴か」と題してこう書く。

《…沖縄、奄美など南西諸島、小笠原諸島が日本から切り離され、米軍による異民族支配が始まったこの日を、沖縄は「屈辱の日」として語り継いできた。政府がこうした歴史を顧みず『主権回復』をことほぐのは、県民を愚弄するような話だ。…27年間の過酷な米軍統治を経て、沖縄の施政権は72年に日本に返還された。だが、県民が望んだ「核抜き本土並み」という米軍削減は進まず、今でも沖縄は在日米軍専用施設の74%が集中している…。日米地位協定で特権的地位を保障された米軍は日本国内で基地の自由使用をほしいままにする。主権は「回復」どころか、脅かされたままだ。…沖縄が今も基地過剰負担にあえいでいることを知らない、知ろうとしない国民が増えていることこそ問題だ。…》

『沖縄タイムス』14日付社説は前回より踏み込み、「差別」や天皇に言及する。

《…講和条約によって主権を回復したのは、いわば『マジョリティーの日本』である。沖縄、奄美、小笠原という本土から離れた『マイノリティーの日本』は、条約第3条によって主権(施政権)を奪われ、米軍の統治に服したのだ。…憲法は、天皇の地位を「国民統合の象徴」だと位置づけ…ている。国民を分断しかねないような、評価の分かれる政治的式典に出席を要請すること自体、違和感を禁じ得ない。式典に出席するというのは果して本意なのだろうか。》

 『琉球新報』18日付社説「まず歴史を知るべきだ」は、こう安倍首相を批判する。

《人は誰しも過ちを犯す。とりわけ、歴史を正しく認識しないときに過ちを犯すものだ。…講和条約は沖縄を『質草』に差し出して独立した条約だ。その施政権切り離しが今日の基地集中を招いた。そして〔岡崎・ラスク〕交換公文と地域協定で主権を売り渡したために、県民の人権・尊厳を脅かす結果となった。これを祝えるわけがない。》

 沖縄メディアが怒るのは当然だが、自衛隊の準機関紙『朝雲』のコラムが微妙な書き方をしているのが注目される。私はこの自衛隊の新聞を33年間定期購読し、防衛計画や演習の状況、幹部人事から福利厚生、地方防衛局の活動から投書欄まで読んでいる。一面下のコラム「朝雲寸言」3月14日付は「オヤッ」と思って切り抜いておいた。書き出しは、私が昔書いた文章とも重なる。

《那覇空港に向けて沖縄西方を南下する民航機は、大きく高度を下げて飛行する。間近に迫る青い海とサンゴ礁に、機内では歓声が上がることもある。航空会社のサービスだと思う乗客もいるだろう。▲着陸前は徐々に高度を下げるのが、安全であり基本だ。だが、沖縄西方は米軍嘉手納飛行場への進入路のため、民間機は低い空域を飛び続けざるを得ないのだ。それを知れば、同じ低空飛行でも乗客の受け止め方は違うはずだ。▲安倍首相は3月7日、サンフランシスコ講和条約が発効、日本が独立を回復した1952年4月28日を記念し、今年の同じ日に、式典の開催を検討していることを表明した。「日本には長い占領期間があったことを知らない人も増えている」というのがその理由だ。▲「主権回復を祝うのが目的ならお断りだ」――。首相の発言に沖縄では反発の声が上がっている。この日は、敗戦国日本が独立を果たす一方で、沖縄は軍事戦略上の理由から、米国の施政権下にとどめ置かれたからだ。▲沖縄では4月28日を祖国から切り離された「屈辱の日」と呼ぶ。明と暗。同じ日でも受け止め方はまったく違う。だが、長い占領期間があったことも、沖縄がたどってきた苦難の道も、知らない人が増えていることは事実だ。▲どちらも忘れてはいけない。そして日本が主権を失うに至った経緯も忘れてはならない。一番怖いのは、そうした歴史を何ひとつ知らないということだ。》

 まっとうな文章である。「日本が主権を失うに至った経緯」とは、解釈のしようによっては、敗戦→占領の経緯だけでなく、沖縄等が4月28日に「主権を失うに至った」経緯と読めなくもない。冒頭の文章は、「現在も沖縄の空に日本の主権はない」ということを語っているので、4月28日は、形を変えて、改めて「主権を失うに至った」日ということになる。そういう「経緯も忘れてはならない」ということも含むのか。もっぱら自衛隊員(沖縄出身の隊員もいる)が読む新聞のコラムが、安倍首相の「4月28日を祝う式典」に対して必ずしも共感していない証ではないだろうか。

 「朝雲寸言」も書いているように、那覇空港に着陸する航空機は、10キロにわたって300メートルの低空飛行(燃料を多く消費し、機体も不安定)を強いられる。米空軍嘉手納基地を中心に半径90キロ、高さ6000メートルの空域は日本ではない。「嘉手納ラプコン」という。このあたりの事情は、照屋寛徳衆議院議員の質問主意書(2005年6月9日)政府答弁書(内閣、同6月17日)に詳しい。

 実は「嘉手納ラプコン」と同様のものが、首都東京上空にも存在する。「横田ラプコン」である。1都8県の上空4000〜5500メートルがすっぽり米軍の専管空域になっているので、羽田空港から大阪など西日本方面に向かう飛行機は、離陸後、「横田ラプコン」を超えるために房総半島方面にまわり、急旋回と急上昇をしなければならない。これによってより多くの燃料と時間が消費されている。那覇空港に着陸する時、「青い海が長く見られる!」という現象の裏にある「嘉手納ラプコン」の存在、羽田に向かう飛行機が妙に千葉上空で旋回するという現象の裏にある「横田ラプコン」の存在。どれをとっても、この国の「主権」が未だに回復していないことがわかるだろう。それもこれもすべて、サンフランシスコ講和条約締結直後に結ばれた旧日米安保条約と行政協定に原因がある。いずれも1952年4月28日の発効である。

 その意味で言えば、4月28日は「本土が独立する一方で、沖縄・奄美・小笠原が米国統治のもとに置かれた日」という言い方は必ずしも正確ではない。日本全体が、安保条約・行政協定によって主権を侵害される状態が始まった日ということになろう

 なお、2010年3月31日をもって、「嘉手納ラプコン」は日本に返還され、国土交通省所管の那覇進入管制区となった。だが、これは飛行制限の緩和に過ぎず、全面返還ではない。米軍の飛行計画に支障のない範囲内で、日本側が運用できるにすぎないからである(琉球朝日放送2010年3月31日放送参照)。「空の主権回復」はまだ実現していない。

 そのあたりの事情は、前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社、2013年)が分かりやすく説明しており、必読である。


《付記》TPPの写真は2011年8月、松江市内で撮影。最後の写真は、読谷村役場の門柱横で2010年8月撮影。


《追記》本稿脱稿(3月21日)の翌日、防衛省は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古沖移設に向けた公有水面埋め立て承認願書を沖縄県に提出した。仲井真知事は「県内は不可能」として県外移設を求めており、県内41市町村長も県内移設に反対している。

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