「総理総裁」が死語になった日 2009年9月7日

理総裁」という特殊日本的な政治用語がある。自民党という一政党の党首にすぎない総裁が常に内閣総理大臣であることによって生まれた言葉である。メディアは、何の留保もなしに、無自覚かつ無批判に、この言葉を使ってきた。そして、「総裁選挙」という一政党内の党首選びを、毎回、国政選挙並みに詳しく伝えてきた。2006年9月、秋葉原駅頭で、麻生太郎が満面の笑みを浮かべて「オタクの皆さ〜ん!」と呼びかけたが、一体、秋葉原電気街に「有権者」である自民党員は何人いたのだろうか。

こうして2006年からは毎年9月に、安倍福田、そして麻生と3年続けて、国政を事実上ストップさせて、一党の党首選挙が行われてきた。一党独裁国家ならば、党書記長と国家のトップがずっと同じ人物ということはよくあるが、民主主義国家においては普通考えられない。だが、この国では、自民党が常に第一党であり続けるという状況のなか、「総理総裁」という不可思議な言葉が通用してきたわけである。

もっとも、過去に一度だけ、9カ月という短い期間だが、総理=総裁ではなかった時期があった。1993年8月。細川連立政権時の河野洋平自民党総裁である。「総理」になれなかった唯一の「総裁」として記憶されている。その総理=総裁ではなかった人物が、この8月に政界を引退した。最後の仕事は、衆議院議長として解散詔書を読み上げることだった。そして、その解散による総選挙によって、「総理総裁」という言葉が死語の世界に入ったことは、何とも皮肉である。

8月30日、「総理総裁」麻生太郎のもとで戦われた第45回総選挙の結果が出た。麻生総理が解散権をもてあそび、任期満了ギリギリ近くまでひっぱって行われた総選挙。結果は自民党の「歴史的惨敗」だった。

投票率は69.28%。28道県で70%を越えた。小選挙区比例代表並立制のもとで行われた5回の選挙のなかで最高の投票率だった。結果は、自民党は300から119へ、民主党は115から308へと、議席数で完全に逆転した。公明党は31から21へと10議席減だが、党首と幹事長が落選するなど完敗だった。もともと「クリーンな野党」として政治の世界に登場したはずなのに、すっかり与党なれして、支持母体の離反を招く結果となった。他方、共産党は小選挙区立候補者を半減させる形で、また社民党は連立を見越した選挙協力という形で、それぞれ民主党躍進に「貢献」しながら、自らは得票数・得票率ともに減らすという結果になった。特に共産党は2003年以来、9議席という、二桁に乗れない状態を3回も続け、得票率も着実に減っている。なお、その8年間、連戦連敗でも選挙対策局長が辞任することなく、同じ人物というのは、日本政党史上の隠れたるレコードになるだろう。

さらに、国民新党は党首、幹事長が落選し、1議席減となった。新党大地、新党日本は議席を確保し、「脱・官僚」を訴えた元行革大臣の党(「みんなの党」)は発足3週間で300万票の大量得票をして、5議席を得た。

「自民党6割減」というこの結果をどうみるか。私は端的にいえば、「総理=総裁システム」の崩壊とみている。つまり、国家と社会を媒介する機能を有するはずの政党が、半世紀以上にわたり、国家と一体化して、今日の歪んだ格差社会を極点にまで押し進めてきた、そのシステムが崩れたのである。全国津々浦々で自民党への怒りが噴出して、小選挙区制の振り子効果を最大化させることになった。この「民主党308」という数字は、国民が積極的に民主党を選んだというよりも、自民党への怒りと失望があまりにも大きかったということではないか。また、そうでなければ説明がつかないような、「とてもつもない」数字が全国的に出てきた。

端的な例をあげる。山梨県は、あの金丸信副総裁の地元で、きわめて保守色の強い県である。私も山梨県弁護士会の企画に協力して、自民党衆議院議員と改憲問題で論争したことがあるが、「小泉チルドレン」の彼は小選挙区において、ダブルスコアで敗退した。今回、山梨自民党は結党以来、初めて「議席ゼロ」になった。地元の市町村長らは、陳情をする議員がいなくなって、他県の自民党代議士にでも頼むかという話も出ているという(『山梨日日新聞』9月1日付)。前代未聞のことである。自民党は比例区で前回より707万票減らした。とりわけ近畿と、山梨を含む南関東ブロックの落ち込みが顕著である。「議席ゼロ」となった県は13にものぼる。思わず、「ベルリンの壁」が崩れ、絶対的権力をもっていた社会主義統一党(SED)が、統治能力も党治能力も失って自壊していく過程を想起した。

『サンデー毎日』9月13日号は「民主革命」、『週刊朝日』9月11日号「民主党革命」など、「革命」という表現が目立った。「8.30」は「お日様とお月様がひっくり返るような結果」、つまり「308」となった。

アメリカ独立宣言(1776年)には、いかなる政治の形態でも、人民の生命・自由・幸福の追求という目的を損なうようなものになったときは、「人民はそれを改廃し、かれらの安全と幸福とをもたらすと認められる主義を基礎とし、また権限と機構をもつ、新たな政府を組織する権利を有する」とある。国民生活をぶっ壊した自民党政治を、国民が一票によって打ち砕いたのである。

「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉純一郎の「公約」は、めぐりにめぐって、ついに実現したといえるだろう。安倍晋三が2007年参議院選挙の際、「社会保険庁をぶっ壊す」と叫んで、その直後、自らぶっこわれて政権を投げ出した。その後の政治の迷走と混迷と混乱は、ここで繰り返すのも「はんざつ」なので省略する。ともあれ、1年前に成立した「麻生お一人様内閣」。その終わりは何とも物悲しい。総選挙後最初のぶらさがり記者会見(9月2日)を見ると、「国民的人気がある」といって持ち上げたメディアの前で、自らがマンガになっていることに気づいていない姿は、どこか哀愁が漂う

実は「自民党政権の終焉」は、投票日の前日、永田町の風景からも感じられた。私は、8月29日、パソコンの修理に都内に出たついでに、タクシーを飛ばして、国会議事堂に向かった。議事堂が73年ぶりに化粧直しをしているというので、それを外側からだけでも撮影しておこうと思ったのだ。外壁の御影石の汚れを高圧水流で洗い落とし、「白亜の殿堂」が復活するとされている。この日午後1時にタクシーで接近した時は、新聞でみた前面のシートは取り外されていたが、玄関部分は白くなっているのが確認できた。大型クレーンが議事堂の背後から突き出てみえるのも珍しい

帰途、民主党本部の前を通ると、第3機動隊(目黒)の大型輸送車2両と常駐警備車が停車していた。通り過ぎようとして、思わず「これは!」と思い、タクシーを停車させて撮影に入った。写真をよくご覧いただきたい。一番手前が「カマボコ」と呼ばれる常駐警備車である。野党の民主党本部が、1個中隊(約70人)規模で、これだけ厳重な警備態勢のもとにあるのを見たことがない。自民党本部がどうなっているか急に気になって、車を自民党本部に向けた。写真をご覧いただきたい。小型輸送車と中型輸送車が各1両あるだけである。これはすごい光景である。投票日前に、民主党本部は、警備対策上、政権党の本部扱いになっていたのではないか。

他方、自民党本部には、「みんなありがとう」という緑色の巨大垂れ幕が下がっていた。まるで政権を去る挨拶のようにも見えた(実際は「緑のチカラ」というイベントのためのもの)。投票日の前日、永田町の風景は、翌日の結果を予見するかのようだった。なお、投票日当日、自民党が主要各紙に出した全面意見広告は目を疑った。日の丸を背景に「日本を壊すな」というタイトルで、「日本経済を壊すな」「日教組に子供たちの将来を任せてはいけない」といった、「イデオロギー」むきだしの時代錯誤的雰囲気をたたえていた。「これで終わった」と思った。

さて、海外メディアで日本の政治が大きく取り上げられることあまりない。しかし、今回の総選挙は破格の扱いだった。ネットでドイツ各紙をサーフしても、今回の政権交代の扱いは非常に大きい。ドイツの一流紙Frankfurter Allgemeineの8月31日付は「日本のケネディが目標を達成した」という見出しで、鳩山の出自とキャリアから、夫人の「密教的」関心まで詳しく紹介し、鳩山の「我々は日本を変えるだろう」という言葉で結んでいる。Die Welt紙9月1日付のタイトルは「日本のET」。吉田茂と鳩山一郎の孫の決闘という因縁対決も伝えている。左派系のdie taz9月1日付の見出しはズバリ「孫たちの戦い」(Der Kampf der Enkel) である。いずれも、54年の長きにわたり自民党が政権党にあったこと、また、政党のトップが、祖父を首相にもつ孫たちで戦われたことに、伝えても驚きを感じていることが伺える。

最後に、今回の総選挙の意義と問題点を、さしあたり次の3点指摘しておこう。

第1に、この選挙結果は、小泉「構造改革」の荒野からの復興に向けた最初の一歩だということである。私は2009年を「日本社会の復興の年」と位置づけた。いま、ようやく「復興」に向けた動きが始まったといえるだろう。民主党政権にその能力があるか。私は決して過大評価はできないと思っているが、「マニフェスト」への支持を訴えて勝利した以上、国民の関心はきわめて高く、いい加減なやり方をすれば、来年の参議院選挙で確実にしっぺ返しがくる。そのことをよく理解しているはずだから、「見える形」で「マニフェスト」の具体化をはかっていくだろうと思う。この復興は4年では無理だが、できることから実現していくことが肝心だろう。特にその政策実現過程を可視化させていけば、かりに実現までに時間がかかっても、国民の理解は得られるだろう。そして、自民党時代の手法はことごとく検証の対象にすること。そのことで、「ムダ」が生まれる原因も明らかとなり、根本的な解決への手がかりが見えてくる。税金のムダ使いも「聖域なし」にメスを入れるべきである。民主党はバラバラで、一枚岩でない分、むしろ決定過程の揺らぎやブレがメディアを通じて報道され、かえって議論を重ねた上での決定・実行になるだろう。迅速・決断・実行という言葉が上滑りし、どこで決まったのかわからないことが、既成事実のように国民に押しつけられるようなことは、今後はできなくなるだろう。またそうしていかねばならない。その意味では、自民党時代の各種の審議会のあり方については、根本的な検討が求められる。

第2に、この選挙結果は、小選挙区比例代表並立制が最も「威力」を発揮したものといえるが、他方、この選挙制度の矛盾や問題点も劇的に明らかとなった。すでにこの選挙制度の問題性については、あちこちで論じてきた。この制度を「毒饅頭」といって、それでも食べるといったのが、旧社会党・久保亘書記長だった。その結果、旧社会党はどうなったか。選挙5回目にして、今度は自民党が消滅モードに入った。「『並立』と『併用』の弊害」でも述べたように、この制度には重大な問題がある。

民意というのは多様であり、それを何らかの形で「集約」することは必要だが、むりやり二つに絞り上げるのは「民意の集約」ではなく、「民意の圧縮」になりかねない。憲法の観点からいえば、「民意の反映」が第一義的である。その後の政治のありようについて憲法は政治の世界に委ねているが、そこの「集約」の形が「民意の反映」を著しく損なうような場合、憲法との緊張関係が生まれる。学界には「小選挙区制違憲論」もあるが、憲法47条が選挙区・投票方法について立法に委ねている以上、選挙制度それ自体を違憲とするのは簡単ではない。選挙権の平等、あるいは投票価値の平等を著しく棄損するなどの場合に違憲の問題も生じうる。なお、神戸学院大の上脇博之氏は、各党の得票率と議席占有率を挙げながら、民主党の308は「過剰代表」であると批判し、この選挙制度は廃止するしかないと批判している他にも重要な指摘をしており、一度参照されたい。時同じくして、今月27日にはドイツの総選挙が行われるが、ドイツは小選挙区比例代表併用制であり、日本とは逆に5つの政党による多党化現象が進むとみられている。日本の制度は、小選挙区制を基軸にした制度設計になっているため、最も基本的な憲法的価値である「民意の反映」という面で大きな問題が存在しているのである。

民主党の「マニフェスト」には、「ムダづかい」をなくすという観点から「国会議員の定数を削減する」とあり、具体的には「衆議院の比例定数を80削減する」としている。これはまったく不見識である。税金のムダづかいをなくすというのは正当だとしても、その脈絡だけで議員削減を語るべきではない。「民意の反映」という観点から最も親和的な仕組みは比例代表制である。最近、細川護熙元首相は、94年の「政治改革」のなかで、当初は定数500を小選挙区250、比例区250に分けると考えていたと打ち明け、いつの間にか小選挙区300、比例区200になっていたと述べている(『朝日新聞』2009年8月9日付)。細川は「穏健な多党制」を理想としていたという。比例区が250あれば、小政党の議席はもっと増えていただろう。2000年の選挙法改正では、小選挙区は現職優先でそのままにして、比例区を1 割カットして180にした。これをさらに80カットすることは、「民意の反映」をさらに犠牲にすることになる。

聞くところによると、民主党内には、比例を完全に廃止して小選挙区400にし、都市部に2人区をつくることで、二大政党制につなげるという意見もあるようだ。これはいわば上からの「政党淘汰システム」である。強引に二大政党制をつくるというのは古い発想である。ドイツのボン民主制は二大政党(キリスト教民主/社会同盟または社会民主党)+自由民主党という3党制が長かったが、いまは多党化が著しい。9月27日の総選挙は、5党制の定着を示すことになるだろう。私は、「穏健な多党制」が日本には合うと考えているし、そのための選挙制度は中選挙区制である。

第3に、この選挙の結果は、安倍内閣が突出して推進した憲法改正への動きを一端鎮静化させると見てよいだろう。来年5月の憲法改正手続法施行までに、改憲を押し進める大きな動きはまず起こらないだろう。実際、改憲派の議員集団である「新憲法制定議員同盟」(会長・中曾根康弘元首相)のメンバーの6割が落選した。139人中、当選したのはわずか53人である。衆院憲法調査会長だった中山太郎をはじめ、改憲派議員の多くが消えたが、残った53人の一人が鳩山由紀夫である。改正発議権のある個々の国会議員ではなく、内閣総理大臣となった場合には、憲法99条の憲法尊重擁護義務の拘束が強く作用する。その意味で、総理大臣となる鳩山は、すみやかに「新憲法制定議員同盟」を脱退すべきだろう。すでにそれを求める運動も始まっている。

他方、米国と対等な関係を求め、「日米同盟」(民主党幹部も、括弧抜きに「同盟」を語るが、これは不見識である)を日本側から強化するとなったとき、自衛隊の海外派遣がより進むことも考えられる。私は、「小沢一郎的憲法論に要注意」や「『小沢一郎的なるもの』の十年一昔」を出して警鐘を鳴らしてきた。憲法の「剛腕解釈」による派遣拡大は、小沢の党内位置や影響力の度合いに応じて、民主党政権の要注意部分として今後もあり続けるだろう。

民主党という政党はよくわからない。自民党の右派よりも過激なタカ派もいるし、旧社会党、旧民社党、旧社民連出身の人々もいる。ただ、「308」のなかで今回当選した人たちの多くは、まったくしがらみのない、いってしまえば政治の素人である。これを積極に評価する人は新しい政治に期待するが、政治は魔物である。「小沢ユーゲント」として、「投票マシーン」にならない保証はない。いずれにしても、民主党が「マニフェスト」で掲げたことについて、熟議のプロセスを経由して実施していくことが求められる。

9月16日(水)、内外の鋭い眼差しと期待を背に、鳩山内閣が発足する。

(文中敬称略)

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