沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」 2012年12月10日



週の火曜(12月4日)、立命館大学法学部で講演した9年前の12月も立命館だった。その時は第50回「不戦のつどい」。サブタイトルは「京大滝川事件70年、学徒出陣60年、『わだつみ像』建立50年記念」とにぎやかだった。折しも、講演の翌日、小泉純一郎内閣は自衛隊イラク派遣の基本計画を閣議決定した。「復興支援活動」という名目で行われた戦闘地域への自衛隊派遣だった。かつては真珠湾で「米英軍と戦闘状態に入れり」だったが、今度は「米英軍とともに」、と批判する直言を12月8日にアップした(直言「米英軍『と』から『ともに』へ」)。

 今回の講演は法学部の正式行事で、法学会の学生委員からも、事前に詳細な内容上の要望があった。「沖縄と憲法」、とりわけ地方自治や平和的生存権との関係について話してほしいということだった。米海兵隊の高速強襲輸送機MV22オスプレイの普天間配備で揺れる沖縄について、学生たちは強い関心を持っていた。

講演では、「温度差」という言葉への違和感について述べた。「基地について本土と沖縄には温度差がある」というように使われるが、この言葉を使うと、本土と沖縄は実際に何が、どう違うのかが曖昧になり、何となくわかった気になってしまうからである。そして、次の5つの言葉に注意を喚起した。「抑止力」「日米同盟」「負担軽減」「経済効果」「専管事項」である。特に「経済効果」については、県民所得に占める基地関係収入(軍用地料、基地従業員所得、米軍の消費支出)の割合が、復帰時(1972年)は15.6%だったが、1990年以降は5%台が続いていることを、米国の文献も使いながら具体的に指摘した(K.E.Calder,Embattled Garrisons:Comparative Base Politics and American Globalism,2007,p.170)。実際、基地が返還された方が経済波及効果ははるかに大きい。例えば、北谷町の基地返還跡地に大規模なショッピング街、映画館街ができて、直接経済効果は174倍増、所得誘発効果188倍増、税収は210倍増になっているという(沖縄県知事公室基地対策課報告書参照)。「基地がないと沖縄の経済は立ち行かない」という類の、巷に流布する「基地の経済効果」論はもはや成り立たない。

それにもかかわらず、政府は、上記5つの言葉をさまざまに使ってオスプレイの沖縄配備を強行した。沖縄がオスプレイを拒否するのは、「未亡人製造機」と言われる欠陥機の配備で事故の可能性が高まるというだけではない。県民の圧倒的多数、県知事、県議会、全市町村長、全市町村議会が一致して配備に反対しているにもかかわらずオスプレイ沖縄配備を強行したことを、沖縄に対する「構造的差別」と捉えているからにほかならない。米軍は沖縄を勝手に「太平洋の要石」と位置づけ、1972年まで、それをナンバープレートにまで書いていたのである

 最近、沖縄を米国の一部であるかのように扱う警告板が掲示されるという「事件」が起きた。本土メディアはほとんど触れなかったが、冒頭の写真がその奇妙な警告板である。

「警告 制限区域につき関係者以外立入禁止」。通例は、その下に「違反者は日本国の法令に依って罰せられる」と続く。日本国の法令とは、安保条約6条に基づく刑事特別法2条(施設または区域を侵す罪、1年以下の懲役)のことである。このタイプのものは、本土の在日米軍基地のフェンスにも掲げられている

 ところが、普天満基地周辺では、10月1日から新しい警告板が設置されるようになった。場所は、私が今年9月に普天間基地周辺に行ったとき、タクシーで立ち寄った宜野湾市野嵩の駐車場である。米軍施設内だが、市役所の職員や住民も駐車場として利用している。さらに、野嵩ゲート周辺にも同じものが掲げられている

 新警告板は、「制限区域につき関係者以外立入禁止」という表示の下に、「許可を得て立入る者は、身体、所持品検査に同意したものとする 1950 年国内保安条例 1976年改訂 合衆国法797 21条:50条」とある。正確に訳せば、「1950年国内保安法21条(合衆国法典第50編797条〔1976年〕)」となるのだが、警告の対象は、日本語訳が付いている以上、日本国民たる沖縄県民である。米国の国内法が沖縄県民を拘束するのだろうか。

 この法律は別名「マッカラン法」とも言われ、出身国によって米国内への入国を厳しく制限することを目的としたものである。「危険な外国人」の入国を制限し、あるいは国外退去させる。1950年代初頭、「マッカーシズム(赤狩り)」が吹き荒れ、市民の言論や報道、集会の自由などが過度に制限された時期に、タカ派のマッカラン上院議員が主導して制定されたものである。

マッカラン法は「マッカーシズムの時代の異物」とされ、その制定当初(起草段階)から憲法違反の疑いが強く指摘されていた。移民法(1918年)の修正も含み、思想の違いにより入国制限や国外退去を定めている点で合憲性はきわめて怪しい。現在、軍を除いてほとんど使われていない、文字通りの「遺物」にほかならない。もちろん米国の国内法であり、日本国民には適用されない。

 ところで、警告板にある国内保安法21条は、飛行場などの軍事施設の安全保護のために、軍司令官などに広範な権限を与えている。そのb項では、「目を引く適切な場所」(conspicuous and appropriate places)に掲示される(posted)ことを求めている。沖縄県民しか使わない公園に米国内法を掲示することが「適切な場所」であるはずもないのだが。

 早速、沖縄選出の照屋寛徳議員(社民党)が11月13日の衆院予算委員会で取り上げた。玄葉光一郎外相は、この警告板が米国法を根拠とする旨記載されている点について、「確かに、日本国内で、アメリカの国内法によって立ち入りを制限するのは不適切な面がある」と答弁している。玄葉答弁があったその日のうちに、米軍はこの警告板を撤去した(『沖縄タイムス』11月14日付)。数日後、海兵隊司令部報道部は、「誤った言葉遣いに気づき…撤去した」という見解を発表した(同11月17日付)。

 あえて普天間基地のゲート付近にこのような警告板を掲げた理由は何だろうか。「悪名高い米国の治安法を振りかざし、日本の〔オスプレイに対する〕抗議行動をけん制していたのである。主権侵害の軽率な行為だ」(『沖縄タイムス』11月14日付社説)という評価もある。基地内に仕事で立ち入る業者や工事関係者などを想定したのだとすれば、フェンスに掲げる意味はない。フェンスの外から抗議する人々に対する威嚇効果を狙ったことは疑いない。日本国民に適用されるはずもない代物を持ち出して驚かそうとしたことは浅はかだった。米海兵隊のどのレヴェルの判断かは分からないが、少なくとも海兵隊司令部の高級幹部の承認なしにはできないだろう。マッカーシズムの異物・遺物をわざわざ使おうとした点で「傲慢無知」だった。

 なお、前述の『沖縄タイムス』社説はこうも書いている。「沖縄には、憲法と国内法のほかに地位協定、基地内で米軍構成員に適用される連邦法と州法などが入り組んで存在し、これらの法律の適用境界をめぐって日常的に摩擦を生じさせている」と。

 沖縄は、独立主権国家とは思えないような深刻な状況にある。米軍基地は、日本の国内法的には国外である。だが、外国の軍事基地を置いている国でも、さまざまな形で自国の法律を基地内に適用させるように粘り強く交渉している。例えば、ドイツは1993年にNATO軍地位協定を見直し、連邦環境法の基地内適用を認めさせてきた。これに比べ、沖縄の米軍基地の環境汚染のひどさはドイツ人が聞いたら卒倒するようなレヴェルである(例えば、恩納村の米軍通信所跡地のPCB問題等々)。

 そもそも沖縄の米軍基地の多くは、「銃剣とブルトーザ」によって強制的に住民から取り上げられたことを忘れてはならない。今回の警告板の一件は、沖縄県民に対して、米国内でも違憲性が指摘されている悪法、マッカラン法を持ち出して威嚇するという最悪の手法だった。海兵隊司令部の担当セクションの高級幹部は、植民地総督のような感覚と発想でやったのかと疑られても仕方ないだろう。

 ここに、在琉球米陸軍司令部教育部が編纂した日本語教材がある。1960年代のもので、ベースになっているのはカリフォルニア州の米陸軍語学学校日本語部編『日本語60時間』である。蒸気機関車火鉢などのレトロな絵が出てくる。沖縄に駐留する米軍人が、日本の文化風習を学び、日本人を理解するために実践的な日本語を習得するためとされている。いまもこの種の日本語教材は存在するのだろう。自国の違憲の悪法を日本語に訳して県民を威嚇するために使うとは情けない限りである。主権と人権の両方の観点から、本土メディアはもっと問題にすべきだろう。

《付記》
警告板は、沖縄タイムス記者が撮影したものである。写真の提供に感謝したい。

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