歴史・「わが歴史グッズ」


2017/1/23:トランプ新政権発足とメキシコ憲法100年

2017/1/16:わが歴史グッズの話(39)――「靖国合祀遺族セット」

2017/1/2:自由と立憲主義からの逃走――「直言」更新20周年

2016/12/5:「壁」思考の再来――ベルリンから全世界へ?

2016/11/14:トランプ政権と新しい「壁」の時代――「ベルリンの壁」崩壊27年後の11.9

2016/11/7:「多選自粛」を反故にする首長たち――安倍色の世界に

2016/10/31:わが歴史グッズの話(38)最高「責任」者とスターリングラードの水筒

2016/10/24:「総理・総統」へ?――権力者が改憲に執着するとき(その3)

2016/10/17:「駆け付け警護」――ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」

2016/9/26:変わったこと、変わらないこと――「ドイツからの直言」最終回

2016/9/12:さようなら、ボン!(その2)――ドイツ基本法の故郷を歩く

2016/8/22:ペギーダの「月曜デモ」――「ベルリンの壁」崩壊から27年(1)

2016/8/15:象徴天皇の「務め」とは何か――「生前退位」と憲法尊重擁護義務

2016/8/8:「収容所群島」とグラーク歴史博物館――独ソ開戦75周年(3・完)

2016/8/1:ロシア大平原の戦地「塹壕のマドンナ」の現場 へ――独ソ開戦75周年(2)

2016/7/25:スターリングラードの「ヒロシマ通り」――独ソ開戦75周年(1)

2016/7/18:「戦争に勝者はいない」ということ――ヴェルダンで考える

2016/7/4:「大後悔」の一票にしないために――参議院「国権の再考機関」の選挙

2016/6/27:「連合」の終わりの始まり?――国民投票の悩ましきAmbivalenz

2016/6/20:ベルリン首都決定の25年――ライン川からシュプレー川へ

2016/6/13:過去といかに向き合うか、その「光」と「影」(その2・完)――ヒロシマとヴェルダン

2016/6/6:過去といかに向き合うか、その「光」と「影」(その1)――アルメニア人集団殺害決議

2016/5/16:25年ぶりのドイツの「軍拡」――第7次基本法改正60周年に

2016/5/2:再訪・政府核シェルター――緊急事態法の「現場」へ(その2)

2016/3/21:勲章は政治的玩具か――「イラク戦犯」に旭日大綬章

2016/2/29:「軍」の自己主張――帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年

2016/2/8:雑談(111)映画「野火」をみる――戦争のリアル

2016/2/1:ドイツ基本法の緊急事態条項の「秘密」

2015/12/28:立憲主義が問われた年――2015年の終わりに

2015/12/14:「歴史の危機」のなかで――「直言」1000回記念 

2015/11/16:わが歴史グッズの話(37)劣化ウラン弾――安保法で「弾薬」と して提供可能?

2015/8/31:「捜索救助活動」のグローバル化――「周辺」と「後方地域」が外れた効果

2015/5/18:再び、憲法研究者の「一分」を語る――天皇機関説事件80周年に

2015/5/11:戦後70年の憲法記念日――「安倍カラー」に抗して

2015/4/20:「新要件」から「新事態」?――箍が外れた安保法制論議(3)

2015/4/13:憲法政治の「幽霊ドライバー」(Geisterfahrer)

2015/3/30:「我が軍」という憲法違反の宣言――箍が外れた安保法制論議(2)

2015/3/2:「武器等防護」で米軍も守る?――安保法制論議の迷走

2014/2/23:安倍「最高指揮官」への懐疑

2015/2/16:『シャルリー・エブド』事件から――「文化戦争」・志田陽子氏に聞く

2015/1/12:国家運営の私物化――権力者が改憲に執着するとき(その2)

2014/12/29:「成長戦略」としての武器輸出?――日独の新段階

2014/12/1:総選挙の争点――安倍政権から日本を取り戻す

2014/11/10:「ベルリンの壁」崩壊から4分の1世紀――1年ゼミ生の視点

2014/10/20:わが歴史グッズの話(36)日独伊三国同盟――「ともに血を流す関係」

2014/10/13:向田邦子と防空法――火叩きによる消火

2014/10/6:NHK連ドラ「花子とアン」と防空法――大阪空襲訴訟最高裁決定にも触れて

2014/9/29:歴史的逆走の夏――朝日新聞「誤報」叩きと「日本の名誉」?

2014/8/25:「徴兵制違憲」解釈の変更は「あり得ない」か

2014/8/11:安倍政権とコピペ文化――安保法制懇はどこで議論していたのか

2014/8/4:「7.1閣議決定」をめぐる楽観論、過小評価論の危うさ/a>

2014/6/2:学問の自由が危ない――広島大学で起きたことへの憲法的視点

2014/5/19:平成の「5.15事件」――戦後憲法政治の大転換

2014/5/5:「学長が最高責任者だ ! 」――学校教育法改正で変わる大学

2014/4/7:「禁じ手」破り――武器輸出三原則も撤廃

2014/3/31:雑談(105)今時の学生たち(2)――大学に生徒会?

2014/3/17:NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」と防空法

2014/2/17:『検証 防空法―空襲下で禁じられた避難』のこと

2014/2/10:安倍色に染まる日本――「ねじれ」解消の果てに

2014/1/20:辻井喬さんと品川正治さんを悼む

2013/12/30:歴史における「2013年」――安倍色の朝へ

2013/12/23:雑談(103) サークル会長というお仕事――早大公法研究会

2013/11/04:皇后と山本太郎議員の憲法感覚

2013/10/28:特定秘密保護法の不特定性と有害性

2013/9/30:平和における「顔の見える関係」

2013/9/9:沖縄は「中国の防波堤」?―「核心的利益」と「死活的利益」

2013/8/19:「フェイスブック宰相」の靖国参拝

2013/6/17:「6月17日事件」60周年――立憲主義の定着に向けて(3)

2013/5/06:「記念日」の思想――KM(空気が見えない)首相の危うさ

2013/3/25:「主権回復の日」?――自衛隊『朝雲』コラムも疑問視

2013/3/11:わが歴史グッズの話(35)艦砲と空襲の破片、そして原爆瓦

2013/1/21:わが歴史グッズの話(34)警察予備隊63周年――なぜ国防軍なのか

2012/12/31:「憲法突破・壊憲内閣」の発足

2012/12/24:政治の劣化と選挙制度――2012年総選挙

2012/12/10:沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」

2012/11/5:憲法理論研究会と鈴木安蔵のこと

2012/10/22:首相の「五省」と「奮励努力」――世はアナクロニズムに満ちて(1)

2012/10/8:メディアは沖縄をどう伝えてきたか――普天間のオスプレイ(1)

2012/9/3:全周トラブル状況の日本――沖縄で考えたこと

2012/7/23:わが歴史グッズの話(33)――内閣総理大臣

2012/4/30:わが歴史グッズの話(32)――講和条約発効60年と沖縄本土復帰40年

2011/12/19:大阪空襲訴訟地裁判決の意義

2011/11/28:田中正造と3.11と憲法

2011/8/15:退去を禁ず――大阪空襲訴訟で問われたこと

2010/7/12:わが歴史グッズの話(31) 訓練グッズ

2010/4/5:裁判官の「良心」とは

2009/11/23:わが歴史グッズの話(30) くらま&あたご etc.

2009/11/9:「ベルリンの壁」崩壊20周年――世界の西と東の風景

2009/6/8:ハンバッハと天安門

2009/6/1:ドイツ基本法60周年に寄せて

2009/4/13:「関東防空大演習を嗤ふ」と「国民の立憲的訓練」

2009/4/6:「家の前の戦争」から10年 ―― NATO60周年

2009/1/26:わが歴史グッズの話(29) 合衆国大統領のグッズ

2009/1/12:末尾"9"の年と憲法

2008/12/29:「事変」への芽を含む年

2008/12/15:わが歴史グッズの話(28) 裁判員と自衛官のキャラクター

2008/11/10:さまざまな“11.9”

2008/9/22:わが歴史グッズの話(27)幻の第12回オリンピック東京大会

2008/9/1:政治家の歴史認識の貧困

2008/8/11:わが歴史グッズの話(26)焼夷弾

2008/7/21:わが歴史グッズの話(25)クラスター弾

2008/6/2:「63年前の不発弾」の現場へ

2008/5/26:砂川事件最高裁判決の「仕掛け人」

2008/5/5:憲法施行61周年と「直言」600回

2008/3/10:「忘却力」と憲法

2007/12/10:わが歴史グッズの話(24)ナチス

2007/12/24:「居留民の仕末」から「集団自決」へ

2007/10/15:「安倍色」教科書検定と沖縄

2007/7/16:「大粛清」から70年

2007/5/14:わが歴史グッズの話(23)憲法施行60年

2007/3/5:わが歴史グッズの話(22)大政翼賛会

2006/1/23:「1月17日」物語

2007/1/8:憲法研究者の「一分」とは(その2・完)

2007/1/1:憲法研究者の「一分」とは(その1)

2006/12/11:わが歴史グッズの話(21)艦砲射撃の「証」

2006/3/27:わが歴史グッズの話(20)戦場の手鏡と「大和」

2006/2/13:わが歴史グッズの話(19)♪話しあいのマーチ♪

2006/1/16:わが歴史グッズの話(18)「その時」の新聞を読んで

2005/12/12:「12月8日」にこだわる理由

2005/12/5:わが歴史グッズの話(17)3枚の地図

2005/10/24:「心に刻む」ということ

2005/9/5:わが歴史グッズの話(16)銃剣

2005/8/22:わが歴史グッズの話(15)地雷と破片

2005/8/1:雑談(43)「そりゃないぜ」の世界(2)

2005/6/13:雑談(42)引越の効用――書物との再会

2005/5/30:わが歴史グッズの話(14)基地マッチ

2005/4/25:トルコの「90年前の現在」

2005/2/14:「戦前の古稀」に思う

2005/1/31:「圧制からの自由」と「圧制の自由」

2005/1/3:還暦の年に「易」を語る

2004/12/27:一人の兵士が死ぬということ

2004/9/6:それぞれの「記念日」

2004/5/17:わが歴史グッズの話(13)サミットリカちゃん

2004/3/8:わが歴史グッズの話(12)灯火管制

2003/12/8:米英軍「と」から「ともに」へ

2003/9/8:わが歴史グッズの話(11)ブッシュグッズ

2003/6/9:6月17日事件から半世紀

2003/3/10:わが歴史グッズの話(10)手榴弾

2003/1/6:戦争の世紀への逆走?

2002/12/9:わが歴史グッズの話(9)伝単2

2002/9/9:わが歴史グッズの話(8)Tシャツ

2002/9/2:土崎空襲と「誤爆」の論理

2002/7/8:わが歴史グッズの話(7)カブール

2002/6/10:わが歴史グッズの話(6)「アシアナから」

2002/3/18:わが歴史グッズの話(5)伝単

2002/2/11:わが歴史グッズの話(4)地雷

2001/12/24:わが歴史グッズの話(3)米軍ハンドブック

2001/10/29:わが歴史グッズの話(2)ガスマスク

2001/9/10:わが歴史グッズの話(1)衆院選入場券・貴族院傍聴券

2001/8/13:痛みを伴う「塀の穴」の話

2000/12/25:「世に単によい政府なし」(植木枝盛)

2000/10/09:ドイツ統一から10年の風景

2000/8/7:55年目の暑い夏に

1999/12/27:ボン空襲55年に寄せて

1999/12/13:久田栄正先生没後10年

1999/11/15:「壁」がなくなって10年(その2・完)

1999/11/8:「壁」がなくなって10年(その1)

1999/9/20:新しいベルリンの壁?

1999/9/13:アウシュビッツの笑い声

1999/5/30:基本法50年と直接民主制

1999/5/10:戦時下の基本法(その2)

1999/5/3:戦時下の基本法50周年(その1)

1999/3/15:研究者が戦争に協力するとき

1998/6/15:特攻隊とサリン――国家の面子を守るために

1998/3/30:東京モト暗し・マッカッサーの部屋

1997/4/21:埋もれたる真個の人材、いでよ

1997/3/10:東京大空襲から52年

1997/2/11:日の丸をめぐる「未だ決せぬ論議」

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