「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする」――戦争を長期化させようとする力とは
2023年10月23日



「病院爆発」――「空爆」という言葉について

東大動乱の気配である。1017日、ガザ地区の病院が「爆発」して、患者、医療関係者、市民が多数死亡した。翌19日付の新聞各紙1面は、直後なのに「死者471人」と妙に詳細な数字とともに、「ガザ病院爆発」という1面見出しを打った(『東京新聞』18日付夕刊1面肩は「ガザ病院空爆」のまま。翌19日付国際面で「修正」)。連日のように「ガザ空爆」を伝えてきた各紙(テレビも同様)は、この病院に関する限り、「空爆」という言葉を一様に控えている。イスラエル軍報道官は、ガザの「イスラム聖戦」(ハマスと並ぶスンニ派武装勢力)が「誤射」したとしている。だが、周辺諸国では、イスラエルが病院を「空爆」したとして怒りが爆発させ、デモも起きている(『毎日新聞』19日付国際面クローズアップ「病院爆発 中東怒り沸騰」参照)。ここで、「空爆」という言葉にこだわってみよう。私は20年以上前から、この言葉を、「爆弾を落とす側の論理」として批判してきた(直言「わが歴史グッズの話(5)伝単」参照)。 

日本では「空襲」が一般的で、新聞のバックナンバーを検索してみるとそれがわかる。『朝日新聞』の記事検索では、1984829日付夕刊が、他国の事例として、「空爆で100人生き埋めか レバノンのゲリラ基地をイスラエルが攻撃」と、初めて「空爆」という見出しを付けている。1991年の湾岸戦争あたりから、「空爆」が定着するようになる(直言「平和における「顔の見える関係」」参照)。

このように、戦争や武力対立でたくさんの民間人が殺されるが、その責任は「敵側」にあると言い張るのが一般的である。コソボ紛争におけるNATO「空爆」は、その初日からドイツで生活を始めたので(直言「きな臭い見送りと出迎えと」)、戦時下における報道の危なさについて実感したところである(直言「「家の前の戦争」から10― NATO 60周年」)。この「ガザ病院爆発」についても、子どもたちを含むたくさんの命が失われているのに、紛争(戦争)当事者の双方が「お前がやった」と主張する。これは「ウクライナ戦争」でも同様である

「イスラエル-ハマス戦争」(前回の「イスラエル-ガザ戦争」からこちらに変更する)についての現段階での見解は、先週の直言「ネタニヤフ右派政権とハマスを選挙で選んだ民衆の不幸――第4次中東戦争50周年とイスラエル建国75周年に」を参照されたい。なお、冒頭左の写真は、イスラエル軍がガザ地区境界に設置した地雷警告板である。「危険地雷! 」と英語、アラビア語、ヘブライ語で書かれた鉄製のもので、傷が付いていてリアルである。20128月に入手した(小さなパレスチナ旗は別に入手したもので、現物には付いていない。米軍の地雷マニュアル(FM)や旧日本軍の99式地雷と93式地雷同様である。念のため)。

さて、ここからは、先週は新聞1面からほとんど消えてしまった「ウクライナ戦争」について書くことにしよう。

「国際防衛産業フォーラム」in Kiev

冒頭右の写真は、『朝日新聞』202323日付1面政治漫画と、研究室にあるウクライナ・グッズを合わせて並べたものである。漫画は、ゼレンスキーがドイツなどから戦車を獲得して「次は戦闘機」と叫ぶ、あまり面白くない作品である。1020日、ゼレンスキーは、東部ドネツク州でロシア軍に「甚大な被害を与えた」と述べた(『産経新聞』1021日付)。プーチンは、ウクライナ軍は「反転攻勢」で「9万人以上」を失ったと語っている(NHK106)。いずれも「大本営発表」になる要素をもっており、そのまま受け取るのは危ないが、両軍に膨大な数の死傷者が出ていることだけは確実である。

「ウクライナ戦争」が始まってから600日以上が経過するなかで、私が注目するのはゼレンスキーの言動である。戦時の国家指導者の動きとしては信じられないほど、世界中のあちこちに登場して、兵器供与を強引に求めている。5月にはG7「軍都広島」サミットに参加して、ヒロシマを、核抑止の有効性と兵器供与の場に利用したことは記憶に新しい。919日には国連総会の一般討論演説を行い、バイデンとの首脳会談も行なって、兵器供与を訴えた。翌日には隣国カナダを訪れ、カナダ下院で演説している。その際、事件が起きた。ゼレンスキーは総立ちの拍手を受けたが、その場に招待されていたヤロスラフ・フンカという98歳のウクライナ人も総立ちの拍手を受けた。だが、その人物は大戦中、ナチスの武装親衛隊(Waffen-SS)、14 SS武装擲弾兵師団『ガリーツィエン』(後のウクライナ第1師団の隊員だった(ちなみにアゾフ連隊は第2の“Das Reich”に酷似)。この部隊はウクライナ系志願兵で構成されていた。事情をまったく知らなかったというトルドー首相は謝罪し、その人物を招待したロタ下院議長は辞任した(BBC 2023928)

このハプニングは、「ウクライナ戦争」が「ロシアによる侵略戦争」とだけでは片づけられない複雑な側面をもっていることを示唆する。そして、ゼレンスキーの兵器供与行脚の到達点が、929日にキエフ(キーウ)で開催された「国際防衛産業フォーラム」である。演説するゼレンスキーの2枚の写真は、オーストリアのタブロイド紙express電子版930のものである

見出しは「ゼレンスキー「ウクライナは世界最大の兵器生産国の一つになるだろう」」である。同紙によると、ゼレンスキーは「防衛産業連合」の創設を呼びかけた。この連合は、米国のロッキード・マーチンやドイツのラインメタルなど主要13の兵器産業が署名した宣言に基づく。この国際フォーラムには、世界30カ国から225の兵器産業が参加したという。ゼレンスキーは、「私はウクライナのことだけでなく、世界のどの国の侵略からの安全保障についても話している」「ウクライナが世界最大の兵器生産国のひとつになることが目標だ」と述べたという。今後、防衛装備品のほとんどをウクライナ国内で生産し、西側からの供給を待たないこと、そのために、ウクライナは特別防衛基金を設立し、国防費と並行して追加的な経済資源を創出すること、この基金は、国防資産からの配当金と、押収したロシア資産の売却益によって補充されることも述べている。日本では共同通信がこのフォーラムを配信して、ゼレンスキーが演説の冒頭で語った「自由の世界のための武器庫をつくっている」という言葉を引用している(『東京新聞』930日デジタル)

ゼレンスキーは、9月の訪米時にバイデン大統領と兵器の共同生産に合意し、ウクライナの戦略産業相が2000社以上の米企業と協定を締結したという。NHK「国際報道 2023」の「“防衛産業をウクライナに”積極アピールの狙いは?」(927)はゼレンスキーが進める防衛産業誘致を詳しく分析している。ここに登場する怪しいウクライナ戦略産業相は注目である。兵器の共同生産が、「ウクライナ人、アメリカ人双方の新たな雇用となる」といって、米側を喜ばせてもいる。ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、ロッキード・マーチンやレイセオンの株価が急上昇した。長らくなかった正規軍同士の本格的な地上戦の形が回帰してきたことは、兵器の生産拡大への「神風」となった(直言「軍備強化の既視感」参照)。ウクライナは、クラスター弾禁止条約に未加入なので、クラスター弾を堂々と使用して、軍事に対する国際的な抑制をかいくぐっている。侵攻当初は、冷戦時代のリユースとリサイクルだったものが、ゼレンスキーが呼びかける防衛産業フォーラムを契機に、新兵器の開発、生産、受注、使用をウクライナが引き受けるという方向に進んでいる。これでは、停戦交渉などできるわけがないだろう。

兵器をウクライナ国内で大量生産して、ただちに戦場で効果的に消費する。だが、それで命を失うのはウクライナとロシアの若者である。そこでカントの普遍的な命題が思い出される。「兵力と同盟力と金力という三つの力のうち、金力がおそらくもっとも信頼できる戦争道具だろう…」(I.カント=宇都宮芳明訳『永遠平和のために』(岩波文庫、1985年)17)と。


「イスラエル-ハマス戦争」とゼレンスキー

 107日、「イスラエル-ハマス戦争」が始まった。ゼレンスキーは、イスラエルがこれまでどれだけパレスチナに対する暴虐を行なってきたのかを棚上げして、対ハマスの「テロとの共同闘争」を呼びかけた(『南ドイツ新聞』1010日)。そして、ブリンケン国務長官のイスラエル訪問に便乗して、ゼレンスキーはネタニヤフ首相との会談を打診したが、イスラエル側が「今は適切な時期ではない」と断ってきたという(1016日)。これは象徴的である。この一事をもってしても、ゼレンスキーは「昨日の男」(Yesterday’s man)になったとして、米国は、「ウクライナをとるか、イスラエルをとるかの選択を迫られれば、直ちに後者を選ぶだろう」と皮肉られている(RT 20231018)

「ウクライナ戦争」の停戦をめぐっては、ロシアの侵略を認めるものだという議論があるが、毎日のように多くの死者が出ている。メディアからは戦場の実相は隠されていて、「戦況」だけが伝えられている。だが、この戦争の本質は、「地政学的な戦争」(リチャード・フォーク)であり、「プロキシ(代理)戦争」である。「ウクライナ戦争」開戦半年の時点で、戦争の手段である兵器そのものが自己目的化されて増殖していく傾向について指摘した(直言「兵器供与のリスクと副作用」)。この929日の国際フォーラムにより、戦争の長期化を望む人々の姿が見えてきたように思う。そのことを、昨年3月の段階で停戦に動いた人物が、先週、インタビューで明かした。

  和平交渉をつぶしたのは米国――シュレーダー・ドイツ元首相

ドイツのゲルハルト・シュレーダー元首相は、先週の金曜、1021日の『ベルリン新聞』のロングインタビューで注目すべき発言をしている(Berliner Zeitung vom 21.10.2023)。プーチンと懇意であることを理由に社会民主党 (SPD)から除名されそうになったが、三審制の「党内裁判所」により除名申立てが退けられたことはすでに書いた(直言「シュレーダー元首相は除名されなかった――ドイツ政党法と党員除名手続」)。そのシュレーダーはフィッシャー外相(緑の党)とコンビで、コソボ紛争(NATO「空爆」への参加)、イラク戦争でフランスとともに米国と距離をとったこと等々、政権担当時のさまざまな逸話を語っている。それ自体大変興味深いのだが、ここでは、タイトルにある「ウクライナとロシアの和平交渉はこうして失敗した」に限定して紹介しよう。

   シュレーダーは初めて告白する。「2022年、私はウクライナからロシアとウクライナの仲介ができないかという依頼を受けた。私がプーチンにメッセージを伝えられるかということだった。また、ウクライナ大統領本人と非常に親しい関係にある人物も現れた。それが現ウクライナ国防相のルステム・ウムジェロフ[注:最近解任された]だった。彼はクリミア・タタールの少数民族の一員だ」。

 「どうすれば戦争を終わらせることができるのか? ポイントは5つある。第1に、ウクライナのNATO加盟の放棄だ。どのみちウクライナは条件を満たせない。第2に、言語の問題。ウクライナ議会は二言語主義を廃止した。[ロシア語使用が可能なように]これを変えなければならない。第3に、ドンバスはウクライナの一部であることに変わりはない。しかし、ドンバスにはより大きな自治が必要だ。機能するモデルは南チロルのようなものだろう。第4に、ウクライナには安全保障も必要だ。国連安全保障理事会+ドイツがその保証を与えるべきだ。第5にクリミア。クリミアはいつからロシア領なのか? クミアはロシアにとって単なる土地ではなく、歴史の一部だ。地政学的な利害が絡まなければ、戦争を終わらせることもできるだろう。」と。

 シュレーダーは続ける。「ウクライナとの戦争を解決できるのはアメリカだけだ。20223月にイスタンブールで行われたウムジェロフ[ウクライナ国防相]との和平交渉では、ウクライナ側は和平に合意しなかった。彼らは話すことすべてについて、まずアメリカ側に確認しなければならなかった。」「私はウムジェロフと2回会談し、その後プーチンと11、そしてプーチンの特使と会談した。ウクライナの安全保障の妥協案として、オーストリア・モデルまたは51モデルが提案された。ウムジェロフはこれが良いと判断した。また、ウクライナはNATO加盟を望んでいないと述べた。また、ウクライナはドンバスにロシア語を再導入したいとも語った。」「しかし、結局何も起こらなかった。私の印象では、何も起こらなかった。それは致命的だった。その結果、ロシアは中国との結びつきを強めることになる。」

  「20223月には窓があったはずだ。」とシュレーダーはいい、ブチャの虐殺が交渉の終結につながったことを示唆している。37日と13日のウムジェロフとの会談では、ブチャについては何も知らされていなかったとして、「米国はウクライナとロシアの妥協案を望んでいなかったのだろう」と推測している。「ロシアが望んでいるのはドンバスとクリミアの現状維持で、それ以上何もない。プーチンが戦争を始めたのは致命的な間違いだったと思う」と同時に、「ロシアがNATOに脅威を感じていることは明らかだ」という。
 「結局のところ、私たちドイツ人は、アメリカとドイツの兵器産業を喜ばせるために、多くのものを提供してきた。」「プーチンと対話できるのはマクロンとショルツだけだ。シラクと私はイラク戦争で同じことをした。」こうして、2回の「ミンスク合意」のときと同様、ドイツとフランスのトップの役割が重要になるという。

 このインタビューは、イスタンブールでの和平交渉がなぜ破綻したのかを浮き彫りにしている。「ブチャの虐殺」についてもシュレーダーはあえて評価を控えているが、イスタンブール交渉との関わりでみると、時期やタイミングからして、ロシア軍以外の可能性も捨てきれない。なお、このシュレーダーのインタビューについて、ロシアのRTは、当日夜のうちに速報している

 最後に、ウクライナのジャーナリストで、ユーチューバーのルスラン・コツァバの主張について書いた直言「「最悪の平和はどんな戦争よりもましだ」――独ソ戦化する「ウクライナ戦争」をお読みいただければ幸いである。

《付記》
  2022 2月から、メディアも公的機関も一斉に「キエフ」を「キーウ」と表記し始めた。在日ウクライナ大使館もそのように求めている。だが、私は「キーウ」を単独では使わない。この18カ月、「直言」でも活字論文でも、「キエフ(キーウ)」と表記してきた。メディアのように「キーウ(キエフ)」ではない。ウクライナの専門家の松里公孝・東大教授の著書『ウクライナ動乱――ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)16頁によれば、「キーウ」は「翻字法として奇妙であり、発音としてもウクライナ語から程遠く、到底受け容れられない。ウクライナの首都は「キエフ」と表記する。これは別にロシア語ではなく、原初年代記にもあるこの都市の歴史的呼称である」。ウクライナ語に堪能で、かつウクライナ人の配偶者をお持ちのウクライナ政治(史)の専門家の言葉を私は重視する。今後も「キエフ(キーウ)」と表記することにしたい。

 

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