「あれから5年」――何が変わったのか(その2・完)  2006年9月18日

月11日夜、TBSが筑紫哲也「NYテロ5年目の真実」という特別番組を流していた。「その時」に遭遇した人々を一人ひとりの個人として光をあて、「その時」の非情・壮絶な体験と「その後」の人生を、実写や再現フィルムなどを駆使して描くというもの。企画趣旨は理解できる。だが、個々の人々に焦点を絞り、「その時」や「その後」をリアルに描けば描くほど、事件の真相は何なのかという疑問が沸き上がってきて、何とも言えないもどかしさが残った。ただ、結びの映像は初めて知る事実で、強く印象に残った。強襲揚陸艦の建造シーン。その船首部分に、世界貿易センター(WTC)の鉄骨が使われ、そこに「9.11を決して忘れるな」(Never Forget 9.11)とある。「暴力には暴力で応ずるしか方法はないのだろうか」という趣旨のナレーションが流れて、番組は終わる。上陸作戦のほか、他国に軍事介入したり、軍事的圧力をかけるときに用いる艦艇に「9.11」の象徴を使う。65年前の「真珠湾を忘れるな」(Remember Pearl Harbor)を誰しも想起したことだろう。米国民を対日戦争に向けて統合・動員するには、真珠湾の「奇襲」は必要だった。そこには、戦争に至る米国の側からする「政治」があった。その60年後の「9.11」にも、そのような「背景」があったのではないか。

  「あれから5年」。米国でも、「真相の究明こそ、テロ対策にとって重要だ」という意見が遺族のなかにも出ているようだ。最大規模の遺族団体「9.11家族連合」(約7000人)の役員の一人は、「将来のテロを防ぐための適切な対策を立てるには、政府が情報を包み隠さず、国民が事実を正確に知ることが第一歩だ」と語っている(『毎日新聞』9月11日付夕刊)。テロ対策が、性急な軍事力行使へと傾斜するなか、米国内の世論の変化は注目される。「あれから5年」をめぐる論説等を読んで印象的だったのは、ブッシュ政権の「対テロ戦争」路線に対する懐疑的な見方が増えていることだろう。私は、「ビンラディン=アルカイダ単独犯行説」と「ブッシュ自作自演説」の両極の間に真実があると考えている。ブッシュ政権の主張はとうてい信用できないが、他方、ユダヤ世界の奥深い闇に至る「陰謀説」にも簡単に乗ることはできない。「9.11」こそ、20世紀の「負債」と矛盾の集中的表現であり、さまざまな力学や諸関係が複雑に反映している。真相が本格的に明らかになるのは、少なくともあと26カ月が経過してからだろう(ブッシュ大統領の任期後)。なお、成澤宗男著『9.11の謎――世界はだまされた?!』(週刊金曜日発行)が、「謎」をめぐる諸論点を、抑制した筆致で分析している。

  では、テロとどのように向き合い、どう対処したらよいか。それには、まず何よりも、「対テロ戦争」という名で行われている、ブッシュ政権の「戦争一路」政策をやめさせることだろう。「見えない敵」への憎しみをひたすらあおり、人々の不安とテンションを高め、最新兵器の技術革新と絶えざる兵器需給を保証する「対テロ戦争よ、永遠なり」のブッシュ政権こそ、「テロリスト」よりも悪質で陰険な、暴力の活用者ではないだろうか。このブッシュ政権の戦争政策にブレーキをかけられれば、それは、テロと暴力の連鎖を断ち切る「はじめの一歩」になることは確実である。
  こう言うと、「テロリスト」を利するものだ、という反論が返ってくるだろう。だが、「対テロ戦争」こそ、途上国の貧しい人々のなかに「テロリスト」を支持する土壌を育て、その活動に「栄養分」を供給していることに気づくべきだろう。その意味で、米国市民のなかに、「正確な情報を知ること」を求める冷静な動きが生まれていることは、前述したように、きわめて重要である。いま、「テロとのたたかい」は二正面作戦を求められている。武力を伴う「戦い」ではない「たたかい」である。テロそのものの土壌をなくす努力と同時に、「対テロ戦争とたたかう」という課題もまた、世界の市民に課せられているのである。


   ところで、「対テロ戦争」を考える上で、ラルフ・ダーレンドルフ卿(著名な社会学者。英国貴族院議員)の最新の論稿は示唆的である(R. Dahrendorf, Neue Autoritätshörigkeit, in: Die Welt vom 12.9)。ダーレンドルフによれば、北アイルランド紛争におけるテロのピーク時でも、英国政府はIRA(北アイルランド共和国軍)に対して、「戦争」が行われているということを認めなかったという。「戦争」ということになれば、戦時国際法(国際人道法)の観点から、「テロリスト」を「正当な敵」として受け入れることを意味する。これは、犯罪として扱われるべきテロ行為を正確に示すことにならない。米国政府は「戦争」について語るとき、アルカイダやオサマ・ビンラディンを「敵」として挙げているが、それは、「9.11」前には自由な国〔米国〕では受け入れられないような国内政治的な変化を正当化することになった。その変化の大半は「愛国者法」にある。自由が転換した。ここで自由とは、個人の自由ではなく、国家だけが定義する「安全」という名のもとに個人の自由を制限する権限を意味する。これは新しい権威主義の始まりである、と。

  前回の「直言」でも述べたように、「対テロ戦争」という言葉づかいは無用な混乱を引き起こすだけでなく、テロという犯罪行為に対処する手段や方法の選択を誤ることにもなりかねない。「対テロ戦争」は、対内的には、その国を自由や権利を制約する方向に大きく傾斜させる。その道をダーレンドルフはきびしく退ける。
  想起されるのは、キューバのグァンタナモ収容所に拘束されているアルカイダとタリバンの容疑者たちが、国際法上の捕虜の扱いも、国内法上の被疑者の扱いも受けず、「不法戦闘員」という新たに創出された概念によって違法に身柄拘束されていることである。国際人権団体や国連が非難し、米国の裁判所も違法性を認定している。「対テロ戦争」は、ダーレンドルフのいう新しい権威主義の兆候をはっきりと示している。そして、この兆候は、米国だけの問題ではなく、「9.11」の生んだ普遍的現象といっていいだろう。

  ダーレンドルフはいう。テロは民主主義の名において対処される。立法と一般的な不安に基づくこの戦いは、民主制の弱化に通じた。民主主義者は、その価値を防衛するに際して、とりわけ、彼らが民主制原理に適合して行動する。西欧の主要な標識、それは民主制と法治国家である。自由への信頼を回復するには、二つのことが必要である。第一に、反テロ法がもっぱら暫定的なものであることを確認し、この種のすべての法律が議会により再審査されることである。第二に、民主主義者は、その価値を防衛するに際して、民主主義の原則に即して行動することである、と。この視点は、H. ケルゼンがヴァイマール共和制末期に主張した民主制論とも響き合う。
  なお、ダーレンドルフは別稿で、次のような世界観を吐露している。「世界は単純(simple)ではないし、単純になるべきでもない。世界が豊か(rich)なのは、それが複雑(complicated)だからである。なんとかうまくそれと生きよう」 (Conversations with History; Institute of International Studies)。世界の複雑さをポジィティヴに捉え、さまざまな文化や宗教などと共生していく視点を押し出している。イスラム教をファシズムと同置するようなブッシュ的思考こそが、世界を混乱と混迷に陥れているとは言えまいか。


  さて、ヨーロッパは、「9.11」では米国に連帯してアフガニスタンに軍隊を送ったが、イラク戦争では態度が大きく分かれた。何よりもテロに対する向き合い方では、ヨーロッパと米国とでは微妙に異なる。前回「直言」で紹介したように、 Die Zeit9月7日号の論説は、「テロとのたたかい」のなかで、自由を防衛するために必要な視点として、次の五つの例を挙げている。
 @「テロに対しては助けになるのは軍か、それとも警察か?」
 A「我々は市民的権利を制限すべきか、それとも守るべきか?」
 B「我々は民主主義を強制すべきか、それとも民主主義者を支援すべきか?」
 C「我々はイスラム教徒を無差別に追及すべきか、それとも彼らと対話すべきか?」
 D「我々は石油資源を保護すべきか、それとも石油資源から自立すべきか?」
Die Zeit論説の中身にはあまり拘束されないで、この5点をヒントにして述べてきたい。

  第@に、 テロに対処する担い手は軍隊か、それとも警察かという論点に関わる。Die Zeitの論説は大要、次のように述べている。1648年のヴェストファリア講和条約以来、戦争は国家のみが遂行しうることになった。「9.11」のような非対称攻撃は範疇にない。ブッシュ政権は「グローバルな対テロ戦争」(GWOT)を呼びかけているが、この戦争はすでに第二次世界大戦よりも長くかかっている。「勝利」の見通しもたっていない。ヨーロッパの人々にとってアルカイダとの「たたかい」は犯罪の問題である。最も危険なテロリストは、爆撃に適した高地ではなく、隣人のなかにいる。世界のテロリストすべてを殺し、捕捉し、裁判にかけることはできない。問われているのは、戦争と犯罪対処が適切に混じりあった状態である。米国が自分のとった路線を根本的に変えなければ、より多くの過激派を生み出すことになるだろう。「9.11」後、ブッシュ政権は「戦争」という標語で、グローバルな緊急事態を宣言した。NATOは「防衛の同盟」から「介入の同盟」に転換した。アルカイダをかくも危険にするのは、彼らの顔覆いである。それをはぐことは、軍隊と警察の共通の任務である、と。
  簡単に要約したが、この論説は、軍隊の役割を否定していないことは明らかだろう。軍隊と警察の適切な役割分担を説いているようにも思う。ちなみに、「警察と軍隊の行動の目的と手段には差異がある。警察は、人間が平穏のうちに共に生活できることを保障すべきものであり、他方、軍隊は、人間が平和のうちに互いに分かれて生活〔生存〕できることを保障すべきもの」とされる(Ch. Gusy, Gewährleistung von Freiheit und Sicherheit im Lichte unterschiedlicher Staats- und Verfassungsverständnisse, in: VVDStRL63, 2004, S. 186)。私は、テロへの対処は、大津波大震災といった災害と同様に、軍隊の役割を否定的に見ている。「軍隊の警察化」と「警察の軍隊化」は、日本国憲法の平和主義の観点だけでなく、市民的自由の領域に、国家が介入する回路の拡大につながるという意味では、立憲主義の観点からも警戒を要する

  第Aの論点に関わって。「あれから5年」、各国ともに「警察国家」的色彩を強めている。とりわけ米国は、「愛国者法」のもとで、建国以来の自由の伝統が内側から崩れかかっている。Die Zeitの論説は、70年代のドイツ赤軍派(RAF)によるテロの脅威が最悪の状況に達していたとき(特に1977年の「ドイツの秋」)、テロの防御においては「法治国家の限界線ギリギリまで行く」という、当時のシュミット西独首相の言葉を思い起こさせる。当時、テロ対策立法、特に接見禁止法などは、すでに限界線を超えていたが、すべての治安・公安機関に共通の反テロ・データは必要とされ、それは法治国家の原理の限界内にあったとされた(私は疑問だが)。例外は、宗教への所属を一括捕捉することは許されず、実際的でもない、という点だった。イスラム教徒それ自体がテロリストであるわけではないし、キリスト教徒が天使であるわけでもない。プロパガンダ化された原理主義の暴力。これが許容できる、効果的な基準とされた。だが、従来の刑法や警察法は、具体的に何か事件が起きることを前提とする。テロの危険はそうした具体的事件を待っていては防げないということで、危険性という事前段階での対応となりがちである。大要このように述べて、Die Zeitの論説は、いくつかの例を挙げる。この「直言」でも、「小盗聴」(68年基本法改正による電話盗聴の許容)と、「大盗聴」(98年憲法改正による住宅などへの盗聴器設置の許容)についてすでに述べた。拷問や、拷問のための移送についても同様である。論説はいう。法治国家の限界は、常に、その都度画定されねばならない。法治国家の限界が存在することは疑いないし、それは乗り越えられてはならない、と。

  「対テロ戦争」のなかで、憲法の法治国家原理によって設定された限界を逸脱して、イスラム教徒であるという「宗教的所属」ゆえに、具体的な容疑もないのに取り調べるという事態が生まれた。米国でも、オレゴン州のポートランド市警察が、FBI のそうした方針に従わず、法の「限界線」に踏みとどまるギリギリの努力をしたことは救いだった
   最新の事例では、先週の木曜(9月14日)、米上院の軍事委員会で、15対9の大差で、ブッシュ大統領が提出した特別軍事法廷設置法案(テロリスト容疑者の尋問強化の規定を含む)が否決された。軍事委員長を含む4人の共和党上院議員が、民主党とともに反対にまわった。捕虜への非人道的取り扱いの禁止を定めたジュネーヴ第三条約の観点から、法案への重大な疑義が提起されたのである。すでにC. パウエル前・国務長官や、 J. マケイン上院議員らベトナム戦争従軍経験をもつ共和党議員が、ブッシュ大統領を激しく批判している。上院における法案否決は、ブッシュ政権の「対テロ戦争」の今後を占う上で、重要な意味をもつだろう。

  第Bに、民主主義は外から押し付けるのか、それとも、その国の民主主義者を支援するという形をとるのか、という論点がある。Die Zeitの論説は、アフガンの「民主化」の例をとって分析している。いま、アフガン民衆の西側への不信の増大が危機的段階に至っている。アフガン安定にとっての最大の危険は、民衆の諦観とされる。「対テロ戦争」で西側が装備を含めて援助した「軍閥」(Warlords)の群雄割拠も始まっている。「対テロ戦争」の最もダーティな側面がここにある。イラク戦争も同様である。ブッシュ政権は、「自由と民主主義のための戦争」を開始したのだが、イラクという国民国家は崩壊し、内戦状態に陥っている。米国が民主主義を外から押し付ける、民主主義の「輸出」をやっても、結局は、多くの不幸を生み出すだけだった。軍事力を使い、その国のあり方に介入することは愚の骨頂である。その国にも確実に存在する「平和を愛する諸国民」(peace-loving peoples)との連携・連帯をはかり、具体的な場面では、その国の内側からの「民主化」を促進することこそが肝要なのである。ブッシュ政権の「圧制の拠点(前哨)」をつぶし、「民主主義の押し付け」を強行するやり方は、決して成功しないだろう

  第Cに、テロ対処における対話の役割に関わって。イスラム教との対話をいかに行うか。Die Zeit論説は、イスラム内部も複雑であることを示唆する。少なくとも、アルカイダのようなイスラム原理主義者の群、政治的なイスラム教徒、テロ部門を有するイスラム主義者(例えば、レバノンのヒズボラ、パレスチナのハマス)の三つを区別する必要があるようだ。ヒズボラやハマスと、アルカイダとは共通点がほとんどない。ヒズボラやハマスの目的は、グローバルではなく、地域的である(イスラエルとの戦い)。アルカイダと違って、ヒズボラやハマスは合理的であり、予測可能性をもつ。だから、イスラエルはヒズボラとは捕虜交換の交渉を行っているし、ヨーロッパ連合(EU)はハマスと対話を持とうとしているとされる。ブッシュのように、アルカイダとこれらの組織を一緒くたにして、一律に「イスラム・ファシスト」という烙印(スティグマ)を押すことは、すべてのイスラム教徒を犯罪者扱いすることになる。これが、問題の解決にとっていかにマイナスになるかは明らかだろう。

  その点で、ローマ法王ベネディクト16世が先週、9月15日、ドイツのレーゲンスブルク大学での講演のなかで、預言者ムハンマドは世界に「悪しきことと非人間的なことしか」もたらさなかったというビザンチン皇帝の言葉を引用した。これがイスラム世界に怒りをかってしまった。本人の言葉ではなく、「引用」だったのだが、それが一人歩きをしたようである。ローマ法王という立場の人が使えば、それは「十字軍」を肯定したものと受け取られる。「9.11」直後のブッシュ大統領による「十字軍」発言に続く、キリスト教世界の大きな失点と言えよう。亡くなったローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、900年前の「十字軍」について謝罪する努力を地道に行っていたにもかかわらず、その後継者にしてはあまりに配慮の欠けた発言だった。相互に偏見を捨てて、対話はさまざまな場面で求められているように思う

  第Dに、石油資源を守るために「軍事介入も辞さず」という道を突き進むのか、それとも石油資源から独立した「ライフスタイル」を築いていくかという論点に関わって。Die Zeitの論説は、チェイニー副大統領のドクトリンに言及している。中東の石油をどう支配するか。これは現実的な政治家の基本的な発想だろう。中東の石油や天然ガスに依存する社会である限り、途上国との対立はなくならない。テロは、グローバルな「社会問題」ということもできる。貧困や社会格差、差別、偏見などの広がりこそが、テロの温床である。その意味で言えば、社会政策や教育政策こそが、テロをなくす処方箋となる。
  詳しく立ち入る余裕はないが、そうした真の「テロとのたたかい」のモデルを、「9.11」直後という時点にもかかわらず冷静さを失わずに、見事に示したのが、カルフォルニア州バークレー市議会決議だった
  その第4項はこうである。「あらゆる国々の政府と協力して、テロリズムの温床となる貧困、飢餓、疾病、圧政、隷属といった状況を克服するために努力すること」。そして、第5項には、「5年以内に、中東の石油への依存を減らし、太陽パワーや燃料電池などの持続可能なエネルギーへの転換をめざすキャンペーンに、国全体で取り組むことを提案する」とある。これこそが、真に効果的な「テロとのたたかい」への道だろう。

  「9.11」5周年の2回連載を閉じるにあたって、スティーブン・スピルバーク監督作品「ミュンヘン」のラストシーンを想起してみよう。
  1972年のミュンヘン・オリンピックの際、パレスチナゲリラがイスラエル選手を多数殺害したが、それに対する報復として、イスラエル政府は、パレスチナ指導者11人の暗殺作戦を決断。モサド(イスラエル秘密情報機関)により、秘密の暗殺グループが組織された。そのリーダーが主人公である。結局、主人公らは11人中7人を殺害する。任務とはいえ、「暗殺」という形で「テロリスト」(とモサドが認定した人)を、相手の顔が見える距離で殺害することに対して、主人公らは人間的な苦悩を深めていく。半数以上の仲間を失い、任務を終了した後、主人公は家族とともにニューヨークで生活を始める。そこへ、モサドの上司があらわれ、「祖国イスラエルに戻れ」と説得する。
  主人公はいう。「彼らが罪を犯したなら、裁判にかけるべきだ。アイヒマン〔ナチス親衛隊幹部〕のように」。上司「彼らを生かしておけば、イスラエルが死ぬ」。主人公「殺して何になるのか。より凶悪な後継者が現れるだけだろう。…僕たちが殺したのはテロリストの首謀者なのか、それともパレスチナ人の指導者なのか。教えてくれ」。上司「君は、国のために殺したのだ。未来と平和のために殺したのだ」。主人公「こんなことの先に平和はない。それが真実だ」。そして、「祖国に戻ってこい」という上司の言葉に、主人公は複雑な表情を浮かべ、長い沈黙の後にこう言う。「今夜、夕食に招待しよう。あなたは遠方からの客だ。聖書にあるように、私にはもてなす義務がある。ともに平和に食事をしよう」。上司は「ノー」と言って、ゆっくり去っていく。何とも印象的なシーンであった。
  映画は結論を与えてくれない。時に視点の偏りもある。しかし、「ともに平和に食事しよう」という言葉に、スピルバークの想いを感じた。「9.11」の問題を考える上で、映画「ミュンヘン」が投げかけるテーマは重く、深い。

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