「アベ的なるもの」の終わりの始まり――回想2012年9月26日総裁選
2021年9月20日

政権投げ出し元首相が総裁に
の国の不幸は、2012926()から始まった。2007912日に政権を投げ出した人物が、本来なら議員辞職して政界から引退すべきところ、ゾンビのように蘇ったのである。以来9年間、この国は「アベ的なるもの」(ドイツ語でDas Abe)に支配され、振り回され、多くのものを失ってきた。直言「「アベランド」――「神風」と「魔法」の王国で指摘した安倍晋三流「5つの統治手法」(①情報隠し、② 争点ぼかし、論点ずらし、友だち重視、異論つぶし)+「前提くずし」は菅義偉政権に継承されてきた(菅の場合、「論点ずらし」以前の「応答拒否」という手法に拍車がかかった)。それもこれもすべて、9年前のこの日に始まったのである。

 

2012年自民党総裁選の風景

  ご記憶だと思うが、9年前の総裁選は、野党の党首選びだった。当選しても「総理・総裁ではない。

926日朝、47都道府県の党員・党友票(地方票)の開票が始まった。午前中の開票状況を踏まえて、『朝日新聞』926日付夕刊4(締切りは午後1)は、「石破氏、地方票の過半数:安倍氏と決選投票へ」という見出しを打った(冒頭右の写真参照)。正午頃に都道府県連が開票結果を党本部に報告。午後1時から、永田町の自民党本部8階ホールで、両院議員総会が開かれた。NHKのほか、民放ではテレビ朝日が「ANN報道特番」を組んだ。議員の投票が始まり、午後150分頃から投票結果の発表となった。YouTubeに全体が収録されているが、3944秒あたりから結果の発表を見ることができる。国会議員票(衆議院116、参議院82)198(実際は1名欠員のため197)と地方票 300の計497票の投票先は、下記のように分かれた(冒頭左の写真参照)

 

             国会議員票         地方票        合計

石破 茂         34               165           199

安倍晋三       54                87           141

石原伸晃       58                38            96

町村信孝       27                 7             34

林 芳正         24                 3             27

 

  国会議員票では石原伸晃が1位で、会場からは「オーッ」という声があがった。安倍晋三は2位だった。一方、地方票では石破茂がダントツの1位で、この時も会場からより大きな声があがった。安倍はいずれも2位のため、会場からの反応は皆無だった。注目されるのは、47都道府県のうち、安倍が石破を上回ったのは、地元山口県など5県だけで、得票数が同じだったのは大阪など6府県。石破は36都道府県でトップとなったことである(『朝日新聞』927日付)。全国の自民党組織の7割以上は、石破を総裁に選んでいたわけである。ちなみに、麻生太郎内閣の圧倒的不人気とその結果起きた政権交代により、自民党員数は史上最低を記録し、100万人を切っていた。2009年から2011年は党員数が非公表という惨状だった(『毎日新聞』2017年6月27日付のグラフ参照)。地方の自民党組織の危機感が、石破への数字に反映していたといえよう。
 ただ、第1回投票で1位となった石破の得票数は199票で、総裁公選規程22は、有効投票等の過半数をもって当選者とすると定めているので、この段階での当選者はいなかった。規程231項に基づき、国会議員による決選投票が行われることになった。壇上の投票記載台には、安倍と石破の名前だけが書いてある。左の写真は投票する石破である。決選投票の結果、安倍晋三 108票、石破茂 89票で、安倍が当選となった。19票差だった。

 

秋田県連4役が抗議の辞任表明

  927日付の『朝日新聞』大阪本社版は、「安倍氏逆転 地方ため息」「永田町の理屈・民意映してない」という見出し(冒頭右の写真参照)。前述のように、石破は36都道府県でトップに立ったため、『朝日新聞』927日付の地方面の多くには、「安倍総裁」誕生への何ともいえない空気感、いわば「ため息」が感じられた。

 「石破氏県内票総取り 「地方の声」届かず」(鳥取県版)は出身県として当然としても、「県内は石破氏8割 幹部「声活かせず残念」」(茨城県版)、「地方の声聞いて 県内票、石破氏トップ」(愛媛県版)、「県内票 石破氏トップ ねじれに不満も」(佐賀県版)等々。安倍が県内票ゼロだった山梨県は、「地方との意識差指摘も」という見出しを打った(山梨県版)。「県内、石破票が圧倒「地方の声とずれ」」(群馬県版)、とりわけ秋田県版は、「ねじれ鮮明 抗議の県連 四役 辞職の考え」の見出し。自民党秋田県連は、「地方の民意が反映されていない」として、大野忠右エ門会長(秋田県議)ら四役が、「国会議員票による決選投票で決める現行の選考に抗議し、辞職する考えを明らかにした」。「旧態依然の派閥が残り、野党転落で再生を誓った党の体質が変わっていない」と大野会長。秋田市の80代男性党員は「首相を投げ出した人。本来総裁選に出るべきではない」と批判した(同日東京本社版第2総合面)。今となってはほとんど忘れられてしまったが、9年前の自民党地方組織の苦悩を再確認しておくことは意味があろう。

 

「劇的な逆転劇」はなぜ起きたか

自民党の47都道府県連に組織された党員たちの多くが、石破茂を総裁に選んだ。だが、国会議員は、第1回投票で議員票も地方票も第2位だった安倍晋三を選択した。この「劇的な逆転劇」がいかにして起きたのか。これについては、直言「在任期間のみ「日本一の宰相」――「立憲主義からの逃亡」で書いたので、ここに引用しておこう。 

…両院議員総会が開かれた自民党本部8階ホールでは、あるドラマが起きていた。事前の票読みで石破に入れるつもりの議員たちが、投票をするために壇上にあがった際、一瞬会場の中程に座る石破をみた。すぐ隣に座る女性議員と親しげに話している。「石破政権になれば、あの女性が官房長官になるかもしれない。あいつにこき使われることだけはごめんだ」。そんな思いから、自分くらいは石破に入れなくてもいいだろうと投票先を変更した議員がいたようである。壇上から同じ光景を目撃し、同じ行動をとった議員も複数人いたようで、彼らは結果が出てから仰天した。投票先を変えた議員が自分以外に何人もいることを知ったからだ。彼らはこれを表に出すことはしなかった。もしも、例えば10人が安倍ではなく、石破に入れていたら、安倍98、石破99で石破総裁が誕生していた可能性があった。以上は、某全国紙の政治部記者に直接聞いた話であるが、実際のところはわからない。ちなみに、安倍政権誕生の鍵となったかもしれないその女性議員は誰か。その議員が旧大蔵省主計官時代にやったことがこれだ(直言「「片山事件」と北海道―― 自衛隊「事業仕分け」へ参照)。…

 

  この写真は、投票の状況を見守る石破茂である。右隣は三原じゅん子、左隣のピンクのスーツが、片山さつきである。決選投票の待ち時間に、左隣の片山が石破にやたらと話しかけていたようで、それを投票記載台に向かう議員たちに見られていたわけである。もし、隣が片山でなかったら、10人ほどの議員は予定通りの投票を行っていた可能性があるというのが記者の見立てだった。決選投票では、1票を失うことは、2票の差となってあらわれる。「自分だけ安倍に入れても、結果は変わらないだろう」という軽い気持ちが、複数の中堅議員たちの頭に去来したのかもしれない。後の祭りとはこのことである。

 政治は、強烈な個性をもった政治家たちの「妬(ねた)み」「嫉(そね)み」「僻(ひが)み」「やっかみ」などがエネルギーになって、離合集散を繰り返す。片山さつきは、「自民党をぶち壊すとして強引に行われた2005年郵政選挙で静岡7区に送り込まれた「刺客」で、83人の「小泉チルドレン」の一人だった(このニュース特集の真ん中あたりで片山の「雄姿」が見られる)

 

「アベ的なるもの」の例:憲法蔑視とシュタージ(公安警察)的手法

『朝日新聞』918日付社説は、「満州事変90周年」と「総裁選告示 「負の遺産」にけじめを」である。「9年近く続いた安倍・菅政権の功罪を総括し、「負の遺産」にけじめをつけることが、国民の信頼回復には欠かせない。」と書きつつ、「公文書の改ざんという前代未聞の不祥事であるにもかかわらず、真相解明が不十分で、政治家は誰も責任をとらなかった森友問題への対応は試金石といえる。」として、安倍・菅両政権で閣僚・党幹部を歴任した4候補に、「その責任を自覚するなら、負の遺産も直視し、その清算に指導力を発揮すべきだ。」と指摘する。基本的に正論だが、私はこれではまだ甘いと思う。安倍政権、それを「継承」した菅政権の9年について、一般的に「功罪」を語ることは許されないのではないか。メリットとデメリットに分けて論ずることができるようなレベルの政権ではなかった。

 私は3年前に、直言「安倍政権の「影と闇」――「悪業と悪行」の6をアップした。安倍がやった数々の悪業のなかで最大のものは、2012年の政権復帰とほぼ同時に、憲法の改正手続を定める96条に手をつけようとしたことに始まり 2014年に集団的自衛権行使違憲の政府解釈を強引に変更したことだろう(7.1閣議決定」)。憲法軽視や憲法無視はしばしば起きるが、「アベ的なるもの」(Das Abe) の際立った特徴は「憲法蔑視にある。菅もまたこれを継承し、衆議院の総議員の4分の1の要求があっても、臨時国会の召集を「見送る」という態度をとり続けている。憲法53条後段により、臨時国会召集は、裁判所も「憲法上明文をもって規定された法的義務としているにもかかわらず、2カ月以上も憲法53条後段に違反する状態を続けている。「みっともない憲法」という安倍のむきだしの憲法蔑視とは異なり、菅のそれは、寡黙で陰険な憲法蔑視といってよいだろう。

 「アベ的なるもの」が菅政権においてさらに開花したのが、シュタージ(公安警察)的手法であろう。この政権は、内閣人事局と公安警察的手法による官僚操縦に長けていた。特に権力私物化が際立ったのが、TBS山口敬之の準強姦事件の逮捕令状を握りつぶし事件だろう。裁判官が発布した逮捕令状の執行を、警視庁刑事部長がやめさせるなどということは、刑事ドラマ「相棒」にも出てこないシナリオである(「相棒」の内村完爾刑事部長(片桐竜次)はけっこう憎めない性格! )。山口が「アベ的なるもの」の親密圏にいるからこその「奇策」である。この時の警視庁刑事部長は、菅官房長官の秘書官をやった中村格で、その後出世して警察庁次長になった。中村は、922日付で警察庁長官に昇格する。18カ月前の直言「公務員は「一部の奉仕者」ではない――「安倍ルール」が壊したもので、中村が警察のトップとなる可能性を示唆していた。安倍・菅政権の「影と闇」は深い。直言「「総理・総裁」の罪――モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ・・・のサブタイトルは単なる例示であって、「アベ的なるもの」は菅政権のもとで、新たなるスキャンダルを量産している。なお、ほかにもたくさんの「アベ的なるもの」が指摘できるが、ここでは省略する(バックナンバー「政治」20122020参照)

 

総裁選で問われる「アベ的なるもの」

929日の投票日を目指して、現在、自民党総裁選が行われている。運動期間は、衆院選の選挙運動期間と同じ12日間である。菅首相のもとでの総選挙は敗北必至だったが、総裁選を先行させることにより、テレビにも新聞にも総裁候補が派手に露出して、大規模かつ組織的な事前運動を展開している。小さな事前運動は取り締まりの対象になるが、あまりに巨大な事前運動はそうとは感じられず、国民に「新しい自民党」が刷り込まれる。だが、3人の候補者はすべて「アベ的なるもの」に呪縛されている。河野太郎は「突破力」を強調しているが、その主張と行動は振幅が激しく、変説と変節を重ねており、まったく信用できない。方向と内容抜きの「突破力」は危ない。野党の党首として、党首討論を面白くすることに期待したい。岸田文雄は、安倍の不祥事への批判をトーンダウンさせており、「ヘタレ」総裁になるか、それとも大化けして「安倍的なるもの」を切るか。これはあまり期待できないだろう。高市早苗に至っては、「強靱な国、日本」から「アベノミクス」まで、「安倍的なるもの」をすべて継承しており、「女アベ」であって、有害無益である。ネトウヨ方面に絶大な人気のようだが、安倍がその支援にまわったのは軽率だった。ここは「中立」を装った方が、「キングメーカー」としての影響力を保持できただろうに。「アベ的なるもの」の終わりの始まりになるかもしれない。

 ここへきて、「アベ的なるもの」に忖度しない野田聖子が初めて総裁選に参入したのは注目される。当選の可能性こそないが、そこそこまともな主張は、3人の候補者にさまざまな影響を与え、決選投票の行方も予測できないものになった。ただ、918日の毎日新聞全国世論調査の結果が気になる。河野が43%で、高市が15%で2位につけている(岸田13%、野田6)。決選投票で2位につけた候補者が1位となる「2012年の悪夢」の再来もあり得ないことではない。高市の推薦人に片山さつきが入っているのも皮肉である。これから10日ほどの間に何が起きるか。9年前と同じく、投票の瞬間までわからない。ちなみに、投票日の929日は、9年前の926日と同じ水曜日である。

この国は「二人に一人しか投票しない「民主主義国家」である。自民党の党首選びの結果がどうあれ、これまで選挙に行かなかった10%の有権者が投票所に向かうだけで、この国は大きく変わる。「アベ的なるもの」の克服には、国民の「気づき」が必要である。

《文中敬称略》

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