映画・テレビ・ラジオ・新聞


2017/3/6:第96代内閣総理大臣の「恥ずかしい」政治言語

2017/2/27:「トランプゲート事件」と安倍政権――終わりの始まり?

2017/2/6:雑談(113)「直言」20年のこと――管理人の視点から

2017/1/9:「憲法くん」の古稀――日本国憲法施行70年へ

2017/1/2:自由と立憲主義からの逃走――「直言」更新20周年

2016/12/19:安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債

2016/12/5:「壁」思考の再来――ベルリンから全世界へ?

2016/11/21:ふたつの「駆け付け警護」―――最高責任者の無責任

2016/11/14:トランプ政権と新しい「壁」の時代――「ベルリンの壁」崩壊27年後の11.9

2016/10/31:わが歴史グッズの話(38)最高「責任」者とスターリングラードの水筒

2016/8/15:象徴天皇の「務め」とは何か――「生前退位」と憲法尊重擁護義務

2016/7/11:「政治家の資質」を問う――『職業としての政治』再読

2016/6/27:「連合」の終わりの始まり?――国民投票の悩ましきAmbivalenz

2016/5/30:ドイツ基本法67周年の風景――「自由の敵」のかたち

2016/5/16:25年ぶりのドイツの「軍拡」――第7次基本法改正60周年に

2016/5/9:外国人管理の現場へ――安倍首相の欧州「首脳外食」を横目に

2016/4/25:再訪・政府核シェルター――緊急事態法の「現場」へ(その1)

2016/2/22:権力の私物化と「生業としての政治」

2016/2/15:会計検査院と特定秘密保護法――憲法90条の今日的意義

2016/2/8:雑談(111)映画「野火」をみる――戦争のリアル

2015/1/18:「直言」19年、1000回――さまざまな反響

2015/1/11:メディア腐食の構造――首相と飯食う人々

2015/1/4:「海外派兵リアル」の年――「ドイツからの直言」再び

2015/12/28:立憲主義が問われた年――2015年の終わりに

2015/12/21:介入三昧・安倍的「国家先導主義」――賃上げから「就活」まで

2015/11/2:「1000分の1程度の解釈改憲」と憲法学

2015/10/26:臨時国会のない秋――安倍内閣の憲法53条違反

2015/10/19:「賞」と「遺産」の季節に――「小さき人々」のこと

2015/9/28:2016年参院選へ――明文改憲へのシフト

2015/9/7:55年目の国会前の風景――「民主主義ってなんだ!」

2015/7/27:NHK憲法研究者アンケートのこと――合憲・違憲の決着はついている

2015/7/20:「100の学説より一つの最高裁判決だ」?!――安倍政権の傲慢無知

2015/6/29:95日間の会期延長――「衆議院の超越」は二院制の否定

2015/6/15:安保関連法案は「一見極めて明白に違憲」

2015/5/25:子どもを米国の戦争で死なせない――女性週刊誌と安保法制

2015/5/11:戦後70年の憲法記念日――「安倍カラー」に抗して

2015/5/4:「つぶやき民主主義」の陥穽

2015/4/27:協議の中身は「例外なき事後承認」――『ライブ講義』を応用して嘘を見破れ

2015/4/6:「君はこのごろ平和についてどう考えてる」――安倍流「積極的平和主義」に抗して

2015/3/30:「我が軍」という憲法違反の宣言――箍が外れた安保法制論議(2)

2014/2/23:安倍「最高指揮官」への懐疑

2015/2/16:『シャルリー・エブド』事件から――「文化戦争」・志田陽子氏に聞く

2015/2/2:フランスの「1.7」は「9.11」なのか――「私はシャルリー」?

2015/1/26:地球儀を弄ぶ外交――安倍流「積極的平和主義」の破綻

2015/1/12:国家運営の私物化――権力者が改憲に執着するとき(その2)

2014/12/22:選択しない選択がもたらすもの――安倍第3次内閣

2014/12/15:二人に一人しか投票しない「民主主義国家」

2014/12/8:菅原文太さんのこと――久田栄正没後25年に

2014/11/24:「安倍晋三解散」の異様な風景

2014/11/17:「念のため解散」は解散権の濫用か

2014/10/13:向田邦子と防空法――火叩きによる消火

2014/10/6:NHK連ドラ「花子とアン」と防空法――大阪空襲訴訟最高裁決定にも触れて

2014/9/29:歴史的逆走の夏――朝日新聞「誤報」叩きと「日本の名誉」?

2014/9/22:雑談(107)米倉斉加年さんのこと

2014/9/15:オキナワと憲法研究者――沖縄の現場から(その3・完)

2014/9/8:辺野古移設はあり得ない――沖縄の現場から(その2)

2014/7/21:公明党の「転進」を問う

2014/7/14:安倍式「記者会見ショー」――「憲法違反をします宣言」

2014/7/7:「7.1事件」――閣議決定で「憲法介錯」

2014/6/30:自衛隊に武力行使させるな――南相馬市議会意見書

2014/6/23:ホルムズ海峡の機雷掃海――安倍首相の「妄想」

2014/6/2:学問の自由が危ない――広島大学で起きたことへの憲法的視点

2014/5/19:平成の「5.15事件」――戦後憲法政治の大転換

2014/5/12:自己抑制を失った安倍政権――憲法施行67周年に

2014/4/21:集団的自衛権行使を国民は支持していない――最近の世論調査

2014/4/14:「戦死者を出す覚悟」?――自らは決して「戦場」に赴くことのない政治家の勇ましさ

2014/3/24:「安保法制懇」は何様のつもりか――安倍式政権運営の歪みの象徴

2014/3/17:NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」と防空法

2014/3/3:ジャーナリストとは何か――むのたけじ氏の言葉

2014/2/10:安倍色に染まる日本――「ねじれ」解消の果てに

2014/1/20:辻井喬さんと品川正治さんを悼む

2013/12/09:「ねじれ解消」の深刻な効果――特定秘密保護法成立

2013/12/02:特定秘密保護法の「還暦条項」

2013/11/04:安倍首相の「意志の勝利」――おごれる権力者は久しからず

2013/9/16:東京オリンピック招致の思想と行動―福島からの「距離」

2013/8/19:「フェイスブック宰相」の靖国参拝

2013/7/23:「ねじれ解消」と「3 分の2 」の間――2013年参議院選挙

2013/7/15:増田れい子さんとの出会いと別れ――2 冊の本を通じて

2013/7/8:被災地から考える参院選――震災遺構と復興予算

2013/6/10: 国防軍でなかったからこそ―イラクで死者ゼロの理由

2013/5/27:「96条の会」発足―立憲主義の定着に向けて(1)

2013/5/13:「憲法デマゴーグ」の96条改正論

2013/4/22:三國連太郎と軍隊

2013/4/1:「憲法96条研究会」と選挙無効判決

2013/3/25:「主権回復の日」?――自衛隊『朝雲』コラムも疑問視

2013/3/4:雑談(98)映画で戦争を描くということ

2013/2/25:「アベコベーション」の日本――とりあえず憲法96条?

2013/01/28:アルジェリア人質事件をどう考えるか

2012/12/31:「憲法突破・壊憲内閣」の発足

2012/12/24:政治の劣化と選挙制度――2012年総選挙

2012/12/17:もう一つの「一票の軽さ」――総選挙終わる

2012/12/10:沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」

2012/11/19:違憲状態の総選挙――「近いうちに解散」の結果

2012/10/29:「東京維新」と大日本帝国憲法――世はアナクロニズムに満ちて(2・

2012/10/22:首相の「五省」と「奮励努力」――世はアナクロニズムに満ちて(1)

2012/10/15:日米両国政府の想定外――普天間のオスプレイ(2・完)

2012/10/8:メディアは沖縄をどう伝えてきたか――普天間のオスプレイ(1)

2012/9/24:改憲への「大連立」――『毎日』憲法世論調査への疑問

2012/9/10:「安心保障」の先に何が――「安全・安心社会」の盲点(3・完) 2012年9月10日

2012/9/3:全周トラブル状況の日本――沖縄で考えたこと

2012/8/13:どさくさ紛れに「決める政治」と「五輪夢中」のメディア

2012/7/23:わが歴史グッズの話(33)――内閣総理大臣

2012/7/9:雑談(80)「脱IT依存」は可能か

2012/7/2:「首相官邸前異状なし、報告すべき件なし」――テレビ報道の劣化

2005/5/9:映画「戦争のはじめかた」の「おわりかた」

2012/4/16:雑談(93)音楽よもや話(18)テレビと音楽

2012/1/16:雑談(90)音楽よもや話(17)年末に朝比奈隆三昧

2011/9/26:雑談(87)映画「ククーシュカ――ラップランドの妖精」と「超越法」

2011/1/31:さようなら「新聞を読んで」

2010/9/27:ゲゲゲのゲーテ――教員養成に必要なこと

2010/6/14:新聞の衰退は政治の腐敗の始まり?――「新聞をヨム日」

2010/5/17:戦争の「無人化」と「民営化」

2010/4/12:日航123便墜落事件から25年――『天空の星たちへ』のこと

2010/4/5:裁判官の「良心」とは

2010/3/29:学位が売られる?

2010/3/22:雑談(78)ラジオよもや話

2009/5/11:人命救助の思考と行動

2009/2/2:雑談(71)テレビドラマのこと

2008/10/6:雑談(69)音楽よもや話(11)「おくりびと」と「交響曲第0番」

2008/4/7:立憲主義と民主集中制

2007/12/17:メディアがつくる勘違い

2007/11/19:裁判員制度が始まるけれど(1)

2007/8/13:映画「TOKKO-特攻-」を学生と観る

2007/3/12:人間使い捨て時代を問う

2006/9/18:「あれから5年」――何が変わったのか(その2・完)

2006/9/11:「あれから5年」――何が変わったのか(その1)

2006/4/17:「心のコートを脱ぎ捨てて」

2006/3/27:わが歴史グッズの話(20)戦場の手鏡と「大和」

2006/2/20:「ハイジャック機撃墜法」の違憲判決

2005/4/18:「国民的憲法合宿」のこと

2004/10/11:雑談(36)寅さんと鎌倉アカデミア

2004/7/26:日本大衆文化の統制と開放――韓国で考える(4−完)

2003/11/3:視聴率と大学授業評価

2003/8/18:雑談(27)踊れない大捜査線

2003/6/2:日弁連主催の集会で語ったこと

2003/4/28:雑談(23)清兵衛とピアニスト

2002/10/28:雑談(20)沖縄でサイパン戦をみる

2002/8/12:雑談(18)「北の国から」に寄せて

2002/5/11:映画「トンネル」から見えるもの

2002/3/11:映画「軍隊をすてた国」をみる

2001/8/13:痛みを伴う「塀の穴」の話

2001/5/28:雑談(9)映画「スターリングラード」

2001/2/5:「小さき人々の記録」をみる

1999/6/7:「レマゲン鉄橋」の星条旗

1998/12/28:1998年最後の「直言」

1998/12/14:カーチス・ルメイという男

1998/11/2:「プライベート・ライアン」を観る

1998/7/20:米国製「ゴジラ」の核感覚

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