平和


2017/6/12:介入と忖度――『相棒』『ウルトラマン』の脚本家・太田愛さんとの対談(『世界』6月号)

2017/5/22:安倍晋三トルクメニスタン大学名誉教授の改憲論と大学論

2017/5/1:「新たな戦前」なのか――日本国憲法施行70年

2017/4/10:議員任期延長に憲法改正は必要ない――改憲論の耐えがたい軽さ

2017/3/20:ヴァンゼー会議の75周年――トランプ政権発足の日

2017/2/13:非立憲のツーショット――「みっともない憲法」と「いわゆる裁判官」

2017/1/30:「無知の無知」の突破力――安倍流ダブルスピーク/a>

2017/1/16:わが歴史グッズの話(39)――「靖国合祀遺族セット」

2017/1/2:自由と立憲主義からの逃走――「直言」更新20周年

2016/12/26:「新世界無秩序」への予兆――2016年の終わりに

2016/12/19:安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債

2016/12/5:「壁」思考の再来――ベルリンから全世界へ?

2016/11/21:ふたつの「駆け付け警護」―――最高責任者の無責任

2016/11/14:トランプ政権と新しい「壁」の時代――「ベルリンの壁」崩壊27年後の11.9

2016/10/31:わが歴史グッズの話(38)最高「責任」者とスターリングラードの水筒

2016/10/17:「駆け付け警護」――ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」

2016/10/10:憲法97条は条文整理の対象にならない――「アベコベーション」の日本へ

2016/9/19:沖縄「高江」から見えるもの――それにもかかわらず(Trotz alledem)

2016/8/22:ペギーダの「月曜デモ」――「ベルリンの壁」崩壊から27年(1)

2016/8/15:象徴天皇の「務め」とは何か――「生前退位」と憲法尊重擁護義務

2016/8/8:「収容所群島」とグラーク歴史博物館――独ソ開戦75周年(3・完)

2016/8/1:ロシア大平原の戦地「塹壕のマドンナ」の現場 へ――独ソ開戦75周年(2)

2016/7/25:スターリングラードの「ヒロシマ通り」――独ソ開戦75周年(1)

2016/7/18:「戦争に勝者はいない」ということ――ヴェルダンで考える

2016/6/13:過去といかに向き合うか、その「光」と「影」(その2・完)――ヒロシマとヴェルダン

2016/6/6:過去といかに向き合うか、その「光」と「影」(その1)――アルメニア人集団殺害決議

2016/5/16:25年ぶりのドイツの「軍拡」――第7次基本法改正60周年に

2016/5/9:外国人管理の現場へ――安倍首相の欧州「首脳外食」を横目に

2016/5/2:再訪・政府核シェルター――緊急事態法の「現場」へ(その2)

2016/5/2:再訪・政府核シェルター――緊急事態法の「現場」へ(その2)

2016/3/21:勲章は政治的玩具か――「イラク戦犯」に旭日大綬章

2016/3/7:憲法研究者と安保関連法――元最高裁判事・藤田宙靖氏の議論に寄せて

2016/2/29:「軍」の自己主張――帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年

2016/2/1:ドイツ基本法の緊急事態条項の「秘密」

2015/1/25:なぜ、いま緊急事態条項なのか――自民党改憲案の危うさ

2015/1/4:「海外派兵リアル」の年――「ドイツからの直言」再び

2015/12/28:立憲主義が問われた年――2015年の終わりに

2015/11/23:パリ「11.13事件」へのもう一つの視点

2015/11/16:わが歴史グッズの話(37)劣化ウラン弾――安保法で「弾薬」と して提供可能?

2015/11/2:「1000分の1程度の解釈改憲」と憲法学

2015/10/19:「賞」と「遺産」の季節に――「小さき人々」のこと

2015/10/5:国連常任理事国入りのために――誰が内閣法制局を壊したのか

2015/9/28:2016年参院選へ――明文改憲へのシフト

2015/9/21:安保関連法「廃止法案」を直ちに国会に――憲法違反を唱え続けよ

2015/9/14:気分はすでに「普通の軍隊」――アフリカ軍団への道?

2015/9/7:55年目の国会前の風景――「民主主義ってなんだ!」

2015/8/31:「捜索救助活動」のグローバル化――「周辺」と「後方地域」が外れた効果

2015/8/24:「平成の三矢作戦研究」――統幕部内資料の既視感

2015/8/17:「8.14閣議決定」による歴史の上書き――戦後70年安倍談話

2015/8/10:「日航123便墜落事件」から30年

2015/8/3:新たな「戦前民主主義」の時代――国会前で起きていること

2015/7/30:緊急直言 「先制攻撃」と「先に攻撃」を区別せよ――参議院でのかみ合った審議のために

2015/7/27:NHK憲法研究者アンケートのこと――合憲・違憲の決着はついている

2015/7/20:「100の学説より一つの最高裁判決だ」?!――安倍政権の傲慢無知

2015/7/13:集団的自衛権は「自然権」ではない――「合憲」学者の謬説

2015/7/6:「違憲立法」成立に加担する維新の党――「独自案」の本質

2015/6/29:95日間の会期延長――「衆議院の超越」は二院制の否定

2015/6/22:「憲法の番人」とは誰か――高村正彦弁護士に問う

2015/6/15:安保関連法案は「一見極めて明白に違憲」

2015/6/8:「自衛隊員のリスク」と「国民のリスク」

2015/6/2:緊急直言 集団的自衛権行使の条文化――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その2)

2015/6/1:外国領土での抗命の処罰規定を新設――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その1)

2015/5/25:子どもを米国の戦争で死なせない――女性週刊誌と安保法制

2015/5/4:「つぶやき民主主義」の陥穽

2015/4/27:協議の中身は「例外なき事後承認」――『ライブ講義』を応用して嘘を見破れ

2015/4/20:「新要件」から「新事態」?――箍が外れた安保法制論議(3)

2015/4/6:「君はこのごろ平和についてどう考えてる」――安倍流「積極的平和主義」に抗して

2015/3/30:「我が軍」という憲法違反の宣言――箍が外れた安保法制論議(2)

2015/3/23:日本型文民統制の消滅――箍が外れた安保法制論議(1)

2015/3/9:安倍首相の「責任」の意味を問う――人質殺害事件

2015/3/2:「武器等防護」で米軍も守る?――安保法制論議の迷走

2014/2/23:安倍「最高指揮官」への懐疑

2015/2/16:『シャルリー・エブド』事件から――「文化戦争」・志田陽子氏に聞く

2015/2/9:「テロとの戦い」の陥穽――「暴力の連鎖を超えて」再び

2015/2/2:フランスの「1.7」は「9.11」なのか――「私はシャルリー」?

2015/1/26:地球儀を弄ぶ外交――安倍流「積極的平和主義」の破綻

2015/1/12:国家運営の私物化――権力者が改憲に執着するとき(その2)

2014/12/29:「成長戦略」としての武器輸出?――日独の新段階

2014/12/22:選択しない選択がもたらすもの――安倍第3次内閣

2014/12/8:菅原文太さんのこと――久田栄正没後25年に

2014/12/1:総選挙の争点――安倍政権から日本を取り戻す

2014/11/10:「ベルリンの壁」崩壊から4分の1世紀――1年ゼミ生の視点

2014/11/3:安倍政権の「異次元の政策」――常に国民を置き去り

2014/10/20:わが歴史グッズの話(36)日独伊三国同盟――「ともに血を流す関係」

2014/10/13:向田邦子と防空法――火叩きによる消火

2014/10/6:NHK連ドラ「花子とアン」と防空法――大阪空襲訴訟最高裁決定にも触れて

2014/9/29:歴史的逆走の夏――朝日新聞「誤報」叩きと「日本の名誉」?

2014/9/22:雑談(107)米倉斉加年さんのこと

2014/9/15:オキナワと憲法研究者――沖縄の現場から(その3・完)

2014/9/8:辺野古移設はあり得ない――沖縄の現場から(その2)

2014/9/1:抑止力は「ユクシ(嘘)力」――沖縄の現場から(その1)

2014/8/25:「徴兵制違憲」解釈の変更は「あり得ない」か

2014/8/18:「壊憲の鉄砲玉」といかに向き合うか――憲法研究者の「一分」とは(その3)

2014/8/11:安倍政権とコピペ文化――安保法制懇はどこで議論していたのか

2014/8/4:「7.1閣議決定」をめぐる楽観論、過小評価論の危うさ/a>

2014/7/28:答弁を引き出す国会質疑を――31年前の公明党市川雄一議員の例

2014/7/21:公明党の「転進」を問う

2014/7/14:安倍式「記者会見ショー」――「憲法違反をします宣言」

2014/7/7:「7.1事件」――閣議決定で「憲法介錯」

2014/6/23:ホルムズ海峡の機雷掃海――安倍首相の「妄想」

2014/6/16:憲法が「根底からくつがえされる」――正念場の公明党

2014/5/19:平成の「5.15事件」――戦後憲法政治の大転換

2014/4/28:集団的自衛権行使はいかなる「結果」をもたらすか

2014/4/21:集団的自衛権行使を国民は支持していない――最近の世論調査

2014/4/7:「禁じ手」破り――武器輸出三原則も撤廃

2014/3/17:NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」と防空法

2014/3/3:ジャーナリストとは何か――むのたけじ氏の言葉

2014/2/24:「政局的平和主義」――安倍政権の歪んだ対外政策

2014/2/17:『検証 防空法―空襲下で禁じられた避難』のこと

2014/1/6:10年ぶりに「年のはじめに武器の話」(その1)

2013/12/30:歴史における「2013年」――安倍色の朝へ

2013/10/7:誤解される言葉の風景――「アンダー・コントロール」

2013/9/30:平和における「顔の見える関係」

2013/9/9:沖縄は「中国の防波堤」?―「核心的利益」と「死活的利益」

2013/8/12:憲法9条効果のリアル――「国防軍」改憲は時代錯誤

2013/7/29:「ねじれなくなった政治」の先に――海兵隊と軍法会議

2013/6/24:自衛隊と「サンダーバード」――国防軍でなかったからこそ(2)

2013/6/17:「6月17日事件」60周年――立憲主義の定着に向けて(3)

2013/6/10: 国防軍でなかったからこそ―イラクで死者ゼロの理由

2013/6/3:『あたらしい憲法のはなし』からの卒業―立憲主義の定着に向けて(2)

2013/5/27:「96条の会」発足―立憲主義の定着に向けて(1)

2013/5/06:「記念日」の思想――KM(空気が見えない)首相の危うさ

2013/4/29:権力者は「9」のつく憲法条文がお嫌い?――9・19・59・90・92・94・96条

2013/4/22:三國連太郎と軍隊

2013/3/25:「主権回復の日」?――自衛隊『朝雲』コラムも疑問視

2013/3/18:「復興の加速化」のなかでの忘却――東日本大震災2周年とイラク開戦10周年

2013/3/11:わが歴史グッズの話(35)艦砲と空襲の破片、そして原爆瓦

2013/3/4:雑談(98)映画で戦争を描くということ

2013/2/25:「アベコベーション」の日本――とりあえず憲法96条?

2013/02/18: 北東アジアの危うい現実――六カ国協議の再起動に向けて

2013/01/28:アルジェリア人質事件をどう考えるか

2013/01/21:わが歴史グッズの話(34)警察予備隊63周年――なぜ国防軍なのか

2012/12/31:「憲法突破・壊憲内閣」の発足

2012/12/17:もう一つの「一票の軽さ」――総選挙終わる

2012/12/10:沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」

2012/10/29:「東京維新」と大日本帝国憲法――世はアナクロニズムに満ちて(2・

2012/10/22:首相の「五省」と「奮励努力」――世はアナクロニズムに満ちて(1)

2012/10/15:日米両国政府の想定外――普天間のオスプレイ(2・完)

2012/10/8:メディアは沖縄をどう伝えてきたか――普天間のオスプレイ(1)

2012/9/3:全周トラブル状況の日本――沖縄で考えたこと

2012/7/23:わが歴史グッズの話(33)――内閣総理大臣

2012/7/16:日米安保を揺るがすオスプレイ

2012/6/25:原子力基本法が改正された

2012/6/18:防衛大臣における「文民」と「民間人」

2012/6/11:リムパック2010――イージス艦「あたご」が沈めたもの

2012/4/30:わが歴史グッズの話(32)――講和条約発効60年と沖縄本土復帰40年

2011/12/19:大阪空襲訴訟地裁判決の意義

2011/9/26:雑談(87)映画「ククーシュカ――ラップランドの妖精」と「超越法」

2011/9/12:「9.11」10周年から見えてくるもの

2011/8/15:退去を禁ず――大阪空襲訴訟で問われたこと

2011/4/4:「カダフィ標的作戦」――リビア攻撃とドイツ(2)

2011/3/28:見過ごせない軍事介入――リビア攻撃とドイツ(1)

2011/3/21:これは真正の非常事態だ――地震、津波、火事、原発…

2011/1/17:湾岸戦争20周年と「意図せざる結果」

2011/1/10:雑談(84)音楽よもや話(15)皇紀2600年奉祝音楽

2010/5/17:戦争の「無人化」と「民営化」

2009/3/2:長沼から岡山へ ―― 平和的生存権の発展

2007/12/31:「偽」の年から「技」の年へ

2006/10/23:『自由からの逃走』と「自由のための闘争」(武力なき「たたかい」)

2006/8/7:ふたつの第9条(その3・完)

2006/7/31:ふたつの第9条(その2)

2006/7/24:ふたつの第9条(その1)

2005/7/4:伝わる言葉を考える

2005/6/6:「対話の不在」克服への道

2005/5/9:映画「戦争のはじめかた」の「おわりかた」

2005/2/21:憲法九条はいらない?

2004/11/15:「永遠の平和」のための「永遠の戦争」?

2004/8/16:どんな武力行使もしないわけ

2004/6/7:イラク戦争と9条改憲

2004/1/26:平和のため地方自治体にできること

2003/12/29:年末の憲法談義

2003/12/15:憲法前文つまみ食いと「瞬間タッチ断言法」の危なさ

2003/9/29:「法による平和」の復興を

2003/9/1:世界貿易センター爆破事件から10年

2003/6/30:日韓共同研究IN沖縄

2002/11/25:北東アジアの安全保障を考える(3−完)

2002/8/26:「法による平和」の危機(その2)

2002/8/19:「法による平和」の危機(その1)

2002/6/3:「備え」あるから「憂い」増え

2002/4/8:有事思考を超えて

2002/4/1:鎌田定夫氏との「出会いの最大瞬間風速」

2002/3/11:映画「軍隊をすてた国」をみる

2002/2/25:有事法制は安全を守れるか

2001/9/17:最悪の行為に最悪の対応

2001/9/3:「もし万一攻めてしまったら」

2001/7/30:東チモールとマケドニア

2001/4/30:「人権トレーニング」 ――カンボジア・ラオスの旅(4)

2001/4/23:21世紀の「鉄砲狩り」 ――カンボジア・ラオスの旅(3)

2001/2/12:コスタリカ市民の憲法意識

2000/2/14:ウェストファリア条約と現代

1999/12/13:久田栄正先生没後10年

1999/11/22:連邦軍元総監の安全保障論

1999/5/24:哲学者ハーバーマスとコソボ戦争

1999/5/17:ハーグ平和会議と緑の党大会

1999/5/10:戦時下の基本法(その2)

1999/1/18:元自衛官の体験的平和論

1998/8/17:茶髪とピアスの8.15

1997/12/29:直言一周年に寄せて

1997/7/6:憲法9条と禁酒宣言

1997/5/19:高齢化社会の平和

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